第十九話
たまご。
召喚魔法を使わなくても召喚できるモンスターの入手方法は、卵屋さんで卵を買うこと。
それを踏まえて考えたら……いや踏まえなくても、卵から孵るものは生き物以外普通ない。
つまりこれは、ナオの言葉通り、クエストマークのつかない、何かがきっかけになって起こった、非公式クエスト。
そしてその報酬が、何かが生まれてくる卵。
「えっと……ざっと調べてみた限り、β版で出た情報にこういうクエストは載ってないな……。」
「新しく作ったのかな。」
「たぶん……。誰にも見つからなかっただけ、って可能性もあるけど、それはこのクエストの発生条件を検証してみないと分かんねぇな。」
どうやって検証するんだろう。
俺にはわからないけど色々方法があるんだろうな。
手伝えることがあったら手伝うことにしよう、とだけ思って、胸元に抱えた卵を見下ろす。
巫女さんはありがとうございましたと繰り返して、もう戻っていってしまった。
今のところ初めて出現したアイテムだってことはほとんど間違いないから、大勢人がいる町へ戻るんじゃなくてこの神社で情報を整理しよう、というナオの提案で、俺たちは鳥居の外の原っぱで首を傾げあっている。
ナオが言うにはこのマップはこの非公式クエストを起こすためのものだから、ここに入るにも何かしらの条件があるはずだ、とのこと。
「多分だけど、この神社にたどり着くための条件を満たすことでクエストに挑戦できて、その出来とかなんかで報酬が変わって来る……んだと思う。」
「うん。」
「その卵、召喚魔法もってないと意味ないみたいだし、召喚魔法を使えないやつには違う報酬があるか、クエストが発生しないかだろうな。」
「入れておいてよかったね。」
「だろ? ……って言いたいけど、オレもまさかこんな序盤で非公式クエストがあるとは思ってなかった。」
うつむき気味に首を振って、ナオがまた虚空を見つめる。
俺には何もない空間を見てるように見えるけど、ナオの目には掲示板とか情報サイトとかいろんなものが映っているはずだ。
俺は……そういうものを上手に使えないから、とりあえず卵を温めてる。
「卵の情報……は。あぁ、クエストリワードでモンスターそのものじゃなく卵をもらうパターンも結構あったみたいだな。」
「そうなの?」
「あぁ、むしろクエストだとそっちの方が多い。で、何が生まれるかランダムってやつも割とある。けど。」
「けど?」
ナオは一度言葉を切って、俺が抱いてる卵を見た。
ほんのり薄い黄色の殻、赤道みたいに走るそれより少しだけ濃い黄色。
「その卵みたいに真ん中に一周線が入ってるやつは、生まれてくるのが確定してるやつらしい。」
「この赤道?」
「そうその赤道。」
じゃあ、卵屋さんで買う卵にはこの線が入ってないってわけだ。
この神社でもらえる卵は一種類だけ、ってことなのかな。
それとも、もっときれいに掃除したら違う卵がもらえるって話?
「……もっといいものもらいたいってタイプじゃないのは知ってるけど、一応言っとくぜ。」
「うん?」
「もらえる報酬が武器とかアクセサリとかの違うジャンルなら比較要素が違うから何とも言えねぇけど、卵としてはお前がもらったやつが一番ランク高いやつだと思う。」
「そうなの?」
「卵が複数あったらの話だけどな。多分、どれだけこの神社のために働けたか、ってのがポイントになってる。」
「うん。」
「オレのしたこともちゃんとお前に加算されてたら、お前は一人でこの神社きれいにして剣舞まで奉納してるからな。これ以上はないだろ。」
「ナオのおかげだね。」
「俺は庭の三分の一ほどを草むしりしただけなんだが?」
ほとんどお前の手柄だろ、って言うけど、付き合ってくれた上に自分は報酬いいですって言えるの充分すごいと思うんだけどなぁ。
その上情報まで集めてまとめて教えてくれるし。
その情報源を閉じたらしいナオは、俺に向き直った。
「もっかい卵つついてみてくれるか。」
「プロパティ?」
「あぁ。」
言われた通りに卵をつつくと、画面が現れる。
この画面はナオがつついても出せるけど、卵の所有者である俺が出す画面とは載ってる情報量が違ったんだ。
もしかしたら所有者だから、じゃなくて、召喚魔法を持ってるから、かもしれないけど。
鑑定スキルみたいなのを持ってたらもっと情報出るかもな、って言ってたし……って、あれ。
「情報増えてる。」
「え、まじか。」
「うん。」
可視化した画面をナオの前に持っていく。
さっきは、神社を掃除したお礼に巫女さんにもらった卵。ほんのりあたたかく、たまに動いているようだ。って書いてたのに、続きが出来てる。
「もうすぐ生まれそう……?」
「あ、それさっき見た。」
ナオがもう一度何かの画面を呼び出した。
俺に見えるようにして出してくれる。
もうすぐ生まれそう、の文字がプロパティに現れたら、あとは所有者が卵に向かって生まれてくるように念じたら生まれる……。
え、どういうこと?
