第一話 アンナとリエナと【荒くれ者】
テラ・ラレース大陸・中央部付近に広がるレムルス大内海。その比較的近い北西の位置に存在する都市国家ランドルフ。
そこから見て東――、ようはレムルス大内海の縁をそって北へ向かうべく、勇者ヒイロとその愛妻二人アンナとリエナはレムルス大内海に近づきつつあった。
そこは比較的人類圏と魔族の領域があいまいなのだが、一応人類圏辺境という建前で小さな村々が点在する領域であった。
「まさかランドルフ王から、追加依頼を受けるとは思わなかったわ……」
茶髪でボブヘア、フード付きの野暮ったい蒼を基調にした衣服を身に着けたアンナが、荷物を背負わせたロバのその頭を撫でながら歩いている。
そのロバの引き紐を引いている彼女の夫ヒイロは、苦笑いしながら彼女の方に少し顔を向けて言う。
「仕方ないんじゃね? ついこの間までイキリ立って部隊派遣していた魔王ハザンが、俺に派遣部隊を潰されて――、その派遣部隊の再編成を行ってた最中に裏切り者を発見――」
そこまで言うヒイロに、アンナは小さくため息を付いて話を続ける。
「うん……、そして、魔族の王らしく頭に血が上りやすいけど、それでも理性側の頭で――、今回の件がソイツの手引きによって引き起こされた間違いであると気がついて……」
――ランドルフ王が派遣した勇者ヒイロによる被害を無かったこととして、その報復としての軍事行動も今後行わないと言う【停戦の書状】を送ってきた。
「……このまま戦争が続いていれば、私たちだけでは抑えられず……、下手をすればランドルフは落ちて滅びていた可能性が高い……」
アンナは頭の中で、魔王ハザンの領域であるレムルス群島――、【魔界】と呼ばれる領域の勢力図が不安定である事実を理解する。
意志統一が不安定だがらこそ【魔族】による大軍隊ではなく、単独の魔族指揮官――魔将軍単騎で運用可能な【魔物】の大部隊を送り込んできたのだ。
――だからこその自分たちの勝利。
ふと、アンナの隣を――、林檎をかじりながら黙って歩いていたリエナが言葉を発する。
「……よくわかんないけど……、姉さん」
「ん?」
「お腹へったからもう宿にしよう?」
そう言って目前――、街道の向こうに見える、空へ立ち上る煙の筋を指さした。
茶髪ポニーテールを揺らして、自分とそれほど変わらないフード付きの野暮ったい衣服、こちらは朱が基調――、を身に着けた呑気な妹リエナを、姉アンナは一瞬ジト目で見つめてから、小さくため息を付いて答えた。
「はいはい……リエナ……」
――リエナはお肉貯めているんですものね。
その姉の言葉に、妹は顔を真赤にして抗議する。
「にゃ! にゃにお!! 姉さん……アタシ!! 太ってなんか……」
そう言って軽い言い合いを始める双児姉妹に、ヒイロは朗らかに笑って言った。
「……はははは……別に大丈夫だろ? 俺が夜の運動を沢山させてるから、食べまくっても浪費可能だろうし(笑)!!」
「「……」」
ヒイロの、理解できる人が聞くと下品極まりない言葉に、アンナとリエナが二人でヒイロを睨む。
「……はははは……怖いぞ二人とも……、土下座したほうがいい?」
そうして、すこし頬の赤い愛妻二人に睨まれつつ、ロバを引きながら勇者ヒイロは肩をすくめた。
◆◇◆
「一部屋頼む……」
「は? はあ……」
ヒイロのその言葉に、宿の主人であり一階酒場の主人でもあるおやじがほおけた様子で旅人であるヒイロたちを見る。
その旅人は男一人に女二人。それが部屋を一部屋だけ借りる――、
(……なるほどお盛んなことで……)
そう内心思いつつおやじは営業スマイルで答える。
「承知いたしました……、では……この鍵を……」
と……、部屋の鍵を渡して、部屋番号を指定して三人組の旅人を見送る。
「……はあ……、結構若い女だな……」
そう言っておやじに話しかけてくるのは、近くのテーブルで酒を飲んでいた四人組の男たちである。
小さくため息を付いておやじは男たちに言う。
「このご時世でここら一帯を旅しているんだ……、よほどの物好きか……」
「……」
そう呟くおやじにかまわずに――、男たちの視線が、旅人三人組のうち女二人に向けられている。
その四人組の男たちは、アンナとリエナのその野暮ったい衣服に包まれた、その中身を想像しながらにやりと笑い、それをおやじは困った表情で見つめる。
「よけいな騒ぎを起こすな……」
「分かっているさ……」
そして酒の席に再び戻ってゆく男たち。
――そして、夜の帷は落ちていった。
◆◇◆
