第二十七話「獲物」
あけまして、おめでとう御座います。
今年もよろしくお願いします。
風狼のはぐれが魔獣化すると、ごく稀に地中で獲物を待ち伏せする”地潜”が生まれる。魔獣化した風狼は、全身に見えない無数の風邪の刃を纏う。その刃は最も簡単に、鉄を切り裂き鋼に深い傷を残す。
もし今目の前に立っている女剣士がいなければ、フレイムは風狼に殺されていただろう。
「あ、有難うございます。助かりました。」
「・・・っ!!あ、いや。ご無事で何よりでございますわ。オホホホ。」
不味い、不味い、不味いって!!今の私は、毒魔法使い冒険者シラなのよ!!!?気づいたら、杖に仕込んでいた剣を握って狼に踊りかかってしまった。どうしよう・・。
「もしや、鍛冶屋でお会いした方ではございませんか?確かお名前は、シラさん。」
私は神速の速さで剣をしまい、魔女帽子を拾い被った。
「あはは、あら、領主様ではございませんか。このような所で、お会いするとは奇遇ですわ〜オホホ、ホ。」
「えぇ、この奇跡に今感動いたしております。貴方がいなかったらこの場で、地に臥していたのはこの私でしょう。」
「そ、それより家臣の方は大丈夫なのですか?」
「ご心配には及びません。」
「あぁ〜イッテェなぁあ!うらぁ!」
落ち葉を舞い上げながら、ガッシュが立ち上がった。その胸に受けた、凄まじい風狼の斬撃痕が魔獣の革鎧に焦げ跡を残していた。
「フレイム様、お怪我はございませんでした?申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりに。」
「いや、貴様はよくやった。相手が悪かったとしか言えまい。」
「シラ様、どちらへ行かれるのですか?」
”ギクッ”
「へ?あ、いや私はそろそろ帰らせて頂きますわ。オホホ」
シラがいつの間にか、そろりとどこかへ逃亡を図ろうとしていた。しかし、それを許すフレイムではない。
「何をおっしゃるのですか。命の恩人であるシラ様をこのまま返すなど、我がロックウェル家の品格が損なわれます。」
「うっ、それは・・。」
シーラも貴族である為、フレイムの言っている事は痛いほどよく分かった。
「しかし・・」
”ずいっ” フレイムたちはここぞと捲し立てていく。
「それに、この風狼の魔獣は、シラ様がとどめを刺したものです。シラ様にはこの死骸を受け取る権利がございます。」
「いや、実にその通りなのだが」
「是非!我が拙宅で、シラ様をもてなさせて下さいませんでしょうか?」
「・・・あ、はい喜んで。」
場所は移り、ロックウェル邸、晩餐の間
うぅ〜何故こうなったのだ。私は目立ってはいけないと言うのに、だがこうなってしまっては致し方ない。切り抜けるのだ。数多くの修羅場を経験したのだ。これぐらいの事どうとー
「シラ様」
「ひゃい、・・何でしょうか士爵様。」
声が裏返ってしまったぁあああ///
「料理の方は、お口に合いましたでしょうか?」
「え、えぇ、平民の私では一生食べれないと思えるほど、美味でした。」
「はははは、シラ様はご冗談がお上手のようだ。赤狼級冒険者の貴方なら貴族も羨むような、食事など簡単な事でしょう。」
「いえ、決してそのようなことは。」
「シラ様の御出身はどちらなのでしょうか?」
「私は・・メルボー男爵領のフェノーメで生まれました。」
本当の事を言ってどうするのだ!!!
「はぁ、フェノーメご出身でしたか。大変美しい街並みだとお聞きしております。私もいつか足を運びたいです。」
出身地を偽装しないとは、中々肝が据わっているな。・・それとも、嘘をつけない方なのかな。
フレイムは、シラの動揺ぶりからそう察していた。
「メルボー家といえば、真っ赤な薔薇園が有名なそうですが、高ランクの冒険者であれば男爵邸へ足を運ばれたりするのではありませんか?」
「さぁ、男爵家には貴族様でも、足を踏み入ることが容易ではありませんから、バラ園を見た事はございませの。おほほ。」
あまり舐めるなよ。青い薔薇園の存在は、ごく限られた貴族にしか知られていない。赤い薔薇などと。
「そうでしたか。貴族社会にはまだ疎いものでして、フェノーメに足を運ぶ際は是非シラ様にご案内願いたいです。」
「おほほほ、私などでよろしければご案内いたしますわ。」
”コンコン”
「入れ。」
メイド長のアリシアが従士服を来て入って来た。アリシアはメイドだが、身分は従士。それを区別するために、一人だけオーダーメイドで作らせた従士服を着ている。胸には、ロックウェルの紋章が刻まれていた。
「失礼いたします。フレイム様、ホーネット侯爵家の方が剣の受け取りに参りました。」
「・・そうか、少し待ってもらえ。」
「はっ。」
「シラ様申し訳ありません、私はここで失礼いたします。」
「いえ、お構いなく。オホホ」
笑い疲れる・・。
「どうぞお食事をお楽しみください、今日は部屋を用意させましたのでそちらでお休み頂けたらと思います」
「身に余る光栄でございます。」
「命の恩人なのですから、当たり前です。では、失礼いたします。」
シーラは、久しぶりの入浴に心から気持ちよさそうにしていた。
「お加減はいかがでしょうか。」
「とっても気持ちいわぁ。・・?!私ったら、従士様の前でなんて失礼を申し訳ありません」
あまりの気持ちよさに、いつも邸宅でメイドに接してる時みたいな態度出てしまった!!どうして私は、演技ができんのだ!
「ふふふ、構いません。そんなに畏まらないでください。今は、従士という大役を頂いてはおりますが、つい先日までは辺境の村娘に過ぎなかったのですよ?」
アリシアの快活な喋り方と、金髪に金色の瞳は浴室を華やかにしていた。
「そう・・なのですね。ロックウェル士爵様は、英明な方なのですね。これほど有能な方であれば、平民から取り立てて頂けるのですから。」
一平民が、これほど貴族家の業務を上品にこなしているのだ。貴族家のメイド長ともあれば、大抵が下級貴族令嬢だ。この者は、子爵家令嬢並の作法を心得ている。士爵家の教育係は一体誰を雇っているのだ。
「はい、私を含めこの村にいる皆が、フレイム様のためであれば死をも厭わず戦うでしょう。フレイム様は本当に偉大な方です。」
シラの黒い髪が”はらり”と、豊かな胸に枝垂れた。
湯浴みも終わり、シーラは客室に一人だった。いつものように、手帳を広げ今日あった出来事を書いていく。
これほど、ロックウェル卿に接近してしまったのだ。明朝には、出立するほかあるまい。それに十分すぎるほど、情報は手に入った。
今日の晩餐会・・ホーネット侯爵。かのお方と、士爵が手を組んでいるのだとしたら、メルボー家に対する強気な外交姿勢も納得がいった。決闘にはまさか、侯爵自身が代理で・・いや、あの方に限ってそれはないな。
しかし、侯爵率いる鎧熊騎士団長ならあるいは・・。
これは、早々に対策が必要だな。この決闘、メルボー男爵家として騎士の誇りにかけ、決して負けることは許されない。場合によっては、私自身が出る必要がありそうだ。
「ふっ・・ロックウェル卿、貴族社会の洗礼とくとお教え致す。」
壁を隔てた隣室より、酒を嗜みながらそれを聞いて笑う男がいた。
「シーラ・メルボー、貴方は実に愛らしい女性だ。なぁ、アリシア。」
「はい、フレイム様。」




