20話 小っちゃい白井先生「これが勝利の方程式!」
「白井ほのかちゃんの、E-1獲ったるぞのコーナー!」
翌日の木曜日。
一段と風が冷たくなっているが元気な声と満面の笑みの白井さんは寒さなんてなんのその、今日もはつらつと教壇の上に立ち、右手を上に指を差す。
もともと背も小さく腕も短いのか、なんだか子供がはしゃいでいるようなポーズに見えて微笑ましく感じる。
ちなみにE-1とは東高等学校お笑い王座決定戦の略で東、イーストからもじったナンバーワンという意味でE-1と呼ばれている。公式SNSより。
俺と女子さん、ファナさんは白井さんの講義を受けるため、机を横に並べて聞く姿勢になっている。真ん中が俺、右にファナさんがいて左に女子さんがいる。
(なんで俺が真ん中なんだろう、端っこでいいんだけど……)
右からはファナさんのふんわりとした甘い匂いがするし、左からは女子さんの肘が俺の二の腕に当たっている。これはワザとだろう。
昨晩のチャットや通話の件もあって、俺は授業中よりも背筋を伸ばして姿勢を正していた。というより硬直していた。
「……あのー、そこの三人衆?」
ポーズを決めたままの白井さんが、下唇を突き出して俺たち(というか俺の両隣)を見る。
「なんで席くっつけてるん?」
「ああ? 昼メシ食べる時だって机くっつけるだろ」
「こうやって横に綺麗にならんだほうが、ほのちゃんも見渡しやすいかと思って……」
「むむ……」
白井さんは頬を膨らませて、持っていた差し棒で黒板をバン! と叩いた。
「集中していこ!?」
まるで自分に言い聞かせるような入り方だった。
白井さんはどこからか眼鏡を取り出して装着する。
「ほら、先生みたいやろ? へへーん!」
大き目のレンズは白井さんの小顔がすっぽりと入るくらいだ。
「あはは……先生ごっこしてる子供みたいでほのちゃん可愛い~!」
「ごっこって……先生してるんやけど」
黒板にはE-1攻略法と丸っこい字で大きく書かれていて、指差し手がついた差し棒を片手に、大き目なメガネ(伊達メガネっぽい)をしている小柄な女の子。
白井さんは不服そうに唇を尖らせると、小さな鼻から滑り落ちそうになる眼鏡を人差し指でクイッと押し上げた。
その仕草すらも、真似事をしているようで微笑ましい。
「明日、だぼだぼの白衣着てきてよ。もっと雰囲気出ると思うぜ!」
「わあ! もっと可愛い!」
「別に愛でてほしい目的でやってるわけちゃうねん」
女子さんやファナさんの反応にこげ茶のボブも子供のように跳ねる。
アンバランスさしか感じられなかったが、それが白井さんの独特な魅力をかもし出していて、その姿に俺は目が離れなかった。
黒板の高い位置から文字を書こうと、背伸びしながら爪先を震えさせているのも、俺たちに見やすくしようとしているのではないか。そう思うと胸がじんわり温かくなってくる。なんだこの気持ち。
「この大会で一番大事なんは何かわかりますか? 梶くん!」
白井さんいじりを突き破るように差し棒が俺に向けられる。
同じく俺の妄想も突き破られて、テンパりに転んでいくのだが。
「え、ええと……ボケ、とかですか」
「それももちろん大事ですけど今回は違います! ではなんでしょう!」
「じゃあ……ツッコミ?」
「ぶぶーっ! 違います!」
「気づけナイトメア。お前がボケるんだよ」
女子さんの耳打ちしてきた内容に戦慄する。
……これ講義じゃなかったの?
「ええっ、これも白井さんの振りなんですか……?」
「あたりめーだろ! 言えっ、なんかおもしろいこと」
ぐいぐい女子さんの肘が俺の腕に食い込んできて痛い。
まさか、既にお笑いの一番大事なこととして、もしかして”特訓”が始まってるのかもしれない。
「梶くん梶くん、ほらほら、ないですか?」
「……ど、努力と根性!」
「ぶはははっ!」
しんとなった空間に、女子さんの噴き出した笑い声だけが轟いた。
え? この空気違う?
「――っ! てめえナイトメア! なんでオレだけ笑ってんだよ! ふざけんな!」
今度は腕がサンドバッグ代わりに殴られていく。
「いたいいたいっ」
ああこれは。女子さんの思い付きだ、と悟るが後の祭りだ。
「梶くんのやる気は伝わった! そのノリ凄く大事! 大切に育てていこ! でも今回はまじめに聞いてるんよ」
「でも先輩、頑張りました……ね!」
白井さんとファナさんに励まされながら、俺の頭は沸騰しそうなくらい沸いていた。
「梶くんのボケは黒板に残しとこか。……努力と根性。うん、大事なことやな」
「忘れてもらって大丈夫ですよ……」
黒板に「大事なことは努力とこんじょー」と刻まれると俺の胸にも深く刻まれた。
「ほな、正解言うで? E-1で一番大事なんは、ずばり”マイク”や!」
「マイク……?」
「うん。いくら上手に喋ってリアクションしたって、その声が届かな意味がない。よっぽど大きい地声っちゅうのは置いといて。うちらが会場と審査員に話の内容を伝えるにはマイクを通さな届かない。その命綱とも言えるマイクは――、一つしかない」
黒板に絵を描き始める白井さん。
「と思う。いや絶対にそう!」
大きなステージがあって、その真ん中に突っ立っているスタンドマイクがある。
「ピンマイクなんてあるわけがない。あるのは、これ。朝礼とかで使われてるマイクスタンドだけ。となると、人数が多いトリオとかカルテットとか、動きが多いコントとかは不利になるんや。三人で喋ってるのに、一人の声しか聞こえないとか、そんな事態にも起こりうる」
白井さんの真剣な解説に、俺も含め一同は黙って聞いていた。
そうか、まったく気にもしてなかった。
テレビとか配信ではそういった音響環境が整ってるから聞こえているんだ。
「でもこれがうちらにとっては、最高の武器になる。マイクが一つしかない、つまり! ココナッツのピンネタ、アーヴァンチュールの漫才はジャンルからして有利! 結論を言うで? うちらはもう! 勝ちのレールに乗ってるんやぁ!」
「勝ち確じゃねえか!」
「確です。王手。もろたでえーー!!」
「おっしゃあぁ!」
「わぁっ……!」
バンバンと黒板を差し棒で叩く白井さん。
――ガラガラ!
「……はぁ、うっさいなもう。廊下まで響いてくるんですけど。静かにしてもらえます?」
盛り上がるわらおー会の教室に、ガラリと大きな音を立てて引き戸が開いた。
そこに立っていたのは気だるそうに黒髪をいじりながらジト目で見ている女子。
右腕に赤い腕章が巻かれている。
「生徒会……?」
恐る恐る俺が口にすると、一瞥した女子はため息交じりに応える。
「そうです。見ればわかりますよね?」
手に持った紙をひらひらさせながら棒読みで入って来る。
彼女のローファーの靴音は、生徒会という重厚なプレッシャーをまとっていて目に見える緊張感にわらおー会は包まれた。




