15話 黒タイツのファナ
翌朝。
今日はより風が強く肌寒い。本格的な秋の到来を感じる。
秋と言えば梨が食べられるし、年末どんな大作ゲームをプレイしようか悩む時間も楽しいし、季節の中で一番好きかもしれない。
「あ、先輩……っ。おはようございます」
校門を過ぎると、見知った金髪の女の子と目が合った。
今日は髪を降ろしツインテールではなかったが一目でファナさんだと気づく。
「お、おはようございます」
小さな歩幅で近づいてファナさんは小さく頭を下げる。
ファナさんはゆるっとしたカーディガンを羽織っている。手は半分くらい袖に隠れていて、膝より少し下なスカートの丈が彼女の真面目さを映しているようだ。
「今日は寒いですね……」
反射的に口から出るのは天気のこと。
暑い、寒い、晴れ、雨。天気の話題は万能の挨拶だ。
「はい、風に負けちゃってタイツ履いて来ちゃいました……」
寒さ対策に黒タイツを履いてきたことを自然に言うので、俺の視線も自然と下に向いた。細い脚のラインに沿ってピタッと伸びる黒いタイツ。
まじまじと見てしまったことを感づかれないように、最初から地面を見ていました風を装いながら、わざと視線を遠回りしてファナさんの顔に向けた。
目が合うとにこっと微笑むファナさんの表情は朝方の陽光そのもので、見ているだけで心がほぐされそうだ。
「途中までご一緒していいですか……?」
「あ、はい! もちろんです!」
ファナさんと隣り合って一緒に歩く。
金髪美少女と自然体が猫背の俺は異質な組み合わせなのだろう。めっちゃ見られている。校門から靴箱の前までは歩いて1分もかからない距離だが、何百メートルも先のように感じた。
「あ、あの……先輩」
一年と二年の靴箱の場所は違うので、出入り口で自ずと別れるのだがファナさんは何か言いたげな顔で口を開いた。
「は、はい……?」
「えっと……えっと……」
もじもじと体が小さく左右に捻りながら、ちらりと俺を見る。何か話しかけたいのだろうが、いかんせん俺ももじもじしてしまっている。
スマホを手にしていて、俺の視線に入るように遠巻きで画面を見せてくる。
「あ、イクシリオン・アルファ……ですね。インストールしましたよ」
「ほほ、ほんとうですかっ」
「難しくてチュートリアル以降やめちゃったんですけど、はは……何をしたらいいのかわからず」
「あああ、あの! よかったらお友達登録していただけませんかっ!」
ファナさんは顔を真っ赤にしてスマホを突き出した。
うぬぼれ承知で思うけど、まるで手紙を渡すみたいな。周りの生徒たちが一瞬ざわついたのが、HRも近いので通り抜けていく。
わらおー会グループには参加しているが、白井さん、ファナさん、女子さんとは友達登録しているわけではない。個別で話すようなこともないし、話すならグループで発言すれば済む。
「あうぅ……」
はっきりと聞き取れるあうぅなんて初めて聞いた。
子犬がおねだりしているような守ってあげたくなる声に俺まで顔が熱くなる。
「一緒にゲームできるお友達が欲しくて……ファナ、人見知りなのでわらおー会以外の人とあんまりしゃべったことなくて、その……ゲーム好きなお友達がずっと欲しかったんです」
「あ、うん、僕でよければ!」
俺はソロ専で、マルチ専用のゲームはほとんど触らない。
チャット必須だし、知らない人とボイチャは抵抗がある。ありつつも配信なんてことしているのだが、それはそれで状況が違う。
配信はこっちから開いているから仮に人が来たとしても、興味を持ってきてくれた前提だから喋られる。ハードルの高さが全然違う。喋ったことはないけど。
「わぁっ……それじゃメッセージしますね! あの! 迷惑じゃなければ、ファナがシリアルのこと教えます……! ごめんなさい、シリアルってイクシリオン・アルファのことを略してこう言うんですよ!」
友達登録を済ませると、ファナさんは小さくジャンプして喜んだ。
「えっと、今! 紹介キャンペーンもやってますので! ジュエルもいっぱい貰えますし、あと、公式SNSもフォローしておくとお得なコード配布のとき便利だったり! あと、あと! 初心者におススメデッキとか、構築の仕方とか! あのあの、ファナのスリーブも見てほしくて……すごく可愛くて!」
真っ赤な顔のままファナさんは前のめりで説明を始める。青色の瞳の中に戸惑っている俺が映っている。
自分の好きなものを相手が興味を持ってかつ共有できたとき、食らいつくみたいに喋りたくなる気持ち、よくわかる。
「フォローしておきます、あとで」
「ぜひぜひ!」
予鈴が鳴るとファナさんは我に返り、距離が縮まっていたことに慌てながらその何倍も後ろに下がりバタバタと手を振りだした。
「あ、いけない……こんな時間。そ、それじゃ先輩……」
「ええと、また、放課後にですね……」
「――は、はいっ! また放課後で!」
今朝一番の大きな声でファナさんは返事をすると、深々とお辞儀をして走って行く。その背中を見つめる俺。
ゲーム友達かあ、いいなあこういうの。
俺の好きなゲームも知ってるかな? 機会があったら話してみたい。
この時は俺も嬉しくて忘れていた。
ファナさんはゲームでは本気になる。
その容赦のなさ、テンションのふり幅を垣間見たはずなのに、すっかり頭から抜けていたのだった。




