第三十三話
「おー、おかえり。」
「……ただいま。」
シャロンさんと別れてゲームの世界から戻ってくると、視界の外から音也の声がした。
そして、声こそしないものの複数の人の気配。
……って言っても、ここは俺の家でしかも俺の部屋なわけで、いるのは俺の家族くらいなもので。
「邪魔してるわよ。」
「織兄、髪くしゃくしゃ。」
「うん。後で音也が梳かしてくれるから、平気。」
「おいさらっとオレを使うな。」
言いながら完全に声が笑ってるよ、音也。
そんな音也と一緒に部屋の机を囲んでいるのは、俺の姉さんと妹。
先に邪魔してるわよ、って言ったのが姉の紡姉さん、髪くしゃくしゃって言ったのが妹の結。
で、三人で机の上をのぞき込んで何をしてるかって言うと。
「宿題……?」
「あぁ。台所で結ちゃんと会って。」
「織兄が下ごしらえしてたの、作って食べたよ。織兄の分は冷蔵庫ね。」
「あ、ありがと。で、そのまま紡姉さんと合流して?」
「一緒に飯食って、英語の宿題付き合ってくれるって言うから手伝ってもらってる。」
「後で斡旋してね。」
「おう。」
俺が国語とか社会が得意で、音也は理系が得意で、二人とも苦手な外国語系は、紡姉さんが得意。
結もどっちかって言うと外国語とか世界史とかが得意だけど、なんといってもまだ年下。
俺たちがやってるところには追い付いてない。
……とはいえこうして一緒に勉強してるくらいだから、あっという間に追いついて追い越されるのかもしれないけど。
「あ、それと織兄。」
「うん?」
「後で私の宿題手伝ってね。」
「じゃあ音也君は私が借りるよ。」
「うん、いいよ。」
「待って俺紡さんのとこの宿題解けるか不安なんだけど?」
「大丈夫よ、宿題じゃなくて研究課題の前提検証だから。」
「難易度!」
わいわいと騒いでいる音也たちに笑いながら、さて、俺は俺でご飯食べてこようかな。
ゲームで三十分くらい一人でいて、シャロンさんと三十分くらい一緒にいたから、今の時間は十二時ごろ、か。
一時間中に入ってたんだから、次に入れるのは三十分後。
音也が六時から仮に十時まで入ってたとしても、再ログイン出来るのは十二時の計算だから……。
「音也、先にログインするならしててね。」
「おー、大丈夫、まだかかるから。」
「そっか。一応申告しとくと、俺三十分くらいしたらログイン出来るよ。」
「了解。アマレットに伝えとく。」
「お願い。」
よし、報告も出来たしごはんごはん。
下ごしらえは俺だとしても、調理した人が違うと味も変わるから楽しみ。
今日の朝ごはん……昼ごはん? は、結味だ。
うーん、お昼ご飯の準備もしといたほうがいいかな。
音也は何時からログインするつもりなんだろう……って、あれ?
俺は後三十分でログインできるようになって、音也はもう少し入るつもりはなくて。
で、それでどうやってアマレットさんに連絡するつもりなんだろう?
宿題終わらせてから入るっていうなら、その頃には俺もログインできるようになってる気がする……んだけど。
……まぁいっか。
あとで教えてもらおっと。
今はご飯食べて、洗い物して、洗濯……うわぁ終わってる、あとでお礼言っとかないと。
となると今することはなくなっちゃうわけだから……。
「ただいま、結、宿題どれ?」
「おかえり、日本史と古典なんだけど。」
「織、英語渡しとくな。」
「ありがと。」
「じゃあ音也君借りるわね。」
「うん、行ってらっしゃい。」
「あれ、ここでやるんじゃないんですか?」
「あぁ、宿題ならここで事足りるけど、今回のは設備が足りないから私の部屋来て。」
「いやだから難易度!」
「私はここでするね。今持ってくる。」
「うん、待ってる。」
ぱたぱたと出て行く三人。
一時的に誰もいなくなった部屋の布団を上げて、窓を開けて換気。
まだ五月だけど、いい風が吹いてて気持ちいい。
後でどっちかに稽古付き合ってもらおうかな。
「お待たせ、で、これなんだけど。」
「うん。」
「とりあえずこの古文は何が書いてあるのかさっぱりわかんないの。」
「えっと、これ今鏡かな。藤原為経が書いたやつ。鏡ものだから物語じゃなくて、歴史を記したものだし読みづらいかも。」
「一瞥しただけで出典わかっちゃううちの兄貴ほんとどうかしてると思う。」
「ありがとう。」
「誉めてないよ、誉めてるけど。」
とかなんとかあれやこれやと話しながら宿題をやっつけていく。
うちの家には結構古い文献の複製とかあるんだけど、何で姉さんと二人そろって得意じゃないんだろう。
むしろ囲まれすぎて興味がわかないとかそういう感じかな。
でも刀は俺たち三人とも好きだし、うーん、なんでだろう。
まぁいっか、専門家になるとかじゃないなら、古文読めなくても日常生活に支障はないし。
結が持ってきていた古文、漢文、日本史を片づけて、まだ音也たちが部屋から出てこないから現代文も確認程度にやっつけて。
