61. ユリ周辺を巡る動き:マサラとレジータとユリ
未だ泣き止まないレジータを、難しい顔をしながら抱き支え宥め続けるユリに、マーレが提案した。
「私がやろうか?」
「頼めるなら、それが一番いいのかも。でも、出来るの?」
「やってみないと、わからないかな」
マーレは自信無さそうに苦笑いした。ユリは、まだマーレと女神エリュタレア=ユウちゃんとの間のコンタクトは絶たれたままなのだと理解した。
それでも、また、見送る事しかできない訳でも無いし、助けられるのなら、見殺しにすべきじゃ無いよね。
そう覚悟を決めたユリはレジータに尋ねた。
「レジータがここに居るって事は、マサラが危篤になったのは二、三日前?」
「二日前の晩です。そこから早馬を乗り継いで・・・。でも、もしかしたらマサラはもう」
「行って確かめてみよう。しっかりつかまってて」
「はいっ!」
「私も行くからね」
「当然、私もよ」
マーレとニウエルがユリの左右の腕を抱きしめたので、ユリは苦笑いしつつ、レジータとマサラに接見した広間を思い浮かべ、跳んだ。
レイガンの城の謁見の広間。レイガン派に属する貴族たちが宰相イルエを取り囲む喧噪の最中、ユリ達が上座の空間に突如として現れた。一同は驚きながらも、レジータと彼女を抱き支える女漢、いや女傑を取り囲もうとした。
「ご当主!そちらがユリ・コグレ様ですな!」
「他のお二人は、片方はメイケン家長女ニウエル殿ですが、なぜここに」
「まさか、転移の魔術を!?」
「ばかな!メイケンの領都からどれだけの距離があると思っている?」
「しかしレジータ様が現にこうやって戻って参られたではないか!」
他にも口々にわめきたてる貴族達をレジータが一喝した。
「皆、下がりなさい!イルエ、お兄さまは?」
「レジータ様とユリ様が戻られるまでは死ねないとまだ何とかこらえられております。参りましょう!皆様はこちらでお待ち下さい!」
レジータの剣幕に圧された貴族達はイルエの指示で退き、二人に先導されてユリ達はマサラの居室に向かった。
その間、マーレが尋ねてきた。
「それで、ここの二人とはどんな関係だったの?」
「その時も、二人はやっぱりそれなりな名家の跡取りで、マサラは病弱で、付近の豪族達と争って父親や主要な家臣といった後ろ盾を失ってた。私は旅の途中で、レジータ達の敵対勢力に絡まれて叩き潰してたのもあって、二人の傭兵みたいな感じで手助けしたんだよ」
手助けして、その後どうなったかは言わなかったし、マーレもニウエルさんもその理由を察したように突っ込まなかった。
そう。90回目、だったかな。ご想像の通り、敵対勢力は軒並みなぎ倒して、自分が去った後でも二人がやっていけるような状態にしたんだけど、マサラ、あの時はパサダだったかな。やっぱり危篤状態に陥って、その後・・・。
レジータも記憶を取り戻してる筈が、無言のままマサラの居室にたどり着くと、まっしぐらに兄の枕元に駆け寄った。
「ユリが、来てくれましたよ、兄さん!」
かひゅー、かひゅーと荒い呼吸を繰り返していたマサラは、何とか目を見開くと、レジータと私の姿を認め、病魔の苦しみに顔を歪めながらも微笑を浮かべた。
「手遅れにならない内に、試してみるわ」
「頼むよ」
マーレは女神エリュタレアに加護を求める祝詞のような何かを小声でつぶやきながらマサラの体に触れ、聖女としての力をその内側に満たした。
「これで、助かるような人は助かる。でも、もしだめだったら・・・」
寿命としてあきらめてもらっていた。言わなくても表情からその言葉は伝わってきた。
私は、瞳を閉じて女神に語りかけ祈りを捧げ続けるマーレを見て、エリュタレア=ユウちゃんとの意志疎通が切れたまま、というかたぶんあちらから無視されているのだろうかと疑った。もしかしたら全然別の理由かも知れないけれど。
マーレが悲しげに悔しげに左右に首を振った。聖女でも奇跡を起こせないのかと、レジータが絶望したような眼差しで私を見た。
これ、たぶん、二度目じゃないんだよな、とか思いながら、私は進み出た。
言霊の力だけだと足りないと予測できた。ただ、今後も何らかの特別な力を行使する必要はおそらく出てくるわけで、その度に後込みして傍観し後悔を繰り返すよりはマシだとも思えた。
私は自分の指先をぺろりと舐め、苦しげな呼吸を繰り返すマサラの喉元にそのツバを付け、言った。
「これはすでに人の身を離れつつある私の体の一部である。この者を苦しめる何かを消し去れ」
ツバつけときゃ治る、てのは有名な民間信仰。実際、唾液には殺菌作用とかもあったりはする。そこで、今の自分という反則な存在の体の免疫細胞みたいなのを患者の体内に取り込ませ溶け込ませ指向性を与えたらどうなるか?
