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ぜんまい仕掛けの傀儡王~厄災の魔王は民を愛する~  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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第4章 手を汚す者【2】

 開幕の一撃はホープの飛び蹴りだった。月明かりの差さない暗闇の中、低い唸り声が聞こえた。

「本当に居やがった」

 忌々しく呟くホープに他の四人も続く。それぞれが各々の武器を手に取り、闇の中をめ付けた。草むらが大きく揺れ、粗暴な風采の男たちが立ち上がる。戦意を証明するように、武器を手に鎧で身を守っていた。

「一、二……」と、ハンター。「六人。マークの『予知』の通りだ」

「マーク、疑って悪かったな」

「ほんとですよ!」

 頬を膨らませるマークに、ホープは軽く肩をすくめる。その光景はあまりにいつも通りである。明確な敵を前にしても、彼らが身構える様子はない。彼らは、怯む必要がないと知っているのだ。

「それにしても、生きて捕らえろだなんて……。私たちにできるかしら」

 イヴはそう呟くが、その声には不安の色は微塵も感じられない。それはただの言葉であって、自分たちにはそれが可能だという確信がある。それは他の四人の瞳にもよく表れていた。

「なんだ、お前らは!」

 敵意を剝き出しにした男の荒々しい声に、ホープがわざとらしく溜め息を落とす。

「それはこっちの台詞なんだよなあ」

「まあいいじゃん」ハンターが言う。「僕たちはある偉大なる王の(つるぎ)さ」

「そんな貧相な装備で偉大なる王の剣だって?」

 男たちが嘲るように笑い声を立てる。五人の装備は確かに貧相だ。ルーメンの工房で用意できる限りで最も上質な物を身に付けているが、粗暴な男たちに比べるとかなり見劣りする。王に仕える者としては、あまりに粗末な姿だろう。

「試してみるか?」

 不敵な笑みを浮かべ剣を構えるホープに他の四人も続く。男たちが身構えると、ホープが最初に地を蹴った。王のつるぎが存分に振るわれる時間の始まりだ。

「戦力差は歴然としているようですね」

 五人と男たちの戦いを前に、ラプトールが感心したように言う。生かして捕らえろという命のもと、五人は男たちの攻撃を剣で受け流し、体術で確実に打撃を与えている。アルクスの力を授かった五人は、圧倒的な戦力差で男たちを制圧しようとしていた。

「当然だろう。私の従属だ」

 五人はアルクスに授けられた力を遺憾なく発揮しているが、それと同時に手加減している。この粗暴な男たちに対抗するには、アルクスが与えた力はあまりに強大だ。これなら、戦闘を終えるまでにはそう時間はかからないだろう。

「それにしても、マークの能力が『予知』だったとは……」

 マークが困惑していたのは、自分の「予知」の能力を知らなかったからだ。マークの頭の中には、現在の光景が映し出されていた。予知であることがわからず、戸惑っていたのだ。アルクスがマークの魔力回路を開放したことでそれは能力となり、マークに定着している。この粗暴な男たちの発見により、マークの「予知」が確かなものであると証明されたのだ。

「マークにはすでにわかっているだろう」アルクスは言う。「誰がこの者たちをここに引き寄せたか」

 アルクスが魔力回路を開放したことで、マークの能力の正確性は格段に上がっている。マークにはすべて見えているはずだ。

「生け捕りにして吐かせるのですか?」

「いいや?」アルクスは不敵に微笑む。「愛する民の手を汚すわけにはいかないだろう?」

 その言葉の意味を察し、ラプトールは静かに目を伏せる。ここですべてを口にする必要はなかった。

「さて、村で彼らの帰りを待つとしよう」

 結果はすでにわかりきっている。これ以上、ここに留まる理由はない。従属たちはアルクスの期待通りの結果を持ち帰って来ることだろう。



   *  *  *



 気を失って地面に横たわる男を蹴り、ホープは小さく舌を打つ。

「ただのゴロツキじゃねえか」

「捨て駒ってことでしょうね」ウォーカーが言う。「先発にしてはあまりにお粗末だわ」

 戦いはあっという間に決着した。彼らはアルクス王に授けられた力に半信半疑の部分もあったが、戦力差が圧倒的であることは自分たちが証明となった。アルクス王の圧倒的な力を証明する最初の戦いである。

「王様の指示だと」ハンターが言う。「村の外で天日干しにするんだったっけ」

「その後のことは、私たちが知る必要はないわね」

 あくまで穏やかに言うイヴも、この男たちの行く末はわかっている。それはわかりきったことであった。

「……帰りましょう。天日干しにしないといけない人は、もうひとりいます」

 マークが低い声で言う。アルクス王によって「予知」の能力を開放されたマークには、すべてが見えている。



   *  *  *



 目的の人物は、再生した泉のそばに佇んでいた。

「やあ、良い夜だね」

 アルクスは友好的に語り掛ける。アルクスが求めるのは敵対ではない。この人物――トマスにとってどうかは知らないが。

「こんなところで、何か気になることでもあるのかな」

「……あなたは何者なんですか」

 トマスは不審に満ちた瞳でアルクスを見つめる。トマスの目に自分がどう映っているか、それを想像するだけでアルクスは心が躍った。だがそれは、アルクスにとって特に重要ではなかった。

