49.バックラッシュした記憶
お待たせしました。諸事情で中断しておりましたが、また書け次第投稿していきます。
留守中もアクセスして頂いた皆様、ありがとうございました。
走馬灯とも違う、自分自身のものであった筈の記憶映像と音声が、立て続けに意識上に現れては消えていった。その奔流に呑み込まれた意識は、だから夢という形に整理して私に見せてくれたのだと思う。
そこは、私、小暮百合が通っていたのとは違う、もちろん99回の転生で関わりは生じ無かった、かつての、最初の私、大野紗由理が通っていた中高一貫私立高、紅麒女学院高等部の教室、ではなく、確かここは生徒会室だったろうか。
目の前の長机に積み重ねられた書類の最後の一枚を片付けたらしい誰か、眼鏡をかけた才女という雰囲気の蘆高新穂に、私は声をかけていた。
「お疲れ様、生徒会長さん」
「まったく、誰かさんが受けてくれなかったせいでやらされてるようなものよ」
と、恨みがましい視線で軽く睨んできたけど、ふいと視線を書類の山に移し、んーっと両手を頭上で組んで伸びをした。
「あなたの目の前で言うのも何だけど、誰でも出来るような事には興味を持てなかったの」
「はいはい、すごいすごい。何でも出来る紗由理女皇は仰る事が違いますよねー」
それでも気安い関係とわかる雰囲気で、私は何かを脊髄反射的に言い返すでもなく、自分でもすすっていたらしいコーヒーを、別のマグカップに煎れていたらしく、手渡しすると、新穂は香りをすうっと吸い込んで、美味しそうにこくりこくりと飲み下していく。
「ほんと、なんでも出来ちゃうっていっても、コーヒーの煎れ方だけでもうこれ、プロ並みだよね」
もう何度聞いたかわからない賛辞なのか、私はただ肩をすくめてみせた。
新穂は椅子の背に深くよりかかりながら、ため息を挟みつつ、今の私向けな説明をしてくれた。
「成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗。中等部入学した時から頭抜け過ぎてて、先輩方や裕福なお嬢様方に目をつけられていじめのターゲットとかにもされたけど、全部余裕で跳ね除けてというか物理的にも粉砕して、ついた渾名が万能とか完全無欠、女帝、女皇、女神なんてのまであったっけ」
「興味ないわ」
私のそっけない一言に相手は少しむっとしたらしいが、コーヒーをまたひとすすりしてから続けた。
「あなたが興味あってもなくても、あなたがこの紅麒女学院の最大派閥の長だってのは変わらないし、あなたの関心を得ようとしてる子達がそこら中に溢れてるんだよ?」
「だからここに避難してきてるんじゃないの」
「私もだからその被害を被ってるんだって気付け!」
「成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗って、あなたにも十分あてはまるでしょう?」
「嫌味か?わかってて言ってるんだよなそれ?」
「単なる事実でしょう?」
「私についてる渾名が、劣化版とか、万年二等とか、お邪魔虫とかじゃなければね!」
「そんな雑音なんてどうでも良い事よ。それより、最近何か面白い夢は見た?」
新穂は、ずり落ち気味だった姿勢を正し、扉に誰か耳を押し当ててないか気にするような視線をそちらへ向けてから、小声で言った。
「ううん。それに、そっちの話は学校ではしないでってお願いしてあるでしょう?」
「素敵じゃないの。予知夢が見れるなんて」
「いつも素敵なことばかりが夢見れるワケじゃないし、あなたが素敵って言ってるのは、自分には決して出来ないことだからでしょうに」
「そうね」
「そうあっさり言われても困るんだけど」
そう言われて微笑んだらしい私を見た新穂は、また一つ何かをあきらめたようなため息をつくと、反撃に出た。
「困るって言えば、最近のあの子はどうよ?」
「あの子ってどの子?」
「これだから女皇様は・・・。えーと、ほら、あなたが助けてあげた誰かのキリ番、100人目に当たった、小谷裕花ちゃん。序列守らないで相当やっかみ受けていじめられてたの助けてあげて、万能なあなたでも面倒くさがってなかったっけ?」
私は当時の記憶をたぐったらしく、さして困った風でもない明るい声音で答えた。
「あれほどに“出来ない子”も珍しかったからね。どこまで手間をかければ“出来る子”になれるのか、興味が湧いただけだよ」
「“出来る子”になれないって選択肢は無いのね」
「彼女が拒んだりあきらめたりするなら別だけどね」
「どこまで付き合ってあげるの?言っておくけど」
「新穂が言いそうなことならわかってるよ」
「わかってそうでわかってないから言ってるのよ。あの子、あきらめないわよ?」
「わかってるよ」
はーっ、とあからさまなため息をついて顔を片手で覆って何度もかぶりを振ってから、新穂は言った。
「あなたが興味あるのはあの子じゃなくて、あの子がそうなった時に自分がどうするかなんでしょう?今度は何を企んでるのよ?」
「新穂にも秘密だよ」
「友達なんでしょう?教えてよ」
「うまくいくかどうかわからないしね。成功したら、新穂にもわかると思うよ」
「それじゃ手遅れになるかも知れないじゃないの!」
しかし、声をわずかにでも荒げた新穂に対応するように、生徒会室のドアがノックされて、外から誰かが呼びかけてきた。
「失礼します。小谷です。大野先輩、もしいらっしゃるなら一緒に帰りませんか?」
