第二十二話「獣人軍」
「獣王様のお〜なぁ〜り〜!!」
吠え猿キョドの声が獣王の家に良く響いた。
その声と共に、整然と並んでいる数十名の獣人達が、玉座の前で跪いた。
前跪かせたときは、アイラと一緒で、目の前で寝転んで腹を見せられた。
それでは、何とも締まらないと言う事で、全て人間式に変えさせたのだ。
ただ、フレイムと二人きりの時は腹を見せて敬意を示して良いことになっている。
何故なら、獣王が彼らをモフりたいからである。
「面をあげよ。」
フレイムは、いつもの貴族服に加えて魔獣の毛皮であしらえたマントを羽織っていた。代々獣王は、自ら仕留めた最上級の魔獣であしらえたマントを羽織るしきたりらしい。そこで、フレイムはフリードリッヒに頼んで目についた魔獣を狩って来てもらったのだ。フリードが咥えて帰って来たのは、赤狼だった。
フリードリッヒは、赤狼の亡骸を地面に置きながら一言”不遜にもこの儂に戦いを挑んできた”そう言っていた。
ガッシュ達は、その亡骸を前にして納得しつつも呆れ果て、獣人たちは開いた口が塞がらない様子だった。
人間の尺度で言えば、赤狼は天災級の中では、その頂点に位置する森の支配者と言って良い魔獣だ。冒険者といえど、赤狼を狩れるのは白龍級パーティーだけだそうで、獣人でもベンガルらを中心とする虎族が、総がかりで狩る大物だと言っていた。
赤狼は、体長が五メートル程で体高は2メートルにもなる。美しい黒い瞳と、赤みががかった灰色の毛皮を、携えた威容は誰もが死を前にして、その美しさに見惚れるだろう。
“かも、死とは美しいものなのか。”
いつかの森の狩人が、赤狼を目にして奇跡の生還を果たし、村の皆にそう言い残したと言う。
「面をあげよ。」
二度目の許しを耳にして初めて、面を上げる事ができる。
最前列の獣人たち数名は、別格の闘気を立ち上らせていた。
その中でも、一際存在感を放っているのが虎模様が凛々しいベンガルである。
「ベンガル。」
「はっ!」
「余がそちに託していたものはどうなった?」
「恐れながら、ご報告いたします。獣王から、獣人による獣王軍の編成を命令され、実行いたしました。つきましては、私の後ろに控える戦士達を何卒、陛下の名の下に戦士長にご任命ください。」
「ほう、改めてそのほうら名を名乗るが良い。」
「獣王の王命だ。戦士長候補は、名を〜なの〜れ〜!!」
吠え猿がフレイムの命令を繰り返し口にする。これもまた正式な流れだ。
「我が名は、アルフォンス。狼族族長であります。獣王に立てた誓いを証明する為ならば、犬馬の労も厭いません。どうかご下命を。」
黒と白の毛並みが美しい狼は、そう言って跪いた。
狼族は獣人の中でも、大きな部族だ。そして、縦社会が厳しく忠誠心に厚い。そんな世界に既に二十年族長として君臨している狼人が、アルフォンスだ。右目の上に大きな傷跡があり、その眼光は赤狼にも引けをとらない。狼族の統率力は獣人の中で随一と言って良い。
「俺の名は、ラブレンチェヴナ。熊族族長。この世で恐れる者は獣王さま、ただお一人!!このラブ獣王の命とあらば、花月蜜ですら採りに行こう。御下命を。」
身長四メートルはある大柄な熊人が、力強く跪いた。
熊族は獣人の中でもマイペースな種族だ。日がな一日木の実を探し回り、蜂蜜を啜って生きている。しかし、一度縄張り争いや、子熊争いが起きれば、凶暴な大岩と何ら変わりない生き物だ。その為、群れを作らないのが熊族の習性だった。しかし、それをこのラブが変えた。生まれた時から凶暴だったラブは、全ての同族の縄張りを破り、配下に加えていった。まさに無敵、けれどもフレイムに負けた。自分が今まで振るってきた圧倒的暴力の前に敗北した。彼は己のルールと照らし合わせ従順な熊となった。
ちなみに彼の言う花月密とは、熊の襲来を恐れた花蜜蜂が築く、断崖絶壁に作られた巣に貯められた蜜のことを指す。夜になるとその蜜は、一晩月明かりに照らされ続け、非常に甘くなるとされている。しかし、採取は自殺を意味する程の行為。ラブはフレイムのためなら、死をも厭わないと言っている。
「私は、ラーファ。大鷲族族長であり、空の守護者。獣王さまの空をお守りする為、ご下命を。獣王の空を何人にも穢させは致しません。」
