第二十一話「薔薇騎士の家系」
お久しぶりです!
ヴァルデン帝国、北方貴族の末席に連なるメルボー家。
メルボー家は、皇家に薔薇を献上し続けて300年になる。何故彼らが皇家に薔薇を献上し続けているのかというと、彼らがかつての大国の王家であった為だ。ヴァルデン皇家の紋章は、大鷲が一輪の薔薇を鷲掴んでいる。これは、元々ヴァルデン帝国が一小国家だった時の紋章が大鷲であった頃からの変化を示している。
ヴァルデン帝国建国前、現ヴァルデン帝国領は十三の国家群が中原に覇を唱えていた。その中で最も領地も大きく、軍事力も強大な国家があった。その国は次々と他国を滅ぼし始め、遂には中原に覇を唱えんとしたのである。その時期に、ヴァルデン王国では、後の初代皇帝アークハルトが頭角を現し始めていた頃だった。神から授かった戦王で、次々と戦に勝利し領土を拡大していたのである。
しかし、いかに戦王の祝福を授かったアークハルトでさえ、大国と事を構えるには時期尚早であった。そこで、大国との大戦に勝利する為アークハルトは、隣国である騎士の国、メルボー騎士国と同盟を結んだ。一時的な共同戦線である。そして、大戦の後にメルボー家はヴァルデン王国に降伏し、現在は当時の領地をそのまま封され、ここまで皇家に厚い忠誠を尽くしてきた。
そのメルボー家の騎士をアークハルトは、次のように評した。
”メルボー家の薔薇騎士こそ、霊峰エーナに負けぬ見事な騎士道を歩んでいる。”
アークハルトは、霊峰の天を貫くその偉容に準え、彼らの騎士精神の崇高さを讃えたのだ。それ以来というものの、皇家を含めた上級貴族は、お抱えの騎士や従子をメルボー家に修行に出すほどである。それほどの信頼を受けながら、メルボー家は男爵位に留まっているのは、彼らの謙虚さと騎士道に準じてのことだった。
勿論、皇帝らは何度も爵位の昇格を任命した。しかし、それを尽くメルボー家は非礼に当たるとは、わかっていても辞退してきた。それを皇帝は、日頃のメルボー家の忠誠心の高さと働きから無礼だとは咎めずに、何か報いなければと考えヴァルデン家の紋章に薔薇を組み入れた。ヴァルデン家からの最大の信頼の証として。
その為ピトーからの命令にいち早く呼応したのが、メルボー家だったというわけだ。
メルボー家の屋敷は、男爵家とは思えぬ広さであらゆる所に薔薇が生え、どの角度から薔薇を眺めても美しく観察できるように設計されており、まるで薔薇園のようだった。
その一角で、波打つ青い長髪の女性が、ロングソードを振りながら鍛錬をしている。
彼女こそ、次期当主のシーラ・メルボーだ。彼女は長身で鍛えあげられた身体は、ふくよかな胸と大振りの臀部を際立たせていた。顔は端正な顔立ちで、情熱的な厚い唇がなんとも艶めかしい限りだ。
「精が出るな、シーラ。」
「これはお父様、いかがなされましたか。」
彼女は、鞘に剣を収めてシャキシャキと父親の元まで歩み寄った。
彼女の父は、メルボー家当主、エリオット・メルボーである。
凛々しい眉と、落ち着いた表情を持った壮年の男だ。彼もまた、贅肉はひとかけらもない引き締まった体が、服の上からでも容易に感じ取れた。それだけでも、彼らは騎士としての務めを怠っていないことが伝わって来る。
彼らは、中庭に設けられた円形の白いガゼボに、用意された椅子に腰を下ろした。
「ふぅ、実に美しい薔薇だ。この真紅の薔薇はかつては我がメルボー家を示していたが、今はヴァルデン家を示している。それすなわち、我らは皇帝陛下の剣であり盾であることを忘れるでないぞ。」
「心得ております、父上。我らは、王家の血を引く騎士の中の騎士である事。この名に恥じぬ、騎士道を歩みまする。」
