第三話 アンナとリエナと【月下の千刃】
静かに身構えながらヒイロは不敵に笑ってその元魔将軍とやらに言う。
「なるほど……、アンタが例の今回の戦の原因を作った大本ってわけだ……」
「その通りだ……、人類圏への大規模侵攻の切っ掛けとするために……な」
「ふむ……聞いた感じだけなら、人間を同等の存在とみなさない魔族らしい言葉だと言えるな……」
そのヒイロの意味深な言い回しにギルディアは眉を寄せる。
「何が言いたい?」
その言葉に、ヒイロは肩をすくめて答える。
「……お前、さっき言ったじゃん……。『汚いから、使い捨てに出来る』って……」
「……」
「それって……、そのまんま『汚い考えを持つ人間だったから使い捨てのコマにした』って意味だろ? それは……」
――汚くない考えを持つ人間は、一定の評価をしているってことだ。
「人類圏で――本来無用な戦を広めようってヤツの言葉じゃなくないか?」
ギルディアは目を細めてヒイロを睨む。
その表情の変化にヒイロは笑って言う。
「図星か? ……ってことは訳あり……と?」
「……理由などない……。いやあったところで……戦を引き起こそうとした事実が変わるわけではあるまい?」
「まあな……」
そこまでの対話で、ヒイロは目前の男が自分が探している黒幕ではない事を理解していた。
――この目前の男は……、理由があって人類圏で戦を起こさなければならず、その上で少しでも罪の意識を軽減すべく『汚い人間』をコマとして使っていたのだ。
戦争が起これば結局、多くの罪のない人間が犠牲になるであろう。だから、彼のしていることは自分本位の行為ではある――が。
(……なんかよっぽどキツイ理由があるんだろうな……。例えば……)
――大切な者を人質にされた脅迫……か?
真面目な表情で押し黙った勇者に、ギルディアは眉を寄せて怒りの表情を作る。
「……何を考えているのかは知らんが……、今は殺し合いの場だ!!」
そしてギルディアは、その両手に一本ずつ魔法文字が刻まれたダガーを持った。
そして――、
「刃列にて全てを刻め――、鞭刃短剣――」
その手のダガーを振ると、そのダガーの軌跡に沿って無数の光のダガーが生まれて――、そして、その無数の光の短剣が、ギルディアの両手の動きに合わせて、その後を追って帯のごとく空中を流れ始める。――それは言ってしまえば、片刃の蛇腹剣そのものであった。
「げ……」
その片手で一本ずつの列をなす片刃の鞭が、空中でしなって上空からヒイロに襲いかかった。
「やべえ!!」
ヒイロはそう叫んで横に回避運動をとる。
そのダガーが一本ならばヒイロの防御を貫くことは不可能だったろう。
しかし、その刃の列――、【刃列】はまさにいわゆるチェーンソーの如く複数の刃が並んで、初めは小さい傷であってもそれを拡大する事で大きな殺傷を生み出すのだ。
「避けたか……、だが……」
再び空中でしなって二本の刃の帯が空中を奔る。
それは今度は横薙ぎに振るわれ――、さらには時間差を付けてヒイロに襲いかかった。
(くそ……、攻撃範囲が広すぎてジャンプで避けるしかないが……、一本目をジャンプしても……追撃が……)
そう――、どう考えてもそれは避けられない攻撃だった。
刃列の攻撃範囲からの離脱は叶わず、ジャンプで避けても時間差で襲ってくるために、どちらかは命中してしまう状況であった。
「刻まれろ!!」
そう叫ぶギルディアの声がヒイロの耳に届き。
――その刃がヒイロを切り裂こうとした。
「……?!」
不意に、ヒイロがその場から掻き消えて、刃列が何も刻む事なくその空間を走り抜けた。
――そして……、
「あっぶな……大丈夫?」
「うお? リエナ?」
いつの間にか――、距離をおいた場所に立っていたリエナのそばにヒイロはいた。
――ヒイロは笑ってリエナに言う。
「助かった――リエナの移動魔法か……」
「そう……、なんかヤバかったんで……」
タイミングのいい愛妻の登場に喜ぶヒイロ。
そして――、
「……貴方が、この村を支配して例の魔王ハザンの使者を殺害するよう指示したひとね?」
リエナとヒイロのその隣に、分厚い本を手にしたアンナが立ってギルディアに言った。
それを目を細めて睨むギルディア。
「勇者の伴侶か……、役に立たん村人どもめ……。余計なこともしてくれたし……」
「じゃあ……、あの四人組の行動はイレギュラーだったと?」
「……私が……、あのようなマネを命令などするか……」
そのギルディアの言葉に今度はリエナが疑問を口にする。
「……え? なら……、別にわざわざ、こうしてでてこなくても良かったんじゃ……。隠れてりゃ、しばらく見つかることも無かったし、奇襲だって出来たろうし……」
リエナのその言葉にヒイロはハッとした表情になる。
「ん……、それは確かに……。……って、え? まさか……」
――わざわざ、あの四人組の後始末に出てきたってこと?
