第十四話「皇帝、病に伏す」
今日は少し休憩して、一話投稿です。明日からまた二話投稿に戻ります。
−−帝国暦311年6月8日:帝都ミリア
ヴァルデン帝国は、大陸の中心よりやや南に位置した大国である。東と西に戦線を持ち、南では海と接し交易路の要が存在している。北には、霊峰エーナが外敵から守ってくれていた。その大国では大きな政変が起ころうとしていた。皇帝アースハルトが病に伏せたのである。今年で、在位17年を迎えその間、他国への侵略は行わず、帝国を内から豊かにした皇帝である。その為、武官達からは「農業皇帝」などと揶揄されていた。それでも、皇帝は前代が武帝と言われているように、大きく膨れ上がった領土をまとめるために尽力した。
文官達からは、「文帝」として支持されてきた。武官を押さえつけ、文官達を重職に取り上げて今日の平和がある。だがそれも、終わりを迎えようとしていた。帝国の歴史は、侵略の歴史。帝国を支えてきた武官達が、遂に政変を企て始めたのだ。
その発端は、皇太子を廃した事から始まった。アージハルトが12歳を迎えた頃、第五皇子ピトーが、神々から“戦神”を授かったのだ。これに、武官達は「初代皇帝の再来だ」と囃し立てた。元々、武官の方が権力を持っていた為、これを押さえ付けるために、皇帝は皇太子を廃し、その座を空席とした。これによって、あわや内乱の危機を回避したのである。
それから4年が経ち、ピトーはメキメキと頭角を表し武官達の祭り上げる立派な神輿となった。文官達は、国の大業は長子が継ぐべきだと主張し、武官と真っ向から対立した。
そして朝廷には、第三の勢力が存在していた。魔法大臣ウィリアム・ポータスを筆頭にした、宮廷魔導士達である。彼らは、魔法によって帝国を豊かにしようとする魔法至上主義者だ。剣は魔法に劣ると考え、野蛮な力で血を流すのではなく、神から授かりし魔法によって文化的な生活を築くべきだと主張している。彼らもまた大きな権力を有している。彼らが、都市部で数々の生活魔法具を販売して、管理しているため皇帝も無碍にはできず、タチの悪い事に教会とも親密な間柄なのだ。
そんな彼らは、第二皇女サティアラを次代皇帝にと声高く叫んでいる。彼女は、神々から聖女の祝福を授かったのだ。聖魔法の使い手で、闇に潜む卑しきものを排し、病めるものを救う力がある聖魔法の頂点に君臨する祝福である。
皇帝が病に伏し、宮廷の秩序は乱れ始めていた。各陣営が、密かに刺客を送り合う始末である。そんな渦中の三人が宮廷の一室で、お茶を飲みながら一堂に会していた。外は生憎の雷雨で、大粒の雨が窓ガラスを激しく打ちつけ、雷が彼らの顔を白く飛ばす。
「姉上、姉上が入れてくれる紅茶は、実に美味しいよ。どうですか、皇帝の座は諦めて僕の元で給仕として、働きませんか?そうすれば、命までは取らないよ。」
この男は、ピトー・セイント・ヴァルデン第五皇子であり、ジアの弟である。後ろには、それは立派な白銀の板金鎧を装備した騎士が控えていた。
「ふふふふっ、ピトーったら意地悪ですね。聖女たる私に、メイドの真似事をさせようなんて、ピトーこそ取り柄は軍略囲碁しかございませんのに。どうやって、神に愛された私を殺すんですの?」
この女は、サティアラ・セイント・ヴァルデン第二皇女であり、ジアの妹である。後ろには、上質な金色のローブを羽織った魔術師が控えていた。
「二人とも、兄弟でそのような冗談はやめるのだ。父上が悲しまれる。」
最後はもちろんこの男、アージハルト・セイント・ヴァルデン第一皇子である。後ろには、深紅の板金鎧を装備した女騎士が控えていた。
