55. 帝城に到着したクェイナ
ストックがある程度溜まってきたので、テンポ良く投下していきます。
皇都アルガンナまでは港から三日かかった。通常の馬車を二台連結したよりも広い室内に、ネラとヨホーとクェイナ、そして出迎え役の貴族が同乗していた。
「お疲れではありませんかな?」
「いいえ、お気遣いありがとうございます。ミーリード内務卿」
「いえ。皇帝からは、くれぐれも失礼の無いように脅迫、おっと念を押されておりますからな」
五十代くらいの、銀髪と黒髪が入り混じる、温和そうな人間の男性に見えた。もちろん、皇帝の命とあればどんな冷酷な内容であれ実行するのだろう眼差しの厳しさの片鱗を覗かせる事もあったが、馬車での旅の間に、皇室の内情もクェイナに公的に伝えられた。
「お越し頂いた目的を公的に発表するわけにも行きませんから、表向きはひっそりと訪れられた外国の賓客という扱いになる事をお許し下さい」
「事情はすでにヨホーさん達から伺っておりますから、お気になさらないで下さい。身重ですし、歓迎の宴などに引っ張り出されて衆目に晒される事の方が避けたいですから」
「はい、心得ておりますとも。皇家の別邸にて出産されるまでもその後も穏やかに健やかにお過ごし頂けるよう手配しております」
「諸々の手配に感謝します」
嘘偽りではなく、クェイナは感謝していた。あのマーレのすぐ傍で出産までとそれからを怯えながら行わなくてはいけないというのは、極めて憂慮すべき状況だったのだから。
窓の外には、高い外壁に覆われた皇都アルガンナの姿が大きくなってきていた。その中心部には、更なる城壁に囲まれ空高く聳える尖塔をいくつも持つ帝城の威容もまたはっきりと映し出されてきた。
「都の人口は百万を越えております」
皇帝の紋章付きの馬車は門で留められる事も無く外壁を通過し、清潔で幅広い道路を持つ都には、クェイナが想像した事も無いだろう数の人々が行きかい店々が軒を連ねていた。
「とても栄えているのですね」
もちろん、木内恵那としての記憶からすれば、地方の大都市程度だとしても、この中世的異世界のクェイナの常識からすれば埒外とも言える繁栄振りで、褒められたミーリードも顔をほころばせた。
「近年は戦も止んでおりますからな。戦は戦で需要を生む事も確かですが、やはり平和が民にとっては何よりですとも」
幾多の戦争だけではなく、凄惨な政争も見てきただろうミーリードの言葉に、クェイナもうなずいて賛同した。
「はい。心より同意致します」
そこから皇都の目抜き通りを経由して帝城の正門を素通りし、城壁の内側にあるいくつかある建物の内の一つに通された。
「ここが?」
「いえ。ここは帝城にいらっしゃる時の仮住まいとしてご利用下さい。今夜は旅の疲れを癒し、明日、皇帝と皇妃両陛下がこちらを訪問されます。正式な使節であれば謁見の間にて他の貴族や重鎮達を揃えての迎え入れとなるところ、ご無礼をお許し下さい」
「許します。事情は何度もご説明頂いておりますしね。船の中でもお世話頂いた方々をお傍に置いて頂き、不安なく過ごせるのであれば、私の側に否やはありません」
「お許し、かたじけなく存じます。私はこれより陛下に報告に向かいますが、その前に、お傍の警護を司る者達を紹介させて頂きます」
館内の警護を担当する者達として宮中騎士から女性騎士複数を含む十名と二名の魔法使いと一名の癒しの力を持つ者。さらに暗部の第一位という老人カイ・イに連れられた第三位と第七位という人物が連れられてきた。
「ガーランド帝国の諜報組織『闇の爪』を取り仕切るカイ・イと申す。以後お見知りおきを」
「これはご丁寧にどうも。ユリエールが首領のゴブリン・ハーフ、クェイナと申します。普段人目に出てはこられない方がお姿を顕してくれた厚遇、痛み入ります」
