第四話 アンナとリエナと【希望の闇】
――一騎打ちだと? 馬鹿な話だ……。
その時、ヒルダは自身が持つナイフの数を確認しながら両手にナイフを構える。
(……さっきの距離でも逃走出来る自信はあった……。そもそもそのつもりであの真っ暗闇の前に顔見せしたんだし……)
まさしくヒルダは、キルシアに対する個人的恨みに支配されていた。
ただキルシアを苦しめるためにこのようなことをしてるのだ。
――だが、そのキルシアがこちらを煽ってきている。
おそらくはそこそこの作戦なりがあるんだろうが……、
(その作戦ごと……貴方を縊り殺してあげる……)
キルシアに、大事な人たちが死ぬさまを見せられないのは惜しいが……、自分が死ねばその後どうなるかぐらいは分かるはずだ。
死の間際に……、おそらくは彼女らの救いを叫ぶかもしれない。
――それを嘲笑とともに断ってやろう。
(……あの真っ暗闇で警戒すべきは魔法のみ……)
目の前のキルシアが、護身用の短剣を手にして構えるのを確認しながらほくそ笑む。
明らかに短剣を構える様が素人そのものだ。まあ――そのとおり素人なのだが。
ヒルダは一応、例の勇者三人と、逃走経路を確認しつつナイフを構えて身を低くする。
当然、乱入は警戒すべきだ――、でもそうなっても逃走は可能だろう。
そして翌日から――、一人ずつ……殺す。
ヒルダはその一騎打ちの結末を予測しながら嘲笑した。
◆◇◆
キルシアは護身用の短剣をぎこちなく構えながら考える。
(ここからが本場……、そもそもがあの暗殺者ヒルダに一騎打ちは無謀すぎる……)
――でも、決して命を捨てるつもりでここにいるのではない。
キルシアはその頭の中で、目まぐるしくこれからどう動くべきかを思考している。
言ってしまえば……、キルシアには既に勝利への道筋が見えていた。
後はそれに自分の動きで再現できるかの話だ。
(……妾は……)
キルシアは人を傷つけるのは苦手である。だからこそあえて勇者一行に対しても傷つけるような作戦は取らなかった。
でも今回は――、ヒルダを殺すつもりで動かなければならない。
そうしなければ――、大切な人たちが死にかねないのだから。
震えそうになる手を意志で押さえて、そして決意の瞳で短剣を構える。
――闇夜に……運命の一騎打ちが始まる。
そして、戦場に動きが発生する。
普通の一騎打ちならば、先に動いた方が負け――などと言われることも多いが、ヒルダが嘲笑を浮かべながらキルシアに向かって走った。
(……当然、魔法を使う隙は与えないわ……)
そのまま両手のナイフ持った腕を後方に向かって伸ばして、その身で隠すようにしながらキルシアに迫った。
キルシアは顔を歪めながらその身を低くして回避運動に入る。
(さすがにクラスLvが高めだから……、AGI補正でそこそこの動きは出来るようね……、でも……)
――それでも遅い。
そしてヒルダの右手が振り抜かれてナイフが一閃される。
「く!」
血しぶきが舞ってキルシアの身に一筋の赤い線が生まれる。
――少し遅れて、その身がヒルダの視界から消える。
――影走り!
(……!)
樹麗人族が、その特殊感覚によって最も得意とする回避術――影走り。
周辺にある影、そして暗所――、自身がどのように動けば相手から見えにくくなるのか、――そして相手の視線から、その死角がどのように広がっているのかを理解して、相手からの認識から外れるように動く技術。それはさらに上位の【影歩】に至るための基礎技術でもある。
「はは……! 影走りか……、おじょうずねwキルシア!」
キルシアがヒルダの死角へと入って、そのまま短剣を構えてヒルダに襲いかかる。
――しかし、
ボ!
「あ……!」
ヒルダのその身が黒い粒子の群れ……、影そのものへと変化して、キルシアの刃の一撃を無効にした。
「……そして、これが影走りの上位互換……、【影歩】よ……真っ暗闇w」
その影が再びキルシアの背後で人の形を取って、――ヒルダが元の姿で現れる。
その左手のナイフが振り抜かれた。
「くうう!!」
キルシアはそれを何とか回避するものの、再びその身に血の筋を生んでしまった。
キルシアは苦しげにヒルダを睨む。……まさしく児戯と、大人の暗殺者の戦いだ。
「キルちゃん」
リエナがその姿を苦しげな表情で見つめ、アンナもまたその心に後悔が生まれ始める。
(キルシア……、私は貴方を止めたほうが良かった……のかな……)
でも……、それではキルシアの決意を踏み躙る事になる。
そのように思う間にも、目前でキルシアとヒルダの攻防はさらに続いてゆく。
ヒュ!
「く!」
ザク!