「すみません、兄上。まさか、兄上が父上の身を案じていらっしゃったとは、夢にも思わず。」
「なんだと?」
「だってそうではないですか、皇太子になるはずの僕が未だ、皇子のまま。父上は、無能な嫡子を慮って心を病み、病に伏せられたのではありませんか?」
「貴様・・兄に向かってなんたる口ぶりだ。」
「おぉ、こわいこわい。なんでも、剣で解決できるとは思わない事です。あなたが、まだ生きていられるのは、大した脅威ではないからですよ?まぁ言っても分かりませんか。僕は兄上のように、剣は扱えずともこの盤面の全てを支配しています。御二方がこれから、どう言った手を取るかもお見通しなのですよ。」
「その割には、ピトー。あなたこの会合に、よくいらっしゃいましたわね。本当は、自分に自信がないのでしょう?その為に、私の呼びかけに応え、探りを入れにきたんじゃありません?」
「クククッ、アハハハハハハハハ!」
ピトーは、狂気に満ちた笑いを振り撒いた。
「・・・。」
「な、なんですの・・」
「なんと愚かなんだ。これが、戦神と恐れられた始祖皇帝アークハルトの子孫とは、笑わせる。見当違いも甚だしいですよ。僕は、お別れを言いにきたに過ぎません。僕は、初代皇帝の上を行く“戦神”を授かった者として、帝国をこの大陸全土を支配する一大国家にします。帝位争いなど、児戯に過ぎません。兄上、姉上、無駄な抵抗はおやめください。さもなければ、踏み潰します。今日はこれを言いに来たのです。それでは、失礼いたします。」
ピトーは席を立ち、護衛と共に退出した。その場に残されたのは、サティアラとアージハルトだ。
「全く可愛げのない弟ですこと。」
「それをお前が言うか、サティアラ。」
「まぁ、酷いですわ。兄様まで、私を非難するんですの?」
「聖女とは名ばかりで、奴隷売買、麻薬の裏取引などを孤児院を隠れ蓑に、行なっているのはどこの誰ですか?」
「言いがかりですわ〜。それより、兄様!私と手を組みませんこと?ピトーが皇帝になれば、私たちが生き残れる確率はゼロですわ。私が皇帝になった暁にはピトーは処刑、お兄様は大将軍位にお付きください。悪い条件ではないと思いますが。」
「今日の会合は私にそれを言う為だな。ピトーを皇帝にするのには私も反対だ。奴には人の心がない。だが、だからと言ってお前と手を組むなど言語道断だ。俺もこれで失礼する!」
ジアは、席を立ち、サティアラの後ろに控える魔導士を睨みつけてから、退出しようとしたが、途中で立ち止まった。
「これは独り言だがな。フレイムは見事に、ボロキアの代官として領民を従え、開拓に着手している。どこかの阿呆が、吠え面描く日も近いだろうな。」
今度こそ、それだけ言い残すとジアは退出した。
「フレイムって誰のことですの?ボードウェル卿、分かりますか?」
「はて、私には見当もつきませぬ。」
「では、兄上は本当に独り言を?大丈夫でしょうか。」
紅茶を飲むサティアラの後ろに、控えるこの魔導士こそフレイムの実父、マーク・ボードウェル伯爵である。彼は、実の息子の名を聞いても、感情を少しも乱す事はなかった。
ジアが宮廷の廊下を歩いていると、後ろから追従している女騎士が話しかけてきた。
「アージハルト様、フレイムから知らせが来たのですか?!」
「なんだ、その様子だとフレイムが、野垂れ死ぬとでも思っていたようだな。」
「い、いえ。そのような事は・・。」
「良い、私も自分の代官にまるで支援してやれなかったのだ。貴様に責められても致し方無い。フレイムは、霊峰エーナに坑道を堀り、金を見つけたそうだ。手紙には、好きなだけ送ると言ってよこした。領地経営もまだ安定していないだろうに、全くあいつは。」
