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45.ネラとヨホーによるクェイナの誘拐

 ガーランド帝国十傑筆頭のネラは、間の大陸西岸でにらみ合う軍勢の警戒範囲を迂回し、メイケン家領都との中間位置で待機しているユリエール本陣へと向かっていた。


 同行するのはほんの十名未満。同じ十傑のヨホー。隠密行動を補佐する数名の魔法使いと、荷運び役の兵士と、彼らを直衛するネラの部下でも腕利きの者たち。


 時は、夜。その昼間には別働隊一万にメイケン家の領都を囲ませ、クェイナが率いていたユリエールの兵約五千も動いていた。領都の守備兵も約五千。数の上では対等となる筈だった。


 どのみち、戦いが目的じゃないんだがな。


 ネラたち一行は、ヨホーの導きに従い、気配を抑える魔道具を身につけ、魔物や魔獣、それから哨戒の兵を避けて森の中を進み、森の際に出て休息中で停止しているクェイナの本陣を見つけた。


 そこからは潜入するネラたちと待機するヨホーたちとに分かれ、潜入する者たちには、浮遊や消音、隠蔽などの魔法が重ねがけされ、準備が整うとネラたちはヨホーが指し示した方へと駆けだした。


 夜は、夜目が効くゴブリンに対する隠蔽措置にはならない。彼らは鼻も良い。だが、一日の行軍を終え、夕食時であれば雰囲気は賑やかになり、臭いも雑然と入り交じる。そもそもゴブリンだけではなくゴブリン・ハーフや人間その他も混成した部隊なのだから、気配と姿と音を消し、自分たちの頭上を移動する集団には誰も気付かなかった。


 一行は退路を確保する為の手段を野営地にばらまきながら進み、中心近くにある大きな天幕に接近した。 入り口脇にはオーガーの大長が地面に座り、夕食だろう魔物の肉か何かにかぶりついていたが、ネラが間合いに入ると同時に、ネラの方へ振り返りながら立ち上がった。


 さすが、だねぇ。


 ネラは、鞘に収められたままの剣を構え、見えず気配も感じられない筈の自分と視線を合わせたオーガーの大長の喉元へ、突きを放った。


 一突。


 放たれたのは空気の塊。ネラの握り拳大のそれは、オーガーの大長の喉元にべこりと凹みを作り、呼吸と発声の両方を一度に妨げ、さらに何が起こっているのか混乱させた。

 だが、それでも何かが起きていると周囲に知らせる為に、両手を振り回そうとした。


 二突、三突。


 オーガーの大長の両腕の付け根がぼこりと凹み、両腕は不自然に振り上げられた位置で止まった。


 四突、五突、六突。


 続けて両膝が打ち抜かれて膝から崩れ落ち、心臓の位置にも突きを受けたオーガーの大長の巨体はゆっくりと地面へと沈んだ。

 ネラたちはためらわず天幕の内側へと踏み込んだ。


「帝国の刺客ですか」

 どうやってだかは知らないが、クェイナはぴたりとネラのいる位置に視線を合わせていた。

 異形とは聞いていた。ゴブリンとも人間とも違う赤色の肌、額から伸びる白い二本の角と、腰裏まで真っ直ぐ流れ落ちる美しい白髪。ルビーのように深紅にきらめく双眸。行軍中の装束とあってか華美ではないが帝国にあっても上等と認められる深い緋色と白の布が金糸の刺繍で縁取られた装束。

 コグレ・ユリが一目で惚れたという情報に何もおかしなところは無かったのだなと思いつつ、ネラはいったん自分にかかっている魔法などを解き、クェイナの前にひざまずいて言った。

「お迎えに参りました」

 見上げると、クェイナは意外そうな表情は浮かべていたが、戸惑ってはおらず、取り乱してもいなかった。

「そう言えば、私が同行すると?」

「はい。私の同僚が、未来を読む者で。外れる事もありますが」

「・・・あなたに私の身の安全を求めても皇帝の命令次第でしょうから、今は一つだけ尋ねておきましょう」

「お答え出来る事なら、何なりと」

「あなたたちは、女神の使徒ですか?」

「聖女とその女神に連なる者という意味であれば、いいえ、という答えしかありません」

「今はそれで十分としておきましょう。私はこう見えて身重です。出来る限り丁重に扱われる事を望みます」

「では、従者が御身に触れる事をお許し下さい」

「許します」


 姿を消している何者かがクェイナに触れ、抱き抱えた事で空中に座っているように見えたが、やはり姿を消している魔法使いが不可視の魔法をクェイナとネラにかけ、天幕の中には誰も見えなくなった。


