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第14話 「NG」を「奇跡」に変える方法

「――っ!?」




カメラのレンズ越しに俺たちの視線が交差した、まさにその瞬間。


蓮ちゃんの瞳が大きく揺れ、表情が凍りついた。




(何だ……!? 何が起きた!?)




視線をわずかに下へ落とすと、そこには想定外の事態が広がっていた。


スタジオの天井近くに設置されていた巨大な装飾ボード――清涼飲料水のロゴを象ったアクリル製の小道具が、ライトの熱か固定の不備か、音もなく傾いていたのだ。




(まずい、落ちる――!!)




「きゃっ……!?」




頭上から降ってきたプラスチックの破片と風圧に、蓮ちゃんがバランスを崩す。


決めポーズに入ろうとしていた彼女の足元には、セットの砂利や小道具が散らばっていた。脚をとられ、派手に転倒する体勢に入る。





「NG! NG! 止めて!!」という悲鳴のような声が、監督の口から出かかるのが見えた。




このまま転べば、蓮ちゃんが大怪我をするかもしれない。


仮に無傷だったとしても、撮影は中断し、高揚感に包まれていた現場の空気は冷め切ってしまうだろう。




何より――せっかく蓮ちゃんが魅せてくれた、あの完璧な演技と熱量を、無駄になんてさせられるか!!


何度も修羅場を潜り抜けてきた俺の役者としての本能が、考えることより先に身体を動かしていた。




(止めるな……! このカメラを、この「瞬間」を止めるな!!)




前世の経験と今世の役者としての本能が弾け、俺は瞬時に身体を動かしていた。


倒れかける蓮ちゃんの華奢な腰に手を伸ばし、キュッと自分の胸元へ抱きよせる。




「――っ!?」




ふわりと重なる、女の子同士の柔らかい体温。


勢いを殺すようにクルリと一回転し、蓮ちゃんの身体をしっかりと受け止めた。




息が届きそうなほど近い距離で、蓮ちゃんが驚きに目を丸くしている。


パニックで固まる彼女の耳元で、俺はカメラに背を向けたまま、極小の声で囁いた。




「(大丈夫……演技を止めないで、蓮ちゃん)」




そのままくるりとカメラの方へ向き直り、眩しい笑顔でウインクを弾けさせる。




「――危ないっ!……ふぅ、間一髪。……大丈夫だった、蓮ちゃん?」




抱きしめていた手を優しく解き、彼女の小さな手を包み込むようにギュッと握り直す。




「大丈夫、私がちゃんと捕まえてるから!」




自然な演技で蓮ちゃんを気遣うセリフを吐き出しながら、抱きしめていた手を優しく解き、彼女の手を包み込むように握り直す。


台本にはない、完全なるアドリブ。


だけど、この清涼飲料水のCMコンセプトは『思いがけない潤い』『胸が高鳴る一瞬』だ。


「蓮ちゃんのことは、私がちゃんと捕まえてるから」




言葉に合わせて、とびきりの笑顔をカメラに投げつける。


レッスン室で合わせたラストの掛け合い。その前段階として、これ以上ないほど「ドラマチックな流れ」を作り出したのだ。




完璧なフォロー。完璧なアドリブ。


バトンは繋いだ。あとは――彼女が乗ってくれるかどうかだ!




俺の手の中で、蓮ちゃんの小さな手がビクッと震えた。


一瞬だけ照れと混乱が混ざったような顔をしたものの、次の瞬間――彼女の瞳に、プロの女優としての猛烈な火が灯った。




(やっぱり……最高のパートナーだ!!)




蓮ちゃんは顔を真っ赤にしながらも、キュッと唇を結び、俺の手を振り返すようにギュッと握り返してきた。


そして、照れ隠しのようにぷいっと顔を背けながら、完璧なトーンで叫んだのだ。




「――っ! ば、バカ! 誰が捕まえろなんて言ったのよ……! でも……ありがと」




台本にはないセリフ。けれど、今のハプニングと二人の関係性に100%噛み合った、奇跡のような生の言葉!!




そこからの集中力は、まさに神がかっていた。




「――『渇いた心に、とびきりの青を』」


「――『一口飲めば、もっと好きになる!』」




二人で差し出す清涼飲料水のボトル。


レンズの向こう側へと届くような、最高に眩しい笑顔。




カチンとボトルが触れ合う音が、静まり返ったスタジオに清涼感たっぷりに響き渡った。




「………………」




沈黙。


誰もが息を呑み、何が起きたのかを理解しようと画面を注視している。




数秒の静寂ののち――。




「……カァァァァァァット!!!!!!」




監督の裂けるような叫び声が、スタジオの天井を突き破らんばかりに響き渡った!!




