54. ゴンドレーザ=犬塚清美との話
ストックが増えてきたので、早めの投稿です。
ブクマポイントまだの方はお待ちしております~!
私が思い出したゴンドレーザさん=犬塚清美という人物は、強がりっ子であり、手紙魔というか葉書魔であった。
私が私の側の話を語り終えると、両の瞳を涙でうるませながらも頬はひきつらせるという器用な真似をしながら、ゴンドレーザ、もとは犬塚清美は彼女の側の思い出を語り始めた。
「忘れもしない、あれは十歳の誕生日だった。ありきたりのプレゼントに飽き飽きしてた私は、両親にねだったの。私よりも強い相手が欲しいって。近所の子供は男の子を含めて全員叩きのめしてたから、ちゃんとした人に習って、もっと強くなりたいって。でも出来れば、男じゃなくて女の先生にならいたいってお願いしたの。若ければ若いほどいいって条件も付け加えて、かなり探すの苦労したんだけど、あなたに行き当たったのよ」
「先生って、当時の私達の歳で、おかしくない?」
「あなたの師匠さんがね、あなたに私の相手をするよう薦めてくれたのよ。あなたはとてもとても面倒くさそうにしてたけど、言う事を聞かないと出入り禁止にすると言われて、とうとうあきらめてくれたわ」
「10歳同士の子供のどつきあい、ではすまなかったんだろうな」
「そうよ!それまで私は自己流だけど自分を鍛えて、世間一般のレベルで言えばかなり強い筈の子供だった。それこそ、そこらの普通の大人の男性が本気で殴りかかってきても、一発でKOできるくらいにはね」
そして、微に入り細に入ったゴンドレーザさんの解説を物語の場面風に書き起こすとこんな感じになる。
向かいあう二人の少女。といっても、犬塚清美は、今のゴンドレーザさんをそのまま十歳の姿に凝縮した感じだ。とてもじゃないけど、彼女を襲おうとする大の男はかなり希少な部類に入るだろう。命知らずという意味で。齢十歳にして、第三形態のフリ○ザさんを想像してもらえるとわかりやすいかな。背が低く小さく見えても、敵う人はほぼ存在しない。
そして私はまぁ、最初の生の私の十歳の姿だ。目の前の相手がどれくらい強いのかはかり間違う事は無くても、怖気付くことすらなく、某有名カンフー映画の主人公よろしく、手のひらを逆向きに相手に差し出し、指四本を揃えて手前に折り畳む所作を数度繰り返す。どんな十歳やねん!?、と自前の回想シーンの筈が自分で自分に突っ込みを入れざるを得ない。
ぴきっ、と青筋をこめかみに浮かべた犬塚清美は、正拳を私の顔面に叩き込んできた。ヒットすれば鼻筋が折れ曲がる程度じゃすまなかっただろう。瞬きする間の数分の一しかかかってない初撃を、私は挑発に使った片手で払った。そして体を半身に開きながら最小限に踏み込み、私の背後へと流れる犬塚清美のみぞおちに肘を打ち込んだ。
生まれて初めて、いいのをもらったのだろう。道場の床に倒れこみながら吐き散らした。後片付けが大変だったのは言うまでもない。回復した当人に掃除させたかったが、染みになったら嫌だという師匠の言には逆らえなかった。
その日から、連日の挑戦と返り討ちが続いた。また吐かれると迷惑という師匠の判断で防具などをまとい頭部もフルフェイスだったけど、往々にしてその中身が嘔吐物で溢れた事も言うまでも無い。
そんな私と数撃にしろ交わせるようになるまで犬塚清美でも一年はかかり、私にもう少しで一撃入れられるようになるまではもう一年かかった。そこで、タイムアップだった。親の転勤ていう奴で、子供にもちろん拒否権は無かった。筈だったのだが。
「嫌!私はここに残る!紗由理と一緒に、もっともっとずっとずっと強くなるんだもん!」
もちろん、彼女の親御さんも懸命に説得を試みた。私もそこに付き合わされた。理不尽だけど、当事者という事で、助力を請われたのだ。そしてご両親の言葉を尽くした説得が成果を得られないまま徒労で中断した時、私は尋ねた。
「清美。当然だけど、うちには住ませられないからな」
「だいじょうぶ!庭の片隅でも貸してもらえれば!」
「貸さないし、犬小屋でも建てて生活する気か?」
当時すでに中学生男子並みの体格をしていた彼女なので、
「いやー、バラックっていうの?天井と壁さえあれば何とかなるよ!」
「食事とかはどうするつもりだ?うちでは養わないぞ」
「町中の残飯拾い集めてでも何とかするよ!私ほどバイタリティーある奴もいないと思うし!」
本気で出来そうだから怖い相手だった。そして、こんな常識を問うような説得はご両親が繰り返していたのだから、やはりすっぱりとあきらめをつけて、言ってやった。
