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51. 西岸の帝国遠征軍司令部にて

 間の大陸(ヴォイユ)西岸、マキシという港町に本拠を定めたガーランド帝国遠征部隊総司令官アハバーラタ・ウィネル侯爵は、部下の報告を受け、憤慨していた。

「メイケン家の領都を囲ませていた第二部隊全員からいきなり音信が途絶えるとは、いったいどういう事なのだ?」

「あっちに帯同させてた『闇の爪』の者達も同じだよ。イザールでさえ、まともな報告無しに連絡を取れなくなった。例え殺されて死体を持ち帰られたとしても、それなりの情報は得られるよう暗部の連中には仕掛けてあったし、それは遠征軍の指揮官級も同じだった筈なんだけどねぇ」

 アハバーラタは、遠征軍の目耳と言って良い諜報部の指揮官、『闇の爪』第二位の女傑、ゴンドレーザ・ガスガン子爵をねめつけた。爵位の差は、実力主義の帝国では絶対の差をもたらさない。有象無象の低位爵ならまだしも、三十前半くらいの歳で『闇の爪』最高位の実力を持つと評価され、現在高齢となっている第一位が亡くなれば、もしくはこの遠征軍の成果次第ではその前に順位の入れ替えが行われると噂されていた。暗部の矛先は皇帝の意思次第で誰にでも向く。その意味を理解しないできない爵位持ちなど、帝国にはいなかった。

 ぐいっと、弱めのぶどう酒をあおり、アハバーラタはゴンドレーザに尋ねた。

「何があったと思う?」

「北岸方面から迂回させた第二部隊の諜報部隊から根こそぎやられた直後に、他の兵士達もまた例外無くやられた。普通の人間には無理な仕業だろうね」

「普通の人間には、か」

「ああ。大事なユリエールの首領をさらわれたっていうユリ・コグレくらいしか、いないんじゃないのか?」

「・・・推量だとしても、そうだな。魔物の群が相手であれば、苦戦したとしても途中の報告はあった筈。ましてや瞬時に壊滅という話にはなるまい」

「どうやってやったかなんてのはわからないけどね。アンデッドの皇帝を南西岸で返り討ちにしたとしても、移動が早すぎる。こっちにも、一昼夜かからずに現れておかしくないだろうね」

「警戒はしているのだろうな?」

「もちろんさ。ただ、報告の(いとま)も与えずに捕らえられて無力化させられてるなら、どう警戒しろって話にもなるけど」

「むぅ・・・」

 ゴンドレーザからすると、今回の遠征軍の総指揮を司るアハバーラタは無能ではなかった。魔物と人間達が混在する敵を前にしても規律と士気を保ちつつ、港町の港湾施設を拡張し橋頭堡を築くという第一任務を遂行させ、ユリエール首領の拉致に成功した後は圧力をかけるだけで、こちら(帝国軍)からは戦いをしかけることはしなかった。

 皇帝は多くを語らない。ユリエールの首領たるゴブリンの女帝クェイナを帝国にお招きしろ。丁重にな。という言葉と、本来皇帝のみが使える船と十傑の二人をその為だけに割り当てたという処遇から、前線指揮官たちは皇帝の意図を過たずに理解した。出来ないものは役職から外されるだけでなく、下手をすれば当人のみならず親族一同に至るまで処罰を受けるとなれば、下手な功名心は制御されやすい環境にあった。

「帝国の兵力は、間の大陸(ヴォイユ)に二万を裂いてもまだ余裕はある。ただし、迂回させた一万が全滅し、もしこの一万もまた失われるようなことがあれば、話は変わる」

「皇帝に報告は?」

「まだしておらんよ。生きてるか死んでるかさえわからないのに、何を報告する?とはいえ、そちらはそちらで済ませておるのだろう?」

「連絡が途絶し、原因も不明。調査するにも原因がわからないだけに、向かわせた者も同じ目にあう可能性が高い、とまでは」

「あちらは、第一位殿はなんと?」

「すでに目的の過半は達しつつある故、無理はするなと。平和裏にでも第二部隊の存否を探り、まだ生きているのであれば、彼らの生命を最優先するように、と」

「それは皇帝もご存知なのか?」

「少なくとも、私はまだ訂正の連絡は受けていないよ」

「そうか」

 アハバーラタは杯の酒を干し、注ぎ足した。

「まだ戦端を開いていないことが幸いしたか。停戦講和の使者を立て、まだ人の領域として確立されておらず、魔物達の領域でもない空白地帯に我らの橋頭堡を置かせてもらえれば、完全な失敗とはされまい」