身長は他の獣人と比べれば小柄で、180センチ前後。しかし、背中には広げれば四メートルには及びそうな立派な羽が折り畳まれていた。この地球上で、ドラゴンを除けば、まさに最強の空上の支配者である。彼らは、足が鉤爪のため走る事はできないがその握力は、熊族のラブですら空へ運ぶことが出来てしまうほどだ。ちなみに、ラブの体重は1.5t強ほどある。
「我が名はダンク、豹族族長にして獣人達の勇者。されど、この勇気全て、獣王様の野望に捧げます。どうか御下命ください。」
お馴染みのダンク。彼の髪は赤く燃えてるようで、その毛並みには色濃いマダラ模様が浮かび上がっている。豹族に限らず獣人は、強ければ強いほど体に宿す獣の紋様が色濃く浮かび上がる。ベンガルも勿論濃いが、ダンクの豹柄には一枚劣るほどだ。彼はかつて、多くの獣人たちの窮地を救ったことがある為、皆から勇者の称号を与えられた。その危険や恐怖に屈することの無い勇気に満ちた獣魂は、今も獣人たちの間で語り草である。
「獣王様、以上が私の推薦する戦士長であります。」
ベンガルは、大きく毛深い手で彼らを紹介した。その顔には、自信が溢れていた。
「うむ、大義である。」
フレイムは満足そうであった。ここにいる戦士長候補を筆頭に、魔獣の革鎧、己が鍛える魔法剣を装備させた軍隊をフレイムは想像せずにはいられなかった。
思わず、笑みが溢れる。
「第一戦士長ダンク!貴様に第一歩兵戦士団を託す!!」
「はっ!!」
「第二戦士長アルフォンス!貴様に第二歩兵戦士団を託す!!」
「有り難き幸せっ!!」
「第三戦士長ラブレンチェヴナ!貴様に第一重装歩兵戦士団を託す!!」
「御意ぃぃぃいいいいい!!!」
「第四戦士長ラーファ!貴様に第一空兵戦士団を授ける!」
「有り難く。」
「最後に、ベンガル。」
「はっ。」
「貴様を獣人軍戦士団、統帥に任じる。我が魔法剣と兵符をここに。」
そばに控えていたセバスが、短く返事をした。そして、真っ赤な刀身に、竜の尻尾を連想させる持ち手で、装飾された鉤爪の宝剣をフレイムに手渡した。
フレイムは、跪き手を掲げているベンガルに鉤爪型の魔法剣を授けた。次いで、漆黒の宝玉を彫ってフリードリッヒを象った、漆黒龍の兵符を授けた。
「この上無い光栄であります。このベンガル、必ずやこの爪で、平原を支配する人間を殺し、その全てを獣王陛下に捧げます。」
ベンガルは、跪いたまま、ただ力強く確信を持って誓った。
「面をあげよベンガル・・・面を、あげよ。」
「はっ。」
ベンガルは、燃え盛る、曇り無き眼でフレイムを見据えた。
「貴様に授けた宝剣は、余自ら、鍛え上げた宝剣である。刻まれた魔法は、火炎。貴様の闘気に呼応して、火は燃え盛る。鉄の鎧を着た人間を、その爪を持って八つ裂きにするが良い。」
ベンガルに授けた宝剣は、彼の爪に装着できるようになっている。魔鋼の爪だ。それも魔法剣に仕上がっており、その刀身は、ただ美しく、赤く揺らめいている。
「我が君のままに。」
ベンガルの返答に、鷹揚に頷くとフレイムは脇に控えていた鼠族に目配せをした。すると、侍従らしい服装をした鼠人が、魔獣の毛皮に包まれた魔法剣を各戦士長の前に丁寧に置き、下がった。
「そして、我が戦士長たちよ。其方達にも魔法剣を授ける。
第一戦士長には、魔刀を。
第二戦士長には、魔剣を。
第三戦士長には、魔メリケンを。
第四戦士長には、魔槍を。
今は唯の魔剣なれど、これからの其方たちの活躍に応じて、魔法剣を鍛えようと思う。」
フレイムは、穏やかに彼らに話しかけた。
ダンクには、黒い漆の鞘に収められた日本刀を。
アルフレッドには、赤狼の毛皮で誂えた鞘に収められたロングソードを。
ラブには、その拳に見合った巨大な蜂蜜色のメリケンを。
ラーファには背丈よりも長い、蒼天よりも蒼き方天画戟が与えられた。
戦士長らは一堂にして、礼を述べた。
「うむ、大義であった。下がるが良い。」
「戦士らは退出せよ〜!」
吠え猿の号令に基づき、皆短く返事をして獣王の間を退出していく。その後ろ姿達に、フレイムは声をかけた。
「ベンガル、貴様は残れ。」
「はっ。」
獣王の家にあるテラスに、木彫りの嗜好を凝らされた椅子が向かい合うようにして並べられていた。そこに座るのは勿論、ここでは獣王のフレイム、そして獣人戦士団統帥のベンガルである。間に置かれた香木のローテーブルには、酒が注がれたグラスに、森の果物や木の実が並べられていた。
