第二十八話「決闘①」
−−帝国暦311年8月20日
帝国北方と中央を結ぶ要衝に領土を構え、騎士の系譜を連綿と守ってきた帝国の騎士メルボー家。その現当主であり、元メルボー騎士王家の末裔、エリオット・メルボーは、美しい青薔薇の庭園を一望出来る執務室で頭を抱えていた。その原因は、ボロキア領を偵察して帰ってきた、娘のシーラが提出した報告書のせいである。
「シーラの奴、これほどの情報を集めてきたにも関わらず、”決闘の相手さえ注意すれば、恐るに足りません”だとぉ〜〜!女だてら、剣術に優れているからと、剣ばかり握らせたせいか。辺境の魔の森を開拓し、既に領民を抱え、食料の自給、冒険者ギルドの誘致、それに加えて帝国の宝物庫に保管されるような、武具と防具まで生産しているのだぞ!!!これの何処が、恐れるに足らんというのだ!!!こんな節穴に育つぐらいなら、机に鎖でつなげて帝王学を学ばせればよかったのだ!!」
エリオットは、ここでようやく去年の暮れに、北方の主人ホーネット侯爵に言われたことを理解するのであった。
「フレイム・ロックウェル、噂に違わぬ人食い虎よ。帝国の安寧の為、貴殿が龍となる前に帝国の剣である、このエリオット・メルボーがその牙を挫いてやる。」
それから約1週間が過ぎ、メルボー家とロックウェル家の貴族決闘の日が訪れた。場所は、ホーネット侯爵領の領主の館で行われる。北方の貴族は、侯爵を初めとして血の気が多く、こういった行事には嬉々として参加した。館の広間には、大勢の貴族が酒を片手に決闘を今か今かと、囃し立てていた。その円の中心には、三人の人物が立っていた。
一人は、ブルクハルト・ホーネット。そしてもう二人は・・
「これより貴族決闘を執り行う。立会人は、ピトー・セイント・ヴァルデン第五皇子より任命された、この私。そして、メルボー男爵家からは、当主エリオット!」
エリオット男爵は、真っ青なフルプレートを見に纏い、長剣に両手をかけていた。その眼光はとても鋭かった。
「「「おおおおおお」」」
聴衆は、メルボー家からまさか当主である、エリオットが出てくるとは思ってもおらず、大きな歓声が湧き上がった。
「まさか、大騎士エリオット卿自ら決闘なさるとは。」
「戦場も久しい中、最高の祭りではないか。」
「して、その相手がロックウェル卿の騎士か。」
「なんでも、元高位の冒険者を召し上げたらしいぞ。」
「ほう、だが勝敗は見えているな。」
「その通りだ。エリオット卿の腕前は、ここにいる皆が知る所。」
「かの武帝陛下が北方へ攻め込まれた時、嫌と言うほどあのお方の相手をしてきた、我らは知っている。かの御仁の武がどれほど凄まじかったか。」
「俺のところなんか、騎士を三人もヤられた。」
「儂もじゃ、あやつに倅までやられた時は心底腹が立ったよ。」
皆が口々に、この決闘の勝敗について語っていた。
「ロックウェル士爵家からは、騎士ガッシュ・モルト。でお互いに相違ないか?」
「「ありません」」
各家の当主がそれぞれ同意した。
「それでは次に、決闘の勝者が要求する報酬を確認する−−
シーラは、この場の誰よりも疑問に思っていた。そんなシーラの横に立つ金髪の騎士が、彼女に話しかける。
「お嬢様、ご機嫌がすぐれぬ様子ですが、何か気なることでも?」
「エトヴィン卿、私は次期当主であり、青薔薇騎士団団長だ。お嬢様はやめろと言っているだろう。」
「はっ、申し訳ありません。いつもの癖で。」
「まぁいい。それよりも、なぜ父上が御自ら決闘に出馬されたのか不思議でな。」
「確かに。士爵家相手に、当主自らお相手なさるなど前代未聞です。ご当主様から、何かお聞きになっておりませんか?」
そう言われて、シーラは数日前の父との会話を思い出した。エリオットから呼び出されたシーラは、執務室で彼と対峙していた。
「お呼びでしょうか、父上。」
「シーラ、此度の決闘私が出る。」
「父上、自ら出るのですか?!・・・私では、力不足ということでしょうか。」
「そうだ。」
「っ!?この私が、士爵家程度の相手も務まらないと、そうお思いなのですか!!?」
「そういうところだ。」
「え?」
「士爵家程度・・。お前は自らの騎士道を曲げて、士爵の元へ偵察に向かった。にも関わらず、まだ相手の大きさも分かっていないではないか!!」
エリオットの怒りが、殺気を帯びて執務室に充満した。歴戦の騎士が放つ殺気に、さしものシーラも気圧された。
「・・そ、それはどういう意味でしょうか、父上。」
「まぁいい。口で言っても分からんだろう。お前の、その愚直なまでの実直さは、騎士にとって最大の美徳と言える。だが、物事はそう単純では無いのだ。よいか、しかと父の戦いを見ていよ。」
それが、決闘前の父上との最後の会話だった。その後、父上はメルボー家の所蔵する装備の中でも、国宝と呼ばれている物を揃えた。特に、前回の北方鎮圧戦以来終ってあった、宝剣<女神の口付け>を持ち出したのには、家中の者が騒ぐほどだった。
「あぁ、何も聞いていない。」
「・・・。」
騎士エトヴィンは、そんなはずは無いと言いかけたが、シーラ自身の体から殺気を帯びた剣気が漏れ出ているのを悟り、口をつぐんだ。
「メルボー家は、ロックウェル家に何を望む。」
「・・エリオット・メルボーは、ロックウェル家に対して皇室への永遠の忠誠を要求する。」
”ざわ、ざわ”
帝国貴族が、皇室に忠誠を捧げる。至極当たり前なことを、要求した事に場は騒然とした。しかも、要求したのが皇帝の剣である、大騎士エリオットだという事だ。これは、皇室がロックウェル士爵の叛逆を予見している事になる。
「よかろう。次に、ロックウェル士爵貴殿の決闘報酬を聞こう。」
フレイムは、一歩前に出て宣言した。
「私が決闘に勝利した暁には、シーラ・メルボー小男爵様を我が妻に頂きたい。」
「「なっ?!!」」
この要求に、会場はもちろん親娘揃って驚きを隠せなかった。