「この港町は接収って形になるだろうけどね」

「充分な対価は支払うさ。我らが後ろ盾になるとわかれば、滅びかけていたレイガンの派閥も息を吹き返すだろう。悪い取引では無い筈だ」

「ま、首領を返してもらわないと交渉には応じられない、とは言われるだろうけど」

「それは、確かに。むぅ・・・」

 アハバーラタが立派にカールした口髭をなでつけ考え込んだ時、二人の目の前の空間に、見た事の無い、しかし報告には受けていたユリ・コグレの姿が映し出された。

「お、いけたみたい。やれば出来るもんだね。初めまして、私はユリエールが首領クェイナの最優の戦士、ユリ・コグレです。そちらの別動隊は全て無力化して捕虜にしました。実情は、そちらの指揮官たちから聞いた方が信頼できるでしょう」

 アハバーラタとゴンドレーザは、咄嗟に視線を交わすと、視線と最小限の手振りだけで室内にいた護衛兵達を部屋の外へと退出させた。その間に、ユリ・コグレの両隣には、迂回させた第二部隊の司令官エグゾース・ガレア伯爵と、『闇の爪』第四位のイザール・バルガスの姿が映し出されていた。

「エグゾース、イザール、・・・無事だったか」

「怪我を負ったり体の一部が欠けてないという意味では無事かも知れません、が、第二部隊一万の兵は、無事ではありません」

 沈痛な面持ちで報告するエグゾースに、アハバーラタは尋ねた。

「どれくらい死んだ?」

「いいえ。一人も」

 アハバーラタとゴンドレーザは再び視線を交わした。どちらも信じられないという驚きを隠せず、そんな二人の姿が見えているのだろうイザールとエグゾースは語った。いかに諜報部隊という目耳が速やかに奪われ、城砦都市を包囲していた一万の兵がほんの一瞬で無力化されたのかを。

「・・・信じられん」

「アハバーラタ閣下がそう仰るのも無理はありません。深さ10メートルほどの大穴がガーランド帝国兵全体の足元に現われ、大半の兵は何が起こったのか理解できなまま地底に落ち、腕や足などの骨を折り、おおよそ半数以上が戦闘不能になりました。重傷者には命に危険が及ばぬ程度に手当てがされて、奇跡的にですが、死者はおりません」

「魔法使い達もいただろう?連中はどうした?」

「それが・・・」

「私が無力化したよ。どうやったかまで教えてあげる義理は無いね」

 ユリの轟然とした言い様に、アハバーラタは口をつぐんだが、ゴンドレーザは挑みかかった。身長は握り拳3つ分くらい自分の方が上背、横は1-2割ほどユリより細身。腕の太さ等はユリの方が上。しかしそんな外見から得られる情報よりも、単体で万の兵を瞬時に無力化できるという存在そのものが、危険過ぎた。だからこそ、穏当に挑発してみた。

「証拠は?今映し出されて話している相手が偽者ではなく、話された内容が真実だという証しはあるのか?」

 アハバーラタが責めるような視線を送ってきたが無視した。

「ま、そうだよね。これも出来るかな・・・。うん、出来そう。今から、送るよ」

 ぽん、と、アハバーラタとゴンドレーザの目の前の机の上に、見慣れた何かが突如として出現した。

「これは、ガーランド帝国の紋章。しかもこれは、司令官に皇帝から贈られるものだ」

 続いて現れたのは、ゴンドレーザにはとても馴染みのある、『闇の爪』の高位者にのみ贈られ身に着ける事を許される黒地に銀で縦に三本の線が引かれた何気ないようなボタンだった。これを奪われるような事があれば死を選ぶよう強制されている筈が、イザールは五体満足で生きていた。自分自身で解除できるような何かでは無いので、誰がそれを為したのかは明白だった。イザールは申し訳無さそうな怯えた様な視線を送ってきていたが、ゴンドレーザは目を合わせなかった。

「そんで、これが全員分ね」

 一瞬で、何かが机の上に山と積まれ、一部は端から床にこぼれ落ちた。アハバーラタはそのうちの一枚を拾い上げてみたが、泥にまみれたそれは、一般兵士用のマントに縫い付けられていたガーランド帝国の国章だった。それが、およそ一万枚、机の上に山を形成していた。