「ならば良い、お前は自慢の娘だ。女だてらに、このメルボー家の次期当主なのだからな。これからも精進せよ。」
「はい父上。それで何ようでいらしたのですか?」
「・・うむ。ピトー第五王子からのお達しの件だ。」
「ボロキアを開拓している士爵ですね。返答が返ってきたのですか?」
「あぁ。」
エリオットはそう言うと歯切れ悪く、一通の手紙を懐から取り出してシーラに渡した。
シーラはすでに封があけられている封筒から、書状を取り出し読み進めると、驚きを隠せなかった。
「ち、父上!これは!?」
「お主でも驚くか。無理もない事だ。騎士として、帝国内における騎士道の最前線を歩んでいる我々に対して、一騎討ちを申し出てきた。」
「やはり、ロックウェル士爵は浅はかな新参者なのでしょうか?」
フレイムの事はこの一年で様々な噂が北方を駆け巡っていた。例えば、貴族の本分を忘れ灰に塗れているだとか、無謀にも魔獣の森へ寡兵で踏み入る愚か者と言ったところだった。そして今回、帝国最高の騎士を保有しているメルボー家に対して、お互いの騎士同士での決闘にて決着をとの、申し出。常識的に考えれば、騎士同士の一騎討ちで勝てる確率は、皇帝の近衛騎士でも連れてこない限り皆無と言って良いだろう。それ程までに、メルボー家は兵数は少なくとも、その質に至っては帝国一と言ってよかった。
「どうだろうな。そこで、お主に偵察を頼みに来たのだ。」
「て、偵察でございますか?!!」
「お主の言いたい事はわかる。騎士たるものこそこそと、敵情を探るものではない。ましてや一騎打ちを申し出た相手など言語道断だと言いたいのだろう?」
「そこまで、わかっておきながら何故ですか父上!!」
「この一件、ただの任務にあらず。相手の力量を見誤れば、メルボー家ならず北方貴族を巻き込んだ大戦になるやも知れんのだ。」
「それは一体どう言う・・」
「半年ほど前の事だーー」
すると、エリオットは語り出した。
ーー私が、ホーネット侯に年の瀬の挨拶をするべく出向いた時のことだ。
いつも通りに、北方貴族の諸侯が集まり親睦会と称した報告会が始まった。その末席に、噂では聞いていたボードウェル卿に捨てられた子がいた。すでに成人し、第一皇子殿下の代官としてボロキアに赴任したと聞く。
その筈が、聞く所によると神に鍛冶師として祝福され、今や下町で鍛冶仕事に精を出しているとか。その時の私の印象は、本当にボードウェル卿に見捨てられる程の間抜けなのだと思った。
その後、食事会でロックウェル卿と少し話をする機会があった。
「メルボー閣下であられますか?」
「貴殿は、ロックウェル卿でしたな。いかにも私が、メルボー家当主エリオットです。」
「これは私としたことが、メルボー閣下に自己紹介をさせてしまうとは。どうかお許しください。貴族になってまだ日が浅いものでして。」
「あぁ気にする事はない。私は貴族だが、貴族の礼儀には疎いんだ。」
そんな筈はない。メルボー家は騎士を束ねる王家だったのだ。しかしそれを、匂わせず相手を尊重する姿勢が彼らの騎士道を窺わせる。常に謙虚である事が、一つの美学なのだ。
「お優しいお言葉有難うございます。さすが陛下の懐刀たるお方だ。貴方様とは、まともに闘いたくはないですね。」
「何?」
流石のエリオットも、軽率な挑発に対しては怒りを露わにした。謙虚さを履き違えない事も、かれらの騎士道精神の尊厳の高さを知れる。
フレイムは、ホーネット侯爵から呼ばれ、途中でその場を退席した。
なんと軽薄な男なのだ。何故アージハルト殿下はあのようなものを代官に任じられたのだ?
