第十八話
反射的に振り返った。
隣でナオも同じ行動をとったみたいで、ザッと砂利がこすれる音が鳴る。
その勢いに驚いたのか、後ろにいた人影がびくりと身をすくませた。
この人が、声をかけてきた人、かな。
状況的に考えたらそれ以外有り得ないよね……。
長くてまっすぐな黒髪に、白い小袖と緋袴。
「巫女さん……?」
「みたいだな……カーソルから見てNPCか。」
女の人の頭の上には、黄色の逆三角形が表示されている。
ナオやアマレットさんの上のは緑だったし、敵モンスターは赤。
黄色の逆三角形はナオの言葉通り、NPCのお店のお姉さんと同じカーソルだ。
「人型の敵も存在はするけど、その場合はちゃんとカーソルは赤になる。今のところは敵じゃない。」
「うん。」
小声でナオが囁く。
頷いて、反射的に柄と鞘を握っていた手を放した。
……反射だから、どうしようもないのはわかってるんだけど。
それに自分なんだから言っても仕方ないんだけど。
これは刀じゃないんだから鞘と柄を握っても抜けないんだってば、俺。
女の人は何事もなかったみたいにまっすぐに背筋を伸ばして立っている。
さっき俺とナオにびっくりしたことなんてなかったみたいに静かに佇んでるけど……
「クオン、お前が話しかけてくれ。」
「え」
「なんかのクエストの始まりかも。NPCが声をかけて、オレたちが返事をしないとストーリーが進まねぇんだと思う。最初に返事した方がメインになるタイプの可能性もある。」
「じゃあ、ナオの方がいいんじゃないの。俺セオリーとか知らない。」
「それはわかってるけど、ここ神社で相手巫女さんだろ。こういうゲームで専門知識が求められるとは思わねぇけど、オレよりお前の方が神社には詳しい。」
「なるほど……了解。」
小声でぶつぶつと作戦会議を続ける俺たちにも巫女さんは表情を崩さない。
切りそろえた前髪の下でまっすぐにこっちを見ている目を見返して、話しかける。
「はい、なんでしょうか。」
「お時間がありましたら、お願いがあるのです。」
さっきまで無言だったお姉さんが話し出した。
ナオの言う通り、返事するまで進まない話だったんだろう。
でも、クエストの印、頭の上のはてなマークは出てない。
時間がかかることって……どれくらいだろう。
町を歩き回るのには30分もかかってないはずだから、ログアウト時間まであと大体一時間半。
討伐みたいな時間がプレイヤー次第なものは除いて、長いクエストでもそこまでかかるものは今のところない。
それに、本当にすごく長いクエストなら、その途中でログアウトしても次にまた続きからできたりしないかな。
ナオを振り返ると、真面目な顔で頷く。
多分考えてることは一緒だと思う。
頷く意味は、一時間半以内に終わる、もしくは続きからできる。
つまりは受けていい、ってことだ。
「はい。おっしゃってみてください。」
「私は、この神社で神にお仕えしている巫女でございます。」
そんな言葉から始まった巫女さんのいう事には、人手が足りなくて境内の掃除が行き届かないので手伝ってほしいと。
昔は町の人たちが手伝ってくれていたしお参りもしてくれたけど、最近は誰も来なくて神様も寂しがっているんだ、とか。
広いとは言っても雑草を抜いて雑巾をかけるくらいならそんなに時間はかからないはず。
雑草も、この空間に入った瞬間の草原は放置で良くて、玉砂利の隙間に生えているわずかな雑草だけでいいって言うし。
「それくらいなら、任せてください。いいよね?」
「あぁ。オレ作法知らないし何かやらかしてもまずいから、雑草抜いてる。お前建物の中やってくれ。」
「わかった。あの、雑巾とか持ってないんですけど、お借りすることは出来ますか?」
「本当ですか、助かります。ありがとうございます。」
どこからか出してきてくれたバケツと雑巾を受け取って、水道へ案内してもらう。
ナオの方には雑草を集めるゴミ袋と軍手。
割といろいろ貸してくれるんだ。
ゲームの中なんだから、草むしりしても手なんて汚れないと思うけど。
「お前の掃除範囲にもよるけど、まぁほとんど確実にオレの方が遅いから終わったら手伝いに来てくれ。」
「わかった。」
「ピッカピカにしてきてやれ。」
「お狐様が祀られてる神社を掃除できるなんてすごいよね、楽しみ。」
「お前がそういうやつだってのは重々知ってる。行ってこい。」
「いってきます!」
「まるでアマレットだな……。」
入っちゃダメなところをしっかり聞いて、許された範囲をできる限りきれいに磨き上げる。
神様が実際に祀られているのは奥の本殿だけど、拝殿だって重要な神社の一部だ。
今回させてもらえたのは箒とハタキをかけて、濡らした雑巾で拭き上げた後に乾拭きするくらい。
これから通い詰めて掃除を続けたら、もっと色々させてもらえるようになったりしないかな。
