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002

「休みの日まで接待ご苦労様」


 皮肉を込めて祐介は笑った。

 テーブルの上にラップをした食事と、帰って来るであろう父親に対するメモを残す。


『部屋に絶対入らないこと。入ったら、もうご飯作らない』


 まるで嫁のような書き置きだが、祐介は嫁と息子の両方を兼ねている。

 中学二年の時に母親が他界し、それ以降は父親と二人で生活。

 父親が働いているから、家のことは自分がしようと誓った。

 親子水入らず生活するには、役割が必要だった。

だから、勉強とバイトと家事を一気にやるのは辛くて、それでも欲しいものがあるから一生懸命、働いた。

 五年前からシステムが話題となり、遂に正式実装されるVRMMO『ウィクトリア・オンライン』の機材のために汗水垂らして働いた。言わば、その苦労が漸く報われる。

 今まで色々なネットゲームを体験してきたが、フルダイブ型のネットゲームなんか今までの非じゃないほど楽しいものなのだろう。

 キーボードで操作して画面越しに冒険するのとは違う、本当に自分で体感するゲームなのだから。


「お、落ち着け。平常心平常心。この時の為に頑張ってきたんじゃないか」


 未開封の包装をゆっくりと丁寧に開けて機材一式を繋げ、ダイブデバイスを持つと生唾を飲む。

 ダイブデバイスには二つの種類がある。

 ひとつはヘッドギア型。これは頭が固定されて安定感があることで有名だ。

 報道での紹介も、この型が宣伝されて人々の中ではダイブデバイスといえばこの形というイメージが根付いている。

 もうひとつは目元から頭一周を固定するヘッドギアよりもシンプルな作りのヘッドセット型。

 ヘッドギア型の生産が追いつかず、同じシステムを搭載したデバイスをヘッドセット型にシフトしたのである。

 何が違うと言えば、後者の方が低コストというくらいだ。

 それなのに値段がほぼ一緒というのは上手い商売をしていると思う。

 デザインの違い程度だから不満を持つ者は殆どいないだろう。

 報道されているヘッドギアの方が人気があるのだが、残念ながらそのタイプは命が購入したものが最後で、自分は後者のヘッドセットを購入したのである。

 命はやや申し訳なさそうにしていたが、性能は変わらないし、祐介にとってはどちらでも良かったのだ。


「さて…」


 横目で壁掛け時計を見ると、約束の一時間前。十一時を回っていた。


「時間がなかったとは言え、キャラメイクもまだだし、時間ギリギリかも。遅刻するなって俺が言い出したんだし、約束を破るわけにはいかないよな」


 スイッチを入れてデバイスを装着し、ベッドに寝転がり仰向けになる。

 目を伏せて口元を緩ませ、起動キーワードを呟いた。



「システムスタート」



 僅か意識が薄れた後、目をゆっくり開く。

 何処か現実離れした不思議な空間。正面には自分の姿見。


『ウィクトリア・オンラインの世界へようこそ。これよりキャラメイクを行います。よろしいですか』


 エコーのかかった女の声と共にホロウィンドウ画面が表示される。


「もちろん、オーケイ。始めて」


 にっこりと笑って頷くと手順通りに進めていく。

 少し戸惑いながらも進めていくが、項目のやり直しが利くので便利だ。

 一番迷ったのは、キャラクターエディットだ。

 種族選択後の見た目を作る。

 自分の顔をベースにしたメイキングを勧められたが、別の顔を作るのも捨てがたい。

 かと言って、自分の面影をなくすのは少し悲しい。故に自分の顔をベースに少しずつ顔のパーツを弄っていく。


(まるで整形してるみたいだな)


 内心苦笑いをして、操作をしていくと漸く形が出来てきた。

 癖のある茶髪は、絹糸のようなサラサラとした清潔感が漂い、少しずつの変化に感動する。

 だが、このまま止まるわけにはいかない。

 まだキャラメイクは終わっていないのだ。

 スキルの割り振りや初期ステータスを決めると、それが段々と数値化されて面白い。


『あまり迷いはなかったようですね』

「まあね。大体は事前にイメージして来たから」


 どういうスタイルのキャラクターにするかというのは既に決めている。

 命とは、お互いゲーム内で会うまではどんなキャラにするか秘密だと言っていたので、言いたくても言えなかった。

 それに彼がどんなキャラクターを持ってくるか分からないものだから、どんなキャラクターが来ても無難に合わせられるステータスとスキルが良い。

 無難…そう、無難に生きてきた。

 笑っていれば何とかなる現実は少し窮屈で落ち着かなかったが、今はとても心が和らぐ。


『―――それでは、ウィクトリアの世界であなたをお待ちしております』

「うん、ありがとう」


 ニッと笑い、手を軽く振ると足元が光る。


(時間、ギリギリか。命、待ってるだろうな)


