第一話 アンナとリエナと【淫魔将軍】
さて――、この俺、勇者ヒイロは最近驚愕の真実を理解した。
その真実とは――、
「ぬははははは!! このエロ勇者!! 今日こそは我が策略に沈むがよい!!」
――のっけからのコレである。
俺は、目前に立って妖艶――だと彼女が考えているポーズを少し困った顔で見つめながらその言葉に答えた。
「……あのさ……、せっかく幻影でエロ可愛い美女に化けて……、そんなスケスケ衣装着てんのに……」
――速攻で正体バラしたら、本来の姿がアレだってわかちゃうだろ?
その俺の言葉に……、その妖艶極まりない(?)エロエロ大人美女は――、
「……あ」
――そう呟いて首を傾げた。
「……はあ」
「……キルちゃん」
俺の背後で生暖かい目でその美女を見る、アンナとリエナも黙って首を横に振った。
その様子に狼狽えながら、そのスケスケ衣装の美女――、いや幻影が消えて、ちんちくりん樹麗人族少女に変じた【キルシア】は誰に聞かせるともなく呟いた。
「……うぬ……、そうであった……。折角の――」
――色仕掛けからの精神支配作戦が。
その言葉に俺は少し怒った表情で言った。
「……って、お前……、行動はバカバカしいクセに……、精神支配って結構エグい事考えてるな!」
「ち……、せっかく【闇の女王】感を出そうと、特別衣装まで手作りしたのに……、まるっと無駄になるとは……」
「おい……、その衣装幻影じゃなくて本物なのかよ?! 無駄にすげえ技術だな! それ……アンナやリエナに着せたいからクレ!!」
その俺の言葉に、何故かアンナとリエナが怒りを表して俺を蹴り始める。
――いたいいたい、やめてください。土下座していいですか?
「……作戦失敗じゃ……。覚えておれエロボケ勇者!!」
そうして身を翻して去ろうとするが……。
無駄にスカート部分が長い衣装の端に足を取られてコケた。
「……あ」
リエナが少し心配そうに――、コケて涙目のその少女へと歩いていった。
「いたい……(泣)」
「もう……、見た目だけいい衣装にするからコケるのよ? 色仕掛けで襲ってきた魔将軍というより……」
――保護対象じゃないの、キルちゃん。
そうして手を差し出すリエナを涙目で睨んで少女は言った。
「く……、敵の情など受けぬ!! ……っていうか【キルちゃん】ってなんじゃ!!」
「……え? だって貴方……。魔王ハザン配下の淫魔将軍――」
――闇の女王・キルシアって名乗ってたでしょ?
そのリエナの答えに、その少女――、とても淫魔という自称にふさわしくない、色々ちっちゃなちんちくりん樹麗人族少女――、
――ただ、本来金色の瞳であるところが黒い瞳である褐色エルフ少女・キルシアは頬を膨らませながら答えを返した。
「……か、勝手に変な呼び方するでないわ!! ……次こそは貴様らを倒して……、妾の栄光の糧にしてやる!!」
うん――、まさに驚愕の真実。魔将軍ってお子様でも淫魔将軍とか、ありえない称号名乗っていいんだね……。
――そうして俺は、苦笑いを浮かべながら、捨て台詞を残して逃げ去る彼女をまた見送った。
これが――、自称淫魔将軍・キルシアと俺達との……、物語の始まりだった。
◆◇◆
また失敗した――、逃げながらキルシアは涙目でそう考える。
衣装のせいでコケそうになるがこれ以上無様を敵に晒すわけにはいかない。
――魔王ハザン配下……、自称淫魔将軍――、正しくは准将軍と呼ばれる将軍位の最下層の一人であるキルシアは次の作戦を考え始めた。
(おのれ……エロ勇者……。あのエロ猿であれば勝つのは容易と考えていたが……)
――かなり緩い作戦に見えるが、キルシア自身は結構本気である。
先ほども――、正しく彼女が得意な精神系魔法による【隷属】が決まっていれば勇者ヒイロは彼女の精神的奴隷と成り果てるはずであった。
そう――、その前段階となる前提条件へ入る誘惑行動が――、彼女のそれがとてもお子様過ぎただけであった。
はい……、この少女――、実際は既に二十四歳のれっきとした大人なはずのちんちくりんお子様、……にしか見えない女性は、そういった経験が皆無であった。
まあ、彼女が育った環境が悪かったと言えばそうとしか言えない。
彼女はある理由から、複数の子供ひとかたまりの孤児の一人として育ち、仲間である他の孤児たちのコミュニティに入れずに、いい歳になって以降はたった一人で生きてきたのである。
無論、同族の男からも彼女はそういった対象に見られる事はなかった。
――でも、その事が彼女の闘志に火を付けた。
だから闇の女王――、淫魔将軍キルシア、そう名乗ってエロ方面の術具制作技術を極めた。
樹麗人族は術具製作に関して、魔族でも最高の技術を持つ種族である。それを全て大人のおもちゃ方面に集中して育てたのである。
――といっても、そのエロ知識はとても……、
……そう、とても偏っていた。
――言ってしまえば市販エロ本の、ある意味ズレたエロ知識の粋と呼べるものであった。
そして先の勇者ヒイロによる魔将軍撃退の報を彼女は聞いた。
――魔王ハザンに敵対しているらしき勇者……、それがエロエロボケ野郎という話は伝え聞いていた。
――ならば妾ならばそれを速攻で打ち倒せるのではないか?
