第十七話「獣王への挑戦」
豹族の難民は、全員で二十人の女子供だった。アイラさんによれば、男たちは老若を問わず彼女達を逃すために、残って戦っているのだという。彼女達の武器を見せてもらったが、人間も使っている鉄製の武器がほとんどだった。彼らの身体能力を鑑みても、大勢の魔獣に襲われてしまっては長くは持たないと考えた。
「それなら大丈夫だ、我ら豹族は他の獣人とは違い、木登り、川泳ぎも得意だし、足も速く、気配を消す事にも慣れている。私たちが逃げ延びた後は、必ず生き延びるために逃げたはずだ。おそらく今頃は、チリじりとなって気配を潜め機会を窺っている。」
「そうですか。では一つお聞きしますが、他の獣人たちはどうしているのですか?」
「他部族のことはよく分からない。仲の良い部族であれば、多少の交流はあったがそれ以外はどうでも良いことだ。いつも小競り合いばかりしていたからな。」
「となると、無闇に森を探索するのはやめた方がいいですね。効率が悪すぎるし、危険だ。」
「なっ!!?探さないと言うのか!!?」
「そうは言っていません。落ち着いて聞いてください。作戦があります。」
「作戦だと?」
「そうです、いいですか−−」
【ここからは、セリフと時間進行が同時だとお考えください。】
−−まず、豹族の皆さんには囮役として、森の中で大きな音を立てながら魔獣にその存在を触れて回ります。その際、囮役の皆さんには、羊の血を体に塗って貰います。そうすればより多くの魔獣が、風に漂う血の匂いを嗅ぎつけて追って来るはずです。
そうして誘い出せた魔獣をある地点まで誘導します。
ある地点だと?
そうです。先日ナミが西の森を偵察した際に見つけた、この窪地です。三方を、切り立った高い崖に囲まれており、魔獣と言えど飛び越えては逃げれない高さです。ここに出来るだけ多くの魔獣達を連れ込みます。
しかし、どうする?誘い込んだはいいが、我らもここに閉じ込められ魔獣に喰われてしまうのではないか。
ですから、あらかじめ洞穴を掘りそこに皆さんには隠れてもらいます。隠れたら、岩の土砂を崖の上から落とし塞ぎます。作戦が終わるまで、ここで待機していただきます。
そこまではわかった。それで魔獣はどうするのだ?
我々だけで、大勢の魔獣は倒せませんので、強力な援軍を呼びます。
援軍だと?
はい。とびきりのね。アイラさん知っていますか?あなた達が恐れる怪物は、羊が大好物なんですよ。その羊を魔獣達に横取りされたら、きっと・・怒り狂うでしょうね。
【同時進行終わり】
アイラは、土砂で塞がれた穴の中で戦慄を覚えていた。腕力のない魔術師が、これほど恐ろしい作戦を考え、成功させるとは思わなかったのだ。アイラは、腕力以外の強さを一つ知る事になる。
崖の上から、魔獣達に首を軽く切られた羊が放り投げられた。その血の匂いと目の前の新鮮な肉を前にして、魔獣達は狂い叫び群がった。大量の羊の叫び声と、魔獣達の呻き声は森中に響き渡った。とその時である、森中の鳥達は空に旅立ち、動物達は森中を駆け回った。何かから逃げるように・・。
“グルルルルルルルル”
何かの唸り声が、地響きのように森中にこだました。先程まで、羊に夢中だった魔獣達は水でも掛けられたかのように鎮まり、何かが来る方へ振り返った。
そして思い出す。一体自分達が何から逃げて、西の森にいるのかを・・・。そして、黒い影が自分達の頭上を通り過ぎる。漆黒の鱗を太陽に反射させ、空中を旋回して怪物が着地する。
その爪は大地を抉り、地を震わせ、雄叫びをあげる。腹の底を通り越し、骨の芯まで響く恐怖が魔獣達を劈いた。圧倒的な強者の登場である。
アイラも、その気配で気づいていた。
“龍だ、この壁の向こうには龍がいる。あの人間、まさか龍を利用するきか・・。気が触れている。人間とはなんと恐ろしいんだ。”
「グラララッ、儂の羊を低級の分際で横取りするとは、覚悟はあるのだろうな?・・塵も残らないと思え、痴れ者が。」
魔獣達は、先程までの威勢はどこかへ消え悲鳴を上げながら、よじ登ることの叶わない絶壁を引っ掻いていた。涙を流し、涎を振りまきながら生にしがみつこうとしたが、僅かな閃光を伴った一瞬の炎のうちに蒸発して、風と共に消え去った。大地は沸騰し、空気までが焼けた。そこには、何も残らなかった。
「・・しまった。怒りに我を忘れ、儂の羊も一緒に消し炭にしてもうた。ふぅ、フレイムの奴にせびるとするか。」
黒龍は、また空の彼方へと消えていった。
大地が、冷めるのを待ち既に日は傾いていた。アイラ達が待つ真っ暗な洞穴に西日が差し込んだ。獣人達は、まだ震える者もいた。龍の怒りを肌身で感じていた為、無理もない事である。
フレイムは、アイラ達の無事を確かめると彼女の案内で豹族の住処に向かった。彼らの住処は、大きな大木の上方に形成されていた。マルタほどある太い枝と枝を繋ぎ、そこに大きな葉を重ね合わせて暮らしている。そこにはすでに、豹族のオス達が集結していた。感動の再会である。
「ダンク!!」
「アイラか!!?よくぞ無事だった。」
二人はしばらく涙し、抱擁が続いた。
「そこの人間達は、どうしたんだ?」
「あぁ、紹介するよ。人間の群れを率いている魔術師のフレイム殿だ。そしてその部下達だ。」