「うん、そしたらもう私は清美の相手はしないからな。二度と、だ」
「ええええっ?そんなのダメだよ!ずるいよ!それに紗由理が断ったって、私は戦いを挑めば・・・」
「清美。聞こえなかったのか?相手をしない。私は、そう言ったんだよ?」
子供心にも、長じてゴンドレーザさん的存在になる犬塚清美がトラウマだと回顧するほどに、その時の私の表情と声音は有無を言わせないほどに怖かったらしい。体温も十度くらい下がったとか言ってたけど、せめて室温にしておいてくれ。それファンタジーじゃない世界でやれてたら、私は大量殺人鬼になれてしまう。
「でも、でも、やだったら、やだ!私は、紗由理から離れたくないんだもの!」
そうして子供らしく駄々をこねて大泣きし始めた清美は、また違う意味で手を付けられなくなってしまった。ご両親がチャンスかと思って手を引いて連れ帰ろうとしたら、一瞬で二人ともぶっ飛ばされていた。それでも子を思う愛情が薄れない非常に希少?奇特?な方達だったが、たかが十二歳の子供である私にすがるような視線を向けてきた。師匠を振り返っても、お前の仕事だと無言で立ち去られたらしい。
そうして、私は、床で大の字になってじたばた泣き叫び続ける清美の頭の傍に正座し、顔を彼女の正面に近づけて、話しかけた。
「清美。君は何度も私に問いかけてきたね。どうして私がこんなに強いのかって」
清美はぐずりながらも泣き止んで、問い返してきた。
「うん。でも、ずっと、教えてくれなかった!」
「そうだね。でも、清美が私の言う事を聞く清美になるなら、教えてあげるよ」
「・・・だけど、教えてくれてもう会えなくなるなら、教えてくれなくてもいい!」
「清美に聞き分けが出来ないのなら、もう二度と会えなく出来るんだよ。私にはね?」
私は清美を袈裟固で押さえ込みながら、相手の首に回した腕と手で逆襟を掴んで引き寄せて締め技も同時にかけた。完璧に入れば清見でさえ即座にタップする。でなければ次の瞬間には落ちるからだ。
私は清美のタップを無視し、体の自由を奪いながら、意識をぎりぎり落とさない程度に保ったらしい。そして顔をぎりぎりまで近づけ耳元でささやくように語ったそうだ。ゴンドレーザさんの瞳の潤みや頬の紅潮度がやばかったけど、私は何とか後ずさりしなかった。
「私には、守れなかった誰かがいる。いた、という方が正しいか」
誰?という言葉は発せ無くても、私は語ってくれたそうだ。
「いわゆる幼馴染みというのかな。体の弱い子で、家の外には病院に行く時くらいにしか出れない。長くは生きられないとずっと言われながら何とか育っていた、そんな、相手がいた。私は、彼女に言われていたよ。さゆちゃん、ああ、私の事だよ。さゆちゃんはいいなぁ。元気で、どこも悪くなくて、何でも出来て」
もう死んだのか?そう問おうとしても声は出なかったけど、質問は意志として伝わったらしい。
「ああ。私が七歳の時に死んだよ。小学校には上がっていたけど、彼女が危篤に陥ってからは付き添って見取ったよ。私に抱き支えられながら、彼女は最期の力を振り絞って私に言ったのさ。『私、生まれ変わって、さゆちゃんの・・お嫁さんに、なりたい。さゆちゃんと、私の間の、子供が欲しい。ここでは、もう無理、だけど、でも、ここではない・・どこかで、また・・どうにか・・・めぐり会って。ねぇ、さゆ、ちゃん。私の、願い、か、な、え・・・・・て』とね。もう息は絶えていき、瞳も閉じていってた。だから私は彼女に口付けて約束したのさ。『叶えてあげるとも』と」
違う意味で息も絶え絶えになっていた清美に、私は優しく吹き込んだらしい。
「だからね、私は理不尽に負けない自分になろうと誓った。彼女が死んだのは、彼女のせいではない。単にその運命に見舞われただけ。理不尽に襲われただけだった。理不尽は病気だけではない。どんな形だって採り得る。だから私は、どんな理不尽にさえ打ち勝ち、どんな事でも出来る自分になろうと誓ったんだよ。そう在れるよう自分に課してきた。そうして今の自分が在るけど、まだまだ全然足りない。彼女の願いを果たすには、ね」
その子の事を、今でも、好きなの?と清美は問いかけたかったらしい。その問いかけには答えず、私は清美に告げた。
「だから、私に負け続けてるような誰かは私にとって、不要なんだよ、清美。それすらも分からないなら、やっぱり清美は私に不要だ。せめて私に負けないくらい強くなって、そうだね。高校までをちゃんと卒業して、大学生くらいになったらまたどうにかして会いにくればいい。年に一度の便りくらいなら許そう。でもね、私の言う事を聞けない清美なら、このまま彼女の元に送ってあげてもいいんだよ?私にとって、要らない存在だから」