食事会が終わると、エリオットはホーネット閣下に呼び出された。
「閣下、お呼びでしょうか。」
「ほっほっほ、メルボー卿よく来てくれた。貴様と少し話がしたくてな。シーラは元気かの?」
「はっ、我が家の騎士では、剣術に至っては皆敵わないほど気丈に剣を振るっておる次第でして、父親としては結婚の心配をしているほどです。」
「ほっほ!それは良い。英雄を育てたな、エリオット。流石だ。」
「過分なお言葉でございます。」
少しの静寂が訪れた。ここまでは社交辞令なのが、貴族間の慣例だ。ホーネット閣下が本題を切り出してきた。
「貴様から見て、ボードウェルの小倅はどう見える?」
「ロックウェル卿でございますか・・。」
「その様子だとすでに、仕掛けられたようだな?」
「はぁ。なんと言いますか。ただの阿呆とも思えぬのです。」
「流石じゃな。奴は終始、父親から捨てられた無能を装っておったがあやつはとんだ虎よ。それも人喰い虎だ。今日のあやつの姿を鵜呑みにした阿呆どもは、痛い目を見るだろうな。」
「閣下は、ロックウェル卿を随分買ってらっしゃるのですね。」
「エリオットこれは忠告だ。奴と一戦構えるなら、努努忘れるでないぞ。奴は、これより龍となる。」
ここまでが、エリオットの懸念だった。
「あの北熊将軍と恐れられたホーネット侯爵が、そのような事を。」
「そうだ。あのお方は、武辺一辺倒と勘違いされているが、その様なお方がこの北方の諸侯をまとめ切れるはずがない。あぁ見えて、深いところまで呑み込むお方なのだ。」
「それで、一度探りを入れねばと言う事でしょうか?」
「いや、私がもっと引っ掛かったのは閣下が、彼の事を龍に例えたのだ。」
「龍ですか・・?」
「閣下は過去に一度だけ、あるお方を龍に例えられた事がある。」
「それは一体何方なのですか?」
「時の皇帝ビルトード」
「先帝陛下であられますか!!?」
「左様、ホーネット閣下は武帝と評された先帝の先鋒として、あらゆる戦場を駆け巡ったお方だ。そして、身体のどこにもいくさ傷を受けた事がないことで有名だ。その閣下にして、先帝を龍と言わしめたのが武帝と言われる所以でもある。」
アースハルトの父は、武帝として墓標に刻まれている。帝国が大きく領土を広げたのは、初代皇帝アークハルトの戦国時代、三十代皇帝ビルトードの侵略時代に分けられる。アークハルトが群雄の半分を手中に治めたのに対し、ビルトードは十三ヵ国あった中原全てを糾合した。つまり、ホーネット侯爵は壮絶な血の雨を、先陣を切って降らせた剛の者である事がわかる。先帝時代からの忠臣が、皇帝と等しく下級貴族である士爵を龍に例えた事の重大さに、シーラもようやく気づいた様だ。
「確かに、これは無視できない胸騒ぎですね父上。」
「そうなのだ。決闘を前にして相手を探るは、卑怯と言われるかもしれん。だが、もし己が騎士道を優先して忠義を疎かにし、皇帝陛下に害が及べば我ら騎士は、永遠に胸を張って生きていける事は無くなってしまうのだ。私は、士爵に顔が割れている。シーラ、お前の騎士としての高潔さは父としても誇りに思う。だがどうか国の為、道の為に、己を犠牲にしてはくれないだろうか。」
「・・・わかりました父上。ヴァルデン帝国の守り手としてのお役目、我が剣に誓って果たして見せましょうぞ!!」
こうして薔薇騎士団団長、シーラ・メルボーは決闘を前にフレイム・ロックウェルと相見えようとした。
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