第8話 見てはいけない数字
オットーは店に入ってすぐ、入口脇の武器箱を値踏みした。剣を預ける場所だと伝える前に、木の種類と補修費を口にする。ようやく値踏みが終わったところで剣を預かり、番号札を渡すと、その札まで指で弾いた。
「一枚ずつ彫ったのか。手間賃を入れると、思ったより高いですね」
「お客さんからはお金を取ってませんよ」
「それなら、よくなくなるでしょう」
オットーは鑑定を商いにしているらしい。意識して目を凝らせば、物の材質や値段、人の能力の数字まで分かるという。本人の話を疑ったわけではないが、まだ注文もしていないうちから店の椅子を一脚ずつ調べられると、落ち着かない。
「飲み物は?」
「まずは水割りを。氷の値段も見てみたい」
「飲む前に全部調べるんですか」
「仕事柄、気になるものですから」
オットーは笑った。ヘルガは笑わず、普段より大きな氷をグラスへ落とす。
オットーは店の酒をひと口飲み、棚の瓶と自分のグラスを見比べた。
「この酒の仕入れ値は、一本で銀貨二枚ほどですね」
「そうだよ」
「一時間のセット料金が銀貨三枚。水割りは何杯でも、でしたか」
「席とお通しもついてるよ」
「分かっています。二時間座って、何杯飲めば仕入れ値を超えるかと思って」
ヘルガが料金表を指した。
「計算している間にも、セットの時間は過ぎるよ」
オットーは料金表とグラスを交互に見た。ルルが出したお通しにも値段をつけようとしたので、私は皿を彼の手元へ寄せる。
「冷める前に食べてください。値段は変わりません」
「冷めれば、味の評価は下がるかもしれませんよ」
「その評価は聞かずにおきます」
客席には、仕事帰りの男が一人いた。オットーはお通しを食べながら、その男へ目を向ける。男が水割りを注文したとき、オットーは目を細め、「十二」と呟いた。
「何が十二?」
私が聞くと、男の能力の段階だと言う。向こうにも聞こえたらしく、男はグラスを置いた。
「勝手に見るなよ」
「すみません。つい、仕事の癖で」
「口に出さなくてもいいだろ」
オットーはもう一度謝り、男は残りの酒を飲んで帰った。ルルが勘定を受け取る間、私はオットーの前に水を置く。
「ここでは、人の数字は本人が頼むまで調べないでね」
「品物なら構いませんか」
「値札がついてる品物も、できれば見たままにしておいて」
「商人には難しい注文です」
「うちのお客さんにも、見られたくないものがあるんですよ」
オットーは水を飲み、さっきの男が座っていた椅子を見た。椅子の材質については何も言わなかった。
ルルが戻ると、今度は彼女がオットーの視線に気づいた。尻尾を後ろへ寄せ、私のそばに立つ。
「私の能力も見えますか」
「見ようと思えば。ただ、今は見ません」
オットーが両手をグラスに添える。ルルの尻尾が足元から離れた。隣の椅子に腰を下ろしてから、もう一度オットーの顔を見た。
「それなら、私、いくつに見えます?」
ヘルガが笑った。オットーはすぐには答えず、ルルの角と尻尾をちらりと見る。
「鑑定の依頼ですか。それとも、見た目の話ですか」
「見た目です。年齢は自分で知ってますから」
オットーは私を見た。助けを求められても、私にも正解は分からない。
オットーが先に答えを聞きたがると、ルルは七十八歳だと教えた。サキュバスでは、まだ成人したばかりらしい。オットーはグラスを持つ手を止め、ルルはその顔を不思議そうに眺めていた。
「なるほど。私の予想は外れました」
「いくつだと思ったんですか」
「今は言わない方がよさそうです」
ルルは尻尾を左右に動かしていたが、それ以上は尋ねなかった。
「商人なのに、肝心な値を隠すんだね」
「数字を伝える相手は選びます」
少し前にもそうしてほしかった。私はカウンターに落ちた水滴を拭き、オットーのお代わりを作った。
鑑定の仕事でも、大切な品物だと言われて見たら、持ち主が思うほど値がつかないことがあるそうだ。ルルが、そんなときはどうするのかと身を乗り出した。
「まず、どこで手に入れたのか聞きます。商人から高く買った品なら、正直に伝えます。でも、家族から譲られた物は、すぐに値段を言わない方がいい場合もある」
