003
ウィクトリアオンラインにログインしてから約一時間近くが経過した時、メイとユウトは未だに始まりの街を歩いていた。
既に一部のプレイヤーは装備を整え、レベルを上げるためにフィールドに飛び出しているだろう。それなのに何故まだ街の中をふらふらしているのかと言えば、未だに装備を整えられていなかったからだった。
「しっかし、やっぱサービス開始直後だけあってどこも人で溢れてるね」
「どこの店も凄い人だかりだよな。しかも売り切れとかそんなとこまでリアルにしなくて良いと思うんだわ、俺」
「ほんとにね」
二人の視線の先では、限定商品のタイムセールに群がる主婦達のようにNPCの営む武器、防具などを買い漁るキャラクターで溢れている。
これもまさしく一つの戦場と言えよう。横にいる者を押しのけ、あるいは引きずり落とし、我先に商品を獲得せんとする光景は見ていて戦慄を覚えるほどだ。
先ほどから倒れた後踏みつけられ続けて動けないでいる男のプレイヤーが哀れで仕方ない。
どうやらこのウィクトリアオンラインは一筋縄では行かないゲームのようだ。初のVRMMOという事もあってかなり気合を入れて作りこまれているらしく、始まりの街と言えどかなりの面積を誇る。
おそらくそんな街を徹底的に楽しんで貰うためにも、複数の店を用意してNPCの店なのに普通に売り切れなどが発生するように仕向けられているのだろう。
「こりゃ普通の方法じゃ武器買うだけで今日が終わりそうだなぁ」
「確かに。でもその言い方だと、普通じゃなければ買えそうって取れるんだけど」
「まぁな。一応考えがないでもない」
呟いて、メイが口元を歪める。それに対して、ユウトはどこか責めるような視線でメイを睨み付けた。
「それじゃ早くその方法で買いに行こうよ。トッププレイヤーになりたいってわけじゃないけど、俺としては早くこのゲームの戦闘とかも楽しんで見たいんだよね」
「そうだな。ただ売切れになるって知って思いついただけだから、確実じゃないぞ?」
「それでもこうして不毛な争いを眺めるよりは有意義だよ」
「確かにな。それじゃ行ってみるか」
気合を入れるようにメイは左手に右拳を打ち付けてその場を離れた。その後をユウトは黙ってついていく。
街の中央から離れ、外周部近くまでやってくると、プレイヤーの数もだいぶ少なくなった。
「あった、あそこだ」
「あそこって……なーるほど」
メイの指差す店を見て、ユウトも納得気に頷いた。
指が指し示す先の建物では、煙突からもくもくと煙を吐き出しており、扉の上に何の店かを表すマークと名前が刻まれた看板が取り付けられている。
ストスの店。刻まれたマークはハンマーのマークだ。
「すみません、誰かいますか?」
店の中に入った二人をむわっとした空気が迎えた。
入ってすぐ正面のカウンターには人影はなく、奥にある炉の前にしゃがみこんだ髭もじゃの男が一人いるだけだ。
「ん? なんだ、これからって時に」
鬱陶しげに立ち上がったのは身長百五十センチもない老人ともみえる男だった。
濃い髭が顔の半分を隠し、生きた年月を感じさせるしわが年輪のように刻まれている。だと言うのにその全身は老いているとは思えないほど逞しく、分厚い筋肉で覆われていた。
「(ねぇメイ! ドワーフだよ! これぞまさしくドワーフだよ!)」
「(ああ! ドワーフだな! この頑固そうなとこもいかにもって感じだよな!)」
ファンタジーでしか語られない種族を見た感動に、メイとユウトは顔を見合わせて小声で興奮を顕にする。
実際は既に似たようなプレイヤーキャラクターを目にしていたのだが、中身が現実の人間だけに違和感があったのだ。その点今目の前にいる老ドワーフはまさしく本物と言える風格と見た目をしており、ファンタジーな世界に憧れるなら少なからず感動を覚えても仕方がないだろう。
「なんか用か? 人間の小僧に獣人の小僧」
「ああ。実は今街中の武器屋とかに人が群がって買えなくてね。直接ここで買い取らせて貰えないかと思ってね」
「ああ、そういやゲートが開放されるのは今日だったか。っち、仕方ねぇな。殆ど店に卸しちまってるから大したもんはねぇぞ小僧共」
「構わない。手にはいるだけでも助かるよ。それに爺さんいい腕してそうだしな」
「ほう? 言ってくれるじゃねぇか。ちょっと待ってろ」
メイの言葉ににやりと笑うと、老ドワーフは店の奥に繋がる扉へと消えた。
五分ほどして戻ってきたドワーフの腕には、大きな木箱が抱えられており、その中に大量の武器が入れられていた。
「おおー」
思わず、と言った感じでユウトが声を漏らす。
老ドワーフは自慢げに唇の端を歪ませると、メイとユウトの前に木箱を置いた。
「ちょっとばかし興が乗ったからな。お前さんらの見る目って奴を確かめてやる」
「へぇ、面白そうだな」
