16話 強がる女子さんは汗ばんで
午後の授業中、最悪なことに突然の腹痛に見舞われた。
授業中トイレに行くという注目イベントを起こしてしまう。
二階のトイレは清掃中のコーンが立っており、声を掛ければ入れなくもなかったが言い出すことができず俺は一階のトイレで用を足した。
授業中の廊下は足音が響くくらい静かだ。
「な、なんでナイトメアがここにいるんだよ。ここ一年だぞ」
教室に戻ろうと階段に向かう途中で、廊下の隅っこを歩いていた女子さんとばったり鉢合わせする。
授業中なだけあって、いつもは声が大きい女子さんは声を潜めている。女子さんのひそひそ声は新鮮さだ。
「二階清掃中だったので、一階のトイレに……」
「ちょ! ナイトメア、お前一階の女子トイレって、いたのかあそこに」
「男子トイレですっ!」
「そうかよ……つまんねぇの」
軽口というか、とんでもないからかいをする女子さんだったがなんだか顔色が悪い。それにひそひそ声だけど、声に張りがないというか息を切らしているようにも見えた。
「女子さん大丈夫ですか? あの、なんだか顔色悪そうです……」
「ああ? な、なんでそんなこと、オレが具合悪いとかあるわけねえじゃん。ネタ探してんだよ、ネタ」
壁に手をつきながら歩き出し俺を通り越していく。
腕をまくったりスカート丈が短かったり、素肌を露出しがちな女子さん。体が震えると、弾力がありそうな太ももやふくらはぎが光を反射して動く。
「お前、脚見るの好きだよな……はやく教室戻れよ、どんだけふんばってんだってネタにされるぞ。ははは……」
突っ込まれて視線を逸らす。勝手に目が行ってしまう自分を殴りたい。
歩き姿を見ているとやっぱり調子が悪そうでフラフラとしている。
俺は小走りで近づいて女子さんの隣に立つ。はぁはぁと苦しそうに我慢する女子さんの呼吸が聞こえた。
「あの、やっぱり具合悪そうですよ……。保健室行こうとしてるんですよね? 付き添います」
「余計なお世話だよ。別にこんなのいつものことだし。一人でいけるっつーの」
どんと片方の手で俺の胸を押し突き放そうとするが、バランスを崩したのか女子さんはそのまま俺にもたれかかった。
全身に女子さんの体重を感じ、俺も後ろに倒れこみそうになるがすんでのところで踏みとどまる。
「あ、悪ぃ……」
女子さんの息が首元にあたる。耳元で呟いた熱がこもった言葉がぞくりと耳元をくすぐった。
女子さんの体は熱く汗ばんでいた。額にもショートヘアからみえる小麦色のうなじにも汗が滲んでいるし息も荒い。
抱きとめる形で手を回してしまったので慌てて手を離し、体だけで女子さんを支えている形になる。
「……い、いえ」
呼吸を整えながらゆっくりと離れる女子さん。
「に、匂いとか嗅いでねえだろうな。オレの体触れたからって気を許したわけじゃねえぞ。バランス崩しただけだし。調子乗るなよな……変な目で見たら女子代表として容赦しねぇからなっ」
いつもの覇気がない女子さんはやっぱり辛そうで、改めて「保健室まで付き添います」と申し出ると、今度は頷きも断りもしなかった。
歩き出す後ろを手を伸ばせば押えられるくらいの付かず離れずの距離で追う。
「貧血」
前を向いたままぼそっと女子さんは声を発した。
「よくクラクラするんだオレ。倒れるほどじゃねえし、もう慣れてるけど」
「そ、そうなんですね……」
「体弱い子って男子好きだよな。守ってあげたいとか、何に萌えてるのか知らんけどさあ。オレのこんな姿見て、お前まさか萌え萌えしてないだろうな」
「してません……心配はしてますけど……」
女子さんが寄りかかってきたときはドギマギして全身の脈が速くなった。
「なな、なんだよ心配って。いつものことなんだって……」
女子さんは足を止め、壁に背を持たれながら睨むようなジト目で俺を見る。
「おい、わらおー会からオレのアカウント拾って友達申請投げろよ。グループで喋ってんのに友達登録してないなんて変だろ」
「え?」
唐突な言葉に裏返った声が口から出る。鼻で笑った女子さんは、俺を見るのをやめまた前を向いて歩き出した。寄り添うように後ろをついていく。
「……いやならいいよ。別に二人で話すこともあるかもしれないとか、喋りたいとか相談したいとか思ってねえし。友達登録もしてないのにグループで話すのって変だなって思っただけだし。勘違いすんなよ」
俺はスマホを取り出してグループチャットを開く。
メンバー一覧から女子さんをタップして友達追加の申請を送った。
「送りました、友達申請」
「……ぇ……っ。あ、あっそ。まあいつか覚えてたら追加しとくわ。てかナイトメア、こういうときだけ行動めっちゃ早いじゃん。そんな女子にがっついてると、童貞なの丸出しだかんな」
「ど……」
童貞って……。
返しに困りながら歩いていると一階の廊下の奥にある保健室の前に着く。
「ゆっくり休んで下さい。放課後も無理しない方が……」
「ちょっと寝たら良くなるし」
しっしと追い払われる。
俺もいい加減戻らないとあらぬ誤解を招きそうだ。駆け足で戻ろうとすると、背後から女子さんに「なあ」と声を掛けられる。
後ろを向くと、女子さんは俺を見ておらず、横を見ながら腕を組んでいた。
「……」
口を尖らせ、黙ったままの女子さん。
「あ、ありがと。ついてきてくれて」
消え入りそうなくらい小さな声だったが、廊下がそれ以上に静かだったので一字一句耳に届く。
「じゃあな!」
俺の返事を待たず、女子さんは目を合わせないまま保健室の中に入っていった。
どういたしまして、と心の中で返事をするとスマホから通知音がなる。
確認すると女子さんが友達申請を許可したお知らせだった。