それで――、魔王ハザン様の目に止まって――、
『……おお……キルシアよ……。お前こそ我が伴侶に相応しい女よ……』
『ありがたき幸せでございます……、我が王……』
――その魔王ハザンの妻にまで登りつめる。
――それで……、自分は……、
――だが、上手くいかない。
最初の作戦は――、
幻影で普通の食堂の給仕を装い、媚薬をたっぷり入れた食事を勇者たちに食わせて無力化してから――、得意の【隷属】で勇者をおとそうとした。
だが……、勇者の伴侶の一人であるアンナが、そのかすかな匂いから媚薬を見破って。
「これ……、効く前に胃を壊す配合だよ? 薬臭が強かったね……」
そう言ってアンナが無表情でキルシアを見つめる。
その脇には、そんなものでも普通に食べて、必要以上に性欲が増大して呻いているヒイロを、リエナが困った表情で背を撫でつつ慰めている。
――狼狽えて逃走を図るキルシアにアンナは言う。
「……貴方はハザン王配下の魔将軍? ならばハザン王は私たちとは敵対してはいないわ……」
「は? 何を……嘘を言っても無駄じゃ……」
そのキルシアの答えに、少しイライラしながらアンナは逃げるキルシアを追いながら言う。
「話を聞きなさい、……だから貴方は勘違い……」
「馬鹿め!! 妾が騙されると思うのか……カキタレ一号!!」
「……ヒイロ……」
その時のアンナの目はヒイロにとっても怖かった。
その表情は影になって見えずに、ヒイロとリエナは少し引いた。
「……あの馬鹿を性的に返り討ちにしてやりなさい……」
「……え……」
なにを? と言った表情でヒイロはアンナを見返す。
――睨まれた……、怖いです。
ヒイロは仕方なく立ち上がって逃げるキルシアを追った。
――直ぐに悲鳴が上がる。
「うにゃあああああああ!! くるなああああああ!! ケダモノがくる!! やだもう……(泣)」
そしてキルシアの初めの作戦は失敗に終わった。
それが……、もう数回続いている。
――そう、リエナが彼女に「キルちゃん」という愛称を付けるくらいに。
◆◇◆
そして自称淫魔将軍キルシアは、夜闇の森の奥の焚き火の前で、静かに自分が確保している術具リストを前に腕を組んで考えている。
「初めの魅了香水からの制圧作戦は……、人間相手の配合が上手く行かずに失敗した……」
キルシアは――、勇者一行が、涙目、くしゃみ、目の痛みでひたすら苦しみながら、鬼の形相になって迫ってくる姿を身を震わせながら思い出す。
「……あれは、中途半端な催涙薬でしか無かったな……、はあ……」
とても怖い光景だったので、とりあえずもう二度と思い出さない事に決める。
次に取った作戦は――、
「……あれは……、何故ああも早く突破できたのか……。いや……本当に……」
彼女がその技術の粋を込めて生み出した――、特定の範囲の部屋を「セックスで女性が100回本気イキしないと出られない部屋」に変えて連中を閉じ込めたのだが……、
「……女の人数指定がされていなかったのがいけなかったのか? でも……、アイツら速攻で出てきて戦慄したが……」
三番目に取った作戦は――、
「……むう、あれは妾も色々考えが煮詰まっておったからのぅ……」
その作戦は――、即座にかけられる【即効魅了】によって「愛しています淫魔将軍キルシア様!」と言わせる……という作戦で。
「結局……あのエロ勇者……、好きな女はアンナとリエナ……、としか答えなかったのぅ……」
追い打ちにアンナに――、「魅了でそれを言わせて……それから?」と返されて、涙目で逃げるしか無かったのである。
――しかし、
「今度は……、先の作戦で使用した媚薬や魅了香水をフィードバックした作戦……。エロエロケダモノ状態に落とす煙霊薬で……、奴らをエロく無力化する!!」
――次こそは見ておれ!! エロ勇者……、そして――、
――カキタレ一号!! ……カキタレ二号!!
「……ふははははははははははははははは!!」
森の奥で怪しすぎる笑いが響く。
ぶっちゃけ……、勇者一行を倒すならば、他にやりようがあるだろうに……、
そもそも――、命を奪う……、あるいは怪我をさせる……、方向には一切行かない思考回路のその淫魔将軍は、さらなる作戦のために戦略を練り初めたのであった。
◆◇◆
「……」
その光景を、離れた場所から冷ややかな目で見つめる樹麗人族がいた。
その、彼女を見る目は――、醜いものを見るような嫌悪に満ちており。
「真っ暗闇……、少しは役に立つかもと考えて利用してるけど……、やっぱアンタは先の見えない真っ暗闇ね……」
――その金色の瞳は、キルシアの黒い瞳を見て、――そして深い溜息をつく。
樹麗人族は、その瞳を「月」に見立てて月下の魔族と呼ばれ――、それを種族の誇りとしている。
だからこそ――、あの馬鹿で無能なキルシアは――、
――彼女や、多くの樹麗人族にとって……、
……真っ暗闇そのものであった。