アイラは、ここに来るまでの経緯を全て話した。そして、彼女にとっては言いづらい話を切り出した。
「ダンク、私はもうフレイム殿の物なのだ。」
「そうか・・・。一族を守るために、お前にばかり辛い思いをさせてしまう、俺をどうか許してくれ。すまない・・。」
とても気まずい空気が、人間陣営の間に流れた。フレイムは、すかさず断りの申し込みをしたが、受け入れられなかった。
「それはいけない。我らは誇り高き豹族。一度口にした約束を保護にすることは許されない。どうか受け取ってくれ。アイラは我妻の中でも、一番美しいんだ。」
「そう言われましても。困りましたね・・であれば、アイラさんではなく別のものでお返し願いたんですが。」
「別のもの?」
「はい、是非私の領民になっては頂けないでしょうか?」
「領民・・?なんだそれは。」
「端的に申しますと、私の部下になっていただきたい。」
「部下だと・・?」
フレイムの申し出を聞いた瞬間、ダンクは殺気立った。ダンクだけではない、ここにいる豹族200人ほどが明らかな敵意を向けてきている。不穏な空気が両陣営の間を流れる。それも仕方のないことだ。彼らは、強者にしか靡かない。獣人のボスには複数のメスの番がいる。そのうちの一人を、譲る事とこれは彼らにとって比べ物にならない話なのだ。なにせ負けたオスは、殺されるか、奴隷になるかの話である。
「はい、これからは私をあなたのボスにして頂きたいのです。」
「貴様が、魔獣を討ち果たしてくれた事には礼を言おう。その礼に、妻だって差し出すが貴様の部下になるかどうかは、全く話が別だ。貴様が私に決闘を挑み、勝利すれば我が命、我が部族は貴様の物だ。」
「決闘ですか。」
「それが我ら獣人の永久に変わらぬ決まりだ。まぁ、鋭き爪も牙も持たない貴様に万に一つも勝ち目はない。まだ今ならば、先程の言・・聞かなかった事にしてやる。」
「一つお聞きしたい。」
「なんだ。」
「私の代理を立てることも、可能ですか?」
「・・・・可能だ。貴様の部下であれば、それは貴様の力だ。だが、自分より弱い者を代理に立ててどうする?」
ダンクは知らない。人間の世界では、腕力だけが力ではないことを、ただし時に腕力は千金より、相手を黙らすだけの力があるのもまた事実である。フレイムはニヤリと笑った。
「もう一つだけお聞きしても?」
「なんだ!?」
「獣人はみなさんだけなのでしょうか?」
「どう言う意味だ?」
「アイラさんからは、他部族もいらっしゃると聞きましたが。」
「あぁいる。この森には大小合わせたら百は降らない部族がいる。それがどうした。」
「その部族全てに決闘を挑みたいのですが。」
少しの静寂の後に、周りの獣人全員が笑い始めた。この人間は正気なのかと、人間の分際で何を考えているんだと言った具合だ。せっかく族長が、今回助けてくれたお礼に妻を譲り、戯言まで聞き逃してやろうと言っているのに、目の前のオスは大間抜け野郎だと獣人全員がそう思った。
「ワッハッハッハッハ!貴様、人間の割に面白いな。爪も牙もない人間の貴様が、獣王への挑戦を宣言すると言うんだな?」
「獣王への挑戦?」
アイラが慌てた様に、フレイムの元まで来て説明してくれた。獣王への挑戦とは、百以上の獣人の部族を従わせる者の称号だ。百獣の王とも言われている。獣王は、これまでこの森で一度しか生まれていない。彼らは、その地位を子孫へと継承したりはしない。獣王が決闘で破れ、獣王の位を引き継いだ場合のみ獣王は存続するが、引き継がずに死んだ場合はそこで百の部族は解散となる。つまりほとんどの場合が一代限りの、英雄譚なのだ。
そして獣王がいない今は、全ての部族の族長を同時に相手にして、勝利しなければならない決まりだ。つまりアイラは、いくらガッシュを代理で決闘させても、多勢に無勢で無駄死にだと思っているのである。しかし、説明を聞いたフレイムはやはりニヤける。
「人間代表フレイム、獣王への挑戦を宣言する!」
「・・・その言、二度と引っ込めることは出来ぬぞ。」
「引っ込める気などありません。私があなた達の王となります。」
「良いだろう、次の満月の日に“獣王の滝壺”まで来い。案内役として、アイラをその日まで貸し与える。」
「わかりました。」
「今の内に、親しいものには別れを告げておけ。挑戦の失敗者はその日の晩餐会で振る舞われるからな。」
「ふっ。首を洗っておいてくださいね。」
屋敷への帰り道で、アイラは必死にフレイムを説得しようとした。いかに自分が、愚かなことをしようとしているか説教してきた。しかし、フレイムは大丈夫ですの、一点張り、ガッシュやナミに助け舟を求めても、フレイム様が決めた事の一点張りだ。ついには、アイラも説得を諦めフレイムが死ぬ前に、夜這いの算段を考える始末である。メスは強い雄の子孫を残そうと考えることが普通で、アイラもその枠から外れない。
フレイムは屋敷に戻ると、中庭に向かった。そこには、龍の姿で宿木に佇んでいるフリードリッヒがいた。
「やぁ、フリードご苦労様。悪いんだけど、もう一仕事お願いする事になりそうなんだよ。」
獣人達は知らない。
爪も牙も持たない生物が、地上最強の怪物を飼い慣らしている事を。