ジアは、他の二人と違って、裏金を一切もっていなかった。そのため資金戦争では、完全に後手を踏んでいた。アージハルトの潔癖さが招いたものである。しかし、そこへ自領の金がフレイムから送られてくるのだ。帝国が所有する金山は4つ存在するが、皇子らの封地で金山を所有しているのはジアだけである。
その事実が側近たちの顔を明るくする。
「その資金があれば、この政争をもっと楽に進められます!まだ、我らにも生きる道が見つかるはずです。」
「そう言うことだ。フレイムに負けてはいられない。貴様は後宮に行き、母上に現在ある資金を全て渡せ。後宮勢力をこちらにつけるのだ。母上の、実家ならある程度抑えることができるだろう。」
「しかし、資金全てとなると当面我々が動くことができませんが。」
「構わん。金で動くものもいるが、動かぬものもいる。俺はそちらを攻める。それに、少しすれば都市予算ほどの金が届く。」
「御意。」
「それとこれからは、ピトーに出していた密偵を全てサティアラに回せ。」
「しかしそれでは、弟君の動向を探れませんが」
「ピトーは仮にも戦神を持つ男だ。探ったところで、奴の掴ませたい情報を摑まされるだけだ。奴の手のひらの上で踊ってやる気はない。それよりも、中途半端に頭が回るあの悪魔の方が厄介だ。どこで小賢しい悪知恵に、足元を掬われるかわからん。すでに玉座争いは終盤を迎えているのだ、もたもたするな、いけ!」
「御意。」
女騎士は、その場を離れ他の護衛が2名、ジアの後を追従した。
“フレイム・・お前と言う男は、どんなに離れていようとも頼りになる男だ。我が心は常に其方と共にあるぞ。”
ピトーは自分の馬車で、第五王子宮に戻る途中であった。馬車の中には、ピトーの他に2名の白銀の騎士がおり、向かいに座っている若い白銀の騎士が、ピトーに話しかける。
「ピトー様、」
それを素早く、人差し指で制して、馬車の中の匂いを、訝しみながら“スン スン”と嗅いだ。
「何か、匂いますね。」
二人の護衛は、戸惑いながらピトーのいう謎の匂いを見つけようとするが。
「そ、そうでしょうか?」
「わ、私も何も匂いませんが」
人差し指を立てたまま、少し逡巡したのち、原因を突き止めたような表情をしながら若い騎士に尋ねる。
「貴様、昨日の晩餐でアオカビの生えたチーズを食べたか?」
その問いかけに、壮年のもう一人の騎士はひどく青ざめ狼狽えた。当の若い騎士はなんのことか分からずに問いに答えた。
「・・はい。妻の実家がチーズ屋ですので、昨日はブルーチーズをっ」
全て言い終える前に、ピトーの右拳が騎士ですら防ぐことのできない速さで、彼の顔を殴った。その衝撃に馬が驚き嗎をあげる。その後も、殴る蹴るの殴打が続く。
「僕はっ!青かびのぉ!生えたっ!チーズの匂いがぁ!大嫌いっ!なの、ですっ!我が騎士にもぉ!関わらずっ!密閉されたっ!この空間でぇ!あれを食べたっ!口でぇ!息など吐くんじゃぁ!ありませんっ!」
すでに騎士の息はなく、絶命していたが気が済むまで殴り、すでに騎士の顔は誰の顔か分別がつかなくなっていた。ピトーは存分に返り血を浴び、革手袋を脱ぎそれで顔を拭いた。次に、服と自分の薄紫色の髪に返り血がかかっていることを確認した。
「髪が汚れるまで殴ってしまうとは、僕としたことが我を忘れてしまいました。さて、リチャード」
「は、はっ!・・・。」
「部下への教育がなっていないようですね。僕がブルーチーズをひどく嫌っていることは、周知させるのがあなたの役目の一つだったはずではありませんか?