そうして首にかかる圧力を強めた私に、清美は必死になってうなずいたらしい。でも結局、伝える事は伝えたと、そのまま落とされて、目が覚めた時には居なくて、清美がご両親と一緒に遠方まで引っ越すまで二度と会おうとしなかったそうだ。
ここまでを滔滔と語り終えるまでに、かなりの時間が過ぎて、異世界の月が夜空をだいぶ移動していた。
「年に一度の便りという制限も、酷い仕打ちだったぞ、紗由理!」
「それはよくよく覚えてるし、そう制限をかけておいた私の慧眼を褒める気持ちしか無いのは、なんでだろうね」
「だって!仕方無いじゃないか!一年に一度しか送れないなら、一通にまとめるしかなくて、とんでもない量になるのは私のせいじゃない!断じて!」
「いいや。清美のせいだね」
「どういう事なの?」
「説明して」
といつの間にかじりじりと私に近づいてきていたニウエルさんとマーレが質問してきたので、答えてあげた。
「年賀状っていうとニウエルさんにはわかっても、マーレにはわからないか。新年を迎えた時に親しい人に紙片みたいのに昨年もありがとう今年もよろしくみたいな挨拶文を交わす習慣があったんだけど」
私は年賀葉書のサイズを手指で宙に描いてマーレに示し、
「その片面には相手に届くよう住所とか名前を書いて、もう片面には挨拶文を書くくらいで済ませるものなんだけどね、こいつは、もっと大きい紙とかを貼り付けて折り畳み、その表裏にびっしり文面を書き込んできたり、良くもこんな物体が届いたもんだとか変に感心したら、次の年には、そんなのが何枚綴りにもなって、果てにはそんな年賀葉書モドキが365枚綴りになってなぜか届いた時には配達してきた郵便局の人に問いただしたくらいだよ。どうしてこんな物が届くんですか?って」
「そしたら、どんな答えだったの?」とニウエルさんは興味深々だった。
「郵便局でも、かなり有名な郵便物になってたんだって。子供が一生懸命に書いて出す郵便物だから、なるべくそのまま届けてあげたいって、とっても僻地なとこに越してた清美が出してた郵便局が、手紙部分とかがばらけないように部分包装とかしてあげて、最寄局まではきちんと届くようにして、最終的にうちのポストに入れられる時にはその包装を解くようにしてたんだってさ」
「なんてまぁ・・・・・」
「しかし、紗由理はひどかったんだぞ!そんなに熱意を込めて送った年賀状に、いや私の一年を綴った便りに、「文量を減らせ」だの「郵便局の迷惑も考えろ」とか、最期の方はあけおめことよろ的なメッセージまで省略されて、宛名住所が書かれた表面はともかく裏面は白紙だったんだぞ、白紙!写真ならまだわかる!でも白紙だぞ!」
「その年、自分が送った物体を覚えているのか?」
「ああ。中学を卒業した年だったからな!気合を入れたのさ!」
「だからって限度があるだろうに。辞典サイズの何かを送ってくるとか、正気を疑っただけだ」
「辞典サイズって、これくらいの?」
ニウエルさんが、中学生が使うような英和辞典のサイズ、まぁ細長くて厚みは3cmくらいのを指で宙に描いたけど、
「ううん。サイズは特大のウェブスター辞書以上。年賀葉書を四枚テープで貼り合わせた表表紙と背表紙付きで」
「何それ。すでに葉書でも手紙でもないじゃない」
「その通り!中身はもうそのまま辞典サイズの厚みな何かを読まされたのよ。あまりにもアレだったので内容はもう覚えていないけど、ろくに読む気も起きなかったのは確か」
「だから白紙で返したのね。納得しちゃうわ」
「どうしてだ!?」
マーレは年賀状の存在を知らないので話半分以下しか伝わってないようだったが、とんでもない相手だというのは理解してもらえたらしい。
「えーと、ここまでの話を聞いてる限りだと、ユリはあなたを運命の相手として扱っていたようにはとても思えないのだけれど?」
「私がそう思ってれば、それで充分だからだ!」
と、私に向かって飛びつこうとしてきたのだけど、2メートルの範囲に近づく前に、例の聖なる光の牢獄に囚われていた。
「とりあえずそこにじっとしてなさい。慎みというものを覚えられるまでね」
「イエライザさんには私から明日の朝には伝えておくわ。あなたがここにいるって」
マーレもニウエルさんも容赦無かったけど、私は二人に頼んで、せめて狭めの牢獄程度の大きさに拡張にしてもらい、三方を土の壁で囲って、奥には仕切り板とトイレ的な穴もこしらえてもらった。