「くあ!」
キルシアの影走り――、ヒルダの影歩――、その身が交差する度にキルシアの身に血の筋が生まれ、ヒルダの身には一切の刃が通ってはいない。
それはまさしく一方的に見えて、それを見るヒイロ達三人の心に焦りを生み出し始めていた。
「姉さん……やっぱり」
「う……」
リエナの言葉にアンナが苦しげに呻く。
(……信じる、そう想った……でも……)
キルシアが一方的に刻まれつつある様に、流石のアンナの心も折れかけていた。
――そんな時、
「……アンナ、リエナ……、あれ……」
その時――、ヒイロが確信を得たような表情でキルシアに視線を向けて、そばの二人に声をかける。
少し驚いてアンナとリエナはその視線の先を見つめる。
「……キルシアの目……、諦めていない……。いや……それどころか……」
「あ……」
アンナはその瞬間理解する。
キルシアの真剣な目――、それが、ヒルダの視界から自身を消した時に、周囲を確認するように動いていた。
それはまさに――。
その時、キルシアは全身に生まれた痛みに耐えつつ、周辺環境を確認していた。
――そしてやっと確証を得る。
(……よし! ヒルダの立ち位置の誘導はここまで……、ここからが本番!)
――少し不安ではあったが……、何とかこの負傷まででヒルダの誘導に成功した。
だから痛みに耐えながら、キルシアは作戦を次の段階へと進める決意をする。
ヒルダからの視線と刃の一閃があり、さらに血しぶきが飛ぶが――、構わずに一気に前進して突っ込んだ。
「く?!」
いきなりの動きの変化に戸惑いつつも、その戦闘感覚で正しく反応するヒルダ。
その身が影に変化して、キルシアの突撃を回避した。そして、そのままキルシアの背後に回ってナイフを一閃しようとする。
「こなくそ!」
キルシアが無理やり身を翻しつつヒルダを睨む。
その視線が交錯し――、
――影走り!
再びヒルダの視界からキルシアの姿が消える。
しかし――、ヒルダはそれを見て嘲笑した。
(……キルシア……、貴方のソレ……、別に無敵の回避法じゃないのよ? 何故、その上位互換である【影歩】を皆扱うのか理解してないのね?)
影走り――、闇を掌握し、その身を認識外へとずらす技術。
――でも、それは言ってしまえば……、
(要するに……影走りで貴方が消えたその先は……、私の死角……、再攻撃を考えるならば……、私の直ぐ側の死角……)
――そこに貴方は今居るという証明にもなるのよ?
だからそこへ一撃を加えれば貴方は終わる……。
ヒルダはそのまま渾身の一撃を振るう。――その一撃でキルシアを終わらせるために。
「ははははは……は?!」
ナイフが空振りする、居るはずのキルシアがいない。
驚きながら視線を目まぐるしく周囲に向けて動かす。
――その時、明確にヒルダはキルシアを見失っていた。
「月影に幻……、妖精の悪戯……」
不意にヒルダの耳に……呪文詠唱が聞こえてくる。
――その事実を理解して、慌てて詠唱の聞こえる方へと向き直った。
「……其は泡沫の影……、無限に連なる人の影……!」
――欺瞞魔法【群体幻影】!
――そのままキルシアの魔法が完成する。
驚くヒルダの視線の先、離れた場所に立つキルシアが、自身の魔法補助具である首輪のそのリングに指をかけて呪文を詠唱していたのだ。
そしてその目の前で、キルシアを中心にして数十人ものキルシアが生まれ始めた。
それは本物と見分けがつかない幻影のキルシア。それをヒルダは驚きの目で見た後に――、嘲笑を向けた。
「……は? なにを馬鹿な……、そのクラスの幻影をそこまで出せるのは凄いでしょうけど……、それで? 私の目の前で生み出せば本物は誰か一目瞭然よ?」
「うむ……そうじゃのぅ」
ヒルダの嘲笑にキルシアは笑顔で返す。そして――、
「……ならばこれでどうかな?」
――影走り!
その言葉とともにキルシアの姿がヒルダの視界から消える。
――同時に幻影のキルシアも周囲の森に溶け込んで消えた。
「……!!」
その耳に声が聞こえる。
「さあ……正解は一つ……、不正解は数十……、当てられるかのぅ❤️」
ヒルダは表情をこわばらせて――、
「……く?!」
視線の端から短剣を構えて迫るキルシアを確認した。
――そのナイフを振るう、……が。
――これは、……幻影?!
そのナイフがすり抜けて、そのキルシアが光の粒子に変わる。
その時、さらに視界の先に別のキルシアが迫るのを見た。
さらにナイフが一閃されて――、
――これも、……幻影!!
そのナイフがすり抜けて、そのキルシアが光の粒子に変わる。
次に、左右から一人ずつキルシアが現れてヒルダに向かってくる。
(……どちらかが本物?!)
