13話 ココナッツに恋して
「ナイトメアセンパイに勉強教えてもらえばオレらは楽勝だろ? まだ慌てる時間じゃねえ。こっちにはセンパイというチートがある」
女子さんは腕まくりした袖を直して襟元を正し、スカートを払い、わざとらしく身なりを整える。
そして俺を見てパン! と両手を合わせた。
「容赦なく勉強教えてくれ! 女子代表として頼む! じろじろ見てたこと許してやっから!」
「えっと……分かる範囲でいいなら」
女子さんが両手を合わせたまま近づいてくるので承諾するしかなかった。
「ああっ、ナイトメア神!」
「梶です――ってナイトメアでもないですって!」
「わらおー会みんなでお勉強会とかしたら楽しそう、です……。お菓子とか広げて、美味しいお茶飲みながら……なんて」
ファナさんの周りにお花が咲いているのが見える。
「休憩時間にみんなでパーティ系のゲームするんです……すごく盛り上がると思います……! ガチで忖度も遠慮も一切なしで、相手をとことんまで突き落とす。なんだか滾りませんか?(にこ)」
ファナさんから力強い意志が感じられ教室内に戦慄が走る。ガラスにヒビが入る音と一緒だった。
それを突き破るのは白井さんしかいなかった。
「ごめんごめん! うちが脱線させてもた! 今日は芸名とコンビ名! それ決めな勉強会も何も始まらん」
「そ、そうだな」
身震いしていた女子さんは寒気を催していたのか上着を羽織っていた。
「でもオレは本名でいくつもりだぜ?」
「本名かあ。ネタは女子シリーズやろ?」
「ああ! 伊ケ崎女子の女子の女子による女子のための常識シリーズ!」
「思ったんやけど、女子ってさ、”ここ”って知らない人は読めへんかもよ? 例えばひらがなでここって芸名にして、実は漢字で女子で書くんです、とかで掴み入るとかはどう?」
「いいじゃん! でもひらがなでここってすると、バカっぽく見えないか?」
「……」
一同は申し合わせたように口をつぐんだ。
「えっと、ココナッツ、なんてどうかな……? ここちゃん夏生まれでしょ? だからここと夏を合わせて、ココナッツ」
少しだけ手を挙げたファナさんが女子さんを見て提案する。
「おぉ。ココナッツか、カッコカワイイじゃん! さすがファナだぜ!」
「うんうん! いいと思う! 書いとこか、ココナッツと……」
チョークを鳴らし黒板に候補名を書く白井さん。
「ファナは出ないから一生懸命、名前考えるね」
「最初の紹介どうする? ココナッツだぜ! か?」
「そうだね……例えば、常夏生まれのトコナッツ、改めココナッツです……とか、どうかな?」
ファナさんは思いついたように人差し指を立て控えめな声で案を出す。小さく膝を曲げたので金髪のツインテールも一緒に揺れた。
「ファナ! いいじゃんそれ! ほのか、黒板に書いとけ!」
「あいあい」
人前で話すのは苦手で、普段は発言するのも遠慮がちな雰囲気を持っているが、ファナさんはいつも真剣に考え、応えようとする。
名前当てゲームのときもそうだ、小さなことでもリアクションを返してくれる。
ゲーム中のあれは真剣さ故。感情移入しやすいのだろう。
「どんどん言っていこ! うちらのコンビ名でも! 梶くん、うちらのコンビ名、なにか案ないです?」
「えっと……」
「ナイトメアーズ!」
俺が言葉に詰まっていると、女子さんが元気よく挙手する。
「それ梶くんの芸名やからなあ」
「芸名でもないです」
「ふふふっ」
女子さんがボケて、白井さんが補足して、俺が突っ込んでファナさんが笑う。一連の動作みたいに自然で、先週会ったばかりとは思えないくらいの連帯感だ。
まあ、そのほとんどが俺をいじるときなんだけど。
だからこそ俺も遠慮なく口を出せていた。
「ほのかは漢字系がいいのか? 英語か?」
「漢字はお堅いイメージあるんよなあ。ひらがなとかカタカナがいいかも。覚えやすいやつ。でも芸名つけるなら名前は漢字がいい! 憧れる~!」
「こりゃ難しいぞ、今日で決まるか?」
腕を組んで歩き出す女子さん。
ファナさんは椅子に座りネットに何かないか検索を始める。
「どうですか? 梶くん」
先ほど一つだけ思いついたのがある。
ひねり出して出したみたいじゃなくて、なるだけ自然体な風で言ってみよう。
「ひらがなかカタカナですよね。例えばですけど、ファイヤースミスとか」
「ほのかの炎でファイヤー、梶の鍛冶でスミスとか言ってんじゃねえぞ」
「すいませんそう言ってるんです……」
言い終わってすぐに女子さんに冷めた目で見られる。
めちゃくちゃ切り返しが早いしその通りだった。
言い終わって一秒も経ってないんだけど思考読まれたのかな?
「とりあえず書いときますね!」
白井さんにとりあえず救ってもらえた。ちょっとだけ悲しいが、発言できただけでも俺は進歩してると感じる。
ほんの数日前「女子と喋るなんてもってのほか。同じ空気を吸えるだけでありがたく思え」と清水に諭されたばかりなのだ。
何より、変な表現かもしれないが、スベったとしてもそれはそれでおもしろいのだ。わらおー会の中でなら。
「漢字だけならかしこまったイメージですけど……間にひらがなを入れるのはどうでしょう。一夏の恋、とか」
「はははは!」
ファナさんの提案に突然女子さんが笑いだす。
「いい! だって、ナイトメアが輝くのって今だけじゃん!」
「どゆこと、こーちゃん」
「ほら、どうせ来年になったら受験があーとか言って、受験生ぽいナイトメア臭だしてダークサイドに堕ちるだろ。そうなったらお笑いどころじゃなくなるじゃん」
「あ、そっか。梶くん、来年受験生や……」
ぐさりと槍で貫かれたような気分だった。一気に現実に引き戻された気分だ。
「あああ……」
つい頭を抱え近くの椅子に座り込むと笑いが起こった。
「ナイトメアあああ、でいいじゃん!」
「うちどこにもおらんけどな!」
女子さんの追い打ちに白井さんは笑いながらツッコむ。
ファナさんは笑いの声を大きくする。馬鹿にしてる笑いじゃない。
わらおー会にとってはこれが普通の会話。
それ以外の他意はないのだ。……たぶん。
「それにしても一夏の恋、か……なんか、いいかも。めくるめくアバンチュール!」
白井さんが黒板に一夏の恋とアバンチュール、二つの案を書く。
「一夏の恋、いいな。二年の男子と一年の女子がさ、一夏の恋でーすって登場してきたら爆笑もんだろ」
意見交換は盛り上がり、時間はあっという間に過ぎていく。
結局、今日決まったのは女子さんはココナッツでエントリーするということだけだった。
あとは喋るだけで終わったが、俺にとっては味わったことのない有意義な時間だった。