 そこへ、外から一人のゴブリンが駆け込んできた。

「クェイナ サマ、ゴブジデスカ!?」

 ネラは反射的に突きを入れて相手を無力化しようとしたが、クェイナの声が先んじた。

「セピアス、しばし、留守にします」

「イッタイ、ドチラヘ?」

「帝国です。あちらでいくつか用事を済ませてきます」

「・・・・・ゴブジデ。オカエリヲ オマチシテオリマス」

「後は任せました」

「ユリ ニハ、ナント?」

「後でまた、伝えます」


 そうして、魔法使いに見えるゴブリンはその場にひざまずいたので、ネラたちは天幕の外に出た。

 潜入する時に捲き散らしてきたクレッセンカの種は急速に発芽し、ゴブリンのくるぶしくらいまで育つと小さな黒い花をいくつも咲かせ、強烈な眠気を誘う臭気を周辺に放ち、野営地に大混乱を引き起こしていた。

 ゴブリンに比べれば背の高いオークやオーガーはよほどの事が無い限り影響から免れていたが、あちこちで足の踏み場を無くすほど大勢のゴブリンが眠りに落ち、起きている者たちを立ち往生させていた。


 ネラたちはオーガーが手を伸ばして届かないくらいの高さまで浮かび上がると、ヨホーたち留守番組が待つ場所まで戻って合流を果たし、そのまま間の大陸(ヴォイユ)の北東岸にまで移動。待機していた皇帝の所有する魔法動力船に乗り込んだ。


 船は風向きに逆らい、風の力には全く頼らずに、海の上を海水に船体は触れさせず滑るように、西へと突き進み始めた。


 不可視の魔法などを解くと、ヨホーがクェイナの前にひざまずき、自らを紹介した。

「私がヨホーです。お会いできて嬉しいです」

「クェイナです。この身と、そして我が子の命運を託します」

「託されました。では、こちらへ」

 ヨホーは立ち上がり、船内でも皇帝の私室として使われる部屋に案内し、待機させていた侍女たちをクェイナに紹介し、妊婦として十分に気を付けて接し仕えるよう命じていた。

 中年と老年の侍女たちは事情をすでに知らされているのか、ゴブリンハーフの女帝の姿に目を見張ってはいたが、蔑んだり見下すような視線ではなく、異質ではあっても美しいものを賞賛し仕えるに値する存在として認めた視線だった。

「部屋着にお召し替えを。殿方は退出されて下さい」

 侍女の一人に言われ、ネラたち男性は退出したが、ネラがちらりと振り返って見ると、ふわりとした服装に隠れて判りにくかったがクェイナの腹部は丸みを帯びていた。


 ぱたりと扉が閉ざされてから、ネラはその前に守衛のように控えた。

 考えることはいくらでもあった。

 普段なら半分ほどしか当たらない筈のヨホーの予知が、これ以上は有り得ないくらいの精緻さで的中し続けている事に、ネラは不要かも知れない警戒心をかき立てられていた。

 皇帝の密命を無事に果たそうとしているのに、素直に喜べない自分が、はっきりと、いた。


 クェイナの子の片親は、おそらく、ユリ・コグレなのだろう。女性同士でもどうにか出来てしまうのなら、男性と女性との間なら、もっとたやすく出来てしまうのだろう。


 皇帝が望むだけの子供が望む相手との間に作られていけば、かつて自分が望まない相手との間に作らされた子供は、どうなるのか。

 公的に皇太子として目され、人の大陸(フュリオ)の最大の国家を背負う者として育てられている子供を、母親は庇おうとするのだろうか。それとも、本来の相手との間に作り直せるのだとしたら、やはり無かった事にするのだろうか。


 その時、我が身とて無事であれるのだろうか?


 そんな、明るくも無さそうな未来に思いを馳せていると、侍女たちが部屋から退出していき、ヨホーに呼ばれてネラも部屋に入り、扉を閉めた。


 クェイナは寝台に腰掛けていた。その前に置かれたソファの片隅にネラが腰を下ろすと、もう片隅にヨホーが腰を下ろし、声を潜めて言った。


「では、これからどうするかを話し合いましょうか。それぞれが望む未来を到来させるには、どうしたら一番良いのかを」


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