流石に微妙な表情を向けるヒイロに、ギルディアは睨みをもって答える。
「……意味などない……、もし私が望めば、このままそこの伴侶たちともどども刻まれてくれるか?」
「それは出来んよな……」
ヒイロはギルディアの言葉に静かに返す。
そこに来てヒイロはやっとギルディアの心理を理解し始めた。
――ギルディアはやむを得ない事情があって、そのために戦を起こそうとしている。
しかし、彼にも引くべき一線があって――、戦争の火種を作れという命令以外は何とか自分の信念にそって行動している――のだ。
例の四人組にしても、おそらく何事もなければ彼が自分たちに奇襲を仕掛けていた可能性はある。
彼らのように弄ぶ目的ではなく――、打ち倒すべき――正しく相対すべき敵として。
しかし状況は勝手に動いてしまった――、彼らの行為はギルディアにとって許しがたい行為だった。
――戦って命を取り合う敵――、ある意味で対等で真剣な相手を彼らは弄ぼうとした。
――彼は、ギルディアはおそらく、本来は高潔で――敵であろうと侮辱せずに真剣に相対する武人なのだろう。
それがここまで追い込まれている――、その事実にヒイロは深い闇を見ることしか出来なかった。
静かに戦況を見守るアンナの方を見て――そして二人で頷きあう。
「――失礼した……魔将軍ギルディア――」
「……む?」
「――これからは真剣勝負だ……」
ヒイロはそれまでとは違う真剣な表情でギルディアを睨む。
「俺は――、新たな世界の脅威に――星神に選ばれたらしき勇者……」
「……」
「その名をもって――、真剣勝負にて貴方を打ち倒そう……」
その静かな言葉に、ギルディアは一瞬目を見開いて――、少し微笑んでから強い睨みを勇者ヒイロに向けた。
「……ああ、有り難い――、我が全力をもって返礼といたす……」
「その代わりといってはなんだが……。俺が勝った時は……アンタの……」
そのヒイロの言葉に、静かに笑みを消して――、ギルディアは答える。
「……私の事情は答えることは出来ない……、もはやどうすることも叶わず……、何より私の個人的な自分勝手……」
(私の行いは許されることではなく、……なにより、無駄な心の傷を残すのみであろう……)
ギルディアは勇者ヒイロの目を見て言う。
「……だが約束しよう……、私のその全てをとしての相対に勝利できたなら……。その報酬を必ず残そう……」
「理解した……、ならばもはや……」
――問答無用……、真剣勝負の殺し合い!
アンナは手にした本のページを捲って、そして押し花のように【魔法触媒】が挟まったページを開いた。
そして――その文字を【収魔の指輪】でなぞりつつ呪文を唱える。
「正しき礼装をもって軍に赴き――、正しき相対をもって道を拓かん――」
――独自魔法【武装展開】!
そして――、ヒイロの全身が輝いて、その正式な全装備がその身にまとわれる。
それをギルディアは一瞬驚きの目で見つめて――、
「――もはや……何も憂い無し――」
そう呟いてから、その両手を振って【刃列】の輝く刃の列を振るった。
ヒイロは愛妻二人を下がらせて――、そしてその光の帯が再び横薙ぎに襲い来るのを見る。
――それは先程と変わらない必殺であり――、
それをヒイロは――まずその身を空に飛翔させて回避する。無論、それでは第二刃列が襲い来るだけで……。
「……ヒイロ」
静かにリエナが呟く前で――、地面に降り立って追撃で迫る第二刃列を睨むヒイロが――、
「……ここが……」
――その右手に持つ幅広片手剣を、籠手を装備した左手に持ち替えたのである。
「……?」
ギルディアはその籠手の機能を知らず、そして何故その手に幅広片手剣を持ち替えたのか――その理由も知らない。
しかし――ヒイロは構わず小さく笑って呟く。
「……今の俺の……切り札の使い時!!」
そして――、
目前――ヒイロのそばまで迫った第二刃列に対して――、光の線の群れが閃いたのである。
ガシャン!!
輝く【刃列】が砕け散り――、そしてヒイロはその左手の幅広片手剣を、再び右手に持ち替えつつギルディアに向かって奔る。
その籠手に包まれた左腕から――、その各所から鮮血が舞い散っており、何やら相当の負荷がかかる行為をしたのが誰の目にも明らかだった。
――その意味を理解して……、ギルディアはもはや全てが間に合わない事実を理解する。
「……くう!!」
しかしギルディアもまた、愛する者のために敗北は許されなかった。
勇者ヒイロの刃が迫り――、その瞬間、ギルディアは自分たちの、【樹麗人族】の秘伝技である【影歩】を起動する。
それは――、その身を影そのものへと変えて物理攻撃すべてを無効にする回避術。
そのカウンターで勇者の首を狩る――、そう考えていたが――。
ズバ!