「素晴らしい!! 素晴らしいよ二人とも!! なんだ今のは!! アドリブなのかあのかっこよさは!!? メインカット、今ので決まりだ!!! OK!!!!」




「「「うおおおおおおおっっ!!!???」」」




次の瞬間、現場全体が割れんばかりの歓声と拍手に包まれた!




「すげえ……10歳だろあの子!? トラブルを演技で揉み消したぞ!?」


「今の蓮ちゃんの表情もヤバかった!! 照れ顔がリアルすぎて破壊力満点だったぞ!!」


「カメラマン! 今のちゃんと撮れてただろうな!? 奇跡の1テイクだぞ!!」




スタッフたちが興奮気味にハイタッチを交わし、モニターの周りに群がっていく。


どうやら、大成功どころか伝説レベルのカットが撮れてしまったらしい。




「ふぅ……良かったぁ……」




緊迫感が解け、俺は心底安堵の息を漏らした。


前世があったとはいえ、冷や汗ものだった。もし滑っていたらと思うとゾッとする。




「あ、蓮ちゃん、大丈夫だった? 足、捻ったりして――」




心配になって隣の蓮ちゃんを振り返った、その時だった。




「〜〜〜〜〜っっ!!!!」




「うおっ!?」




振り返った瞬間、視界がグラリと揺れた。


蓮ちゃんが俺の衣装の胸元を、両手でギュッと掴んでいたのだ。




俯いた彼女の顔は見えない。だけど、掴んでくる指先が微かに震えている。




「れ、蓮ちゃん……?」




「……バカ」




絞り出すような、小さく震える声。




「バカ、バカ、バカ……っ!! なによ今の……勝手に抱きつかないでよ……っ! びっくりしたじゃない……!」




ゆっくりと顔を上げた蓮ちゃんの顔は、髪の生え際から耳の先、首元に至るまで、熟しきったイチゴみたいに真っ赤に染まっていた。


その瞳には、うっすらと涙目まで浮かんでいる。




(あ、あかん……! プロの顔から、一気に10歳の女の子の素の顔に戻ってる……!!)




「ご、ごめん! でも、蓮ちゃんが転びそうだったから咄嗟に――」




「わかってるわよそんなこと! 感謝してるわよ! 感謝してるけど……っ!!」




そこまで言って、蓮ちゃんは言葉を詰まらせた。


俺の胸元を掴む手に、さらにぎゅっと力が込められる。




「……あんな風に助けられたら……格好良すぎるじゃない……ズルいわよ……」




消え入るような蚊の鳴くような声。


だけど、距離が近すぎるせいで、その言葉は俺の耳にハッキリと届いてしまった。




「〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!???」




(かわいい!!…かわいすぎて脳のキャパシティが限界突破する……!!)




俺の心臓が、早鐘のようにドックンドックンと激しい音を立て始める。前世を含めても、こんなに顔から火が出そうになった瞬間はない。




「ちょっと二人ともー! モニターチェック来て……って、あら?」




スタッフの声に弾かれたように、蓮ちゃんは「きゃっ」と声を上げて俺から飛び退いた。




「な、なんでもないわ!! 喉が渇いただけよ!!」




そう叫ぶと、蓮ちゃんは置いてあった試供品のポカリクス・スエットひったくるように持ち、プシューッと勢いよく蓋を開けて一気に煽り始めた。




真っ赤な顔でゴクゴクとポカリクス・スエットを飲むその横顔は、どんなプロの演技よりも可愛らしくて、甘酸っぱかった。




(……はぁ。本番が無事に終わったのは良いけど……俺のメンタル、放送日までもつかこれ……?)




パタパタと顔を煽りながら、俺は赤くなった自分の頬を押さえるのだった。





【作者より】


ここまでお読みいただきありがとうございます!




アクシデントを咄嗟のアドリブで乗り切る怜ちゃんと、予想外の格好良さにノックアウトされて真っ赤になる蓮ちゃんでした!


照れ隠しでポカリクス・スエットを一気に飲む蓮ちゃん、書いていてとても楽しかったです……!




もし「アドリブ神対応スカッとした!」「照れる蓮ちゃんが尊かった!」と思っていただけたら、ページ下部の【★で評価する】やブックマークを押して応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

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