「・・閣下の、お、おっしゃる、通りで、ご、ございますっ・・。
「良かった、僕が間違っているのかと思いましたよ。であれば、お前の娘が、豚の餌になっても良いのですか?」
「っ!!!ど、どうかっ、それだけはっ何卒っ!ごっ容赦くだい!!私であれば、どのような罪もお受けいたしまのでっ!!」
ピトーは、グイッとリチャードの頭を引き起こして顔を覗き込み、徐にナイフを取り出し。彼の鼻に当てた。彼の下顎をガッチリと掴み、鼻にナイフをあて、ゆっくり血が出始める。
「これからは、自分の顔を見て自らを戒めなさい。次ミスをすれば、娘が豚の餌になると言うことをね。」
「ぅうううぎっゃやぁぁぁぁぁぁあああああああああ」
彼の鼻を削ぎ落とし、豚ヅラに整形し終えた頃、馬車が目的地に到着する。背の高い、丸い片眼鏡をかけた、若い黒髪の執事が門前で出迎える。中からは、血塗れのピトーが出てくるが眉一つ動かさずに、“おかえりなさいませ”と挨拶を済ませると、素早く手ぬぐいを取り出しピトーの顔を丁寧に拭く。
それが終わると、削いだ鼻を執事に渡し、言い渡す。
「片付けは任せた。まずこの汚い血を流したい。」
「すでに、湯の準備はしております。」
ピトーは、さすがだなと言った感じで笑うと、執事のネクタイを引っ張り、顔を強引に引きつけ唇を奪う。執事は、抵抗することもなくされるがままだ。高身長の美形と片や美形の少年ということもあり、背景が血の海でなければ、黄色い声が飛んできそうだ。
「さすが僕のカリシャだ。」
このピトーの凶暴性と男色は宮廷では、誰もが周知の事実である。しかし誰も咎めることができないのは、彼の戦神のせいでピトー自身が、とんでもなく有能だからである。そして、庶民には手を出さないため悪評も、貴族の間に留まっている。全ては、彼の手の内なのだ。
フレイムが、ジアを皇帝に押し上げたい最大の理由はピトーだ。彼が皇帝になれば、敵味方を問わず、世界中に血の雨が降るからである。
ピトーが、湯から上がるとカリシャが晩餐の支度を整えていた。席に着き、ピトーは今日の晩餐の説明をカリシャに求める。
「本日は、前菜にフルーツトマトをマリネしたものにピクルスなどを合わせ、それらにスパイスをアクセントした季節の食感サラダ。メインはマラダ地方から取り寄せた、高級牛肉にフォアグラを添えたステーキ、スープはピート様のお好きなじゃが芋とベーコンを。デザートは、フルーツの盛り合わせでございます。」
「そうか、ありがとう。」
ピトーが食事を始めると、扉を叩く音が聞こえる。カリシャは素早く、扉の外に控える従者から情報を聞き取ると、戻ってきてピトーの耳に囁いた。
「魔の森を開拓した者がいるだと・・。僕の予想を、裏切る奴がいる・・。」
「ボロキアは、遥か北の地です。ピトー様がお気なさらずとも、ゴフッ」“ガタッ!”
カリシャの鳩尾に、ピトーの裏拳がめり込み彼はその場に膝をつき、うずくまる。ピトーはナプキンで、口元を拭いながらうずくまるカリシャに問う。
「愚か者・・・ボロキアは誰の領地だ?」
「・・ぅうう。・・・はっ!?うっ・・ピート様の兄君アージハルト様の・・ご領地でございます。」
「そうだ。それを無視する訳にはいかない。蛆虫が・・黙って首をくくれば良いものを。」
ピトーは少し考えると、何かを思いついたらしく、いやらしい笑みを浮かべる。
「早めに、北を燃やしてしまおう。遊びは必要ない。カリシャ、適当な北方下級貴族に手紙を出せ。内容はそうだな、ボロキアを滅ぼせ。さもなければ、貴様らを潰す・・とな。」
「かしこまりました、ピトー様」
“ククっ、兄上。せっかくの希望も私が握りつぶして差し上げます。あなたの、苦渋に歪む顔が今から楽しみだ。”
ピトーの屈折した笑い声が、グレート・ホールに不気味に響き渡る。ようやく、領地経営が軌道に乗り始めていたボロキアに、おぞましい魔の手が忍び寄っていた。