寿命を延ばせとか、病を癒せとか、直接的な指令ではなく、私が命じたのは、あくまでも、私がマサラの体につけた自分のツバに対してだけ。
自分の内側の物騒な歯車はぎしぎしときしんではいたが、ぐるぐると回転しだしてしまうというような反応は無く、マサラの体内に消えていった私のツバは、分裂増殖しながらマサラの体内で死にかけていた免疫機構の司令塔から情報を受け取りつつ必要な患部へと必要なだけ向かい、マサラの最後の命のかけらを食い尽くそうとしていた病魔。元の世界では腫瘍とかガン細胞みたいな存在を攻撃、殲滅するだけでなく、機能を失い欠損した器官を修復していった。
目に見えて呼吸が落ち着いてきたマサラだったが、尽きかけていた生命力を補填する必要があった。この場合は、栄養とかってよりは、気とか、命そのものを輸血するように補充する必要があった。
「レジータ。命削ってもいいかい?」
「どうぞ。いくらでも。これまで私だけが兄より長生きしてきましたしね」
「半分はもらわないよ」
私は自分の中で練り上げた気をマサラの体内に浸透させながら、もう片方の手でレジータの手を握り、その生命力というか、命、寿命そのものをレジータからマサラへと移し替えていった。
自分の中の歯車がわずかに、歯の2枚分くらい周り、処置は完了した。
「ドレインライフ・・・?!失われた古代の魔法」
ニウエルさんがつぶやいてた。アンデッドの皇帝ダンダニルなら使えてた魔法だろうねと心の中でだけ応えた。ただ、奴さんは吸収した命を他の誰かに分け与えるような事は出来なかっただろうけど。
「とりあえずはこれで当面は大丈夫な筈だけど、二人ともしばらくは絶対安静ね。良く食べて良く休んで」
「ユリ、さん・・・。ありが・・・・とう」
「どういたしまして」
たった一言お礼を言うのに全力を使い果たしたようにマサラは枕に頭を埋め、穏やかな呼吸で眠りに落ちた。
レジータは疲労でも病気でもない、ただ自分の中の何かが決定的に失われたことにより、ほとんど身動き出来ない状態になっていたので、彼女を抱き上げ、レジータの部屋まで運んだ。
お姫様抱っこ状態からベッドに寝かしつける時、レジータは私の首の後ろに腕を回してぎゅっと抱きしめてきてささやいた。
「ありがと、ユリ。いえ、フォルナ。そして、サユリ」
「三度目の正直が出来て良かったよ」
「・・・これまでも受け取ってもらえなかったけど、あなたに私の全てを捧げます」
「そんな青ざめた顔で言う言葉じゃないよ。今はというか当面はじっくり休んで体調を戻して」
「それは後からでも出来る事だもの。今は、あなたに、精一杯の感謝の気持ちを伝えないと、休んでもいられないわ」
レジータは私の頭をぎゅっと抱き抱えながら唇を力強く押しつけてきて、私も彼女をきゅっと抱き返すと、安心したようにベッドに埋もれて眠りに落ちていった。
私は後を侍女さん達に任せ、廊下で待ってくれていたマーレとニウエルさんに合流。廊下で立ち話も何なので、レイガンの城の尖塔の一つへと移動。見張りの兵士さん達に持ち場を譲ってもらった。
「聖女としての沽券なんてもうかたなしね」
マーレが自虐的にうそぶいた。
「さっき、何をしたのか教えてもらえる?ツバつけて治した、ってだけじゃなかったでしょう?」
ニウエルさんの質問には、ざっくりとだけど答えた。
「まあね。今の自分ってたぶん普通じゃないから、その何かをお裾分けして、マサラの中の余計な何かを退治してもらって、ぼろぼろになってた器官とかも修復。最後に私からの気と、レジータからの命を分け与えて仕上げた感じ」
「命を分け与えるって・・・」
「人の身には過ぎた行為ね」
「女神様ならやっぱり出来ちゃうんだろうけど、今は・・・」
「それで、三度目とかっていうのは、どういう事なの?」
ニウエルさんにジト目で見つめられて、私は白状した。
「二人とは、90回目の旅の途中でも会って、傭兵みたいな立場でいろいろ手助けしたんだけどね。去り際にやっぱりマサラ、あの時はパサダが危篤に陥って、そのまま亡くなったのさ」