「ここに置き去りにするなんてあんまりだぞ紗由理――――!」
と最期までうるさいゴンドレーザさんを三人で置き去りにして領都内に戻った。
一応、何かあった時の為に、彼女にぼこられたヴォルネルと手下の皆さんに傍についていてもらい、セピアスにも状況は共有しておいた。
「扱いがひどくないか?」
というヴォルネルの一言は、ゴンドレーザさんに対してだったのか、自分達に対してだったのか、その両方なのかは訊かないでおいた。
「ちなみに暴力とか禁じてた筈なんだけど、どうやってボコられたの?」
とは訊いたけど。
「寸止めとかだよ」
「とかって、衝撃波とか?」
「いや、こっちの動きを予測して、自分の手足を置いておくんだよ。で、こっちが勝手に動いて当たりにいくもんだから、攻撃とは見なされなかったんじゃないか?」
「なるほどねぇ。やっぱタダでは転んでくれないか。て事で今夜はよろしくね!」
「まぁ、頼まれたけどよ。あいつと話してた内容とかは、教えてはもらえないのか?」
「ん~、まぁ、全部思い出せたら、教えてあげるかもね。じゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ、ユリ」
同じような事は、全部は聞き取れなかったらしいニウエルさんとマーレにもしつこく訊かれたけど、まだ秘密にさせてもらった。なぜかって、私は彼女を、死なせてしまった幼馴染み、木内恵那との記憶を取り戻していた。そして、彼女の願いを叶える為に、誰とどんな取引的な事をしたのかまで思い出した。それはまだ、マーレと記憶を共有し得るユウちゃんには伝えるべきではない情報だと判断したから。
自分が思い出したという事は、彼女も思い出していておかしくないとも思えたから。
ユリがクェイナとの宿縁、木内恵那との思い出を取り戻したのと同じ頃、クェイナはほぼ七日に渡る航海を終え、人の大陸の港町ゲルロンに上陸するところだった。
クェイナは、初めて見る人の大陸の、整備された港町の威容と、そこに出入りする船の多さ大きさ多彩さにも驚いていたが、船の桟橋の先で、自分にかしずくようにひざまずいている帝国からの迎えの一団を前に、思い出に溺れないよう、その場で泣き崩れないようにするのに必死になった。
皇帝直属の十傑筆頭ネラに先導され、背後には同じく十傑のヨホーに寄り添われていた。彼女には船旅の途中で、大野紗由理という人物についての情報や、今までの転生回で得た考察情報などを教えてもらった。
その時はまだ木内恵那としての記憶を取り戻していなかったクェイナだったが、彼女に問いかけた。葦高新穂としての彼女は何を望んでいるのかを。
「紗由理の恋人のような存在になる事は望んでいません」
そう彼女は宣言した上で、続けた。
「彼女が命を投げ打ってまで叶えたかった何かがきちんと叶えられ、邪魔が入るようなら全力で排除する事。それが私の望みです」
クェイナはそれを聞いた上で付け加えた。
「それだけではないでしょう?」
「ええ。でもそれは、私もまだ知らないし、今は小暮百合となっている大野紗由理もまた知らない事です。あなたはきっと紗由理に大きな影響を与えた、私の知らない誰かでしょうけど、でも、紗由理はきっと私の知らない私の秘めた願いも叶えてくれると信じています」
葦高新穂は、予知能力は引継ぎつつ、紗由理を転生回の間に何度もサポートしてきたという。一部の記憶は封じられたまま、それでも紗由理が自身だけではどうにもならなかった窮地を救い、98回の転生の間の難事業を可能な限り手助けしてきたそうだ。セピアスの様な他の協力者の手助けも借りながら。
クェイナからすれば、ヨホーとなった葦高新穂は、この転生回の先まで見て、最終的にユリが何を目指そうとしているのかまで見当をつけていそうだった。神になるかも知れない。その可能性は指摘され共有されたし、クェイナも有り得ない事ではないと判断した。
「紗由理の唯一人のお嫁さんていうのは無理だったみたいだけど、でも」
出迎えの使者と挨拶を交わし、皇帝専用という巨大で豪奢な馬車に乗り込みながら、クェイナはつぶやいた。ユリとの子供が育ちつつある下腹を撫でながら、
「私が、唯一、あなたとの子供を宿してて、一番先にあなたとの子供を産むの。他の誰にも邪魔はさせないわ」
クェイナとなった木内恵那は、クェイナとしての願いももちろん叶えるつもりでいたが、何を一番優先すべきなのか、迷いも疑いもしなかった。




