第三十四話
「おまたせしましたっす!」
「おー、データ持ってこられたか?」
「はいっす! でも、本当にいいんすか?」
「おう、任せとけ。」
あれからおよそ二十分後。
姉さんたちに見守られながら晩ご飯の下ごしらえを終わらせて、余った時間を適当につぶしてログイン。
待つこと数分でアマレットさんが軽い音を立てて現れた。
早朝、ナオと一緒にここからログアウトしたのかな。
フィールドでログアウトして残ったアバターが倒されました、とかじゃない限り、基本的にはログアウトした場所からログインできることになってる。
ずっと一緒にプレイしてるなら、待ち合わせ場所とかいちいち決めなくていいから便利だよね。
「お言葉に甘えて、古文と数学もって来たんすけど……。」
アマレットさんが持ってきたデータ、っていうのは、宿題。
ナオとメールのやり取りをして、持ってくることにしたらしい。
ある程度それで年齢とかわかっちゃうかもだけど、それでもいいなら、ってナオは言って、あんまり気にしてないらしいアマレットさんは、それより宿題がピンチなんす! って持ってきた、とか。
アマレットさんは家庭科とか実技の副教科は好きなんすけど、と苦り切った顔で肩を落として、データを渡してくれた。
えぇと……源氏物語かな。
古典のとっかかりとしてはやりやすい話だし、古典の授業始まったばかりくらい?
だったら早いうちに苦手意識を克服出来たら、今後楽になるかも。
「クオン、場所移動しようぜ。どっか座れるとこ。」
「あ、うん。」
「アマレット、答えを教えてほしいんじゃなくて理解できるようになりたい、で良かったか?」
「は、はい……ご迷惑とは、思うんすけど……。」
「いや、クオンの目がキラキラしてるからな、答え教えてほしいだけだったらそう言わないと。逆に理解したいんだったらとことん付き合ってくれると思うぜ。」
「ありがとうございます!」
とかいう会話を経て、人通りの少ない適当な路地のベンチへ。
ナオがアマレットさんの宿題を空中に表示して、指でなぞったりすると書き込めるようにしてくれる。
アマレットさん、どうも文法が苦手みたい。
わかるよ、助動詞とかね。
俺もたまにニュアンスでしゅって読んじゃったりするよ。
全体像掴むのにはあんまり支障なかったりすることも多いしね。
でも覚えてはおいたほうがいいと思う、多分。
少なくともテストには出るし。
「一応ね、ここに書いてある文章の全容としてはこんな感じかな。」
「すごいっす、わかったっす……!」
「古文だから現代語と違う言葉は勿論あるけど、書いてあること自体は突拍子もないことじゃないでしょ?」
「はい! ただ、美意識に関してはどうかと思うっす。」
「それは俺も思う。」
こんな長い髪をしといて言えることじゃないけど。
でも、廊下で後ろに方向転換できなないくらい太ってる人がすごくカッコいいと持て囃される世の中は、少し理解できない。
いや、太ってること自体は悪くないと思うよ、骨と皮だけみたいなのも嫌だけどさ……。
でも髪の毛だって、牛車に乗ったときに部屋にまだ髪の先が残ってて美人、とか、時代背景鑑みたらわかるけど感覚としては共感できないよ……。
「じゃあ、設問のこれね。この一文を訳してみようか。」
「はい!」
とか、なんとか。
俺の古典講座が終わったあとは、少し休憩を挟んでナオの数学講座。
アマレットさん、宿題嫌っす! って言う割には勉強が嫌いなわけじゃないらしく、質問したり解説の繰り返しを求めたり、結構積極的だ。
それで、その解説がストンと腑に落ちたら、一気に他のことも理解してくれる。
うーん、学校の先生の授業スタイル、合ってないのかな?
一つ分からないことがあって悩んでるうちにほかもわかんなくなっていっちゃうタイプ?
