第二話 アンナとリエナと【真っ暗闇】
「……真っ暗闇……、いい加減、魔王様に迷惑をかけるのをやめろ……」
そうしてその時も、彼らは妾を蔑んだ目で見た。
ある理由から、多くの事が他の樹麗人族たちより劣っていた妾は、常にそうして無能と見下されて生きてきた。
――まあ、そもそも誰も正しく妾を見てはくれず……、ほとんど何も教えてはくれなかったから、劣っているのは当然なのだが……。
唯一……、両親の形見らしきボロボロの魔法書――、そこに書かれた魔法だけが妾の得意分野となった。
――真っ暗闇……、いつも妾はそう言われる。
樹麗人族は高潔であり、何より美しさを重んじる魔族。しかし――、それは彼らが信じる美しさから外れた者に対して、極端に不寛容という意味も含むのだ。
完成された美しさ――、そこから外れた汚れのある者は……、それだけで汚物と同じなのだ。
――負けない!
なにが真っ暗闇だ!
そんなに妾を――真っ暗闇……、そう言うならば……、
――妾は闇の女王になってやる!
――負けない!
――負け……ない。
――負け……たくない……。
――妾の瞳は黒い……、
……月の輝きの如き金色ではない。
――月のない夜……、
……真っ暗闇……。
◆◇◆
「で? アンナは……」
「あの……例のキルちゃんのことで、魔王ハザン側と連絡が取れないかと……、独自ルートで探りを入れにいってるみたい……」
その言葉に……、勇者ヒイロはため息を付きながら、宿屋の客室のベッドに寝そべりながら隣のリエナに答えた。
「どうしたもんかな……、命を狙われてる訳じゃないが……。かなり物騒な魔法を使ってくるし……」
ベッドに腰掛けて窓から昼下がりの空を見上げるリエナは、そのヒイロの言葉に機微を傾げて答えた。
「……一回も使われてないし……、独自の魔法っぽいし、本当に危険かどうかはわかんないけどね……」
――それにキルちゃん……、そんな悪い子には見えないし。
その言葉にヒイロは眉を寄せて答える。
「いや……だめだろ? あの時分のお子様が……、あんなエロ技術のエキスパートなんて……」
「……あー……」
そのヒイロの言葉にリエナは苦笑いした。
――と……、
「……誰がお子様じゃと……」
不意に見知った声が響いて……、そして二人の意識が一瞬遠くなりかける。
何事かと考えながら、ヒイロとリエナは頭を抱えながら呻いた。
「く……なんだ……。意識が……」
「キル……ちゃん?」
いつの間にか部屋の隅にキルシアが立っていた。
(……欺瞞魔法?! 分からなかった……)
静かに心のなかで驚くリエナ。
呻く二人に対して、キルシアは鋭い睨みを向けて言い放った。
「……妾はこれでも二十四の大人じゃ!!」
その言葉に……ヒイロとリエナは――、
「「……え?」」
仲良く声を揃えて答えた。
「……え? とは何じゃ!!」
「「……いや……、うっそだ~~……」」
その答えにキルシアは、額に三つぐらい青筋をたてて言った。
「うっそだ~~……、じゃないわ!! 馬鹿にしおって!!」
――キルシアは少し涙目で言う。
「く……、そりゃ……、妾はなんか異常に発育が悪いし……、ここまでエロ知識の権化たる淫魔将軍なのに……、みなコドモコドモいうし……」
キルシアが、その場に蹲って、床にのの字を書きながらブツブツいい始める。
――が、直ぐにすくっと立ち上がって、その自分の身を手でなぞり始める。
「……しっかし、何処が子供なのかのぅ?」
「「あはは……」」
すこし意識を薄れさせつつヒイロとリエナは笑う。
まあ――、確かにキルシアのその服装はなかなかに扇情的ではある。
ほぼ水着のような上半身のアンダーウエア、下半身は小さなホットパンツで、膝上のニーソックスという姿であり、さらにアクセントとして、犬用のそこそこゴツい首輪を首に付けており、その首輪についたリードを止めるリングには胸辺りまで垂れた鎖があった。上半身には一応ジャケットを羽織っており、その内側に様々な呪具を収めているのだ。