「形ばかりとはいえ、皇帝皇后両陛下からの熱心なお願いもありましてな。普段拙者はこちらに顔を出せないでしょうが、帝城、皇都、そして帝国全体や周辺諸国にも目を光らせなければならぬ身故、お許し下され。
イプリス、フェルフェン、ご挨拶せよ」
人の大陸の最大国家であるガーランド帝国の暗部の長が自ら訪れ挨拶に来た事にクェイナは本気で驚いていた。体躯で言えばユリの数分の一しかない老人だったが、クェイナをじっくりと観察している事で訪問の真の意図を悟った。皇帝夫妻に危害を及ぼしそうな存在かどうかを見極める為なら、確かに姿顔形や声までを晒す意味合いはあったのだろう。十傑筆頭ネラもそうだが、このカイ・イという老人もまた、外見からその実力や危険度を測りにくい相手だった。
カイ・イが脇に退くと、イプリスと呼ばれたローブ姿の男性がクェイナの前にひざまずいて告げた。
「まさかゴブリン・ハーフにひざまずき名乗る機会が訪れるとは夢にも思っておりませんでしたが、皇帝陛下の命令は絶対。我が身命を賭けてでもあなたをお守りしろという命令が変わらない限り、あなたをもお守りしましょう」
「イブリスは探索や検知、そして結界の術に長けた魔法使いでして、帝城全体の監視と守護を担う者でもあります」
「そのような重職の方をつけていただけるなど、恐れ多い事です。よろしくお願いしますね」
「ふ、あなた自身が守りを必要とする存在だとはあまり思えないが、それはそれとして。近辺の監視の目は緩めない事をお約束しましょう」
「皇帝の命が変わらぬ限り、ですね」
「はい。その一点だけはお許し頂く必要があります」
「許します。あなたはガーランド皇帝に仕える者なのですから」
「ありがたき幸せ」
そうしてイプリスが後ろに下がり、入れ替わりにまだ十代後半にしか見えない女性が進み出てひざまずいた。
「フェルフェン、でございます。変化のスキル持ちです。いざとなればあなたの身代わりとなるよう皇帝陛下より命じられてございます」
「なんと。似せられるのは外観だけですか?」
「例えば竜になってみせよと申し付けられても、限度がございます。人としての背丈や体幅、目の色や声音などもある程度は似せられますが、スキルそのものを真似る事は出来ませぬ」
「では早速見せて頂けませんか?」
どの程度似せられるものなのか、それもカイ・イがついてきた理由なのだろうとクェイナは見当をつけた。
「では、御身に触れる事、お許し頂けますか?」
「許します。が、身重ゆえ、節度を持ってお願いしますね」
「善処、します。では・・・失礼をば」
ネラはある程度身構え、ヨホーは苦笑いしていた事から、身の危険は無いものの、ある程度の我慢は強いられるもの、とクェイナは覚悟した。
フェルフェンは、クェイナの周りをぐるぐる回りながらだんだんと近づき、手足に触れ、髪を指で梳き、うなじやわきの下の匂いを嗅ぎ、頬を突いて肌の張りを確かめ、スカートをたくしあげて内側に潜り込もうとまでしてきたので、さすがにクェイナは蹴り出した。
「必要な過程だとしても、今ここで行うようなものではありません」
「そう、ですね。失礼しました。いずれお腹の子供の状態に合わせて裸身も時折見せて頂く必要がございますので、お許し下さい」
「然るべき場所で、然るべき者達の立会いの下でなら許しましょう」
「では、まだ完璧ではありませんが、今は、この程度となります」
そこからの変化は、自らの体の情報をある程度操作したり変化させられるクェイナにしても目を見張るものだった。体表が赤い皮膚に覆われ、髪は白く長く流れ落ち、額にも白く長い角が二本生え、瞳の色もクェイナと同じ紅色に染まった。
「いかが、でしょう?」
今度はクェイナがフェルフェンの傍をぐるぐると歩き回り、体や髪に触れたり匂いまで嗅いでみたが、背の高さとお腹の丸みだけが微妙に違う事を除けば、声まで含めてほぼ完璧にクェイナが再現されていた。しかも幻影ではなく、人には生えていない角の先までしっかりと物理的に触れる再現度の高さだった。