私は傍らに置いてあったらしい鞄を手に立ち上がると、非難めいた視線を向けてくる新穂には声を出さずに、じゃあね、と挨拶してから、ドアを開け、そこにいた人物と向かい合った。
うん。声からして、あの時の夢に出てきた女神様の声と同じだとわかっていたけど、そこにいた小谷裕花が、ユウちゃんそのもの、いや、その原型だと一目見て判った。
でも、今の私の記憶を持たないこの時の自分は、暢気に声をかけた。
「待たせたね。じゃあ行こうか」
ユウちゃん、というか区別をつける為に呼び分けよう。裕花という女の子は、生徒会の扉が閉まると、うれしそうに私に呼びかけた。
「行きましょう、お姉様!」
ああ、こんな風に呼びかけられてたんだな、という感慨は、彼女が全身全霊で私に好意を向けてきているのがわかって、さらに強まった。
「今日は苦手な数学の小テストがあるとか言ってなかったか?」
「は、はい。お姉様のように満点というわけにはいきませんでしたけど、でも半分以上は出来たと思います!」
「そうか。頑張ったんだな」
「はいっ!お姉様の為にも頑張りました!」
いや、そこはそーじゃないだろ?とか今の自分は思ったし、その時の自分も何か別の受け取り方をしていたけど、ふっと微笑んで、ぽんぽんと裕花の頭を撫でていた。裕花はとても嬉しそうで、誇らしそうな笑顔を浮かべていた。
そこから校門まではその日学校であったとりとめもない出来事の報告を受けていたけど、校門前にはざっと二十人近くの生徒がいて、その一番奥。車道には黒塗りの大きな高級車が停められていて、私と怯えた裕花が進んでいくと、執事さんらしき人が開けたドアから、茶髪縦ロールなお嬢様、いや一目見て、あ、これニウエルさんだとわかった(ニウエルさんはパーマ技術の有無のせいか縦ロールではなかった)けど、彼女、吾妻豊は、私の傍にいる裕花をぎろりと一目ねめつけてから言った。
「お待ちしておりましたわ、紗由理さん。今日こそ」
「いらない。私は裕花と普通に電車と徒歩で帰るから」
ニウエルさんもとい豊には、想定内の回答だったらしい。目配せ一つで、校門を固めていた女子達がいっせいに動いて、私と裕花の逃げ道を物理的に塞いだ。
私はちらりとその様子を確かめてから、裕花の手を取り、ずいっと豊の前に進み出て耳元に囁いた。
「裕花の後に、相手をしてあげるって言ったろう?順番を守れないなら、相手してあげないよ?」
私はこの時点で絶叫していたが、自分にも傍にいる二人にも当然届いてはいない。
「いつまでですの?」
やはり小声で囁き返してきた豊の耳たぶに息を吹きかけるように、私はもっと小声で囁いて体を引き離した。もうすぐ、と。
視界の端で豊は顔を真っ赤にしながらすがるような眼差しでこちらを見てから車の中に逃げ込んでしまい、二人のやり取りを見た彼女の取り巻き達は黄色い歓声を上げていたが、
「ほら、どいて」と私が腕を組んだ裕花と進むと、道を空けてくれた。
激しく動悸する裕花の胸の鼓動を腕に感じながら、車道を去っていく車の車窓から視線を送ってきていた豊にもウィンクでもしたのだろうか。赤かった表情をさらに耳まで真っ赤にして、その姿は車ごと見えなくなってしまったが、私は確認していた。
確信犯だわ、これ、と。自分で自分を殴り飛ばしたくもなったけど、この後の展開がもうある程度想像できた。
それは腕にぎゅっとすがりついてきた裕花の切なそうな表情と、二人で上った駅のホームを見て、疑いようもないものになった。それは小暮百合としての自分が線路に突き落とされた時のとは場所も詳細も違うけれども、印象としてはかなり似通っていたし、電車を待つ間に裕花がつぶやいていた、「・・・渡しませんから、お姉様は、私が・・・」というような怖い繰言を聞いて、なんかもう、自分ごとながら、黒歴史に直面した者がそうするように枕に顔をうずめてごろごろ悶絶したかったが、そうも出来なかった。
最寄り駅で降りてからも二人は一緒で、ご近所って辺りで私は彼女を家の前まで送ってから別れた(家にも誘われたけど幸いなことに断ってくれてた。過去の自分をそこだけは褒めた!)けど、自分か彼女かを目当てにしてるらしいストーカー的存在は少なくとも二、三人いるのは帰り道で確認した。
さて、この夢はどこまで続くんだろうか?と思ったとこで、目が覚めた。
「だいじょうぶ、ユリ?」
優しく声をかけてくれたマーレの姿に複雑な思いも浮かんだけど、それはいったん無視。
「いちおうね。今は、朝かな?」
ベッドから起き上がり、窓の外を確認。ちょうど朝日が昇ってくる辺りだった。
「そうね。あなたが包囲網を解きに行くなら、私も行くから」
「わかった。いてくれると、助かるよ」
言葉通りに受け取ってくれたらしいマーレが私にキスしてから朝食の準備を告げに部屋から出ていくと、私も手早く着替え始めた。
とてもその場では言えなかった。ニウエルさんもとい吾妻豊に、結果的に何をどうしたかまで全てわかってない状態で、いや何となく想像はつくんだけど、一人で向き合うのは怖かった。でも、ユウちゃんもとい小谷裕花でもある筈のマーレは、最初の生、女神になる前とどうやってなったかの記憶は無いって言ってたからだいじょうぶなのか?とかも心配になった。二人が衝突するような事になれば、自分にしか止められないだろうけど、みんな五体無事でいられるんだろうかとか、多少不安だったけど、マーレが呼びに来て私も食堂に向かい、ラシャ達にも軽く状況を伝えてから、私はマーレを抱えて宙に飛び上がり、オーガーの大長やセピアス達が待っている野営地へと向かったのだった。




