11話 「東高等学校お笑い王座決定戦」
放課後。
緊張で顔を強張らせている清水が隣にいる。
「ほんとに迎えにくるのか……?」
入会の手続きのために放課後迎えにいくと白井さんから連絡があった。
休み中チャットで喋っていたけど、いざ直接会うとなるとやっぱり緊張する。
自然体を装っているが、俺も清水と同じ顔をしているかもしれない。
「てかなんで一緒に待とうとしてんだよ、行ってくれよ同好会に」
「これはもう笑同の活動だよ。白井さんの件って言えば休んでも許される」
「お笑い同好会がだんだん怖くなってきた……」
「ちゃんとこの目で確かめなくちゃいけない。友人として梶を信じてやりたいが、ほのかちゃんが梶に声をかけるわけないんだ。仮にそうだだったとしても、うちみたいな平凡なクラスに来るわけがない。そんなことあるわけがないんだ」
「クラスごと持ち上げるのはどうかと思うぞ」
清水がソワソワするものだから俺までソワソワしてくる。
それにしても邪魔すぎるが、引き剥がせる方法が思いつかない。
清水にはわらおー会に入ることを伝えるべきだと思って伝えたけど、内緒にしてた方がよかったかもしれない。
「教室の中で待ってたら入りにくいよな。廊下で待ったほうがいいかな?」
思いついてそう呟くと、
「よ、よく気づいたじゃないか梶。うちみたいな無味乾燥なクラスの空気を吸わせるわけにはいかないもんな。お笑いの感性で湿った、ほのかちゃんのか細い喉が乾燥してしまう」
「俺が言うのもなんだけど、清水ちょっときついぞ……」
廊下に出るとぴょんぴょんと跳ねるように歩いてきた白井さんを見つける。
生徒達の隙間から目が合うと、ぱあっと咲いたような笑顔になり小走りで駆け寄ってきた。
「おおおおおい、おい!」
俺の体を激しく揺さぶる清水。
「梶くーん! お待たせしましたっ!」
「は、梶くん!?」
清水の声が裏返る。俺を揺さぶる勢いが最高潮に達する。
気持ち悪くなってきたので無理やり引き剥がす。
「あはは! 梶くんめっちゃ揺れてた! あれ、えっと、お友達ですか?」
首を傾げて清水を見ると、彼の背筋は引き延ばしたかのように真っすぐになった。
「こここ、こんにちは! わ、わたくし、梶の友人で、清水と申します! お笑い同好会で活動しています!」
「そうだ! 見たことあるなあって思ってたんです。お久しぶりです!」
ぺこりと白井さんは頭を下げる。
「大変ご無沙汰しております! 覚えて下さって恐悦至極に存じます!」
嬉しそうに声を弾ませながら俺を肘で押してくる。
清水の気持ちはわかる。
分かるんだけど、今だけは隣に並びたくなかった。
「あはは……そんなかしこまらないでくださいっ、うち後輩なんですから!」
白井さんも清水のガチガチテンションに苦笑いしている。
「そ、それじゃ白井さん、その、手続き教えてもらえますか?」
白井さんは困り顔で笑うので助け舟を出そうと俺も声を出すが、声のうわずり方は清水と大差なかったことが悲しい。
「はい! さっそく職員室に行きましょう! 手続きといっても、申請書に名前書くだけなんですけどねっ、へへっ」
にこっと笑う白井さんに清水は「ぐっ」と、胸を撃たれたように抑えつけた。
もうほっといてさっさと行くほかない。
白井さんは小さく清水に手を振ると、清水は深々とお辞儀をするのだった。
◇ ◇ ◇
入部届(入会届を兼ねている)を提出し終えた俺は正式にわらおー会の一員になった。文化祭のときに一緒に行った教室に向かう途中、不意に白井さんは足を止める。
「梶くん。うちの相方ってことでいいんですよね?」
目にかかりそうな前髪を指先で横に揃えながら控えめな口調で尋ねてきた。
相方――
白井さんはコンビを組みたいらしく相方を探していたと言っていた。
他人のことは簡単に言えるが、いざ自分のことや白井さんを相方と呼ぶのはこの上なく恥ずかしい。
単純に俺が相方の響きが恋人みたいだ、なんて勘違いしているだけなんだけど。
「はい、こんなんでよければ……ですけど」
心では自由に遠慮なく喋れるのにどうして口からそのまま出ないのだろうか。
素直にもちろんですとか言えれば……って、それができてたら苦労はしないか。
「へへ。コンビ結成」
はにかむ白井さんはやっぱり子供っぽい笑顔だ。見ているとつい俺の頬も緩みそうになる。
でもほんとに俺なんかでいいんだろうか。きっとお笑い同好会の方がお笑いに詳しかったり面白い人がたくさんいそうだけど。
つい癖で後ろ向きなことを言いそうになるが、白井さんの顔を見ていると自然に飲み込むことができた。つられて笑ってしまいそうになったり、白井さんの笑顔は気持ちまで前向きになる不思議な力があった。
教室に着くと、白井さんは勢いよく扉を開く。
「みんなー! 梶くんが正式にわらおー会のメンバーになったで!」
「わぁ! ぱちぱちぱち……」
読書していたファナさんは白井さんの声に顔を上げると、緩やかな清流のような笑みを添えながら音が鳴らない拍手音を代わりに口で表現する。
ファナさんから放たれるおっとりとした雰囲気は、一緒の空間にいるだけで心が洗われるようだ。
「おー、ナイトメア梶!」
靴を脱ぎ、椅子の上であぐらをかきながらスマホをいじっていた女子さんは、いたずらっぽく片方の口元だけ上げて手を上げる。
スカートであぐらなんて目のやり場に困る。無防備というか、本人は気にしてないというか女子さんのだらしなさは性格なのだろうか。
「それ本名じゃないですって」
思いのほかすらすらと言葉が出た。
これもチャットで会話し続けた成果だろうか。少しだけ成長している気がする。
「も、もう。すぐにからかうんだから、ここちゃん」
「わはは! いいだろもうナイトメアでよ」
けたけたと笑う女子さんとの間にファナさんが入る。なんだか二人の普段の構図も目に見えてくるようだった。
「はいはーい! みんな、ちゅうもーく!」
バサっと大きな紙が開く音がする。
教壇の上に立っていた白井さんは一枚のポスターを貼り付けていた。
「どどん!」
ファナさんと女子さんは席を立ちポスターに近づいていく。
俺も揃って同じ位置に移動する。
何か大きな文字で書いてある。
「――東高等学校お笑い王座決定戦?」
ポスターに書かれている文字を読み上げると、白井さんは大げさなくらい大きく頷いた。
「そう! うちらはこれに出ます! そして、優勝を目指します!!」




