21話 天気雨で梶大爆発
気だるげで、どこか苛立っているような表情。
塩っぽい態度の生徒会の女子が、並べられた三つの机の上に二枚の紙を乱雑に置いた。
するりと紙が滑り机から落ちそうになる寸前のところで、ファナさんの手が伸び制止する。
「ほ……」
対照的な微笑を浮かべ、俺を一瞬見たあとファナさんは水平になるよう綺麗に二枚の紙を並べる。
「年末のアレ、お笑いなんとかエントリーの確認のために、ここにサインください。つか、なんであたしがこんなこと……」
と、呟きながら記入すべき箇所をペンで突くとそのまま転がした。
白井さんがとてとてと近づいてくる。
「こんなことまでやるんや、マジやなあ。……白井ほのか、っと。はい、梶くん」
白井さんが書き終わると俺も名前を書き、女子さんにペンを渡す。
女子さんは名前をローマ字で書いた。
「……」
無反応な顔で「どーも」と息を吐きながら受け取る生徒会の女子。
「はぁ……お笑いとか一番嫌い。うるさいし、知性ないし、下品だし。なんでこんなんで、私の一年を終わらせなきゃなんないんだか……頭悪すぎこの学校」
独り言なのか、聞こえるように言っているのか反応に困る声の大きさだった。
「あのなあ――めちゃくちゃ聞こえてんだけどよ」
「まあまあこーちゃん。ここは冷静に! 生徒会のお勤めご苦労様です! なんちて! へへへ」
明らかに敵意を向けた声で女子さんが反応すると、すぐに白井さんが間に入る。
「……はあ、こんなの生徒会の仕事なわけないじゃない」
チラリと俺を見る。鋭いジト目に射抜かれた俺は、そう命令されたかのようなお手本のような姿勢になる。
「こんな一年の遊びに二年の男子が何やってんだか。ま、本人も年下の女子にちやほやされて、浮かれた顔でまんざらでもなさそうだけど。鼻の下伸ばしてしょーもな」
「梶くんはそんなんちゃうわ!」
「わ、ほのちゃん! 落ち着いて? これで、終わりですよね? ファナたちはこれから大会に向けて練習がありますので……その……」
熱くなった白井さんを今度はファナさんが止める。生徒会の女子は表情一つ変えずに口を結んだまま鼻で笑い、振り返り去って行った。
「ったく! 扉くらい閉めろよな!」
大股のがに股で歩行する女子さんは、開けっ放しの扉に向かうと廊下に出て女子生徒が去って行った方向に向かってシャドーボクシングをする。
ノックアウトしたのか、右腕を左手で叩き拳を突き上げるポーズをして扉を閉めて戻ってきた。
「なんだよあいつ! あんなんが生徒会とか、そっちの方がこの学校が不安になるぜ!」
「一年A組の生徒会執行委員の雨宮。……うちのお隣さんで幼馴染です」
「なんだよ……知り合いか」
「うん、ここ最近喋ってないんやけどね」
苦笑いする白井さん。
熱くなりかけた教室はゆるやかに冷え、珍しく教室に沈黙が訪れる。
白井さんの幼馴染か……ほんとにジト目ってあるんだな、なんて思いつつも、目元にあるほくろと真っすぐに伸びた黒髪が艶やかで大人びていて、白井さんとは対照的だなと感じた。白井さんが太陽だとしたら月、みたいな。
「苦手なタイプです……」
黙り続けていた俺は、せめて空気を和ませられればと人を評価するという苦肉の策に出る。
「はっ、逆にナイトメアに得意なタイプあんのかよ!」
「ふふっ」
「梶くんの得意なタイプはうちみたいな女子に決まってるやん! なんちて!」
俺は感想を述べただけだったが、思わぬボケになったようだ。
白井さんもおどけるように舌を出して笑って見せる。ころころと変わる白井さんの表情はやっぱり魅力だよなあと思う。
「言え! ナイトメアの得意なタイプ! この空気をボケて和ませるのが先輩としての役割だろ! そのために入って来たんだろうが」
「ち違いますけど……」
「ファナも気になります……あ、そんな変な意味じゃなくてっ!」
「ほらほら、梶くん。一男子として、ここは梶くんに味変お願いしちゃいましょう!」
やばい流れに……!
これは言わなきゃよかったというやつだ!
だが、これは言わなくちゃ終わらないパターンだ。返って時間を掛けてしまうほうがハードルがどんどん上がっていきそうな期待の眼差しを感じる。
「白井さんみたいな声が可愛くて笑顔も素敵で、女子さんみたいな元気で明るくてちょっと色気があって、ファナさんみたいに優しくておしとやかでスラッとして綺麗な、そんな女性が得意なタイプです……」
「……」
……。
これは、間違いなく、やらかした。
「えへへー、可愛いやって」
白井さんはくすぐったそうに声を上げる。隣のファナさんからは息を呑む声が聞こえた。全神経を総動員して俺は笑って見せる。もうこの後、笑うことを忘れてしまっていい覚悟だ。
三人が三人とも顔を赤くして黙り込んでしまった。
軽く見回した俺は、その光景に直視できなくなり自分のテンパりは予想しない発言をしてしまうことを改めて悔いる。
「お前、この空気どうしてくれんだよ……!」
女子さんが蚊の鳴くような声で呟いた。
場を急激に冷やしたのは紛れもなく俺だった。