ヒルダは片方に向かってかけてナイフを一閃してから【影歩】に入ってもう片方の攻撃に対処する。
――これも、これも……両方幻影?!
まさに……、ヒルダは【影歩】を無駄撃ちさせられていた。
「くそ!!」
ヒルダの悪態が闇夜に響く。
その光景を驚きの目でアンナたちは見つめている。
アンナは思う……、
(正解一つ……、不正解数十……、そして手札を混ぜる……か。これは……あの女は対応せざるおえない)
迫るキルシアの大半は幻影である。ならば無視すればよいか……というとそうはならない。
――当然、油断した時に本物が襲ってくる可能性があるからだ。
そうなればそこでお終いになる……。これは戦いゆえに……、失敗はそのまま死ぬということ……、だからヒルダはどうしても出てくるキルシア全てに対処せざるおえない。
まさしく、ヒイロ達が見守る前でヒルダは翻弄されつつあった。
次から次にキルシアが襲い来て、その対処にナイフを……、そして【影歩】を空振りさせられる。
そのうちに疲労が始まり……、ヒルダは顔を青くして余裕を失っていった。
――これも、幻影!
――これも、幻影!
――これも、幻影!
――これも、幻影!
――くそ!
――これも、幻影!
――これも、幻影!
――これも、幻影!
――あああああ!
「……あああああ!!」
ここに来てヒルダの怒りが頂点に達した。
その感情を爆発させながら心のなかで思う。
(……もういい!! どうせ次も幻影に決まってる!!)
そして、目前に現れたキルシアを怒りのままに睨みつける。
それもまた幻影だとヒルダは確信して……、それが迫るのを待った。
ザク!
――その身に激痛が走った。一瞬意識が飛んで頭がなにも思考できなくなる。
目の前に迫ってきたキルシアが本物だった?
ヒルダが戻った意識で見ると、そのキルシアは光の粒子に変化しつつあった。
――これも、幻影? ……じゃあ?
そしてやっとヒルダは、その肩から前へ鏃が突き出ているのに気がついた。
――その耐え難い痛みは……その鏃……、背後からの弓矢の狙撃によるものだった。
その意味を理解してヒルダは後ろを振り返る。
その視線の先……、一本の大きめの樹木があって、その上の木の枝に、木の葉に隠れるようにキルシアが身を潜めて、その手の短弓に次の矢をつがえようとしていた。
――まさか……?
ヒルダはやっと理解する。
――まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか……、
……まさか初めから?
――短剣を持って襲ってきたキルシアは、まさしく全部幻影……不正解で……、
――初めから正解は、あそこで身を潜めて弓矢を構えていた?
そのヒルダの驚きの表情に……、キルシアはつぶやきで答える。
「……そのとおり……、初めからお前を襲っておった妾は全て幻影……、貴様をその状態に追い込むための……」
キルシアは全身を自身の血で染めながらも……、不敵に笑う。
「ヒルダよ……、その疲労……、そしてその激痛……それでは……」
――もはや【影歩】は使えまい!!
その手の弓の弦が指から離れて――、そして矢がヒルダに向かって飛ぶ。
――ヒルダはそれに対して怒りのままに絶叫した。
「……この、まっく……!!」
ザク!
その喉に矢が突き刺さって……それ以降の言葉を止めた。
――き、る……しあ……。
そのままヒルダは後ろに倒れて、血溜まりを作り上げる。
――そして、その意識は闇に堕ちていった。
「……ふう」
キルシアはため息を付いて額の汗を拭う。
人をその手で殺害した事を理解して……、その手が震えた。
しかし……それでもキルシアは笑う。
「本当に、妾の弓の腕はドヘタじゃのう……」
――脳天にぶち込むつもりが、喉に当たってしもうた……。
そうして笑うキルシアに、泣き笑いのアンナが、そしてリエナが駆け寄ってくる。
もちろんヒイロも、――その表情を笑顔にして。
――キルシアにとって、そここそが今帰るべき場所。
そこに正しく戻れた事に安堵して……、
――そして笑顔で皆を迎えた。
◆◇◆
――アンナは、笑顔のキルシアを抱きしめながら思う。
もし彼女が最初から、欺瞞と影と罠――自分にできる正しいやり方で、自分たちに挑んできていたなら。
きっと、もっと厄介な敵になっていただろう。
でも、おそらくその時は、もう今のように自分たちの隣へ来ることはなかった。
彼女が選んだ【淫魔将軍】という、誰が見ても間違っているようにしか見えない自称も――、
回り道ではあっても、確かに彼女をここまで連れてきたのだ。
ならばきっと、彼女の選んだ道は、決して間違いではなかった。
そう思うと、可笑しくて、愛おしくて――アンナはしばらく笑い続けた。