「その時のレジータさんはついてきたの?」
「そうしたいと思ってたけど、出来なかった。自分も申し訳無いけど断ったし、彼女には彼女の立場もあって、離れられなかったから」
あの時は大変だった。頼れる存在を軒並み亡くしていた彼女は、残った全てを打ち捨てて私についてくるかどうか、かなり迷った。私が絶対についてこないで欲しいときっぱりと断ってたからあきらめてくれたけど。
その時は、最初の生での記憶は互いに取り戻してはいなかった。
最初の生の時、二人はやっぱり双子の兄妹だった。しかもヤーさん一家の生まれで、小さくはない組の跡継ぎ。自分が住んでたっていうか学校近辺の地域で、通学途中、二人が乗っていた車が敵対してる組の連中に襲撃、拉致される場面に遭遇してしまった。
その時は、自身の完全制御を身につけてた頃で、荒事にどれだけ効果を発揮出来るのか試したがってので渡りに船だった。
二人、その時は、渡辺友之と友香だったかな。病院帰りか何かで運転手を除けば護衛は一人しか乗ってなくて、すでに助手席でぴくりとも動いてなかった。運転手さんはこめかみに銃口つきつけられててぶるぶる震えてた。
二人は猿轡噛まされて連中の黒いバン(もちろん窓ガラスも黒くて中が見えないのね)に乗せ替えられてた。
制圧対象は、外に見えるのだけで7人。車は黒ベンツと黒バンの2台。
私は連中の一番外側に居て、運転手に銃口突きつけてる男の背後から近寄り、つま先で股間を蹴り上げた。
何かがくしゃりと弾けるような感触があって、男その1は声もなく悶絶してその場に倒れ込んだ。男が手にしていた銃を腰裏とスカートの間に突っ込み、地面に倒れ込んだ男の襟首を掴んで、バンの運転席の窓にぶん投げた。
男その1の頭はバン運転席の窓に肩まで突き破り、運転席に座っていた 男その2の頭に衝突。少なくとも気絶以上の状態になったし、バンは移動できない状態になった。
ヤーさん達は何が起こったのか当然まだ理解できていなかった。
私はその間に双子の乗ってた車の屋根を乗り越え、こちらを振り向いた男その3の顎先を蹴りぬいて脳震盪を起こしてKO。さらにそいつの肩に逆足ついて体を支え、近くにいた男その4頭頂部に踵落とし!その勢いを活かして体をねじって回転させ、軸足で男その5のこめかみにつま先を蹴り込んで卒倒させた。
そして着地。男その1を倒して投げ込んでからここまで3秒かかっていなかった。
「な、なにもんじゃわれえぇぇっ!」
叫び声を上げ懐から銃を抜き出そうとした男その6の鳩尾に躍歩頂肘を打ち込んで血反吐を吹かせ、その手からもう一丁の銃を奪った。
男その7はドスを構えて背後から突きかかってきてたけど、後ろを見ないままそいつの股間に弾を撃ち込んで撃沈。
「こいつ、刺客か!?」
「上玉だが殺せ!」
ベンツのドアが4枚とも開いて、ドアの陰とかから皆さん銃口をこちらに向け、発砲してきた。
私は男その4とその5の体を盾にして銃弾を防ぐと、腰裏からの銃を抜きながら、ベンツに向かって跳躍した。足下のアスファルトには自分の足形の凹みが出来てたと思う。
男その8から11の四人はぽかんと口を開けて、宙を舞う私を信じられないものを見るような目つきで追ってきたけど、私はベンツの屋根に舞い降りるまでに上空から一人につき2発ずつ発射。左右両肘に一発ずつ撃ち込んで彼らも無力化。痛みに喚く連中は近所迷惑なので、全員手刀その他で気絶させておいた。
そしてバンの助手席に乗っていた男その12が短機関銃を手に出てきたけど、引き金にかけていた指を弾丸で撃ち飛ばした。念の為、逆腕の人差し指も同様にしてから、両膝にも弾を撃ち込んでおいた。
んでラストは、レジータ=友香を人質に取ったラストの男その13がバンの後部座席から出てきた。
「この女の顔に傷付けられたくなかったら」
台詞を聞き終わる前に両腕の手首を撃ち抜いて、友香を解放した。
「だいじょうぶ?」
「あの、どなたか存じ上げませんが、助けて頂き、ありがとうございます」