見るものが見れば――かなりヤバい姿である。
「……と、そうじゃ……。こんな余計な話をしておる時ではなかった……」
「……う、それって……」
そう気を取り直すようにキルシアが言って、リエナが頭を抱えて呻きながら答える。
キルシアは目の前の二人の苦しげな様子にニヤリと笑って言った。
「……妾の催婬霊薬の効果はなかなかのものじゃろ?」
「や、ぱり……かい」
キルシアの言葉に苦しげに答えるヒイロ。
ヒイロ達がある意味何もせずにキルシアと会話しているのは、そもそもある理由から動けなくなっているからである。
意識を深く集中して堪えないと……、すぐさま隣のリエナに襲いかかりかねないほど、余りにも性的欲求が爆発しかけているのである。
(……声を……出して……。誰かを呼ぼうにも……)
リエナは苦しげにその身を――、胸とそして下腹部を押さえる。
なにかの拍子に意識が暴走しかねないので、助けを呼ぶ事すら出来なくなっていた。
二人の様子に――、キルシアは今度こそ満面の笑みで二人に言い放つ。
「フハハハ……、抗えまい!! エロ猿勇者ごときには、妾……淫魔将軍――、闇の女王……キルシア様の大発明……」
「うぐ……」
「……あん、……ヒイロ……」
怪しく喘ぐヒイロとリエナに、得意になってキルシアは鼻高々に演説を始める。
「……このまま貴様らを捕縛して……、妾の精神魔法でじっくりと……」
――ドサ!
ふと……目前でヒイロとリエナがベッドに倒れる。
その光景を――、キルシアは少し頬を引きつらせながら見つめる。
「……う、うむ……、少々……、霊薬の効果がきつすぎたかのぅ?」
――■■■■■■■■(音声ミュート)。
「あの……、お前ら……」
――■■■■■(音声ミュート!)。
――■■■、■■■……(音声ミュート!!)。
「……あの……ちょっと待って……。ごめん……この作戦駄目だわ……」
そして――、
「あああ……、んん……」
「……」
誰かさんのあの声が響き……、キルシアは、顔を真赤にして静かに耳を押さえて回れ右した。
「……ごめんなさい。ホント……ごめんなさい……」
そしてキルシアは、何もせずにただその場に蹲り続けた……。
――しばらく後、
「ううううううう……」
涙目で蹲るキルシアを、ヒイロとリエナは苦笑いして見つめる。
キルシアは顔を真赤にしてヒイロたちを指さして叫んだ。
「……破廉恥じゃ!! 破廉恥どもがおる!!」
「お前……自分のこと婬魔将軍って……」
称号と裏腹な言葉を放つキルシアに、何故か色々疲れた様子|(いやホント何故なんだろうね(笑))のヒイロとリエナは苦笑いを向けた。
◆◇◆
宿屋に帰ってきたアンナは、宿屋の一階にある食堂でキルシアとテーブルを共にしつつ、キルシアが涙目で食事する姿を苦笑いで見つめるヒイロとリエナを見た。
「……何をしてるの?」
「あ、姉さん……その」
アンナの困惑した様子にリエナが苦笑いして答える。
「……ちょっと、見苦しいものを見せちゃって、それで泣き止まないんで……その」
「見苦しいのもの?」
アンナが首を傾げる姿に、リエナと、そしてヒイロもバツが悪そうにそっぽを向いた。
いまいちわからないアンナは、小さくため息を付くとリエナとヒイロを他のテーブルへと誘導した。
「……とりあえず……、ハザン王の関係者とは連絡をつけてきたわ……」
「マジで?!」
アンナの言葉にヒイロが笑顔を向ける。
「まあ本人であるヒイロはわかってると思うけど……、勇者っていうのは、人類、魔族共通の神である【星神】が地上へと遣わせる存在で、それと下手に敵対する事は何かとタブー視されている」
「まあな……、でもそれも必ずってわけでもないだろ?」
ヒイロの返事にアンナは頷いて言葉を続ける。
「そう……、勇者も所詮【特異加護】に目覚めた個人だから……、国益や意向に沿わない行動をするなら敵対することもあるんだけど……」
