第13話 ラスボス登場
エリーニャと悪魔は向き合って対峙していた。まるでこれから二人で戦いが始まるかのような緊張感が満ちる。
「お前、アシュラでなく悪魔だな? アシュラの身体を乗っ取っているだけだな?」
『ご名答』
声自体はアシュラのものだが、響きや口調は人ならずもののようだった。聞いていると虫唾が走りそうになるが、ぐっと堪えた。
『アシュラもルナも馬鹿な人間よ。小娘の命を生贄にし、いつも俺を呼んでいたのさ』
「なんで、アシュラやルナは倒れてるんだ?」
とりあえずハンナ、アシュラ、ルナは生きているようでホッとしたが、油断できない状況だ。エクソシストのように悪魔を追い払うべきか?
今の肉体はか弱いエリーニャだ。力では簡単に負けるだろう。
『アシュラもルナも愚かな人間だったのよぉ。良心が痛むからこれ以上、生贄儀式をやりたくないと懇願してきたんだわ』
悪魔は、ウンコでも見るような視線をハンナやルナに向けた。
アシュラやルナに良心があった事に少しホッとしたが、悪魔は怒ったのだろう。案の定、生贄儀式をやりたくないというアシュラやルナを殺すと脅したらしい。そこで二人とも気を失ったという事か。おそらくハンナも恐怖で気を失ったのだろう。
『アシュラもルナも使い物にならんな。やっぱり人間はクソだわ』
悪魔は、そう言ってニヤニヤ笑っていた。姿形はアシュラだが、だんだんと悪魔の形に見えてきた。このままだと肉体も魂も全部悪魔に乗っ取られてしまうだろう。
一刻も早く悪魔を追い払わないければ。無力なエリーニャは、祈ろうとした。
『ふふふ。あはは!』
ここで悪魔は身を捩り、苦し紛れに大笑いしはじめた。やはり、悪魔にとって人が祈られるのは都合が悪いのだろう。エリーニャは無視し祈り続けた。
側からみたら何の攻撃もせず祈るエリーニャは、無力だろう。それでも祈らずにはいられない。
『やめろ、神の名前を出すんじゃない!』
ただ、悪魔は「イエス・キリスト」という名前には過剰に反応し、嫌がっていた。やはり、神様の御名前は、悪魔にとっては都合が悪いのだろう。エリーニャという人間には全く怖がっていないが、神様には明らかに怖がり、声も小さくなってきた。
この事で悪魔も何かスイッチが入ってしまったらしい。攻撃を仕掛けてきた。といっても悪魔の攻撃は、誘惑という手段を使うのだが。
これは聖書の時代から全く変わっていないようだ。聖書ではイブという女性が出てきたが、悪魔に「神様のようになれるよ」と誘惑された。
悪魔はそれと全く同じセリフを言っていて、エリーニャは呆れてしまう。今だにに当時の成功体験に浸っていると思うと、逆に憐れみを持ってしまった。可哀想なやつだ。
「まだ、人間は神になれるっていう誘惑をやっているのです? 全く時代遅れで呆れてしまいますわ」
エリーニャはお嬢様言葉を使うぐらい余裕が出てきた。ツンと顎を出し、いかにも悪役令嬢っぽい仕草もしてみる。こういうのを一度やってみたかった。
「悪魔は聖書の時代から全く成長していないですわね。もう少し成長したらどうですの?」
ホホホと悪役笑いもやってみた。この笑い方も一度やってみたかった!
