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「命、明日の十二時だからね。忘れないでくれよ?」

「わかってる。今日何度目だ、その確認は」


 下校時刻。部活に入っていない連中が一斉に下校する中、二人の男子生徒がそんな話をしていた。

 最初に話しかけた少年の名は十波祐介。軽い癖っ毛を跳ねさせており、柔らかい印象を与える笑みを浮かべている。

 その笑みには珍しく喜色が滲んでいるのが感じられ、話しかけられた少年、東院命は応じて苦笑を浮かべた。

 途端、通りかかった女生徒がびくっと体を震わせ、視線を合わせないように俯き加減に二人の隣を足早に通り過ぎた。


「……どんまい」


 祐介の慰めの言葉に、命は口を真一文字に引き結んだ。

 理由は明白なものだった。

 単純に命の表情が怖かったのだ。

 命は癖の無い真っ直ぐな黒髪、真っ直ぐ伸びた背で無表情なら視線が若干鋭いなれど実直な印象を受ける。

 しかし厳しい家庭環境で育った所為か、余り表情を動かすことが無かった所為なのか、表情を付けようとすると途端に恐ろしい形相に変貌するのだ。

 笑みを浮かべようものなら笑みが引きつり、薬でもやっているんじゃないかと思えるほど、頬の筋肉が痙攣したりする。

 一度消しゴムを落とした隣の席の女子に笑顔で消しゴムを拾ってあげたら、泣きそうになりながら謝り、脱兎の如く教室から出て行った。ついでに次の授業が始まっても帰ってこず、その後帰ってきても気まずそうに肩身を寄せていた。それ位の衝撃を伴うらしい。

 その上高校進学と共に厳しい家庭環境から抜け出し、一人暮らしを始めて羽を伸ばした結果数々の伝説を残し、散々やんちゃな事や馬鹿な事をしでかした所為でこうした事が良くあった。

 そんなわけで、割と良くある光景だった。だからと言って命が傷つかないというわけではなかったが。


「……まぁ、気にしても仕方ないか。気分を取り直して、帰ってキャラクターでも作っておくさ。ログイン出来なくてもキャラ作成は事前にできるんだよな?」

「うん。むしろ先に作って無いとその分出遅れるよ。キャラ作るのにかなり時間掛かるらしいから」


 今二人が話しているのは、明日正式サービスを開始するVRMMO『ウィクトリアオンライン』の話だ。

 五年ほど前から徐々にVRシステムについての話題がニュースに上るようになり、一年前にようやくフルダイブシステムの完成が発表された。

 そしてついにフルダイブ型のオンラインゲームが発売されるとして話題になったのだ。

 そのニュースに、世界中のゲーマーが湧き上がった。

 もちろん命と祐介もこの中に含まれる。

 このゲームと周辺機器を揃えるために、二人は去年からバイトをして金を貯めるほどの筋金入りだ。

 何しろゲーム含め一式十万を超える値段だった。

 それでも発売日当日は長蛇の列が出来るほどで、二人は学校をサボって前日から並んで辛うじて購入成功したのだ。

 楽しみなのか、再び命が引きつった笑みを浮かべる。

 焦点の合わない瞳が射ぬかんばかりに鋭さを持ち、頬が痙攣を始めた。これで涎が垂れれば完璧だ。何が完璧とは言わないが。


「命、落ち着いて。その顔で帰ったら職質受けるよ」

「誰もラリってねぇよ!」

「そんな事誰も言って無いから! 落ち着いてお願い! 皆見てるから!」


 しかし時遅く、いつの間にか周囲にいた学生たちは全ていなくなっており、誰も歩いていなかった。

 ダッシュで逃げるか、どこかに隠れたのだろう。視線だけは感じられた。


「……帰ろう、祐介」

「……うん、静かで、いいよね」


 後日、正門前で暴れようとした命を祐介が決死の覚悟で止めていたという噂が立つのだが、それはまた別の話だろう。






 命は自室に入って早速キャラメイクの準備に入った。

 ゲームを始める前に、周辺機器一式がきちんと繋がっているのを確認し、ヘッドギア型のデバイスを装着する。

 どういう理屈や技術が使われているのか命は知らないが、このフルダイブは一種の明晰夢を見ている状態に近いらしい。

 開発者のコメントで、脳波がどうとか、直接脳内にイメージがこうとか言っているのを聞いた記憶はあるが、専門的な話すぎてさっぱりわからなかった。

 しかしここで重要なのはゲームを開始すると意識がゲームの中に飛ばされるため、立ったり座ったりしていると体勢が崩れてぶっ倒れると言う事がわかっているかどうかだ。

 立ったまま寝たら膝から崩れ落ちるのと似ている。

 通常ならそこで気がついて踏ん張れるところが、ギアを付けているとそうした反射反応が起きず、倒れた衝撃でギアのセーフティが機能するまで立ち上がれないと言えば違いがわかるだろうか。