「じゃあ、分かってるじゃないですか」
私が言うと、オットーはグラスへ目を落とした。
「酒が入ると、つい口が軽くなって」
「椅子を調べてたときは、まだ飲んでなかったよ」
ヘルガに言われ、オットーはお通しの残りを食べた。ルルは隣で口元を押さえている。
次に来たリンさんは、席へ向かう途中でオットーに気づいた。淡い髪を背中へ流したエルフの男性で、酒について尋ねると話が長い。鑑定商人の顔も知っていたらしく、一つ空けた椅子へ座った。
「見てもらうものはないぞ」
「こちらも、頼まれずに見るのはやめました」
リンさんが自分のグラスへ指をかざすと、小さな氷がいくつか落ちた。
「今夜の分は、ツケから引いておけ」
「はいはい。店の氷入れも頼むよ」
ヘルガが桶を差し出すと、リンさんは面倒そうに指を振った。
リンさんは瓶棚を眺め、選んだ酒をグラスへ少しだけ注いでもらった。香りを確かめているところへ、ルルが年齢の話を持ち出す。
「リンさんは、いくつなんですか」
「三百二十六歳だ。おそらくな」
「おそらく?」
「長く生きていると、年を数えることなど忘れるものだ」
オットーは顔を上げたが、リンさんを鑑定しようとはしなかった。ルルが、忘れた年を後から思い出せるのかと尋ねる。
「酒の出来が悪かった年なら覚えておる」
「いい年の方は?」
私が聞くと、リンさんはしばらく考えた。グラスを置き、昔飲んだ酒の産地から話し始める。収穫前に雨が降り、それでも思いがけずよい酒になった年があったという。
「並の造り手なら、あの出来にはならん。あれは百年前だったか、百五十年前だったか」
「悪かった年も、本当はずれてるんじゃないの」
ヘルガが言うと、リンさんは顎を上げた。
「日付など、樽に書いておけばよい。覚えておくべきは味だ」
年を数える助けにはならなそうだった。
オットーが、正確に知りたければ鑑定できると申し出たが、リンさんは首を振った。
「十年増えたところで、飲める酒が増えるわけでもあるまい」
「十年減るかもしれませんよ」
「その十年に飲んだ分を返せと言われても、返せんぞ」
ルルが笑い、オットーもようやく肩の力を抜いた。リンさんはグラスを持ち直して酒の香りを確かめる。
「じゃあ、あたしは?」
ヘルガが棚に瓶を戻しながら言った。オットーは何を聞かれたのか分からず、顔を向ける。
「あたし、いくつに見える?」
「ママ、それは答えなくていいです」
私はすぐに言った。ルルも尻尾を立て、リンさんは飲みかけのグラスを置いた。
「見た目だけでいいさ。鑑定はなしでね」
オットーはヘルガの顔を見た。目を細めることもなく、何か言いかけたものの、すぐにグラスへ視線を落とす。ヘルガは瓶を棚へ押し込み、その前に立ったまま待っていた。
「……年齢は、専門外です」
「さっきは得意そうだったじゃないか」
「数字を伝える相手は選びます」
ヘルガは鼻で笑い、カウンターへ戻った。オットーは水割りをひと口飲み、もう一度飲む。ルルが何か尋ねかけたので、私は空いた皿を彼女へ渡した。
リンさんは、先ほどの酒を造っていた人物の名前を思い出したらしく、話の続きを始めた。オットーはその話を最後まで聞いていた。収穫の年に食い違いがあっても口を挟まず、グラスが空になると水を頼んだ。
帰り際、オットーが勘定を払う間も、ヘルガは何も聞かなかった。立ち上がるときも、彼は椅子の値段を口にしなかった。
私は入口で預かっていた剣を返し、番号札を受け取る。彼は札を指で弾かずに渡した。
「いってらっしゃい」
ヘルガの声に軽く頭を下げ、オットーは店を出た。
閉店後、私は新しい紙を壁に貼った。「店内での魔法使用禁止(氷魔法を除く)」の隣に、どうにか一枚分の隙間があった。
「ステータスの表示・鑑定禁止」
ルルが読み上げ、紙の端を押さえてくれる。ヘルガは私たちの後ろから眺めた。
「今夜は、鑑定禁止だけでよかったんじゃないかい」
「自分の能力を見せびらかすお客さんも来るかもしれませんから」
「そのときは、その紙を見せておやり」




