17話 むっつりから始まるお笑いアバンチュール
放課後のわらおー会。
今日も白井さんと俺のコンビ名について話し合いが行われている。
俺は今日一日でファナさんと女子さんと友達登録するという、人生初めての出来事で浮遊感に包まれていた。
ファナさんと女子さんと友達登録したんだ。
なんてわざわざ言う必要もないから、内緒で友達登録してる感じも相まって(俺の勝手な妄想)、とにかく夢みたいな感じだった。
先週の白井さんに声を掛けられたときから夢は始まっているのかもしれない。
いや、元を辿れば清水の代打で大喜利大会に出ることになったことが始まりか。
つまり清水がきっかけ? 実際そうなのだが認めたくはない事実だ。
俺はどこにでもいるようなゲームオタクで、アニメ好きな陰キャなオタクだ。
勉強が得意とか運動神経がいいとか、別段これといった長所はない。
強いて言うなら流されやすく押しに弱いとこ? 待て、これは短所か。
こんな俺がいる今の状況は奇跡だ。上振れ過ぎている。
でもきっかけって、突然降ってくるような閃きみたいなもので、たまたま俺の上で光っただけ。
そういうものなのかもしれない。
こう思っている時点で相当浮かれているな俺は。
「梶くん、なんかニヤニヤしてますけどいいことありました?」
壇上に立ち、黒板に今までのまとめを書き終えた白井さんは俺の顔を不思議そうに見つめる。
「僕、そんな顔してました……? すみません、なんか楽しくて……」
「わ、嬉しい! コンビ名って大事やし、いよいよ始まるぞ感もって、考えるときってめちゃくちゃ楽しいですよね!」
上機嫌になる白井さん。チョークの粉がついた手を払うと、人差し指の形が先端についた差し棒をどこからか取り出した。
「今んとこ、”ファイヤースミス”、”一夏の恋”が候補で上がってます。ちなみにうちが考えてきたのは、フィラメントソーダ!」
「フィラ……? なんかのジュースか?」
顔色が良くなっている女子さんは頭に「?」を浮かび上がらせながら質問する。
机を二つ並べてその上であぐらをかいている女子さんは両膝を上下に揺らすのが癖なのか、ちらちら見えそうになってしまう。極力見ないように頑張っている。
「フィラメントはなんか光を出すやつらしい。語呂が良かった! ソーダはそのとき喉乾いてたから思いついたのそのままくっつけたの。あとは一夏の恋で思い浮かんだんやけど、アバンチュールもいいかなって! チュールって響きがかわいくない?」
「うんうん……かわいい!」
こくこくとファナさんが頷く。
「ココナッツもカタカナだし、わらおー会はカタカナで出場するってのもイイな」
「やんな?」
チョークと黒板が擦り合う小気味いい音が流れる。白井さんが考えてきた案が追記される。
昨日から見ていて感じていたことだが、白井さんの文字は丸くて、先生が書くゴツゴツした文字や草書体みたいな読みにくい文字とは違っていつまでも見てられる。
「検索してみたら、アバンチュールって……危険な恋とか、火遊びとかなんですね。てっきり、その日限りの恋とかそういう感じだと思ってました……どっちの意味でもすごく、ドキドキしちゃいます」
「おいナイトメア――」
待ってましたと言わんばかりに女子さんが俺を見る。
「ドキドキで興奮してません、女子さん」
そう言われるだろうと察知したので、すかさず否定しておく。
「……おおう、先言われたわ。やるじゃん」
「あう。してないなんて言われるのも、なんだか悲しい気持ちになりますね……」
すると逆にファナさんが悲しい顔をしてしまった。
「あっ、いや! そういう意味じゃなくてですね!」
「こんな可愛いファナでドキドキしないとかお前本当に男か? ついてんのか?」
ニヤニヤと笑みを浮かべた女子さんはあぐらの姿勢のまま体を回転し俺の方に向く。前かがみになるように股は両腕で隠されており、俺は刹那的に天を仰いだ。
無防備過ぎる!
これ、ワザとやってたら相当タチわるいぞ……! 俺の首が持たない!
「ナイトメアってむっつりだよな? これは女子代表として容赦しねぇ案件か?」
「む、むっつりさん……? そ、そうなんですか……?」
どぎまぎしているファナさんを横目に、そう白井さんに投げかける。
「あんま梶くんをいじらんといてよー。男子はみんなそうやろ? 女子の体見ちゃうのは健全な証拠なんちゃう? それに梶くんはむっつりでええ! 雰囲気的にも合ってるし! あ、ごめんなさいっ、ついタメ口になっちゃいました」
白井さんは困り顔でこつんと自分の頭部に小さな手を置いた。
星の形のエフェクトが出てきそうな雰囲気を違和感なく出す白井さんは磨きがかかっているように見える。
「たしかにうちのクラスの男子もみんなむっつりだよなあ。胸とかお尻とか脚とかチラ見率はんぱねえ。知ってたか? オレが伸びしたときワキ見るんだぜ? さすがにオレもびっくりよ。見てどうすんだ?」
「はい……。ファナ、クラスの男子の目が怖くていつもおどおどしちゃいます」
俺を蚊帳の外にむっつりトークがしばらく続く。
男子として介入も弁解の余地はなく、俺はただ傍観者として白井さんたちの体を見ないようにだけ意識を向けていた。
「アバンチュール、どう思います? 梶くん」
「はい、いいと思います……」
正直俺はそれどころではなかったが、悪くない響きだった。
白井さんが黒板にチョークを走らせようとしたその時、「あ、あのっ!」とファナさんが慌てた声を上げた。
「どしたんファナち」
「今、SNSのアカウント取れるか検索してみたんですけど……その、アバンチュールだと……」
ファナさんは困ったように眉を下げて、スマホの画面を俺たちに見せてくる。
「有名な曲とか、恋愛小説とか、あとその……ちょっと大人の恋愛指南サイトとかがいっぱい出てきて、埋もれちゃいそうです……」
「げっ、ほんまや。これじゃ変な誤解生みそうやなあ」
「エゴサしにくいのは致命的だぜ」
それを言ったらココナッツはヤシの実しか出てこない気がするが、女子さんは気にしてなさそうなので口を挟まないでおこう。
「音の響きはすごく素敵なので、少し表記を変えて『造語』にしちゃうのはどうでしょう?」
ファナさんは空中に指で文字を書く仕草をする。
「頭を伸ばして『アー』にして、バを『ヴァ』にするんです。『アーヴァンチュール』……これなら捻りがあって被りませんし、なにより字面がカッコイイです!」 「アーヴァンチュール……」
白井さんが確かめるように何度か口にする。
「……ええやん! なんかRPGのタイトルみたいで強そうやし!」
「ココナッツもファナ案だしな。センスあるぜ」
「嬉しい。ファナ、想像のキャラクターとか、名前つけて設定考えるの好きだから……」
照れくさそうに笑うファナさん。
こうして俺たちのコンビ名は、冒険と火遊び、そしてファナさんの知恵が詰まった『アーヴァンチュール』に決定したのだった。




