011
謎の鳴き声と共に茂みがガサガサと動く。
動物か、はたまたエネミーか。
メイは構え、茂みの奥の何かが出てくるのを待った。
再びガサガサと葉っぱが擦れ、更にドタッと地面に倒れるような音も聞こえた。
流石に不信感を抱いたメイは、草を掻き分けて進む。
その先には…───
「あたたた…」
妖精族の少女だった。
エルフのように耳が尖っているのが特徴的だ。
「ひいっ!?」
少女は地面に腰を下ろしたまま、後退りをして顔面蒼白でメイと横にいるウィスプを指差した。
「も、モモモ…モンスター!? いやあああ! デスワープは勘弁してぇ!!」
頭を抱えて泣き出す少女にメイは肩を落としてウィスプを戻す。
この状態じゃ話も出来ない。
涙目で震える少女が落ち着くまで待った。
恐らくユウトなら上手くおさめるだろうが、残念ながらメイには難しい。遠回しな言い方は苦手なのだ。
ぐすぐすと泣く少女を待ってどれくらい経つだろう。
少なくとも三十分は経っている。
泣いている女の子を目の前に、長い時間何もせず待っているのは苦痛だった。
(だ、誰か助けて…!)
口に出すわけにもいかず、もしかしたらユウトがログインしているかもしれないとウィンドウを開く。
ログインしていたらコールをかけて、来てもらおうと思ったが甘かった。
彼は家事で忙しい。この時間は家中の掃除をしているだろう。
早く来れても十一時前後になる。
「なあ、何があったんだよ。いきなり泣き出してさ」
「だ、だってモンスターが…!」
「あー…」
予感的中。彼女は、あの小さな鬼火に恐怖を感じていたのだ。
「俺、召喚持ってるから」
「え…」
少女の涙が引き、暫くの沈黙が訪れる。
「あ、そういうことか…。飼い慣らされてるなら襲わない…よね?」
「何で初対面の女の子を襲わないといけないんだよ。変態か、俺は」
「で、ですよね」
安堵感にホッと息を吐いた少女は涙を拭う。
「あの、私…リナです」
「俺はメイだ。それで、何やってんだ」
動物の鳴き声を上げ、茂みに隠れ、転んだ挙げ句に泣きだす。
リアクション側としては困る。
「もしかしたら、あの子達が私を見つけたらまた酷いことするんじゃないかなと思って…森だし、誰か人の気配とかしたら動物の真似事していれば通り過ぎるんじゃないかって…」
「確かにあの鳴き声は人間とはかけ離れてたな。あの子達って?」
メイが問うと、リナの表情が段々と暗くなる。
「仲間…だったんだと思います」
「だった?」
「はい。PKされちゃったんです、私」
苦笑いを浮かべてリナは頬を掻く。
PK…プレイヤーキル。プレイヤーをプレイヤーが殺す行為。
あまり誉められた行為ではないが、それが好きでゲームを楽しんでいる者もいる。
「私が悪いんです。パーティーの陣形を考え直そうなんて意見したから。私が前衛を引き受けたらこんなことにはならなかったかもしれないです」
「リナの戦闘スキルは? 陣形の組み合わせってかなり大事だぞ」
彼女が怯えていた理由がパーティーの陣形で揉めたというが、組む上では非常に重要なものだ。
一口にリナが悪いとは言い切れないかもしれない。
「弓です」
よく見てみると確かにリナは弓を装備している。
「え、ちょ…何? お前のとこ弓パなの? 前衛職がいないとか?」
リナは首を横に振った。
「剣を使う子もいれば、槍使いの子もいます。私が弓で、残るは魔法使いのパーティーなんです」
「あー…その状態でリナが前ってのは、きついよな」
「みんな女の子だし、怖いのは一緒だと思うんです。痛みとかはなくても、攻撃されるのは嫌ですから」
「いや、でもさ…リナも女子だろ? 条件ならそいつらと一緒だろうよ。怖くないのか?」
リナが俯くと沈黙が訪れる。
再び訪れた気まずさに、どうしようかとメイは視線を泳がせた。
「いや、言いたくないなら…」
「怖くないわけ…ないじゃないですか」
リナの肩はぷるぷると震えていた。
「でも、怖いのは私だけじゃありませんし──」
言いかけたところでリナは茂みの奥を見るように視線を向けた。
「…リナ?」
「メイさん、しっ…。来ます」
口元に人差し指を添え、静かにするようにと表現するリナに、メイは頷いた
一体何が来るのかは不明だが、少しすると複数の少女達特有の高い声が聞こえる。
「流石にPKはやりすぎたんじゃない? リナの奴、びびって逃げちゃったじゃん」
「あんくらいのお仕置きが丁度いいんだって。どうせ一人じゃ何も出来ないんだし、うちらに寄生しないと生きていけない馬鹿なんだから戻ってくるよ」
その声は、リナの仲間だった者達のものだった。
どういった人物かは分からないが、リナの名前を出している以上、間違いないだろう。
元々、仲間なんかじゃなかったかとしれない。
仲間を「寄生しないと生きていけない」なんて言わない。普通の神経なら絶対に。
「でもさ、どうする? リナがいないと盾役いないよ。まぁ、あいつが盾やってもすぐ死ぬけど」
「時間稼げりゃいいのよ。どうせあの子は使い捨てだし。エンカウントしたら、パーティーから追い出して、それからうちらは逃げりゃいいんだよ。そんくらいしか使えないっしょ」
「ヤダー、ゲスい~。あいつのスキルって弓? 前に人を立たせて自分は安全な場所か。いかにも保守的なあいつらしいよね」
「リナのくせに、うちらより安全位置とかありえねーっての」
ケタケタと大声で少女達は笑う。
こんな奴らと共に行動していたリナの心労は余程だろう。
現実世界でもネット世界でもこんな露骨なイジメがあるのは、どうもいい気分はしない。
寧ろ、それを好意的に感じる者がいたとしたら、彼女達と同じ人種なんだろう。
息を潜めていると漸く彼女達が去る。
「思ったより酷いな」
「盾役とは聞いてたんですけど、頼りにしてるからって言ってくれて…まさか、こんな…」
顔面蒼白でリナは、唇を戦慄かせ、再び泣きだす。
こんなものを聞かされて泣きたいのは俺の方だと思いながら、口に出すわけにもいかないとメイは飲み込んだ。
「ひとまず落ち着こう。此処じゃゆっくり出来ないだろうし、町まで送る」
「え、いいんですか?」
リナの表情が落ち込んでいたものから一転して色身が沸く。
子供のこの純粋さが力を抜いてくれた。子供と言っても二つ三つほどしか変わらなさそうだが。
採取のレベル上げや使い魔の食事の研究のために来た森では、本来の目的を果たせずに大きな拾いものをしてしまい、溜息と共にメイは肩を落としたのだった。