――それでも積極的に敵対しようなんて思わない。
「だから……、なるべく敵対しないように、交渉ルートを作ろうと考える為政者は多い……」
アンナのその言葉にリエナは静かに頷いた。
「姉さんは……、だからこそ、魔族とつながりを持つ人に繋ぎを作って……、魔王ハザン側と連絡を取ってきた……と?」
「うん……、そのとおり……。そして、正解だったわ……」
そういうアンナにヒイロが言葉を返す。
「正解? それは?」
「……魔王ハザン側は、正式に勇者への敵対行動はする予定はない……、していない……とのことよ」
「は? じゃああのキルシアは?」
その言葉にアンナは少し表情を曇らせて言った。
「……ハザン王配下の最下層将軍が勝手に魔界を出奔している事実があって……、その一人がキルシアだと……」
「「……?!」」
その言葉にヒイロとリエナが驚きながら、食事をするキルシアの方を見た。
キルシアは涙目で食べ物を口に運びながら鼻を鳴らしている。
そしてアンナは言う――、
「……そしてもう一人……、どうもあのギルディアと関係の深い将軍も一緒に出奔しているらしいわ……」
「それってやっぱり……」
リエナが苦しげにアンナを見つめる。
「キルシアが何処まで関わっているかはわからないけど……」
「……」
アンナとリエナ、二人が顔を曇らせる中で、ヒイロは静かにキルシアの方を伺う。
(……あの子……、……キルシアはそんなに悪い子には……)
ただ重い空気がその場に漂っていた。
◆◇◆
キルシアはその時、食事を口に運びながら思いを抱いていた。
(……アイツら……本当に……)
一応、深刻そうな表情で何やら話し合っている様子はあるが……、それでもその姿は羨ましいものだった。
(…妾は……)
キルシアは――、物心つく頃には一人だった。両親はそれ以前に亡くなっており、唯一ボロボロの魔法書だけが形見だった。
その目が……、自分の瞳が黒い理由はわからない。そもそも両親に聞く事はできなかったし、孤児として引き取った者たちも話してはくれなかった。
――真っ暗闇。
まあ、ある意味で種族として異端な存在であったキルシアは、大抵の同じ孤児から無視されていたし、それは大人たちもそれほど変わらなかった。
本来、孤児であっても大人が教えることで正しく習得できる高度な弓術、そして影を掌握することで実行できる影走りの発展型【影歩】も、キルシアは正しく習得することができなかった。一部の奇特な大人がたまに気が向いたら教える、――その程度だった。だからこそ、両親の形見の魔法書から独自に学んだ魔法だけが得意になった。
誰もキルシアを見なかった。外見がおかしい異常者に積極的に関わろうと考えるものは少なかった。
(……うらやま……しくない)
ヒイロたち三人が親密に話し合う姿に――、キルシアの心の奥から黒いものが湧き始める。
(うらやましく……なんかない)
キルシアは――、胸元を掴んで……、そして食事用のスプーンを置いた。
「……?」
ヒイロが見つめる前で、キルシアが無表情で立ち上がる。
「……帰る」
「え? キルちゃん?」
そのリエナの言葉に反応を示さず……、黙ってキルシアは食堂から出ていった。
リエナは心配そうに立ち上がる。それをアンナが制した。
「……私が見てくる……」
そういってアンナはキルシアの後を追った。その場に心配そうにするヒイロとリエナが残った。
◆◇◆
心に黒い何かが溢れ始めている。
――キルシアは静かに胸を掴みながら街を足早に駆けてゆく。
ここ数日――気にもとめていなかったもの。
キルシアが、密かに心の奥に宿していたもの。
――あの仲が良さそうな三人が……、恨めしかった。
おそらく、失敗続きでもこだわり続けているのは――、そういうことなのだろう。
でも、……それは余りに惨めではないか?
結局自分は……、そんな惨めすぎる思考で、あの者たちを倒そうとしていたのか?