「驚きました。帝国は、得がたい人材を得ているのですね」
「お褒めの言葉、ありがたく存じます」
「それだけ、皇帝皇后両陛下が、あなたの身の安全に重きを置いているという事です」
イーリードはそう言いながら自らも変化したフェルフェンとクェイナの違いをつぶさに比較し記憶に焼き付けようとしていたし、それはネラやヨホー、カイ・イを始めとして、全ての警護役の騎士たちや侍従たちも同じようにした。
それからクェイナは、しばらくの間の仮住まいとなる館の案内をされたが、夕食までが済むと当番となる者を除いては大半の者達が去っていき、その中にはネラやヨホーも含まれていた。
「皇帝陛下に帰国の挨拶をしに行かないといけないのでな」
「安心して。ここに危ない人は混じってないし、私が戻って来るまでも混じって来ないだろうから」
クェイナとしては彼彼女らの当然の務めとして受け入れていたが、木内恵那としては少しでも顔なじみとなって長い彼らがいなくなる事に若干の不安を感じざるを得なかった。
それでも二人を信頼し、そして船でも付き添われた二人の侍従達に風呂に入れられて寝室に案内されると、そこにはクェイナと同じ姿に戻ったフェルフェンが待っていた。
「警護の方針について、お話があります」
不寝番を交代で務めるという女性宮中騎士数名も彼女の背後に佇んでいたので、クェイナは室内に設置されたソファに腰掛け、尋ねた。
「あなたを囮として、私は別のどこかで休む。そういうお話でしょうか?」
「おおまかには、そうなります。もちろん、お許し頂ければですが」
「牢獄の様に狭い隠し部屋に蟄居させられるのは、可能な限り避けたいですね」
「その様な意見を持つ者もおりましたが、あなたご自身が大半の者に対し自衛出来る方です。なれば昼間起きてらっしゃる間、私が変化して身代わりを務める事は特別な場合を除き、必要無いでしょう。ただし、今夜は到着したばかりで、最も危ない一夜となります」
「皇帝と皇妃が望む何かがまだ行われていないから、ですね」
「その通りです。お二方は、ですから今夜にでもすぐに、というお気持ちで逸ってらっしゃいましたが、外部からいらっしゃったあなたをその日のうちに面通しさせる事にも非常に強い反発がありまして、両者の妥協点が明日となったのです」
「理解しました。では、案内して頂けますか?」
「この部屋の隣の侍従達が休む部屋となります。多少狭苦しく感じるでしょうが、今夜一晩だけはとりあえずご容赦下さい」
「わかりました。受け入れましょう」
帝城で一つの独立した館として用意されているだけあって、その主客の寝室の侍従の控え室も余裕を持った広さに人の通常サイズのベッドが二組並べられていた。寛ぐ為の応接スペースや、トイレや浴室などまで完備されていた。
「主がいつ起きられても対応できるように、ですか」
「はい。この侍従控え室は廊下と直接つながっておりません。窓はあるものの、直接の侵入は受けにくい構造となっております。片方のベッドに侍従の一人が、女性宮中騎士宿直の一人が窓際の椅子で仮眠します。侍従のもう一人が寝室の長椅子にて付き添う形で休み、女性宮中騎士宿直のもう二人が、扉の内側と窓際を警備。扉の外や建物内にやはり警備の者達が交代で宿直に当たります。帝城や敷地内はもちろん宮中騎士達により厳重に警備され、この建物そのものもイブリス殿の結界や哨戒魔法によって何重にも守られております」
「つまり、それだけ不安要素が多いと?」
「イーリード内務卿やネラ殿達からもご説明を受けられたかど思いますが、皇位継承順位を、将来の帝国の在り方を根底から変えてしまう機会が訪れているからです」
「今夜は、その機会を潰せる最後のチャンスかも知れないという事ですね」