『おぉ、お前は悪役令嬢をやってみたかったのか?』
しかし、悪魔はここでスキをついてきた。
『いけないんだ! 聖書では、女装は罪って書いてあるのに、こいつ罪を犯してますよ! 女になってゲーム世界を楽しんでますよ、神様ぁ!』
悪魔は、聖書では別名「訴えるもの」だ。人に誘惑も仕掛けるが、罪を犯した人に訴えるような事を言い、攻撃してくるのだ。
さすがのエリーニャもぐっと押し黙る。悪役令嬢になりきり悪ノリしている場合ではない。確かに悪魔は強くはない。神様からすれば超弱い。でも、無力な人間からしたら、悪魔は油断できない存在だった。
『でも、このゲーム世界はいいよね?』
罪を訴えていたかに見えた悪魔だが、突然手のひらを返してきた。態度が極端に変わり、心が揺さぶられていた。
『神なき世界だから、逆に宣教も楽だね? このままずっとこの世界にいれば、修道女達にチヤホヤされてハーレムだね。反抗期の娘もいないし、キリスト教に否定的な人もいないね? どうだい? この天国のような世界に一生いたいね?』
悪魔は今はアシュラの形をとっているが、舌を出した。その姿は蛇にしか見えない。
心がグラグラ揺れていた。
『本当にこの世界は天国のようなメタバースだね? 永遠にいたいよね?』
確かにここは、ファンタジー世界の素晴らしい場所だ。特に修道女達のハーレム状態になるのは素晴らしい。
でも、でも……。
頭の中に聖書の言葉がいくつも浮かんで消えていく。神様が用意してくれる天国は、こんなチンケな世界ではないだろう。苦しみも悲しみも罪もない世界だ。永遠に神様と一緒に暮らせる。
環奈の姿も目に浮かぶ。
全く自分の思い通りにならない娘だが、自分がいなくなったら、あの子は苦しむのに違いない。夕食も弁当もろくに用意できないはずだ。
それに元いた世界では、神様を知らず苦しみ人が山ほどいた。このままだと滅びの道だ。一人でも救いの道を案内したい。
この世界は確かに夢のように素晴らしい。修道女達のハーレム状態は、本当に素晴らしかった。
だからって非現実世界の逃げたらダメだ。そこに逃げたら、救いも大事な娘も使命も全部失う事になる。
現実を見なければ!
今、自分がしなければいけない事は、現実から逃げる事ではなく、自分の心の弱さと向き合い悪魔と対峙する事だ!
『どうだい? ずーっとこの夢みたいな異世界で悪役令嬢やっていたら幸せだよーん』
「うるさい!」
エリーニャは、お嬢様言葉などすっかり忘れて叫んでいた。
「こんな世界はいらねぇよ! 俺はお前なんかでがなく、神様と一緒に現実世界で生きる!」
誘惑を跳ね除けた。悪魔は、ぐっと顔をしかめ、その場に崩れ落ち始めた。
「父と子の聖霊の御名によって、お前を縛る! 今すぐ、イエス様の足元へ行け!」
そう言った瞬間、アシュラから悪魔が抜けて消えていくのが見えた。
『くそ、覚えてろよ!』
捨てセリフは吐いていたが、もう大丈夫そうだった。
ハンナ、アシュラ、ルナの様子も見た。気を失ってはいるが、肉体は何も問題が無いようだった。
「はー、助かった!」
再びあたりを確認したが、悪魔は本当に消えたようだった。ほっと力が抜けてくる。突然このゲーム世界が終わったりはしないようだったが、とりあえず一山越えたようだった。
「エリーニャ、助けにきたわよ!」
そこにユリヤやジュリーが駆け込んできた。他の修道女も何人かいたが、みんな製菓用のボウルを抱えていた。その中には、小麦粉の塊が入っていた。
「アシュラ、もう許さないわ!」
ユリヤは小麦粉の塊をアシュラに投げつけた。他の修道女達もそれに続き、アシュラは小麦粉まみれになっていた。お陰でアシュラの目がさめていた。
「ちょ、みなさん! もうアシュラを責めないであげて!」
エリーニャは、お嬢様言葉で止めたが、誰も言う事を聞かない。いつのまにか目覚めたハンナやルナも小麦粉を投げつけていた。
「もう、カオス! 何がなんだかわからんよ」
佐藤恵理也(47)そのものようなぼやき声が漏れるが、 アシュラを懲らしめる修道女達は楽しそうだった。
「よし、私もアシュラを懲らしめますわ」
エリーニャもキャッキャと笑いながら、小麦粉まみれになり、修道女達と戯れていた。
「やめてくれよー、みんな!」
アシュラの情け無い声が響くが、修道女達は小麦粉攻撃をやめなかった。
確かにこの時間は、とても楽しかったが、長くこのままではいられない気がした。
どうやったらゲームクリアになるかは不明だが、そろそろこの世界は終わりそうだった。