私は一人車内に残されてた友之君を外に連れ出したが、彼はとても苦しそうに喘いでいた。
「とりあえず家か病院にでも戻っておいたら?」
「それで、あなたは?」
「うーん、ちょっと消化不良だから、もうちょっと体動かしてこようかな。こいつらどこの組の連中?」
「へ?小笠原組、ですけど、いったい何を?」
「事務所の場所は連中に聞けばいいか。じゃあね」
「あ、あの!せめてっ、お名前を!」
「・・・名乗るほどの者じゃないよ~」
私は地面に倒れたりして呻いてる連中の関節を外したり砕いたりして無力化してからベンツ含め武器を接収し、バンの助手席に放り込んだ。
男その1から13を無造作に後部座席に放り込む姿を見て、目を大きく見開き驚いていた。今みたいな外見ならともかく、当時の大野紗由理の筋肉質でも細腕なら有り得ない光景だったしね。
その後、連中の事務所に乗り込んで仁義無き強襲。二十人くらいだったかな。それなりに歯応えがある人もいてそれなりに満足した私は、全員身動き取れない状態にしてから警察に連絡。自分や学校の生徒や友香達に手を出したら殺すと念入りに脅し、その場を後にした。
帰り道に何台ものパトカーとすれ違ったけど、私が呼び止められる事は無かった。
「呆れた。そんな事までやってたのね」
「その頃って、まだ今のユリみたいな逞しい体型じゃなかったのよね?それなのに片手で大の男をぶん投げたりしてたの?」
回想シーンを二人に語って聞かせると、普通に呆れられたり、当然の質問を受けたりした。
「変な意味で怖いもの無しな状態な頃だったから。それとまぁ、こっち世界でいうところの強化スキルを身につけてたし、ゴンドレーザさんの前身以上の存在なんて滅多にいなかったし」
「で、その後はどうなったの?」
「その筋関連の話は、双子の親御さんの組長さんがつけてくれて、リベンジ挑まれるとか自分の周囲が巻き込まれるとかは無かったよ。女子高生一人に組員が全員のされたとか、公に認められる訳も無かったからね」
「そりゃそうか」
「レイガン当主の前身の前身の子はまぁあなたに心酔したとして、兄の方は、助けられなかったのね?」
「二度とも、ね」
あらゆる医療的措置は受けた上で、医者から匙を投げられていたのだ。現代日本でも、魔法や聖女なんて反則技が存在する異世界でも、どちらでも匙を投げられたのが、マサラの前身のパサダであり、そのまた前身の友之だった。
「レイガン家当主の双子妹とその兄の危地は救った。しばらくは絶対安静だけど。メイケン家当主の館に置いてきたファララ家当主はどうするの?」
「そういえば、サヴィエタさんとはどういう関係だったのか、まだ教えてもらってなかったわね?」
「言わないと、ダメ?」
自分の中での折り合いは最初からついてたのだけど、マーレやニウエルさんに知られてもサヴィエタさんが無事でいられるか自信が無かった。
二人は言った。
「何も問題無いなら、いつも通り教えてくれる筈よね」
「教えられないのは、私達に教えたら何か問題があるという事。それで、あの取り乱しようからすると・・・」
ニウエルさんも吾妻豊としての記憶から、正解にたどり着いたようだった。伝えて大丈夫かな?とマーレを横目でうかがった事で、
「なに、二人とも答えが分かったのに教えてくれないの?」
マーレはすねて頬を膨らませた。
「まぁ伝えて大丈夫でしょ。そもそも転生の繰り返しが始まってなければ、こうやって出会う事も無かった訳だし」
ニウエルさんが後押ししてくれたので伝える事にはしたが、彼女が突き落とそうとしたのは私ではなく彼女だったという点についてはスキップする事にした。
「最初の生の時に、私を突き飛ばした人。古谷、肖、だったかな」
「ああ、なるほど。だからあんなに・・・」
マーレが難無く受け止めてくれた、と思えた瞬間だった。
マーレの動きがぴたりと止まったかと思うと、まばゆい光に包まれ、髪や瞳の色が変わり、ニウエルさんだけでなく、私とマーレ、いや、ユウちゃん以外の全ての動きというか時間が止まっていた。




