第2章 ルーメンの希望【4】
畑の手入れをする民は、アルクスを見ると目を丸くする。アルバート王太子に似た人物が村にいることに驚いているのだ。それでも、ラプトールとアルクスの配下の五人がそばにいることでアルクスであることには気付いているだろう。民が慣れるまでにはそう時間はかからないはずだ。
ホープは畑仕事を手伝う少女に声をかける。ホープと同じ茶髪の、他の子ども同様に手足の痩せ細った少女だ。その腕には赤い斑点がある。
「妹のスペスだ」
「やあ、スペス」
茶髪の少女――スペスは、アルクスを見上げて不思議そうに首を傾げた。
「……もしかして、王様?」
「ああ、私だよ。スペス、少し手に触れても構わないか?」
穏やかに言うアルクスに、スペスはさっと右手を差し出す。アルクスはその小さな手に触れ、静かに目を閉じた。ほんの微量の魔力をスペスの魔力回路に流し、その体内を探る。
「……なるほど。免疫が過剰反応しているようだ」
流れ込んで来た情報をもとに呟くと、アルクスは真っ直ぐスペスを見遣る。ホープと同じ新緑の瞳は、窺うようにアルクスを見つめていた。
「原因は泉だろうな。人間の体にとって毒となる成分が含まれていたんだ」
「なるほどね」ウォーカーが呟く。「泉は枯れていただけでなく、汚染されていたのね」
「これからルーメンの民が病に苦しむことはなくなるだろうな」
泉はホープの能力によって再生している。泉の汚染も浄化されているはずだ。この村の病が泉によって発生したものであるなら、この病は二度と発生しないだろう。
だが、アルクスの中には疑問が生じていた。国の医療班が支援に来ていたなら、泉が原因であることにはすぐに気付いただろう。村中を検査すれば、人間の体にとって毒となる成分を検出するのは簡単なはず。この疑問は、アルクスのソル・フォルマ王国への疑惑を広げるには充分だった。
「さて、スペス。このイヴがお前の病気を治癒する」
スペスは驚いた表情でイヴを見上げる。イヴは風邪を治せても、この村に昔から存在する病を治すことはできないと知っているのだ。イヴはいまだ自分の能力に確信がなく、自信のない表情をしている。
「一応、親にも伝えていいか?」
「ああ、もちろんだとも」
ホープはそばで畑の手入れをする男性と女性に呼び掛ける。ホープを振り向いたふたりは、アルクスを見て目を丸くした。
「アルバート王太子殿下……⁉」
「アルクス王だ」
これからしばらく、このやり取りは他の民とも続いていくことだろう。目立つ浅葱色の髪でアルクスだと覚えるはずだ。
「アルクス王がイヴの治癒の魔法を開放した。病気を治癒することができる」
「それでは、スペスは治るのですか……⁉」
母親がすがるようにアルクスを見遣る。アルクスは自信とともに頷いた。
「間違いなく治るだろうな」
「あ、ですが……スペスが最初のひとりなんです」
いまだ確信を持てないイヴが言うと、両親は窺うようにスペスを見下ろす。もしイヴの魔法が失敗すれば、スペスは何かしらの危険に冒されることになる。それでもスペスは、澄んだ瞳でアルクスを見つめた。
「あたしが治れば、他の人も治せるってことよね?」
「そうだとも」
「……やってみて、イヴさん!」
身を乗り出すスペスに、イヴはまだ不安そうな表情を浮かべている。周囲に集まる民の期待に満ちた視線も、イヴに重圧を与えていた。その中で、スペスは真っ直ぐにイヴを見つめている。
「この病気で苦しんでる人はたくさんいるわ!」
「……怖くないの?」
イヴの能力は開放されアルクスの呪詛を解除したが、まだ病を治癒すると証明されたわけではない。スペスはそのための最初のひとりになるのだ。
「……怖くないって言ったら嘘になるけど……。あたしは、王様とお兄ちゃんとイヴさんを信じるわ。あたしもこの村の人の役に立ちたいの!」
「良い目をしている。賢い者は好きだ」
優しく微笑むアルクスに、スペスは希望を湛えて頷く。イヴもようやく決心した様子で、スペスの小さな手を両手で包み込んだ。そっと瞳を閉じて意識を集中すると、手のひらから溢れた淡い光がスペスに静かに注がれる。穏やかな風がスペスの肌を撫で、固唾の飲む人々のあいだを吹き抜けていく。その温かさに身を委ねていると、スペスの腕から浚われるように斑点が消えていった。イヴが顔を上げるのに合わせて風は散り、スペスは自分の手足を見下ろした。
「斑点が、消えた……」
母がイヴの腕を取り呟く。目撃した民は驚きとともに感嘆を上げた。スペスはまだ信じきれない様子で、自分の手足を確認している。アルクスはまたスペスの小さな手に触れ、ふむ、と満足して頷いた。
「さあ、重症患者からいこう」
アルクスは確信していた。イヴがこの村を病から救えると。