「はい。皇太子に認定されているメレレンド殿下以外のお子は三人。男子二人に女子一人ですが、恐らく、廃嫡される事になるでしょうね」
クェイナは、ヨホーから、皇太子の父親が誰であるかは聞かされていた。であれば、今夜最もクェイナを訪れる可能性が高いのは誰かも予想はついた。ただ、自分がここまで護送されてきた事を考えれば、ネラが自分の命を狙う可能性が低い事も理解していた。もし自分の息子の地位と未来を守ろうとするなら、クェイナをさらわずに殺していた筈だったから。
「帝国内部のご事情に、私は関与しようとしないでしょう。それが皇帝陛下からのご依頼でもない限りは」
「お言葉、ありがたく存じます。では、ゆっくりとお休み下さいませ」
先ほど説明を受けた通りに、人員が分かれ、クェイナも隣室から遠い方の寝台を与えられ、侍従と女性宮中騎士に見守られながらクェイナは寝台の中で瞳を閉じた。しばらくして侍従も寝着に着替えて寝台に入り、寝息を立て始めると、椅子で休む騎士が明かりの大半を落とした。
通常なら休む役の彼女も、今夜だけは仮眠を取る様子も無く、薄暗い部屋の中で、窓の外からも扉からも直接狙われずどちらも監視できる位置で待機していた。もちろん、傍目には椅子に腰掛けうとうとしている様に見えたが、呼吸の乱れも無く心音は緩やかにはなっても睡眠状態には無かった。
クェイナ自身、あれだけ警告されて今夜は熟睡するつもりは無かったし、フェルフェンや警護の女性宮中騎士達もクェイナがそうするだろうという事は見越して当て込んでいたような節すらあった。
夜は更けていき、女性騎士達はおよそ3時間ほどで交代していった。そうして夜が最も深まる払暁の少し手前。最後に交代して椅子に腰掛けた女性騎士が本気で半分寝入った時。
建物内に新たな心音が現れたのを、聴覚を身体強化していたクェイナは察知した。しかし、その心音の持ち主は平然と進み、宿直の兵士達と行き違っても立ち止まる事なく、逆に兵士達の心音が若干跳ねてもその誰かを留めようとはしなかった事から、彼らがかしずく対象の誰かという推測は立った。
足音からして、大人ではなく子供のようだった。その子供はクェイナに割り当てられた寝室の扉の前に辿り着くと、護衛していた兵士達は、
「で、殿下!」
「父上から通達は届いているだろう?クェイナさんと内緒でお話に来ただけだよ」
「はっ!」
そして当番の兵士が、内側を警護する女性騎士達に合図となるノックを何度か行い、扉は開かれ、女性騎士も、そして当然起きていたのであろうフェルフェンも彼を出迎えた。
「それが、クェイナさんの姿なんだね」
「はい。殿下をクェイナ様をお引き合わせしたら、寝台に戻ります」
「助かる」
「いえ、ではこちらへ」
クェイナは寝台から降り、その気配で女性騎士も椅子から立ち上がり、侍女も目を覚ましていた。
扉がノックされて開かれ、フェルフェンが訪問者を紹介した。
「メレレンド皇太子殿下のお越しでございます。内密のお話があるそうです」
「こんな時分に申し訳ありません。ただ、私も帝城を自由に動き回れず、あなたと二人でお話するような機会もそう見つけられないでしょうから、お許しを」
「許します」
「それでは、他の者はこちらへ」
侍女は身支度を整え終え、室内備え付けのティーポットから二人分の紅茶を入れてテーブルに置くと退出していき、室内にいた女性騎士は扉の反対側へと移り、扉を閉めた。
その途端、この小さな部屋に新たな結界が張られたのを、クェイナは感じ取った。外からの音が一切聞こえなくなったから。
「内密な、お話をさせて下さい」
そうしてメレレンドはテーブルの片方の椅子を引き、クェイナに着席を勧めた。
クェイナはメレレンドから何の脅威も感じなかったが、ネラの面影をかすかに感じさせる少年の微笑みは、なぜかクェイナの心をざわめかせた。