 約束の時間まであと五分。

 急いで祐介は世界へと旅立った。





 プレイヤーネーム:ユウト ♂

 種族:人間族

 ステータス

 STR:11

 VIT:10

 AGI:10

 DEX:10

 INT:12

 MIN:10

 LUK:10

 スキル

 片手剣:LV1

 水魔法:LV1

 闇魔法:LV1

 聞き耳:LV1

 索敵:LV1






 最初に降り立つ町はどのゲームも一緒だなと少し脳裏に浮かぶ命ことメイだが、気持ちが逸って待ち合わせより三十分も前にログインをしてしまった。

 祐介はいつも時間通りに来る。その時間に数秒の乱れはあるものの一分の乱れはない。

 逆に自分はというと時間よりも早く来ないと落ち着かない。

 だから、二人で会う時は遅刻はありえないのだ。

 だけど、今回ばかりは現実の世界とケースが違う。

 此処は初めて訪れる仮想空間。多少の時間のズレはあるかもしれない。

 周囲を見渡すと、足元の道はコンクリートではなく、モルタル。

 建物は本で見たヨーロッパでよくある煉瓦作りの家やファンタジーにありがちな賑やかな市場。

 全てを説明するには、素材がよく分からないものが多い故に時間がかかりそうだ。

 平たく言えば、『ファンタジーにありがちな賑やかな町』である。


「時間になったら、ワープゾーンで待ち合わせって話だけど…多分、混雑してるんじゃないか」


 うーんと首を捻って考えるも、今からログアウトして電話するわけにもいかないし、祐介だって既にログインしてるかもしれない。

 行くしかない。

 悪戯に元のベースを完全に変えていない限り、顔を見れば恐らく分かるだろう。


(祐介のことだから、何するか分からないな…)


 一抹の不安を抱きながらも、これからの冒険が楽しみで仕方ないとでもいうように狐の尻尾が景気良く揺れる。

 ワープゾーンに行けば、想定通り人だかりが出来ていた。

 こんな人混みの中、一人を見つけるのは難儀だ。

 寧ろ、あの中に飛び込むことが億劫になる。


(まぁ、行くしかないよな…)