「うぐ……」
自然とキルシアの目に涙が溢れた。
――と、街を進むキルシアの視線の先に見知った姿を見た。
キルシアはそれを追いかけて……、
「……ふふふ……ご苦労さま……。使命は順調かしら?」
路地裏でキルシアと相対する樹麗人族の女――、腰に無数の短剣を帯びたその魔将軍ヒルダは、嘲笑にも似た笑顔をキルシアに向けた。
「そ……それは……」
「ふふふ……、魔王ハザン様は期待しているのよ? 貴方に……」
その言葉にキルシアは拳を握って顔を上げる。
「……真っ暗闇……」
「……!!」
「使命を果たせば、もうそんな酷い事を言われることもなくなる……」
あえて真っ暗闇という言葉を強調するようにヒルダは言う。
「……」
静かに思い詰めた表情を浮かべるキルシアにヒルダは笑顔を向けていった。
「貴方なら出来るわキルシア……、そのためにこそ頑張ってきたのでしょう?」
そのヒルダの言葉に――、キルシアは歯を食いしばって踵を返す。
「行ってらっしゃいキルシア……、もう二度と……」
――真っ暗闇なんて言わせないために。
「闇の女王になるんでしょ? キルシア……」
そして――、全てを振り切るかのようにキルシアは走り始める。
路地裏を出た時――、キルシアは、壁を背に路地裏の入口付近で様子を伺っていたアンナの横を通り過ぎる。
しかし、そのアンナに気がつくこともなく、ただそれまでに見たことのない歪んだ、そして苦しげな顔で街を駆けていった。
(……キルシア? 真っ暗闇?)
アンナは、路地裏の奥で行われていた会話は、完全には聞き取れていなかった。ただ……、真っ暗闇という文言のみが心に残った。
「……」
アンナは改めて路地裏に視線をおくる。
――そこには何の人影も存在しなかった。
◆◇◆
宿屋のベッドの上で、裸のヒイロを中心にして川の字のようにアンナとリエナは横になっている。
アンナは静かにキルシアのことを語って、ヒイロは真剣な表情でそれを聞いた。
「真っ暗闇……か」
「うん、樹麗人族は……、金色の瞳を月に見立てて「月下の魔族」を称している……」
そのアンナの言葉にリエナが呟く。
「キルちゃん……、瞳黒かったよね……」
「うん……、だから月がない夜……真っ暗闇」
その事を理解して、ヒイロたちはキルシアが抱える心の傷の片鱗を感じ始めていた。
だからヒイロは真剣な表情で呟いた。
「……今度あったらキルシィを捕まえるぞ……」
「「そう……だね」」
決意の表情で天井を見るヒイロを、アンナとリエナは優しい笑顔で見つめていた。
――そして、まどろみの向こうに三人はおちてゆく……、
本来ならばそのまま朝になるところを――、アンナとリエナは夜中に目が覚めてしまった。
「な、に……」
アンナは言葉が上手く喋れない事実を理解する。そのうえ――、
「から、だ……」
リエナが苦しげに身体を動かそうとするも、全くゆうことを聞いてはくれない。
――そして、やっと二人は異変の正体を理解する。
「き、る、しあ」
アンナがうめいて見つめる先、ヒイロの腹のその上に、またがってヒイロを見下ろすキルシアがいた。
「……」
それを苦しげに見つめるヒイロもまた、身動きが取れてはいない。
(……キルシィ……)
そのキルシアの姿は、首につけた首輪以外一切の服を身に着けてはいない。
その全裸の少女が冷たい目でヒイロを見下ろしている。
「無駄じゃぞ? 順番が違うが……、すでに【隷属】の効果に入っておる……」
「お……まえ」
「……このまま起き上がって……、そのまま妾と交われ……エロ勇者……」
その言葉にアンナとリエナが驚きの目を向ける。
「きる、ちゃ、ん……だめ」
「おちつい、て……」
苦しげに言う二人に静かにキルシアは答える。
「……黙れ……、お前らは……」
――妾が欲しくても……手に入らぬものを……、
そのキルシアの表情が苦渋に歪む。それを振り払うように、キルシアはヒイロに言った。
「早くしろ! 妾を……抱け!!」
その声に反応するようにヒイロの身体が立ち上がってゆく。ヒイロは苦渋に顔を歪ませながら抵抗するも、キルシアを下に横たえてその上に覆いかぶさる形になる。
しかし、ヒイロは両手で支えて抵抗を続ける。それをアンナとリエナは苦しげに見つめ続けた。
「きる、しあ、それが、本当に貴方の……」
――やりたいことなの?