荷物を部屋においてから一階の酒場で食事をする。
おやじに酒をすすめられたが、ヒイロたちは「苦手なんで……」と断って郷土料理のみを楽しんだ。
そして――、
「……うん美味い……。特に何もなかったな……」
そう、部屋に戻る階段を登りつつヒイロが言う。
それに対してリエナが笑顔で答える。
「まさか……いきなり的中は在りえないでしょ。ここらへん結構集落あるし……」
それに対してアンナがため息を付いて二人に言う。
「油断しすぎよ……、私たちの受けた依頼は……」
そこまで言ったアンナであったが、リエナとヒイロが仲良く寄り添うように歩く姿を見て――、少し拗ねた様子でヒイロの隣へと早足で歩いていった。
――そして……、
「……はあ……もう……」
アンナはうつ伏せでベッドに寝そべりつつため息を付く。
部屋へと戻った三人は――しっかりと部屋の鍵をかけて、邪魔が入らないようにしてから衣服を脱ぎ始めた。
そのまま全裸になったアンナとリエナは、二人仲良くベッドの上で夫ヒイロに向かってその可愛いお尻を向けている。
――女性としては小柄ではあるが、なかなかに豊満なその肢体がろうそくの炎に照らされている。
そしてそれを眺めるのは、もちろん全裸のヒイロであり――、
「さて……二人とも……」
ベッドに手をおいて、アンナとリエナの方に顔を近づけるヒイロ……、
アンナとリエナは少し笑ってから、ヒイロの立つ方とは逆の窓を見た。
――だから反応できなかった。
ドン!
鈍い音が響いて、驚くアンナが振り返る。
そこに見知らぬ四人組の男がいて、夫ヒイロにその手の戦鎚を振り下ろしていた。
ヒイロはその場に倒れ伏しており――、男四人組は、それを見ることもなく、獲物と定めた女二人――、
男たちにとっては余りに扇情的な姿のアンナとリエナを、欲望に満ちた目で見つめていた。
「うお……すげえ……」
「こりゃいいな……」
その辛辣な視線を浴びながら――、アンナは凄まじい速度で状況分析を初めている。
(……彼らの侵入を気が付かなかった。扉への施錠は確認している……。もし手練技で開けるにも、必ず時間と……そして異音は聞こえるはず。あの時点で敏感になっていた感覚でそれに気がつかないことはありえない……、特にスケベに夢中とは言えヒイロが気がついてはおらず……、かなり手際が良く……、おそらく……、手引きしたものが居る……、合鍵、そして補助のための【魔法保存の巻物】あたり? ……この宿の主人……)
そうする間にも男たちはギラついた目で、自分の衣服に手をかけて……、
「ちょ……、おいおい……」
それをリエナが苦笑いして見つめる。
男たちはよだれを垂らさん勢いで女二人に言った。
「……てめえら……殺されたくなければ……」
――と、不意に……、
「……っていたあああああああああああ!!」
ヒイロが後頭部を手で押さえて立ち上がった。
その姿を驚愕に満ちた表情で見る男たち。
「いきなり戦鎚振りおろすか馬鹿……、俺じゃなければ普通に死んでたぞ?」
「な?! え……?!」
そして、驚く男たちのうち、最も愛妻たちに近い二人の頭が――、ヒイロの手によって鷲掴みにされる。
「……いきなり的中だとか……、ホンっと分かってねえよな神様は……」
「ぐえ……はなせ……」
そのヒイロの目が細められて、男たちに死神の言葉のごとく声が響く。
「……お前ら……、俺の女たちに妙な目むけて……、あまつさえ襲おうとしたな?」
ヒイロは、その片手一人づつの男たちを、その腕一本の腕力だけで横薙ぎに振りまわしてから窓へ向かって全力で投げた。
ドン!!
宿の部屋の壁が吹き飛んで――、二人の男たちが空を舞う。
そして、その先の建物の壁に激突して、そのまま落下して血溜まりを作って動かなくなった。
その光景を呆然と見る残り二人の男たち。
「人妻に手を出そうとすれば……、どうなるのか理解しろよ?」
「ひ……ひいいいいい!!」
その姿に男たちはその場を逃げ出す。
それを見送ってからヒイロはアンナを見る。
「うん……、この手際の良さ……、アイツら多分過去にも同じ事何度もしている……」
夫の視線を受けて静かに語るアンナ。
「……二人は……」
「大丈夫……、追いかけて……」
ヒイロのつぶやきに、今度はリエナが笑って答えた。
ヒイロは頷いて――そして走り始める。
――それを見送ったアンナとリエナは……、しばらく後に小さく呟いた。
「あ……ヒイロ……パンツ……」
壁の破片が飛び散ったそこに残るヒイロのパンツ。
それを見て――、アンナとリエナは静かに苦笑いした。




