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忘れな草 ~赤い布の真相~  作者: 結城 智
第2章 初デート
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第18話 追憶~皐月との初デート~

 皐月との初めてのデートは、ジャズフェスティバルを一緒に見て回ったのが始まりだ。


 通称、定禅寺ストリートジャズフェスティバル。宮城県仙台市の定禅寺通りを中心に、仙台市都心部各所の街角屋外をステージに催される市民音楽祭である。


 伊村さんが水野さんのこと好き。そんな噂が流れ三ヶ月が経った今は、僕も元の日常に戻っていた。というのも、一ヶ月くらいは興味本位に聞いてくる女の子や嫉妬する男もいたが、人は飽きやすいもので、一ヶ月くらい経てば興味も風化していく。


 ただ、伊村さんにとってみれば、その噂が風化してまた好意を持って近寄ってくる男が現れるのが困るため、よく僕の元に近寄ってきた。そして、帰りの時間が一緒だと「水野さん。一緒に帰りませんか?」と皆がいる前で、照れ臭そうに誘ってきたことが多々あった。


 周りはそんな伊村さんを不憫に思い、よく女の子には「早く付き合ってあげなよ」と、余計なお節介が飛んでくることもあったくらいだ。


「水野さん。ジャズフェス好きなんだって?」


 バイトの帰り道。お互いに自転車を押して帰っていると、伊村さんが不意にそんな言葉を切り出してきた。どこからその情報を仕入れてきたは知らんが、僕は嘘をつく必要もないので「好きだよ」と、簡潔に答える。


「実は私も好きなんだ。でも、毎年一緒にいっている凛が、今回外せない用事があるからごめんって断られたんだ」


 誰だ、凛って? 友達だろうか。まあ、どうでもいいけど。


「水野さんは誰と行くの?」

「一人だよ」

「嘘ッ。いつも一人なの?」

「いや。いつも家族と行ってるよ。でも、今年は両親共にその日、別件の用事があるみたいで。兄さんは彼女と行くだろうし。まあ、仕方ないね」


 いつかはこんな日がくると思っていたが、いざそうなると寂しい。残念なことに友達もジャズフェスには全く興味がないので、無理に誘うのも心がひける。


「じゃあ、一緒に行こう」

 さらっとした口調で、なんの恥ずかしさもなく伊村さんは言う。僕は特別にびっくりはしなかった。きっと、伊村さんなら言うだろうなと思っていたからだ。


 僕は考える素振りもなく「いいよ」と答えると、誘った伊村さんの方が鳩が豆鉄砲食らったような顔をする。


「えっ。いいの?」

「断る理由はないからね。僕も一人はちょっと寂しいと思ってたよ」

「凄いな。ヒネクレ者の水野さんに一発OKもらっちゃったよ」


 ヒネクレ者は余計だ。やっぱり、行くの辞めようかな。そんな意地悪を言ってやりたかったが、素直に嬉しそうにする伊村さんの横顔を見ると、そんな気持ちは自然と消えてしまった。


 デートと呼べるかわからないが、初めて伊村さんと出かけることになったのだ。




 そして、ジャズフェス当日。思いの他、お互い音楽の趣味もあい、楽しい時間を堪能できていた。

しばらく歩き回った後、僕達はかき氷を買って、近くのベンチに腰を落とす。


 伊村さんは、イチゴシロップのかかったかき氷を美味しそうに頬張っており、僕は安心しながら空を見上げる。そんな時、不意に伊村さんは「水野さん」と声をかけてきた。


 視線を戻すと、先程の柔らかな表情から一変、真剣な視線を向けている。


「今まで言えなかったけど、ごめんね。私の身勝手な行動のせいで、バイト先で水野さんにはたくさん嫌な思いをさせてしまったと思うから」

「反省していたんだ。へぇ、意外」


 反省するように俯く伊村さんを見て、僕はつい口を滑らす。すると、伊村さんは「意外ってなによ」と眉間に皺を寄せていた。


「別にいいよ。でも、伊村さんも大変じゃないの? そんな風に生きて」


 誰に対しても顔色を伺い、笑顔を欠かさず振る舞い続ける。伊村さんが理不尽な理由で怒られるところを何度も見てきたが、彼女は素直に反省し、反論を口にすることはけしてない。


 簡潔にいえば、物分りのいい奴。いや、物分りが良すぎる。だから、時々心配になることがあった。逆をいえば、彼女の性格上、人に対して身勝手な行動することはない。だから、ある意味、僕に対してだけは、少し素をみせてくれているのではないかという、高揚感は少なからずあった。


「うん、大変。昔は結構、悩んだんだよ。でもさ、性格なんて簡単に変えられるものじゃない。確か槇原の歌にあったよね? 例えば髪を切るように、生き方は変えられないって」

「ズル休みね」

「おお。さすが、詳しいね」


 僕がさりげなく答えると、伊村さんはおどけたような顔で拍手する。


「でも、最近は吹っ切れたよ。このままでいいかなって。まあ、水野さんには迷惑な話しだろうけど」

「まあ、構わないよ。いつか本当に好きな人が現れるさ」

「うん。ありがと。でもね私、最近、本当に水野君のこと好きになってきたよ」


 いきなりの告白に、僕は返事に困り目を泳がせてしまう。そんな僕の姿に伊村さんは吹き出したように笑う。


「からかわないでくれるかな」

「からかってないよ。本当だもん。水野さんって、特別格好良いわけでもないし。活発で男気がある感じでもない。でも、皆に対して平等に優しいよね」

「ああ。よく言われるよ、八方美人ってね」


 僕はつい投げやりな口調に言い返した。途端、伊村さんは僕の肩に触れ、直視する。


「私は八方美人が悪い言葉だと思わないよ。さっき、言ったよね。私、このままでいいかなぁって、自信持てるようになった切っ掛けは、水野君だからね」


 言われて僕は初めてハッとした。そう、なんで今まで気付かなかったのだろう。


 誰にでも隔たりなく優しい。いわば、八方美人。それは僕だけではない。伊村さんも同じ性格だということ。


 きっと、僕達がずっと平行線だったのは、似た者同士だったからかもしれない。


「私は水野さんの存在が救いだったし、尊敬もしていたよ。だって、生き方は一緒なのに、水野さんは器用に生きている。面倒臭い状況になってないじゃない」

「それはね、僕と伊村さんには、大きい違いがあるからだよ」


 僕がそう言うと、伊村さんは目を輝かせ「えっ。何?」と聞いてくる。


 その答えを僕の口から言えというのか。なんて残酷な娘だ。


「さっき、君が自分から言ってたでしょ。僕は容姿も整っていない。といって性格も男らしくない。だから、今まで女の子に告白されるようなことがなかった。でも、伊村さんは違う。美人だし、ちゃんと女の子だ」


 ちゃんと女の子ってどういう意味だよ。今、言っている僕本人が突っ込みたくなった。だけど、伊村さんは「成程」と、ちゃんと納得した顔をしてくれている。しかし、こういう風にいざ口にすると、虚しくなってくるものだな。


「じゃあ、水野さんは掘り出し物だ」

「掘り出し物?」

「そう、掘り出し物。私、超ラッキーだ」


 意味不明なんですけど。と、そう言う前に伊村さんは、ベンチから立ち上がって僕を見た。


「ほら。行こう。次、あっちでゲーム曲を演奏するんだってよ。ロックマン、FFの演奏だって」


 なに。それは見ものだ。


 僕は伊村さんの声につられるように立ち上がった。


 意味不明だった言葉の意味は、結局最後までわからずじまいだった。



                  第二章 初デート 完


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