第二話 アンナとリエナと【魔障の村】
ヒイロが走り去った後の客室では、アンナとリエナがアンダーウエアを身に着けてから、それぞれアンナは分厚い本と魔法発動用指輪、そして腰に護身用長剣、リエナは魔法触媒を収めたポーチと魔法発動用短剣を各自装備して外へと走り始めた。
――と、階段を降りた先に宿の主人が身を震わせながら立っている。
一階の酒場は光が消えて誰もおらず、開け放たれた外への扉の向こうから、ヒイロの怒号と誰かの悲鳴が聞こえるのみである。
「あ……あの? 一体何が……?」
怯えた様子で宿の主人がアンナを見つめながら呟く。
アンナは一瞬目を細めてから、静かに宿の主人に向けて言った。
「客室で夫が四人組の男たちに襲われました……。夫は何とか無事で……、今、それを追いかけている最中です……」
その言葉と――、ほぼ下着姿に近いアンダーウエア姿でも、毅然と立って淀みなく話す様に、宿の主人は少し驚いて言葉を返した。
「そ……、そんなことが!! すみません! 賊が入り込むとは……」
「そうですか……」
宿の主人の狼狽えたその姿に、アンナは静かに呟いてその隣を通り過ぎようとする。
――と、
ガキン!
「あ!」
後ろを歩くリエナが驚きの表情を浮かべて、アンナの腰元を見つめてから――、憎々しげに顔を歪ませてナイフを手にしている宿の主人を見た。
――そう、アンナは宿の主人が、すれ違いざまにナイフあたりで切りつけてくるであろう事は予測済みだった。
それゆえに腰に装備した長剣の柄を逆手で握って、脇からのナイフの一撃を受け止めたのである。
「……ぐ! クソ!!」
「ふ……」
再びナイフを腰だめに構えた宿の主人の、その腹に向かってアンナの神速の蹴りが放たれる。
「げは!!」
宿の主人はたまらず転がって反吐を吐いた。アンナは長剣を鞘に納めて、手に本を持ってそのページを開いた。
「……あ」
「……」
アンナが呻く宿の主人を睨む隣で、リエナが宿の玄関先を見つめて呟く。それの意図を理解しながら静かにアンナはそこを見た。
「あら……、これは沢山の歓迎ですな……」
「はあ……」
リエナが苦笑いして、アンナがため息を付くその目前、玄関先に各自武器や農具を手にした村人たちが立っていた。
その目は、魔法で操られているような様子は見られずに――、それの意味をアンナは静かに思考した。
(……宿の主人とあの男たちの手際の良い感じ……。そして……、このようなことが頻発していただろうに、それが周辺地域に広まっていない事実……。おそらく……、はじめからそういう村……。でも……)
アンナはゆっくり迫りつつある村人たちを睨みながら言う。
「リエナ……あれ邪魔……。どかして……」
「は~い(笑) 任せて……」
リエナはアンナの前に立って短剣を構える。
一斉に村人たちが、一階の酒場内を二人に向けて駆け始める。――と、
「汝の進む先はここにあらず――、示す先に疾く進め――」
――移動魔法【他者強制移動】!
そのまま村人たちがアンナとリエナから離れる方向へすっ飛んでゆく。壁に激突して呻いて倒れる。
そして――、
「からの……。我が手のひらに宿るは滅の象徴、創造の光源――、その灯火をもって戦陣を穿て――」
――戦術魔法【群体火炎弾】!
リエナの手のひらに生まれた炎から、無数の火の礫が生まれて、その連射によって倒れ伏す村人たちを打ち据える。
一様に悲鳴を上げながら痛みに転げ回った。
「今忙しいし、……逃げるなら追わないよ(笑)」
そのリエナの言葉に――、火にあぶられた村人たちが逃げ去っていった。
それを見送ったリエナがアンナの方を振り返ると、彼女の得意な精神魔法で、宿の主人を催眠に落として、そのまま思考を読み取っている最中であった。
「……ふむ……。大体理解した……」
「なんだったん?」
アンナ呟きにリエナが聞き返す。
アンナは小さくため息をついてから、リエナを見て話し始める。
「……いちおうコイツらは被害者ではあるけど……、そう云う立場にされる理由はあったようね……」
「え? それって?」
「この村では……、たまに旅人を狙った村ぐるみの強盗が行われていたのよ……」
そのアンナの言葉に、リエナは流石に絶句した。
「……で、そこをある魔将軍に利用された……」
「魔族……ではなく魔将軍?」
「……そう……、おそらくは使い捨てにしても気に病まない存在だと思ったのでしょうね……。だから……」
――この村全体に、自分に逆らえないように【呪詛】を振りまいてその解除を条件に従わせていた。
「……もともと気があった者もいただろうけど……。コイツらに――」
――魔王ハザンからのランドルフ王への使者が殺害されたのは確定でしょう。
そのアンナの言葉にリエナは眉を歪めて宿の主人を睨んだ。
「ランドルフと魔界の戦の発端は……、ハザン王からの使者が殺害された挙句に――、魔王や魔族を侮辱する書とともに使者の生首が送られてきたこと……」
「ランドルフ王はそれを否定する書状を送ったけど……、反応はなくて……」
「……おそらく開戦派によってそれは握り潰された……」
そのままアンナは宿の主人を昏倒させて静かに立ち上がる。
――ここまでの推理が正解ならば――、
――今頃、夫ヒイロは……、ソイツと相対しているかも知れない。
――ならば急ぐべきだ。
アンナとリエナは互いを見て頷いてから、宿の玄関を走り抜けて外へと躍り出ていった。
◆◇◆
男たちを追いかけていったヒイロは無表情で一人の男の頭を掴む。
そして、そのまま振り回して前方のもう一人の男に向かって投げた。
「げあ!!」
二人は激突してそのまま突っ伏す。
意識がある方が悲鳴にような声を上げた。
「くるなああああ!! フルチンやろううううう!!」
「うるせえ……」
怒りに満ちた表情で二人に近づくヒイロ。
――と、
ドス! ドス!
「……?!」
目前で狼狽える男たちの胸に――、一本ずつ投げナイフが突き刺さる。
――そして、それはヒイロ自身に向けても……。
ガキン!
しかし、投げナイフは突き刺さる事すらせずに地面に落ちた。
そのような様子に何処からか静かな声音が響く。
「……はあ……、勇者クラスの保有者は、衣服無しで強固な防具に匹敵する防御効果を得られるスキルを持つというが……。なるほど道理でフルチンで追ってきたわけだ……」
そうして現れた褐色肌に長い耳、銀髪、金色の瞳の【樹麗人族】の美丈夫に対して、ヒイロは小さく笑って答えを放った。
「……は……、俺のイチモツに見とれてんじゃねぞ? これはうちの愛妻のものなんでな(笑)」
「……」
その勇者ヒイロの下品極まりない言葉に、その美丈夫は眉を歪めて嫌悪の表情を作って答えた。
「今回の勇者は下品きわまりないな……、そして……美しくない……」
その言葉にヒイロが言い返す。
「……コイツらのやり口は汚くないのか?」
それに対して美丈夫は答える。
「無論汚いとも……。汚物そのものだ……。だからこそ……」
――使い捨てに出来る。
その言葉にヒイロは眉を寄せて美丈夫を睨む。
美丈夫はそれを睨み返して、そして言葉を放った。
「……我が名は……、元……、ハザン王配下の魔将軍――、樹麗人族――千刃のギルディア……だ」
その言葉に――、勇者ヒイロは不敵に笑い返した。