 小さく溜息を吐いて歩くと、肩を他のプレイヤーにぶつけてしまう。


「あ、すみません」


 軽く頭を下げると、そのプレイヤーは「大丈夫」と笑顔で許してくれた。

 チンピラのように難癖つけられたらどうしようかと思った。

 祐介と合流した後に買おうと思っていたので、装備品も整えていない。

 生まれたてのキャラクターであるメイの着ているものは布の服とブーツのみ。

 こんな状態で外に出たら間違いなく戦闘不能となり、デスワープで町に戻るのだろう。

 故に、事は起こしたくない。特に今は。


「ん…?」


 尻尾に違和感を感じた。触られている感覚。

 振り返ると、尻尾を優しく掴んで遊ぶ一人の青年がいた。


「毛並みもリアルか。やっぱVRMMOって凄いね」


 青年の顔からは親友の面影が垣間見える。間違いなく祐介だ。


「ゆうす──」


 祐介の名前を呼ぼうとしたところで口を手で塞がれた。

 そこで気付く。ネットで本名はタブーであると。

 もちろん、ネット上で本名を使う者もいるが、それはそれでハンドルネームやらキャラクター名なのだ。

 それを注意しての行動だろうとメイは頷いた。

 にっこりとリアルでも変わらない人の良さそうで胡散臭い笑顔で手を離すと、祐介ことユウトは人差し指を前に出して、空中をタップする。

 ランチャーが起動し、そこからメインメニュー画面が開かれて順通り進めると、メイの目の前にホロウィンドウが出現する。


『ユウトさんからフレンド申請が来ています。承認しますか?』


 突然現れたウィンドウに驚いたが、迷うことなく『YES』と表示されているアイコンをタップした。

 『承認されました』という画面が現れて自動的に消えると、次はパーティーの申請画面目の前に出現する。

 ユウトに目を向けると、彼は相変わらずニコニコとした笑顔をメイに向けている。

 初めてのことに驚いて戸惑うメイを見て楽しんでいるようにも見える。


「…性格悪」

「失礼な。こう見えて俺も驚いてるんだよ。み…メイは顔に出すぎ、っと、やっぱ始めたばかりだから、キャラネームは言い慣れないな」

「確かに」


 くすっと口元を緩ませ、パーティーを承認するメイにユウトは驚いたように目を見開き、震えた。


「はっ…」

「は?」

「犯罪者…じゃない。自然な…え、笑顔とかありえな───」


 ユウトが全て言い終わる前に、メイの拳が鳩尾にめり込む。

 ユウトは蹲り、殴られた鳩尾を抑える。

 しかし、そこで気付いた。

 リアルで殴られたら痛い筈なのに痛みを全く感じない。


「痛く…ない?」

「殴られ足りないとか?」

「いや、やめて」


 手で制するユウトにメイは拳を緩め、思慮深く考える彼に疑問を抱く。


「どうかしたのか。打ち所が悪いとか?」

「いや、痛みを感じなかったんだよ。確かに殴られた感覚はあったんだけど…」


 唸るユウトに呆れたのか、メイは深い溜息を吐いた。


「説明書、ちゃんと読んだのか?」

「んー…パラパラっと。面目ない。動作的なものくらいしか見てないんだ」


 苦笑いを浮かべてユウトは頬を掻く。実際、家事と勉強の両立で読む暇がなかったのだ。

 メイは訝しげな表情でユウトの背中を蹴った。


「ちょっ、何すんだよ。痛っ…ん、いや…痛くない」

「どっちだよ」

「痛くない…かな? 蹴られた感覚はあるんだけど、それに伴う痛みがないというか」


 どういう事だと首を傾げるユウトにメイは、やれやれと首を横に振った。


「此処、仮想世界なんだけど」


 生身ではないということが言いたいのだろう。

 それで分からないほどユウトは馬鹿でもなく、自分の置かれている状況を理解した。


「あ、そっか。脳に信号が送られてるから蹴られたと認識で感覚はあるけど直接の体の痛みまではないのか」

「仮想世界でまで神経繋がってるってリアル過ぎて逆に怖いだろ」


 的確なメイの指摘にユウトは空笑いを浮かべるしかなかったが、閃いたように自分の頭を指で小突く。


「でも…それって痛いって思えば痛くなるんじゃない?」

「え、どういうこと?」

「これ、実話なんだけど…ある実験で熱湯の入ったやかんを被験者に見せて目隠しをしたんだって。その後、被験者の足にぬるま湯をかけたんだけど、最終的に被験者は重度の火傷を負ったらしいよ。ぬるま湯を熱湯だって思ったんだろうね。だから、脳錯覚でもしたら体に影響するかも」


 いつも通りの胡散臭い笑顔で説明するユウトにメイの頬が引き攣る。正直、引くレベルだ。


「相変わらず趣味の悪い知識ばっかあるのな。笑顔で言うなよ、怖いだろ」

「このくらいで何言ってんだよ。本題は此処からだよ」

「うっわ、聞きたくねぇ」


 聞きたくないと言っても彼は勝手に話す。こればかりは止められず、もしやこういった話で人の反応を楽しんでいるのではないかと思ってしまう。

 見た目では好青年だが、本性は恐ろしいほどサディスティクな彼ならやりかねない。

 正直に言うと、上手く笑えない自分の表情なんかより、彼の本質の方が怖いのではないかとメイは何度も疑った。


「つまり、だ。この世界で戦闘があって斬られたと痛覚まで予想したら、その時の痛みってリアルに───」

「ちょ、ちょっとストップ! ユウト、その口閉じろって!」


 焦った様子でメイが制止するとユウトは我に返る。

 賑やかだったワープゾーンが静寂に包まれる。

 皆、顔面蒼白でメイ達を見ていた。

 それはそうだろう。

 神経が繋がっていないとは言え、脳の錯覚で実際に痛みを感じるなんて恐怖以外の何物でもない。

 戦闘不能になったら、もしかして死ぬかもしれないと言われてるようなものだ。


「え、えーと…まあ、実際プレイヤーに障害や痛みを与えるなんてさせないんじゃないかな。何せ、このゲームの開発グループって脳科学のエキスパートなんだし。脳錯覚の対処しないわけないない」


 あはは、とユウトが笑うが、周囲の目は冷たかった。

 しかし、妙に納得した様子でほっとしたのか賑やかさが戻ると、メイやユウトも安堵の息を漏らした。


「言うこと、あるよな」

「あー、うん。ごめんね」


 頬を掻いて笑うユウトの表情は苦いもので、反省している様子だ。

 触覚に関しては痛みを伴うことはないと、説明書に書いてある。

 どんな実験でその技術を得たのか興味はあるものの、それよりも自分達にはやることがある。

 立ち止まっている時間が惜しい。


「それで、これからどうする? まずは装備品からか」

「そうだね。俺なんか剣の代わりに葉っぱついた木の棒だし。せめてもっと、こうさ…」

「初期装備はしょぼくて当たり前だろ。スキル柄だけど、俺なんか前衛武器とかないし」

「はは、外に出たら瞬殺だな」

「俺達がな」


 渇いた笑いと共に溜息を吐いて、二人は肩を落とす。


「ひとまず、店回ろう。時間はたっぷりあるし、急がなくていいだろ」

「うん。初期の資金である程度揃えないと、冒険になんか出られないからね」


 二人は頷いて子供のように笑った。

 未知の世界での大冒険。

 この日をどれだけ待ち望んでいただろうか。

 それは、この世界に来たどのプレイヤーも同じだろう。

 システム最高峰の技術を活かしたVRMMO『ウィクトリア・オンライン』

 どんな冒険が待ち受けるのか、心躍らせながら二人は歩を進めた。



「やっぱ、メイが自然に笑ってんのに違和感」

「やかましい」


 余計な一言に再びメイはユウトの背中を蹴った。

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