フレイムは、酒を煽りながらともに語りかけるように話しかけた。
「ベンガル、苦労をかけるな。」
「そのような事は断じて!ありませぬ。獣王陛下の為に、兵を纏めるは至高の喜びです。」
「そう言ってもらえると助かる。ベンガルだけは、我が友であって欲しい。家臣ではなく、私と肩を並べ、世界を切り開く友として、私を支えてくれるか?」
すると、ベンガルはキビキビとした動きで椅子から立ち上がり跪いた。
「我が獣魂に懸けて誓いまする。このベンガル、どんな災難が降り掛かろうと最後まで貴方様と、運命をともにいたしまする。」
「・・ふぅ、うむ。ならば、血の盃を受けよ。」
血の盃、それは互いの血を垂らした盃を飲み干し結ぶ契り。血の契りである。これは獣人の世界で最も、重い効力を持った誓約だ。
「・・御意。」
フレイムは、短剣で己の掌を裂き、血を盃にこぼした。ベンガルも、その短剣で持って血を垂らす。二人は、盃を交わし互いの血が混じった酒を一気に飲み干した。
フレイムが何故ここまでの事をするかと言えば、ベンガルは他の臣下と比べて遥かに自尊心が高い。つまり、従順では無いのだ。フリードリッヒが仮に、フレイムの元を去ればベンガルは容赦なくフレイムの首を飛ばすだろう。
その為に、出来うる限りの足枷をベンガルに施しておかなければならないのだ。猛獣は、幾重の鉄の檻に入れても不安なものなのである。
「それで、獣軍の内訳はどうなっている?」
「はっ。第一軍歩兵戦士団は、豹族を中心とした猫科の部族で構成し、その数五百。第二軍歩兵戦士団は、狼族を中心とした犬科の部族で構成し、その数五百。第三軍重装歩兵戦士団は、熊族を中心とした大型の部族で構成し、その数三百。第四軍空兵戦士団は、大鷲族を中心とした猛禽類で構成し、その数五百。合計して、千八百であります。」
「素晴らしいな。獣人に戦術はあるのか?」
「はっ、各部族に戦術がある為、現在はそれのすり合わせを行っており、軍として機能するには少しお時間が必要かと。」
「いかほどの時間がかかる?」
「半年は、お時間を頂きたく。」
ベンガルがそう言った時だった。
「ならん!三月だ。」
フレイムは、血相を変えて言い放った。
「・・しかし、半年でも無理をさせております。」
その気迫に、驚きもせずに事実をありのままに伝える。
「良いかベンガル、三月後、戦だ。それまでに間に合わずして、何が軍だ。何が統帥だ?余の初陣・・まさかその方の無能で、穢す訳ではあるまいな!?」
己の帯剣を、跪くベンガルの首筋にひたりと当てる。ベンガルは、それでも冷や汗ひとつかかなかった。
「滅相もない!!我が獣魂に懸けて、陛下の初陣を敵の鮮血で祝いましょうぞ!」
忠誠心だけは、露わにしてベンガルは勇んだ。
その後、少し会話をした後にベンガルも下がった。
フレイムは一仕事終えたように、セバスにグラスを突き出して酒を注がせた。真っ赤な葡萄酒が注がれる。この葡萄酒は栗鼠族が作っているそうで、献上品である。
「フレイム様、お疲れのようですね。」
「そりゃぁそうです。王としての振る舞いはどこか、肩が凝ります。それにベンガルは、私を少しも恐れていませんし、困りました。」
「ベンガル様は、武人の中の武人。己を負かしたものにしか興味がないのでしょう。」
「セバスもそう思いますか?フリードリッヒに負けたのであって、私には負けていない。その意思を隠し持ってますよ彼は。まぁ、フリードと私が決別する事は恐らくないので、放っておいても大丈夫でしょう。」
「万が一ベンガル様が、フレイム様に牙を剥こうとも私がいる限りお守りいたします。」
「期待していますよ。」
“さて、獣人による切り札は揃いつつあります。魔剣と魔獣の革鎧の製造を急がなくては。そろそろ、慎重で確実な仕事を好むメルボー家が、視察に来るでしょうからお出迎えの準備もしませんと。・・わかってはいましたが、休む暇がありませんね。”
そう思うとフレイムは、そばに控えていたアメショ猫人のメイドを手招きした。恐る恐る近づいてくるメイドは、フレイムによって、膝に乗せられ、頭やお腹をモフモフのスリスリにされた。胸やお尻を触られなかったせいか、メイドも満更じゃないように“にゃ〜”と声をあげた。
「獣王の特権です。」
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