 要は痛い思いをしたくなかったら横になってやれ、ということだ。

 ベッドに横になった命は、ヘッドギアの起動スイッチをいれ、初期登録されたワードを唱える。


「システムスタート」


 途端、寝る直前のような意識が薄くなる感覚を味わった後、唐突に眼前に空間が広がった。

 その時は寝ていたはずの体はしっかりと地面に足を付けて立っている。不思議な感覚だった。


「ここは、なんだ?」


 周囲を見渡す。つるつるとした石造りの壁と床を、灯りの変わりに取り付けられた篝火がぱちぱちとはぜながら照らしていた。

 そして正面に全身を映すことができる姿身が設置されていた。


『ウィクトリアオンラインの世界へようこそ! これからキャラメイクを始めますが、よろしいですか?』


 鏡に視線を向けた途端、そんな陽気な声がどこからともなく降ってきた。

 チュートリアルか何かか、と納得して命はその声に答える。


「ああ、よろしく頼む」

『かしこまりました。まずは名前を決めてください』


 天の声と同時に目の前にホロウィンドウが出現する。複数のローマ字が刻まれたそれは間違いなくキーボードだ。しかし、厚さ一ミリもなく、向こうが透けて見えている。


『こちらの世界には現実のキーボードなどは存在しません。ステータスメニューなども同様のホログラムを利用したタッチ式になっていますので、今の内から慣れることをお勧めします』

「なるほどね。面白い手ごたえだ」


 ためしにキーボードに指先を振れて見ると、驚いた事に感触があった。薄い弾力のある膜か何かを触っているような感触で、僅かに指先が押し返される。

 早速命はキーボードを使って自分の名前を入力する。

 名前は『メイ』。女みたいな名前だが、命にとっては自分の名前の別読みから取った名称なので愛着がある名前だった。


『続いてキャラメイクに入ります』

「性別は選べないのか? いや、最初から男にするつもりだったから構わないのだけど」

『性別の変更は様々な問題が発生する可能性から選択出来ないものになっています』

「なるほどね。了解。続けてくれ」

『では、まずは種族を選択してください』


 天の声にあわせて再びホロウィンドウが開く。そこには四つの種族とステータスが表示されていた。

 表示されるステータスはSTR、VIT、AGI、DEX、INT、MIN、LUKの七つ。

 表示された種族は人間族、妖精族、獣人族、魔族の四つとなっている。

 まず人間族は平均的で平凡能力だが、その分万能でもあるのだろう。全てのステータスが十と平均値となっている。

 続いて妖精族。これはどうやらエルフやドワーフなどを一くくりにしてしまっているらしい。キャラエディットの幅がそれこそ長耳のエルフから筋骨隆々のドワーフまであるので、プレイヤーのキャラメイクの仕方で同じ妖精族でも大分差が出来るだろう。

 ステータスは、主に身体能力ステータスである前半三つが低い変わりに後半の魔法や器用さに関わる数値が高めになっている。

 獣人族は丁度逆で、身体能力が高めで魔法や器用さが低めだ。

 ちなみに獣人族も猫や兎、狐や狼など幅が広い。

 最後の魔族だが、見た目は角が生えたり、鱗が生えたりと、いかにもな感じで作れるようだ。

 そしてステータスなのだが、これは人間の上位互換とでも言うべきステータスだ。ほぼ全て平均値で、STRとINTが高い。その代わりLUKが低いというステータスをしている。


「なぁ、このステータスのLUKって何に影響与えるんだ?」

『はい。LUKは運に関わるステータスです。モンスターがアイテムを落とす確率や、クリティカル発生確率などに影響します。LUKが低いとアイテムが出にくく、相手からの攻撃がクリティカル攻撃になりやすくなったりします』

「ふーん。クリティカルだとどうなるか教えてくれるか?」

『クリティカルした場合、効果に二十%から最大五十%上乗せされます。アイテム作成でクリティカルすれば品質が上昇し、効果のより高いものができます。攻撃で発生すれば、ダメージが上昇します』