「ただいま、手伝いに来たよ。」
「おかえり、相変わらず速いな。こっち側は終わったから、向こうから攻めてくれ。」
「はーい。」
指さされたのは本殿の方。
一応巫女さんに聞いて近寄ってもいいことを確認してから、草むしりに取り掛かる。
白い玉砂利から生える細い雑草はキレイだとも思えるけど、参拝者や神様の邪魔になったら困るもんね。
たとえデータとはいえ、神社の境内で無暗な殺生は良くないからなるべく最低限の範囲だけをきれいにする。
もくもくとむしり続けて、気付くとナオのいるあたりまで終わってしまった。
草を借りた熊手で集めてゴミ袋に移す。
うん、きれいになった。
「さすがお前がいると速い。」
「草むしりって久々で楽しかった。砂利だと抜きやすいし。」
「それは言えてる。」
ゴミ袋の口を結んで、巫女さんに捨てる場所を尋ねる。
こちらで捨てておきます、とゴミ袋を受け取った巫女さんは、感激したように瞳を潤ませて深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……! こんなにきれいにしていただいて……!」
「簡単にしかできなくて、すみません。」
「クオンは家事の達人だからな。本気でやらせたら見たことないくらいキレイにすると思うぜ。」
「今は時間も道具もないから、また今度させていただけたら嬉しいです。」
「そんな、ご迷惑ではないですか? 私、お礼もご用意できませんし……。」
眉尻を下げる巫女さん。
これがクエストじゃない時点で、お礼……クエストリワードが発生しないことはわかってた。
だから、これはお礼目当てでやったわけじゃなくて、ただ俺がしたくてやったこと。
付き合ってくれたナオには悪いけど、完全に自己満足だ。
だから。
「じゃあ、お礼代わりに一つ、お願いがあるんですけど。」
「え。」
「やっぱりか……。」
目を瞬かせる巫女さん、俺の後ろでため息をつくナオ。
俺がやりたいことは聞くまでもなく理解してるってことなんだろう。
何を言われるのかってちょっぴり警戒してるような巫女さんに、俺は頭を下げた。
「本来の作法通りとはいかないと思います。そもそもこういうことはしないのかもしれないけど……。」
それに俺が持ってるものじゃ、和洋折衷になって却って罰当たりかもしれないけど……。
「剣舞を、奉納させてください。」
「本当に、本当に、ありがとうございます。」
巫女さんは泣いてた。
これ、泣かせたの俺になるの?
でも嫌だったからじゃなくて嬉し涙だってのは分かってるから、うろたえたりはしない。
基本的に神様は、人の信仰がないと存在できないとされてる。
神様が寂しがってる、って言い方をしてたけど、人のお参りがないってことは忘れられた神様ってことになるんじゃないかと思うんだ。
つまり力が失われかけてるんじゃないか、って。
剣舞は実際に奉納されてる神社もあるし、それがお狐様のお気に召すかはわからないけど、人が……今は妖精だけど、神様を想って捧げる、ってこと自体は悪くない、はず。
問題は剣舞を極端に嫌う神様じゃないか、ってことと、服装が初期装備のお粗末な服ってこと、肝心の剣が日本刀じゃなくて西洋の剣の形をしてるってこと。
でも巫女さんの様子を見る感じだと、大丈夫だったみたい。
「今度来るときは、お揚げか稲荷寿司みたいなものがあれば探してきます。」
「そんなことまで……申し訳ありません……。」
「謝らないでください。」
だって、二回目だけど、俺がやりたくてやってることだもん。
だけど、巫女さんは再び深く深く頭を下げた後、口を開いた。
「何ができるとも言えませんが、お礼をさせてください。」
「え」
いいですそんなの、と言う前に、ナオが口をはさむ。
「あの、もしオレにもなにか下さるつもりなら、その分こっちの人に加算してください。」
「ナオ?」
「ここ見つけたのも参拝しようって言ったのも、掃除もほとんどお前だ。極めつけは剣舞。オレは付き添い。」
「でも」
「いいから。」
お願いします、とナオが言って、それをお礼をもらう事への了承だと受け取ったのか、巫女さんは少々お待ちくださいって言って本殿の方へ消えていった。
何でそんなこと言うの、今度オレに都合よさそうなのがあったら譲ってもらう予定だから、みたいなことを目で伝えあっていると、巫女さんが戻ってきた。
胸元に抱えられた、少し大きな丸いもの。
上が少し細く、下は広く丸まっていて、真ん中に地球儀の赤道みたいに薄い黄色の線が入っている。
それを捧げるように持って、差し出す。
「どうか、こちらをお持ちください。」
「ありがとう、ございます。」
差し出されたからには受け取って、じっと見つめる。
これは……
「卵、だよね……。」
「……非公式クエスト引き当てたか……。」