挑発的な老ドワーフの言葉に、メイも応じて笑みを返す。隣でユウトも楽しげに笑みを深めた。
その様子を見て、ドワーフは満足そうに鼻を鳴らすと二人の目の前に置いた木箱の淵を叩いた。
「このなかに一つだけ高品質なもんを混ぜてある。それを不正なしで見事見抜けたら、それはタダでくれてやろう。他の装備もその辺の店で買うよりも安く譲ってやる」
「お、言ったな? その言葉に二言はないな?」
「当たり前だ。こんな事で嘘は吐かねぇ!」
ドワーフのその言葉と同時に、ユウトの前にクエスト発生を告げるウィンドウが表示された。どうやら隠しクエストか何かなのだろう。
ユウトはメイと視線を交わし頷くと、クエスト受領のボタンを押した。
メイは再び息巻くドワーフに向き直り、自信あり気に木箱の中に目を走らせる。その眼は自信に満ちていた。
何しろメイには鑑定スキルがあるのだ。負けるはずが無い。
そう、その時はそう考えていた。
十分後も、メイは低く唸りながら何度も木箱の中の装備を手に取って鑑定スキルを行使していた。
「ねぇ、メイ。高品質なのわかった? 俺にはどれが良い物なのか見分けつかないんだけど」
「……ぐぬぬぬぬ」
ニヤニヤと唇の端を歪める老ドワーフの前で、ユウトは半ば諦めモードに入っている。
しかしメイは諦め切れず並べられている装備を鑑定しなおす。既に何回も鑑定していて、毎回結果は同じだった。
尻尾が感情を反映しているのか、苛立たしげに揺れる。
(くっそ、何回鑑定しても結果は同じでどれも低品質な物ばかりだ。あのじじぃ当たりを入れてないんじゃないか?)
もう何回目ともわからない鑑定を行う。木箱に入っていたのは、片手剣、細剣、短剣、手甲、メイス、投げナイフが四本、それから鉄板を仕込んだブーツだ。
品質は最低品質か、低品質で、高品質の物はない。一番品質が高いものを選べということかとも思ったが、低品質のものも複数ある。
低品質の物の中から一番価値が高いものでも選べと言うのだろうか。
だとしてもそれがどれかはメイにはわからなかった。
鑑定スキルは、それがどういった物かは教えてくれても、その価値までは教えてくれないのだ。
アイテムの値段などを調べるなら、似たスキルで目利きと言うのが必要になる。能力的にも、品質を調べる点などが被っている為、これら二つを同時に取る物はほぼいないだろう。
ならば今からメニューを操作してスキルを変更すれば、とも思うかもしれないが、先ほどこの老ドワーフは『不正はなし』と言っていた。
それはおそらくスキルの変更はするな、と言う意味だろうとメイは考えており、そしてその考えは当たっていた。
(でもそう考えるなら、このじじぃは嘘吐かないって事なんだよなぁ)
大きくため息を吐いて、メイは手に持っていた短剣を木箱にしまった。
そのまま両手を木箱の淵にかけ、ぐったりと頭を垂れた。尻尾も同時に垂れ下がる。
「……ん?」
ふいに、メイはそこで一つの可能性に気がついた。老ドワーフの行動と言葉を最初から思い出し、もしかしたらと言う思いと共に、もう一度だけ鑑定を行う。
瞬間、メイの尻尾の毛が逆立ち、天を突かんばかりにぴんと伸びた。
「高品質なの木箱じゃねぇかぁぁぁぁっ!」
心からの絶叫だった。その様子にユウトは一瞬きょとんとした後、噴出すように笑い、老ドワーフも釣られる様に豪快に笑い出した。
「わっはっはっは! いや、見事! 良くわかったじゃねぇか小僧」
「ふざけんな! 詐欺だろ、詐欺! 高品質なのやるって木箱貰っても嬉かねぇぞ! つかいらねぇ!」
「くっくっ、いや、そう言わずに正解したのだから木箱ごと持って行け小僧」
「だからいらっ……は?」
声を荒げていたメイだったが、ドワーフの何気ない一言に気がついて思わず呆けた声を上げた
それをさも愉快だと言わんばかりの口調で、ドワーフは木箱を叩く。
「だから木箱ごと持って行け小僧。どれも店には卸せんものばかりだが、しばらくは使える。いらん物は売るなりなんなり好きにすると良いだろう。だめになって新しい装備が必要になったらまた買いにこい」
「…………」
「あちゃー、これは完全に一本取られたねぇ、メイ」
いつもの笑顔にわずかばかり苦い物を浮かべながら、ユウトがメイの肩を叩いて慰める。
メイの頬は、折角普通に笑えていたというのに、今はひくひくと若干の痙攣を見せていた。
「あー、くそ! くそじじぃめ! 名前はストスでいいのか!?」
「おう、俺はくそじじぃのストスだ。小僧共の名は?」
「メイだ」
「俺はユウトって言います。よろしくお願いします」
「メイにユウトだな。素材さえ持ってくればオーダーメイドも作ってやる。精々腕を磨いてこい」
にやりと口元を歪めるストスに、メイは相手がNPCである事も忘れ、絶対にいつか見返してやると心の中で吼えた。




