見守るもの
【城塞戦】が決まった翌日のことだった。
木こりのグリューンは森の前にいた。
背後には二十名のきこりがいる。種族は、ばらばらだ。
彼は森に入る前、深々と頭を下げた。
「この区画の木々は切らないと言った。だが、守らないといけないものがある。申し訳ない」
森に、木々に謝っていたのだ。
背後の者たちはぎょっとした。まさか、そんなことをいいだすとは思わなかったからだ。
彼には木を切ることしかできない。
そして今最も求められている。死ぬ気で成し遂げる。
ただ、森に申し訳なかった。
「全て終わったら植林もする。もう一度謝る。だから、森よ。木々よ。力を貸してくれ。そして伐採させていただこう」
そして後ろを振り返る。
「みな、待ってもらってすまなかったな。俺の自己満足だ。でも、どうしてもやらないといけなかったんだ。いこうか」
木こりたちは顔を見合わせ、全員、森に頭を下げた。
「お主ら……」
「終わったら俺たちも植林手伝うぜ」
「切らないって約束の区画だったもんな」
「ありがとう。森に感謝しながら、全力でいくぞ!」
「おう!」
木こり達の戦いがはじまったのだ。
アーニーが伐採の申し出があったとき、グリューンは全力で拒否した。
「申し出はありがたい。しかし、ここは俺らに任せてくれ。あんたが、やるべきことは山ほどあるだろう?」
「人手が足りないだろ」
「やり遂げてみせる。必要な数は絶対に用意する」
「無理するなよ、グリューン」
「あんたは気を遣いすぎなのだ。俺らをもっと信用しろ」
「わかった。――任せたぞ」
グリューンは頷いた。
グリューンは並々ならぬ思いがある。
アーニーとは、名前の無い町でも、最も古い付き合いがあると胸を張っていた。
兄弟たちがマエストロの指導を受けるなか、彼にしか出来ないことがあると思っていたが、やはり内心は辛いこともあった。
しかし、今。
アーニーを支えることができる。
彼にしかできない。彼にしかできない仕事なのだ。
伝説の一夜城再現のために。
彼の切った木々で、だ。
自らの行いは森を拓くもの。そして皆の命を守ることに直結していること。
今までこれほどわかりやすい形で双肩にのしかかってきたことはなかった。
これほど誇らしい仕事はあっただろうか?
命に替えてもやり遂げないといけない場面とはこういうことを言うのだろう。
【城塞戦】開始二日前。
彼の仕事は終わった。
全員で森を出る。
彼はまた、木々に頭を下げた。
他の木こりもそれにならう。
「ありがとうございました。木々はどれも無駄にはせんと誓おう。願わくば、この木々で作られた城塞が、タトルの大森林の加護がありますように」
そういって彼らが背を向け、離れようとしたとき――
『いいよ』
声がした。
慌てて振り返った。他の者も聞いたのだろう。後ろを振り返った。
何も、誰もいなかった。
冬の森が、静かにそこにあるだけだった。
アーニーは作業場で魔法を使い製材を行っていた。
運び込まれた丸太を、用途に応じて製材していく。今日中に仕上げ、夜中にくみ上げるのだ。
ウリカとエルゼがつきっきりでMPを回復していく。
「アーネストさん」
ロジーネから声がかかった。
「材木に何かしました?」
「いや、まだだ。建築したらレクテナに防御付与をしてもらう予定だ」
「あれ? 丸太の時点で」
「なんかあった?
ロジーネがしきりに首をかしげている。それに気付いたイリーネもやってきた。
「これ。アーニーさんが加工した材木が【祝福された材木】になっています」
「何もしてないぞ…… おっちゃん今ここにいないし」
祝福を与えられる存在は基本的に神々しかない。祖霊には物品に祝福する力はない。
「ですよね。そして丸太が【祝福された丸太】で搬入されているんですよ」
「グリューンが何かやったのか? 何も聞いていないが」
彼は何も言っていなかった。
「丸太と言えばアンデット特攻だもんね!」
「いや、それはないから。祝福してくれるにしても、精霊かな。神々は手を貸すはずないし」
アーニーが丸太に近付いていく。
「鑑定してみましょう。――これは…… 嘘でしょ……」
いつになく動揺しているロジーネをみて、アーニーとイリーネが近寄ってきた。ウリカとエルゼも付いてくる。
「どうした?」
「何があったの?」
「はい。二回鑑定しました。この材木と丸太は【タトルの大森林】からの祝福を受けています」
「大森林!」
「嘘。そんなことって」
ウリカとエルゼも目を見開いている。
タトルは巨大な山脈であり、大森林はその麓の広大な森を指す。それは場所を示す言葉に過ぎない。
しかし、目の前に【タトルの大森林】の祝福を受けた材木があるのだ。
「ひょっとして、大森林の意思のようなもの……?」
「嬉しいが…… これは凄いことだな」
思いもよらない事態だった。これほどの吉報はない。
「終わってからみんなに知らせないとね」
「グリューンは凄いな。さすが俺の友だ。今日の夜作る砦の名前、決まったな。【タトルの城塞】だ」
「それ以外ありえないですね。大森林が見守ってくださるとは」
エルゼが頷いた。この話をエルフ族に持ち帰ったらまた大騒ぎになるということも。
「タトルの名のもとに負けるわけにはいきません」
ウリカもまた、その祝福の重さに気付いていた。
彼女の生まれ育った地の加護。光栄にさえ思う。
「ああ。最後のひと踏ん張りだ。今日の夜一気に組み立てる」
アーニーもまた、決意を新たにした。