「この村で何をしようとしているのですか?」

「さあ。お前が知る必要はないのかもしれない」

 あくまでにこやかに言うアルクスに、トマスの表情はさらに険しくなる。トマスはこの村の状況を詳しくは知らない。アルクスの存在がルーメンにとってどういったものであるか、それを知らないのだ。

「マークを何に利用しようと言うんですか」

「それはお前の言えたことではないな」

 アルクスは目を細めると、トマスは言葉に詰まる。彼が反論の言葉を持ち合わせていないことを、アルクスはすでに知っていた。

「私の使命は私の愛する民を守ること。お前はどちら側の人間だ」

 トマスは慎重に言葉を選んでいる。ここで下手なことを言えば自分がどうなるか、それを考えているのだろう。だが、アルクスにそれを待ってやるつもりはなかった。

「マーク、お前はどう思う」

 トマスがハッと息を呑む。アルクスの背後に現れた五人は、厳しい視線をトマスに向けていた。その中でも、マークの表情は凍り付いている。

「兄様……あたしを騙したんですか。こんなことのために、村に帰って来たんですか」

「違うんだ、マーク。話を聞いてくれ」

 マークが剣の柄に手を添えるので、トマスの顔が青褪める。マークの瞳に宿る色は本物だった。

「言い訳は聞きません! マークちゃんはアルクス王の忠実なるしもべ! その首はマークちゃんが叩っ斬ります!」

「待ってくれ! 仕方なかったんだ!」

 必死に声を上げるトマスに、マークの手が止まる。トマスが苦々しい表情で目を伏せるので、アルクスは重い溜め息を落とした。

「マークを人質に取られたか」

「…………」

 マークにとっても、トマスにとっても、互いにたったひとりしかいない家族。どんな結果を招こうと、トマスはマークを失うわけにはいかない。そのことについて、アルクスは重々に承知していた。だから、その点においてトマスを責めるつもりはなかった。

「お前は誰に遣わされた者だ」

「……アルバート王太子殿下です」

 マークが窺うようにアルクスに視線を向ける。マークは予知能力ですでに知っていた。それについてアルクスがどう判断を下すか、それを待っているのだ。

「お前に下された命は」

「……スクリプトールを探せ、というものです」

 アルクスの背後で従属たちがざわめく。トマスに下された使命。それはつまり、王宮がスクリプトールの行方を追っているということ。スクリプトールの消滅を疑っているという意味が含まれていた。

「……王宮はスクリプトールを追っている」

 苦々しく呟くホープに、ハンターが眉根を寄せる。

「なんのために。スクリプトールは王室にとってもう用済みのはず」

 ふたりの視線が注がれると、トマスは軽く首を振った。

「そこまでは知らない。けど、スクリプトールはここにはいないんだろう?」

 その表情はどこか安堵の色を湛えている。そうであれば、彼の任務はここで終わるからだ。だが、アルクスには告げなければならない真実があった。

「いや、スクリプトールはお前の目の前にいる」

「え?」

 トマスが目を剥く中、アルクスは自分の顔に手をかける。彼の輪郭に嵌まる仮面を外せば、その下には人形の顔が隠れている。王室が追う傀儡、スクリプトールの顔だ。信じられない、といった表情でトマスは言葉を失う。

「お前は賢くないが、運が良い」

「……そんな……」

「でも」ウォーカーが言う。「スクリプトールがここにいるという情報は流れていないということ?」

「ああ。僕は、スクリプトールはここにはいないと報告した。まさか、王様がスクリプトールだなんて思いもしなかった」

 小さく息をつき、アルクスは再び仮面を着ける。人形の関節が目立つ腕と脚は服で隠しており、この体が傀儡であることには気付く由もなかっただろう。

「さて。マーク、どうする」

 その場の視線が一斉に注がれる中、マークはきつく結んでいた口をゆっくりと開く。

「……兄の行為は許せません。……でも、兄を利用した王宮はもっと許せません」

 アルクスは肩をすくめ、トマスに視線を戻した。

「お前はこの妹がいることを感謝することになる。二度と村から出ることは許さない」

「……はい」

 現状、村から出ることはむしろ危険と言える。スクリプトールはいなかったという報告に、王室は満足しないだろう。使命を全うしなかったとして、トマスだけでなくマークも王室に狙われる可能性もある。アルクスが守護するこの村(ルーメン)から外へ出ないことが、ふたりの安全を守ることになるだろう。

「さて。お前たちはそろそろ帰るといい。私は後片付けをして来る」

 身を翻すアルクスに、従属たちは重々しく辞儀をする。アルクスとラプトールが担う後片付けに、従属たちの同行は必要ない。彼らの目にそれを突き付ける理由は、アルクスは持ち合わせていなかった。



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