それでも出てくる気配の欠片もないので結と二人台所に立つ。
「お昼ご飯何にしようか。」
「お腹空いたからボリュームあるのがいい。」
「ステーキとか?」
「肉ならステーキより角煮がいい。」
「美味しいけど待ち時間余計お腹減ると思う。角煮は晩ご飯にしよう。」
「やった、ありがと。じゃあお昼はロコモコ丼が食べたいな。」
「いいけどお肉ばっかりだよ。」
「言いながら早速お肉捏ね始めてくれる織兄素敵。じゃあ私邪魔にならないところでサラダ作っとくね。」
「ポテトサラダとマカロニサラダはサラダじゃないからね。」
「わかってまーす。」
やいのやいのと騒ぎながらお昼ごはんが完成するころ。
なぜかロコモコ丼とサラダのほかにスープとデザートも出来上がる結末になっていたけど、まぁ問題はないよね。
クリーム泡立て競争が白熱したせいでパンケーキはクリームまみれだけど。
ロコモコ丼はハワイだし、ハワイと言えばパンケーキって安直な発想だったわけだけど、これはもはやパンケーキじゃなくてクリームの山……まぁいいや、おいしければそれで。
ちょうどタイミングよく課題の……前提の……検証? が終わったのか、イキイキした紡姉さんと疲れた顔の音也が食堂に入って来る。
「お昼ご飯、いまできたとこ。」
「ありがと、今日は合作?」
「分担だけど。一緒に作ったのは生クリームだけだよ。」
「今は冷蔵庫で冷やされてる。正直悪かったとは思ってる。先に謝っとく。」
「生クリームが? 何? どういうこと?」
「冷蔵庫の中気になるけど見るの怖いな。」
「いま見なくてもご飯食べ終えたら出てくるよ。」
「逃げ場がない。」
とか何とかいいながら結局完食してくれるって知ってるし、もし無理なら諦めて夜か明日に回すだけ。
俺の家は皆甘いもの好きだから、なんならクリームだけ出しても食べてくれる、大丈夫。
四人で食卓を囲みながら、他愛もない話をしてご飯を食べる。
今やってるゲームって何、とか、最近学校はどう、とか。
五月の終わりごろには遠足があるとか音也が言い出して、俺それ聞いてないって言ったら姉さんも結も知ってたとか。
去年も行っただろ? とか言われても、そんなの行ったことは覚えてても時期なんか覚えてないよ。
っていうかなんで二人とも知ってるの、おかしいと思う。
俺より俺の行事に詳しいのおかしいと思う!
「いつものことだろ。さて織、ごちそうさま。クリームの山はもう少し後がいい。」
「お粗末様。ボリュームについては結の希望だからそっちに言ってね。」
「ちなみにだけど晩ご飯は角煮作ってくれるって!」
「お、それは楽しみ。織最近作ってくれなかったもんな。」
「晩もボリューム……ここの家族ほんとよく食べるのに太らねぇよな。稽古痩せそうだしか。」
「音也もやる?」
「やらない。」
「とりあえず洗い物してくる。」
「あ、ありがと。いいの?」
「いつも織がしてるんだし、たまにはね。」
ひらりと手を振って食器を持って台所へ向かう紡姉さん。
俺が好きでやってるだけだから、気にしなくていいんだけどなぁ。
泡を沢山たててふわふわで食器洗いするの、楽しくない?
「織、これから角煮の下ごしらえする?」
「する。」
「どれくらいかかる?」
「十分くらいあれば充分だよ。」
「おかしい。けど了解。他にすることは?」
「稽古は夕方するから、特にない。」
「じゃあログイン、二十分後でいいか?」
「うん。」
「よし。」
頷いて、ぺちぺちと机を指で叩きだす音也。
ホロキーボードを机の上に表示させたんだと思うけど、俺からは見えない設定になってるから机叩いてるだけでちょっと面白い。
と、いうか。
「ゲームにログインしなくてもメッセージ送れるの?」
「いや、これは単なるメール。」
「え、アドレスは?」
「頭が寝てたんだ、聞くな。」
「……はぁい?」
首をかしげながらも、それ以上は聞かないことにする。
事情はよく分からないけど音也とアマレットさんはお互いのアドレスを知ってる、ってことだ。
後で音也に確認して、大丈夫そうなら俺も教えてもらおうかな。
寝ぼけてしてしまったことならやっぱり、安易にネット上で知り合った人と連絡先交換するなんてしちゃいけないのかもしれないけど。
俺がアマレットさんを信用してないわけじゃないけど、一応俺も男だしね。
不安にさせるようなことはしちゃいけないと思うし。
「了解だって。なぁ、クリームの山写真撮っていかねぇ? アマレットに見せてやろうぜ。」
「いいよ。適当に撮っといて。」
「おう。」
たたっと台所に向かって冷蔵庫を開ける音。
うわぁって声が聞こえたから、想像以上のクリームに驚いたんだろう、な、ほんとごめんね、やりすぎたとは思ってるんだよ、これでも。
まぁ、それはそれとして。
「紬姉さん、ちょっと邪魔するね。」
「はーい。あんたの早技間近で見るの久しぶりだね。」
「そんな言うほど早技でもないけど……楽しんでくれてるなら何よりです。」