その言葉にキルシアは吐き捨てるように叫んだ。
「うるさい!! 妾は……」
――皆に認められて……、皆に……、
(……妾は……)
もはや魔王ハザンへ捧げようとしていた純潔すら、かなぐり捨てる形になっている自分……、それは本当に……、
(でも……)
それでもヒイロは必死で抵抗を続ける。
その姿は……、キルシアにとっては……、ただ自分を必死で拒絶する姿にしか見えずに……、
「うぐ……、ひっく……」
「……!!」
ヒイロの目の前で、キルシアは泣き始める。
そのその黒い瞳から大粒の涙が溢れて……、そして枕を濡らしてゆく。
「エロ勇者……、お前も……、ひぐ……妾を……」
そうして――、ただ涙を流すキルシアを――ヒイロは静かに見つめる。
キルシアは幼子が泣くようにただ……涙を両腕で拭って泣き続ける。
――名声も地位も本当はいらない。
――ただ……、キルシアは……、
「……お前も妾を……、真っ暗闇だと拒否するのか……」
その言葉に、アンナとリエナは小さくため息を付いて、――そしてヒイロに言った。
「「……許す……ヒイロ……」」
――その娘を……性的に返り討ちにしてあげて……。
そして、その言葉に従うようにヒイロの腕がキルシアを抱きしめる。
その行動に、慌ててキルシアは【隷属】を本起動しようとする。――が、
「……あ」
不意に、キルシアの頭にヒイロの温かな手があてられて……、そして優しく撫でられた。
「大丈夫だよ……キルシィ……」
「……あ……」
それだけで――、キルシアは何も出来なくなった。
何も出来なくて……、その温もりに身を委ねていた。
――ああ……、
――あああああ……、
キルシアはヒイロの温もりを確かに感じながら【隷属】を停止させた。
――もう彼女は、彼に対してそれを使うことが出来なかった。
――ああああああああああああ……、
キルシアの冷たい涙に、――温かさが宿る。
そのまま――、温もりに包まれる自分を感じていた。
――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……、
そして――、
「……」
しばらく後、キルシアは闇夜のベッドの上で、ヒイロのその上にうつ伏せになってまどろんでいた。
その両肩には、アンナとリエナの温かな手のひらの温もりがあって……、
「……キルシア」
「……」
……ふと、アンナの声がまどろむキルシアの耳に届く。
「……闇は……、確かに冷たいイメージ……。先が見えなくて……、悪いイメージ……」
「……」
「でも……、闇は……、自然界で生きる動物たちの、小さな命を闇に隠して守る……」
「……」
「……そして……、疲れを癒す眠りや……、新たな命が生まれる……、そういった営みもまた闇の下……」
「……」
「闇は……必ずしも悪ではなく……。光は……必ずしも正義でない……」
――貴方が望む……【希望の闇】を信じればいい……。
その言葉を聞きながら……、キルシアは小さく笑う。
(……ああ、そうじゃな……。初めから……、そのとおりであった……)
その瞳から一筋の涙がこぼれてヒイロの胸を濡らした。
(……魔王ハザン様……、この度は……、妾は……、将軍位を返上しようと存じます……)
自分を包むヒイロの腕が――静かにキルシアを撫でる。
(……もはや妾は……、戦うことが叶いません……。こともあろうに……)
――勇者とその妻達に……、身も心も敗北してしまいました。
――どうか……、魔王軍を離れる妾を……お許しください……。
そしてキルシアは――、
月の光の届かない闇に包まれながら――、三人の温もりを感じつつ眠りに落ちていった。