「なるほどね。ってことは魔族はレアアイテムが出にくくて下手に攻撃貰うと大ダメージになりやすいわけか」


 最大五割上昇はでかいな、と命は頷いた。

 しばらく考えて、やがて一つの種族を選択する。


『こちらの種族でよろしいですか?』

「ああ。問題ない」

『では続いてキャラエディットに入ります。ランダムで選択する事も出来ますが、自身の本来の姿と離れるほどに表情などに違和感が出る可能性がありますので、貴方本来の顔をベースとする事をお勧めします。ご自身の顔をそのまま使用しますか?』

「んー、じゃあ、俺の顔をベースにランダムでちょこっと変える、とかは出来るか?」

『可能です。生成を行います。よろしいですか?』

「頼む」


 命の返事と同時に、命の周囲を眩い光の粒子が包んだ。終わった瞬間、姿身に映った自分の顔は、見なれた自分の顔になんとなく似ている雰囲気だった。

 本来の自分より、ずっと柔らかい印象をうけて、命は満足げに微笑んだ。

 その笑みも普段のように歪む事はない。爽やかなほほ笑みだ。


「すげぇ……俺ってこんな笑顔できたんだな」

『?』


 思わず、と言った形で呟くと天の声から首を傾げるような僅かな声が漏れ聞こえた。


「いや、すまん。続けてくれ」

『では見た目はこれでよろしいですか?』

「んっと、ちょっと待ってくれ……こうして、こっちに変えて……よし、これで大丈夫だ」

『ではこれでキャラエディットを終了します。続いて初期割り振りになります。ステータスポイント三ポイントを任意の能力値に割り振ってください。このステータスポイントはレベルが一つ上がるごとに三ポイント貰えます。HPとMPはVITとMINの数値に影響を受けますので、相手の攻撃が厳しく感じたり、スキルを使う魔力が足りないと感じたらこちらに割り振るのがお勧めです』


 少し迷った後、命はステータスポイントを割り振っていく。


『では最後にスキルの取得になります。初期は五つまで装備が可能です。レベルが上がると装備スキル枠が増えていきますので、がんばってください。また、スキルレベルが上昇する事で、上位スキルや派生スキルが現れることがあります。自由度の高い世界となっていますので、ある程度はどうにかなると思いますが、辛いと感じた場合は装備スキルを変更することをお勧めします。装備スキルの変更はメニューからいつでも変更可能です』

「わかった……って多いなこれ」


 表示されたホロウィンドウにはずらりとスキルが並んでいる。相当な数だ。

 大きく分類わけされているのが唯一の救いだが……どうしたものか。

 しばらくウィンドウとにらめっこをしていた命だが、やがて幾つかのスキルを選び出した。


『なるほど。中々面白いスキル選択ですね』

「おかしいかな?」

『いいえ。プレイスタイルは人それぞれです。それは人に言われて形作るものではありません』

「おお、良い事言うね」


 命はにやりと口元を歪めた。楽しければ良し、と言うのが命のモットーだ。それだけにこの天の声の答えは好感が持てた。


『ではこれにてキャラクターメイクを終了します。開始時特典の回復アイテム、スタート資金をアイテムボックスに入れておきます。ゲーム開始後は、まず装備を整える事をお勧めしておきます。迷った場合はメニューからマップ機能を呼び出すことで街の中なら街全体の簡易地図が、バトルフィールドなら通った周辺のマップが表示されますので、活用してください』

「了解。今から楽しみだ」

『それから特定の条件を満たすと新しくスキルや称号が発生する場合があります。無意味なものもありますが、有用な効果などが発生する場合もありますので、こうしたものを探すのも楽しみの一つになるかもしれません。それではウィクトリアオンラインの世界で貴方をお待ちしております』


 その声を最後にキャラクターメイクは終了した。

 命は姿身を眺めてにやりと笑うと、尻尾を一振りして踵を返した。そのままウィンドウを操作すると、そのままログアウトする。

 ウィクトリアオンラインの世界に、また一つキャラクターデータが刻まれた。



プレイヤーネーム:メイ ♂

種族:獣人族(狐) Lv1

ステータス:

STR12 VIT12 AGI13(1) DEX8 INT8 MIN8 LUK12(2)

スキル:

召還魔法Lv1

調教Lv1

採取Lv1

鑑定Lv1

幸運Lv1

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