「本来は、卵が孵るのにも条件がいるようなときに、その条件を満たしたってメッセージのはずだ。」
「俺たち、何もしてないよね……。」
「立って情報集めてただけだな……けどまぁ、生まれる条件がそろったってことに違いはねぇし……。」
「うん、孵してみよう。」
ナオとうなずき合って、卵に目を落とす。
生まれてくるように念じる……って、単に生まれて来いって思えば生まれてくるのかな。
単なるポリゴンデータかもしれなくても、それはちょっと偉そうで嫌だな。
何が生まれてくるのかはわからないけど……。
どうか、生まれてきてください。
俺はうまく戦えるかもわからないし、俺と一緒にいたら迷惑たくさんかけられて大変かもしれないけど。
俺に出会ってください。
目を閉じてそう呼びかけていると、抱えた卵がくるりと回った。
瞼を上げるのと連動しているように、ゆっくりと腕の中から浮き上がっていく。
俺とナオが見守る中、頭の高さまで浮いた卵は、ゆっくりと光り出した。
ぴきぴき、と音がして、卵にひびが入っていくのがわかる。
一際眩しい光に思わず瞑った目を開けると。
白い小さな四つ足の動物がいた。
大きな耳と細い顔、ふっくらしたしっぽ。
こっちを見上げてくるべっこう飴みたいな色のまん丸の目。
「狐……。」
「だな……。」
俺とナオのつぶやきに、真っ白の狐はこんっと鳴いて返事した。
……もふもふだ。
「うぅぅぅぅぅぅぅ……。」
「はははは、悩め悩め、まだ時間はある。」
草原でしゃがみ込んでうーうーうなる俺を、狐さんがきょとんと見つめている。
その隣で仁王立ちして笑ってるナオ。
俺たちがまだ神社にいるわけは、単純明快。
狐さんの名前が決められないからだ。
だって、お稲荷様にもらった卵から生まれた狐さんだよ。
お稲荷様の狐だって、今では混同されてるけど本来は狐はあくまでお使いであって神様は別にいるんだから。
普通に考えてこの狐さんは神使じゃん。
白いし。
簡単に名前なんて付けられないよ……!
「ただまぁ、ログアウトまでには決めろよ? 名前を付けることで契約が完了するから、このままログアウトして契約破棄になったら嫌だろ?」
「嫌だ!!」
せっかく神様からいただいたお狐様なのに!
手渡してくれたのは巫女さんだけど!!
「まぁクオンの手が速かったからあと一時間はある。インターネットも使えるからゆっくり」
「決めた。」
「えっ」
もし時間制限があったりして消えちゃったら絶対嫌だ。
インターネット使い始めたら坩堝にはまる。
時間がかかる。
第一印象に頼ることにする。
プレイヤーネームはカタカナかひらがな、英数字しか使えなかったけど、モンスターには漢字も使えるらしい。
プレイヤーは他の人と同じ名前は使えないけど、モンスターは数が多すぎるからか被りはオッケーなんだとか。
一人のプレイヤーが召喚するモンスター同士ではだめだけど。
データで管理するときに、プレイヤー名のモンスター名、って区別したら被らないからだろ、ってナオは言ってた。
「狐白、にする。」
「コハク?」
「狐に白でコハク。」
「白い狐だからか。」
「あと目が琥珀色っぽいから。……これって、名前は狐白にしておいて、ハクって呼ぶとかできるの?」
「多分できると思う。」
「まぁできないならできないでいいや、仕方ないし。」
名付け親が俺の時点で色々破綻してるけど、神様の名前をそのまま呼ぶなんてやっぱりよくない気がするし。
あだ名が通じるならそれでいきたいな。
決めた、と思った瞬間、文字が現れる。
狐白 でいいですか? だって。
すごい、ちゃんと漢字も変換されてる。
それでお願いします。と念じたら、ぽんっと音を立てて狐さんの上に青いカーソルが現れた。
プレイヤーに比べて細い緑と青のバーも出てる。
じっと見つめていたら、視界の端にステータスが表示された。
種族名は狐、固有名は狐白。
あとはHPとかMPとかstrとかagiとかが下に続いている。
種族名、そのままなんだ……狐って。
まぁ、何はともあれ、この狐さんが俺の初めての召喚モンスターなわけで。
「これからよろしくね、狐白。」




