第2章 ルーメンの希望【6】
次にイヴが訪れたのは、すでに足が動かなくなった男性のもとだった。男性の顔色は暗い。足が使えなくては畑仕事ができず、次第に体は弱っていき、そうして生気の失われた表情をしているのだ。
イヴが病気の患者を治癒して回っていることは、すでに民のあいだで話題になっていた。民は畑仕事を放り出して、七人のあとに付いて来る。その中には、軽症の患者も何人かいるようだった。
イヴの治癒の魔法は安定し、温かく患者を癒す。その光は、滞っていた血流を再起するように体を伝う。心地の良い魔力が男性を包み、体の斑点が消える。そうして、男性の足は自分の意思を取り戻していた。
「ありがとう、イヴ……本当にありがとう……!」
男性はイヴの手を取り、歓喜の涙を流す。イヴの表情から不安の色は消え、誇りが湛えられていた。
「他の人たちも助けてやってくれ。これで私たちは、また生きていくことができる」
「はい。必ず」
畑が蘇っても、体が自由を失っていては意味がない。農村であるルーメンの民は、畑仕事をしてこそ生きる意義を見出せる。病気が進行し、この生を終える日を待つだけだった民にとって、イヴの治癒はまさに希望であった。
重症患者の家を回り、自由を失った民を治癒し終えると、ホープの家の前に軽症患者が集められた。この先、手足が動かなくなる日を恐怖とともにただ待つだけだった民は列を成し、斑点の消えた腕を見て生気を取り戻していく。ルーメンの民にとっての黎明は、まだ始まったばかりであった。
イヴが民を治癒し感謝の言葉を受け取っているあいだ、その光景を眺めるホープが言った。
「ここにいる民の病気は治っても、また病気になる民がいるんじゃないか?」
「呆れた。人の話を聞いていなかったのか」
目を細めるアルクスに、ホープは少し眉根を寄せて首を傾げる。
「病原体は泉の水に含まれていた。その泉を蘇らせたのは、他でもないお前だろう」
「ああ、そうだったな」
「この先、この村の民は誰よりも健康になるだろうな」
ルーメンの病は、すべてイヴの治癒の魔法が癒す。魔力回路を開放したイヴに制限はない。いくら病に罹ろうとも、この村の民が苦しむことはなくなるだろう。
「でも」ウォーカーが言う。「この力を知れば、きっと王国が放っておかないわ」
「だからなんだね」アルクスは不敵に微笑んで見せる。「この村は私の国だ。王国はいずれ、この村の存在を無視できなくなる。そうであったとしても問題はない」
いまはまだ、この小さな村で確変が起きていることにソル・フォルマ王国が気付くはずはない。王国に影響を及ぼすには、ルーメンはあまりに小さすぎる。しかし、それもいまのうち。ルーメンはこの先、どの村よりも発展し、いずれ王国に発見される。そのとき、アルクスはルーメンの王として刮目すべき存在となっていることだろう。
「私の目的は、この哀れな傀儡の望みを叶えること。この国は無事では済まないだろうな」
「……スクリプトールは、王室を恨んでいるんですね」
マークが呟くように言う。アルクスの従属となった彼らは、世界王が企てたダフニス王の計画も、スクリプトールが王室に利用されたことも、アルクスがなんのためにスクリプトールの体に宿ったかも、すべて知っている。もちろん、アルクスの目的も。
「その恨みが私を呼んだのだよ。ソル・フォルマ王国には、私の腹癒せに付き合ってもらうよ」
「僕たちはそのための兵ですか」
静かに言うハンターに、アルクスは軽く肩をすくめる。
「それは好きにしてくれ。すべての力を取り戻せば、私ひとりだけで国を滅ぼすことはそう難しいことではなくなる」
「……いまさら引き返せないだろ」
歓喜の涙を流す民を眺めながら、ホープが確かめるように言った。
「俺たちはあんたの手となり足となる。自由に使え」
「良い覚悟だ。賢い者は好きだ」
アルクスが彼らを従属としたことは、きっと間違ったことではない。それを証明できる日は遠くない。アルクスにはそれだけの確信があった。
「あのっ、マークちゃんの能力はなんなんですか?」
「僕は⁉」
マークとハンターが身を乗り出す。アルクスはすでにふたりの能力を把握しているが、いまはまだ開放の時ではない。
「それは来る日の楽しみに取っておくといい」
「ええ~っ! 気になる~!」
彼らの能力もいずれルーメンの民を救う。その確信だけでアルクスにとっては充分だった。