俺みたに大雑把だと、ちょっとわからなくてもまぁ後でいいや、とか思って最終的には概要はわかってる、みたいこともあるし。
世の中ってままならない。
「助かったっす……! 今日と明日で宿題終わるか、ほんっと不安だったんす! ありがとうございます!」
「お役に立ったなら何より。何かわからないことがあったらまた相談してね。国語全般と日本史は得意だよ。」
「数学とか物理とか、化学も得意かな。生物とか地学とかは詳しくないけど。」
「あと外国語系統は力になれないや、ごめんね。」
「オレたちが人に助けられてるもんな。」
俺たちも姉さんの助けがないと宿題終わらないとこだ、危ない危ない。
それでもゲームにログインするのはある意味立派なゲーマーなのかも、しれないけど。
「もし、リアルの都合が合わないなら、無理に俺たちに合わせてログインしてくれなくても大丈夫だからね。一緒に遊べた方が嬉しいのは否定できないけど。」
「だな。別に誘い断ったからって次誘わねぇとかないから。」
「はいっす……! ありがとうございます! でもゲーム好きなんで、宿題くらいの用事だとゲームしたいっす……。」
「気持ちはよくわかる。」
「わかるけど駄目だぞ。」
「ううう。」
とはいえ、さっきの古文と数学でゴールデンウィークの宿題は終わったらしいから、よし、遊びに行こう。
二連続講座で一時間と少しくらい使っちゃったわけだけど、まだ時間はあるし。
「さて、どこ行く? タワーの続き攻略してもいいし、西の村行ってもいいし。」
「私、西がいいっす! そういえばここに来てから、水って噴水しか見てないなぁって。泉見たいっす!」
「じゃあ西行くか。いいよな?」
「うん。タワー、そろそろ混んでるかもしれないしね。」
というわけで、三人で連れ立って西の泉がある方向へ歩いていく。
最初は南の原っぱと同じようななだらかな草原だけど、歩いていくうちにちらほらと水が細く流れているのが見え始めて、小型の蟹がカサカサと走っていって。
「この蟹ってモンスターなの? 襲ってこないけど。」
「いや、背景の一種。触れるし剣もささるけど、倒しても経験値は入らねぇよ。」
「そうなんだ。……たべられるのかな。」
「え?」
「いや、蟹クリームコロッケとか……。」
「美味しそうっす!」
「……どう、なんだろうな?」
どうしよう、大師匠ナオを困惑させてしまった。
まぁ、今捕まえても調理器具ないしいいや。
なんかどこかで台所の貸し出しとかやってるところを見つけてから実験してみようかな。
と、いうか、貸し出しじゃなくても。
「ねぇナオ。」
「台所は宿屋とかで借りられなくもないけど、まな板と包丁、コンロとフライパンが一つずつあるだけだぜ。」
「材料がそもそもないけど、それだけあればコロッケは作れると思うよ。あ、ボウルがいるか。」
「きれいな兜とかで代用できないっすかね?」
「買ったばっかりだったらできるかな? スプーンとかは、怒られそうだけどふと短い杖とか買ってさ。」
「もう少し進んだら調理器具とか売ってる店あると思うから、防具や武器をそんなことに使わないでください。」
「はぁい。ってそうじゃなくてさ。」
「うん?」
「家ってないの? 台所ついてるような。」
「……本当にお前は発想が飛ぶよなぁ。」
はぁぁ、とため息をついてナオが言うけど……そうかな?
だって家があって台所があれば、道具だって好きなのをそろえておけるわけだしさ。
「結論から言うと、あるのはある。」
「あるんすか。」
「ただ、この層にはない。」
「というと?」
「これは公式からの発表しか情報がないから詳しいことは分かんねぇけど、どこかの層から上ではプレイヤーが購入できる家が販売される、らしい。」
「家が売ってるの?」
「あぁ。だから、予想に過ぎないけど、いい場所だったりいい見た目の家だったりすると競争率も高くなるんだと思う。」
「……早い者勝ちじゃないの?」
「早い者勝ちの家もあれば、競売にかけられる家もあるってさ。」
「……大変だね。」
「あと。」
俺は台所で料理したいだけだから、それならどこかの宿屋さんで貸してもらうので充分かな。
家の台所の方が自分好みの設備に出来る、っていうだけで、家が欲しいわけじゃないし。
と、思ったところで。
「クランホームっていうのもある。」
「クランホーム?」
「クランのおうちがあるっすか!?」
「あぁ。」
クラン……っていうと、プレイヤーが隙に作れる集団、だっけ。
確か同じ騎士団の人とじゃないと作れない、って聞いたけど。
「まだクラン作れねぇんだけど、これもどっかの層でクランを作るクエストがあるらしくて。」
「クランって申請したら作れるんじゃないの?」
「クエストがあるな。だから、最初にクエストをクリアして結成されるクランはどこだって、一部では競争になってるらしいぜ。」
「うわぁ、すごいっすね。」
「クランにはクランナンバーっていうのがつくからな。一番じゃなくても一桁には入りたいとか、なんか色々あるんだろう。」
「へぇ、大変だね。」
ここにいる三人とも、全くそのあたり興味なさそうだけど。
クランはいつか作る可能性はあるけど、順番にはあんまりこだわらないなぁ。
って、そうじゃなくて。
「クランホームって何?」
「あ、脱線して忘れてた。クランを結成したら、任意の階に一つ、クランホームを設置できるんだ。」
「へぇ、すごいね。」
「中身、外観共に改装は自腹だけどな。金を掛ければ大きくも出来るらしいぜ。」
「そうなんすね。じゃあ好みの家に出来るってことっすか!」
「あぁ。二軒目とか三軒目も作れるけど、それも自腹だと。一人で買うよりは分担する分安いし、クランレベルに応じて割引もされるらしいけど。」
「色々きまってるんだね。」
「まぁまず騎士団に入ったり、そもそもそのクエストが解放される層まで進まねぇとだけどな。」
「うん。」
だけど、まだ知り合いが少ないからかもしれないけど、クラン作るとするなら、メンバーは大体予想できるような気がする。
ナオと、アマレットさんと……メーアさんも誘ったらオッケーしてくれないかな。
シャロンさんは……まだ出会ってないお友達がいるって言ってたし、難しいかもしれないけど。
「あ、クオン。」
「うん?」
「先に言っとくけど、オレ、クラン入らないと思うから。」
「……え?」