 三度、アハバーラタとゴンドレーザは視線を交わし、一瞬で意志を合わせた。この相手と戦ってはいけない。帝国の敵にしてはいけない、と。

「ユリ・コグレ殿。私は、この度の遠征軍の総司令官を任じられたアハバーラタ・ウィネル侯爵だ。あなたの大切な方であるユリエール首領のクェイナ殿は、皇帝の賓客として、帝国に移動している最中だ」

「さらったんだよね?」

「さらったのは事実だが、無理強いはしていないし、危害等は何も加えていない。信じてもらう他無いが」

 わずかな間を置いた後、ユリは答えた。

「信じるよ。今のところは」

「私は総司令官として、ユリエールと、この間の大陸(ヴォイユ)の勢力に対して、停戦と講和を申し込む。検討して頂けるだろうか?」

「もちろん。ただし、捕虜の交換の前提条件は、クェイナが無事に戻ってくる事だけど」

「当然であろうな。我らからも改めて皇帝に進言する。決して無碍には扱われぬだろう」

「とりあえずは信用しておくよ。そしたらこれからの手筈だけど」

「先ずは、一万の兵の状態を確認させて頂きたい。捕虜の身のままという処遇は当面仕方無いにしろ、こちらも確証を得ておきたいので」

 ゴンドレーザが強い口調で申し入れ、アハバーラタがまた咎めるような視線を送ったが再び無視された。

「ゴンドレーザさんだっけ。『闇の爪』第二位の」

「そうだ。イザールから情報を得たのか?」

「だいたいそんな感じだけど、彼や他の人を責めないであげてね。不可抗力だったろうから」

「だろうな。帝国の諜報組織は情報漏洩に手緩い対策は講じていない」

「あなた一人に好き勝手に動かれるとどれだけ被害が出るか分からないから、対峙してたこちらの部隊から付き添いを寄越しますので、彼らと一緒にメイケン家の都までお越し下さい」

「ユリ、そなたの力で、私をそちらに一瞬で転移させられるのではないのか?」

 ユリはちょっとびっくりしたような表情を浮かべたが首を左右に振った。

「出来るかも知れないけれど、物と違って、生きてる誰かで何か失敗したら怖いですからね。止めておきます」


 そしてしばらく待つと伝令が二人のいる部屋までやってきて、使者の訪れを告げた。

「お通ししなさい」

 アハバーラタが命じると、三十代前半と二十代半ばくらいの人間の男性二人組みが通されてきた。片方は、メイケン家次男のザンネール・メイケン、もう片方は北風兵団 五星のイグニオの一番弟子、炎のヨーウェルと名乗った。

 ザンネールからすれば、アハバーラタは、自分の完全な上位互換。それも数倍上の剣と魔法の使い手という事が感じ取れて気後れしそうになったし、ヨーウェルにしても、ゴンドレーザというユリに匹敵する体格の女性は、相対して即座に殺されてもおかしくない相手として認識し、室内には緊迫した空気が流れかけた。

「殺したりしたら、ダメですからね?」

 ユリの一言で使者となった二人は緊張をわずかに緩めたが、

「試しても、ダメか?」

「ダメです」

「残念だ。少しくらいは楽しめそうな相手なのに」

 そう言ってザンネールとヨーウェルを順々にねめつけたゴンドレーザの視線と圧に、二人の背には冷たい汗が流れた。ヨーウェルからすれば、師のイグニオでさえ敵わないかも知れない相手というのは、恐怖の対象でしかなかった。

 そんなザンネールとヨーウェルから恨みがましい視線を送られたユリは、全く気にした風も無く、

「じゃ、ゴンドレーザさんを領都までご案内してあげてね。よろしく」

 と言って、両脇の二人と共に姿を消してしまった。

 ゴンドレーザはすぐにでも案内しろと二人に迫ったが、アハバーラタの計らいで軍付きの文官達数名も同道する事になり、彼と彼女達は、それぞれの馬や馬車でメイケン家領都へと向かい、その間、帝国遠征軍総司令官アハバーラタと、ユリエールと人間の混成部隊の司令官を務めるアストランザ・メイケンは、双方の陣の中間で会談し、無益な衝突や小競り合いなどが起きないよういくつかの取り決めを交わしたりした。



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