そのまま影が切り裂かれる……、勇者ヒイロの【神の目】には【影歩】による影化すら意味をなさなかった。
――やはり、自分の土俵である暗殺で勇者を殺すべきだった。
それならば――愛する家族の命も――、
(……いや……、いつまであの娘を屈辱にまみれさせるのか……。そもそも……、奴が家族の命を何処まで保障するのかもわからない話だった……)
――ただ自分は一欠片の救いを求めて足掻いただけ。
(すまない……。私は……最後まで悪い夫であった……)
そしてギルディアは血を吐いてその場に倒れる。
その目の先に――、ヒイロを心配そうに見つめる彼の愛妻たちを見つめながら。
◆◇◆
ヒイロはすでに致命傷にあるギルディアの傍に跪く。
「まだ蘇生は間に合う……」
「いらぬ……」
にべもない言葉にヒイロは目を瞑る。
ギルディアは静かに最後の言葉を紡ぐ。
「私が答えられるのはここまで――。私に命令を下した黒幕は――、人類圏諸国ではなく、魔王ハザン様でもない――」
「……!」
その言葉にアンナだけが反応を得る。その光景にギルディアは満足そうに笑って言った。
「……馬鹿な勇者どのにはもったいない妻であるようだな?」
その言葉に勇者ヒイロは笑って答えた。
「……そうだな……本当に……」
ギルディアは静かに三人を見つめる。
(……勇者……、世界を蝕む存在に反応して生まれる存在……。それは……人類圏だけでなく……、魔界にとっても同じ事……)
――ならば……、もしかしたら奴こそが……?
ギルディアは明らかに異質すぎる奴の顔を思い出す。
――ならば……、自分が倒れた意味もある。――そうであってほしいと思う。
そうして、かすかな希望を見出しながら――、ギルディアはその生涯を閉じた。
◆◇◆
そして――、例の村から旅立って都市国家ランドルフへの街道を進む三人は、ギルディアが残した言葉に関して話し合っていた。
――ヒイロは首を傾げて言う。
「私に命令を下した黒幕は、人類圏諸国ではなく、魔王ハザン様でもない……、って別に何のヒントにもなってなくないか?」
そう言って首を傾げるヒイロに、同じように首を傾げながらリエナも答える。
「そうよね……、なんか特別なことかと思ったけど……」
そうして首を傾げて頭上に疑問符を飛ばす二人に、静かに考え込んでいたアンナが呟く。
「意味ならあるわ……」
「「え……?」」
アンナの言葉に、他二人が驚きの表情を作る。そちらには顔を向けずにアンナは話し始める。
「黒幕は人類圏諸国ではない……、ここまでならそのままの意味。でも――その次に来るのが魔王ハザン様でもないという言葉……」
――一般に人類圏諸国と魔界はそれぞれひとまとまりのコミュニティとして扱われる。
「人類圏諸国に関しては全体を『黒幕ではない』と否定して……、しかし魔界勢力に関しては『魔王ハザン』という個人を名指しで『黒幕ではない』と否定している……」
その言葉にリエナが納得した表情で答える。
「……ああ! これって黒幕は――魔界勢力の中に潜んでいる……って意味なのね姉さん」
「そう……、これで魔王ハザンが統治する魔界に、何やらおかしなことが起こり始めていることが証明された……」
その言葉にヒイロは言う。
「じゃあ目指すべきは魔界?」
その言葉にアンナは首を横に振った。
「いいえ……、ここ最近のきな臭い雰囲気は全て人類圏で起こっている。おそらくそちらが本命で……、魔界の方はギルディアのように従わされている者が、遠隔の手足として動いているという可能性が高い……」
――だから多分……、黒幕が潜んでいるのは……。
そして勇者ヒイロと、愛妻二人――、アンナとリエナは想いを新たにする。
――黒幕を見つけ出して……これまで、そしてこれからの悲劇を止める。
――それこそが勇者の使命……そう信じて。
◆◇◆
人類圏のある街――、その風俗街にある屋敷で濃い化粧をした男が笑っている。
「……あらあら……ギルディアちゃん死んじゃったの?」
「そのようですね……」
楽しげに笑う化粧の男に、ただ哀しげに俯く別の男。
「私の作戦失敗させた挙句に死に逃げなんて……、酷いわね……(笑)」
その言葉に少し身を震わせてから、哀しげな目をした男は言う。
「……でも……、もはや彼の妻の利用価値は……」
「ないわね……」
「ならば解放しても……」
その男の訴えに……、化粧の男は満面の笑みで答える。
「そうしてあげたいのはやまやまなんだけど……、もう死んでるのよねぇ」
「……?!」
「……夫を苦しめたくないって……、私に掴まって早々ね……」
その言葉に絶句して――、呆然とする男。
それを首を傾げて笑いながら言う。
「まあ……、彼を利用するために黙ってたけど……」
「……そう……ですか……」
沈んだ表情で俯くその男に、化粧の男は笑って言う。
「……まあ、とりあえず……、気分を切り替えて行きましょう! この世界に喜びをもたらすために!!」
――その目は嘘を吐いている様子はなく……、真剣にそう考えてその言葉を放っている。
それこそが――、彼こそが――、その狂気こそが――、
――世界に【勇者】を呼び出した原因。
そして【夜王ガイゼルグ】は濃い化粧を塗りたくったその顔で――楽しそうに笑った。




