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40.聖女マーレの回想と不安

聖女マーレ視点の一章です。

 間の大陸(ヴォイユ)南東部を勢力下に置くエルンファウスト家の領都パームフに逗留して三日目。

 今朝も当主のヴィルフィリートと朝食を共にしてから、聖騎士ミケラと海辺の砂浜の散歩に出た。最初の日だけは、ヴィルフィリートと彼の護衛達の同行を許したけれど、翌日からは二人だけにさせてもらった。


 彼の館が完全に見えなくなってから、ミケラが話しかけてきた。

「ヴィルフィリート様は、まだあきらめきれてないようですね」

 茶化すような口調で、私を気遣ってくれていることが伝わってきた。なので、私も同じ調子で返す。

「どうしても、理解できない人がいるのは仕方ないことです。それもまた女神様のお導きなのでしょう」

「嘆かわしいことですが、聖女様がお気になさる必要はございません」

「いつもありがとう、ミケラ」

「若くして苦労された末に当主の座についたらしいヴィルフィリート様には、独り身の美しき若い女性ということだけが重要で、聖女であるかどうかは別に重要でないと言い切られていたことだけは評価できますが」

「そうかも知れないわね」


 しばし黙ったまま打ち寄せる波の音と砂地を浅く抉る二人の足音、空を渡る鳥の声だけが辺りに響いてから、ミケラは小声で尋ねてきた。

「まだ、女神様の御声は聞こえないままですか?」

 私は小さくうなずいた。

「何があったのでしょうね」

「祝福とかが出来なくなっているわけじゃないから、大きな影響は無いと思いたいのだけれどね」

「あのコグレ殿が目を覚まさない間に移動し、閉じこめていたアンデッドの皇帝を解放した後になって起こったのが多少気がかりではありますが。これまでもマーレ様と私とで何とかなってきたのです。最悪でも再度封じられれば何ということも無いでしょうし。こちらに向かってきているのでしょう?」

 私は再度うなずいた。

「女神様はこの世界の創造主なのでしょう?ならばいろいろ忙しくて当然です。それに、私の後任となる予定のコグレ殿も、目を覚まし次第マーレ様の元へ駆けつけてくれるでしょうし、ね?」

 確認を求められて、私はあいまいにうなずいた。

「何だか自信無さげですが、それも女神様と再び通じあえれば元通りになると私は信じております」

「そうでないとママシュの元へ行けないから?」

「それもありますが」

「もう彼に貫いてもらえなくなったのは、気にしてないの?」

「それは確かに残念ではありますけど・・・、私はあなたを通じて女神様にお救い頂いていなければとうに死んでいた身です。ママシュ様にも救って頂いたことに報いる為我が身を捧げようとしただけですが、まぁ、女神様から試練を与えられたと受け止めておりますので」


 ママシュに救ってもらったと言っても、それはかなり消極的な理由だった。

 教導国エリュタリアは人の大陸の三勢力に攻め滅ぼされた形となったが、力攻めだけなら、女神様の力をお借りすれば何とでもなっていた。

 問題だったのは内部を浸食してきていた絡め手の方で、完全な敵意や悪意を向けられることなく害をもたされる手管に、教団をとりまとめていた母も、国を必死に支えようとした父も疲弊し、最後には責任を取らされるように内外から自死を迫られ、女神様や私に詫びながら逝った。

 私はそれ以前から、女神様に楯突く勢力の壊滅を願っていたが、まだそれぞれに役割があると願いは却下されていた。

 女神様の助言に従って、私と教団を魔の大陸に追放するよう三勢力に提案した。教導国を滅ぼしたことで強気になっていた連中にはまとめて女神様の神罰が下った。私を連れ去ろうとしていた者達の手足はもげ、私に虚言を吹き込もうとしていた者達は声を失い、私にいやらしいことをしでかそうとした連中の両目と性器は腐れ落ちた。

 私は教団の生き残りをとりまとめて、魔の大陸へと出奔した。三勢力にもそれぞれ見送りの兵を出させた。途中で離脱して逃げ帰ろうとする連中を監視させる為に。そして連中が送り込んできた、教導国と私の両親とを追い込んでいった連中の最後を見届けさせる為に。

 一部は海の魔物に襲わせて生きたまま貪り食わせた。一部は難破させ飢えと乾きの果てに魚の餌にさせた。私は女神様の示された方角へと船団を導き続け、やがて魔の大陸にたどり着いた。

 そこはオークの港町で、幽霊のようなアンデッドの群に襲われて必死であらがっていた。武器は相手の体をすりぬけ、わずかな魔法使いの抵抗も効き目は薄く、絶望的な抵抗は今にも尽き果てそうだった。

 私はオークの一団を率いていたママシュの周辺を結界で囲った。その内側にいたアンデッド達は一瞬で浄化され消滅していった。

 さらに祝福を与えたミケラに切り込ませて、オークの一団を危地から救った。

 オーク達は何が起こったのか理解できていなかったが、私は構わずにママシュの元へと向かった。人の言葉は当時は通じなかったので、女神様に意志を疎通させてもらった。

 手下がやられたことでアンデッドの皇帝、ダンダニルが姿を現して、いろいろ面倒なことが始まったのだけど、ミケラと二人で消滅させた。この時は後からまた復活してくるなんて思いもしなかったけど、それはさておき。

 女神様を通じて、ママシュとオーク達を配下にした。一族の数が減りすぎたというママシュの為に女神様は異能(ユニークスキル)まで与え、私の下に散在するオーク達を糾合し、私を通じ女神の加護を得るよう命じた。


 こちらが救った立場ということもあり、人間達はオーク達を見下した。醜い魔物を滅ぼしてしまえという者も少なくなかった。彼らはこれから女神の使徒となるのですと私が言っても、聞き入れなかったり本気では受け入れなかった者も珍しくは無かった。

 あちこちに散っていたオーク達が集まり、私の庇護下に入ると、増えていくオークを恐れてこっそり逃げだそうとする者もいたが、捕らえて逃がさなかった。自殺することさえ許さなかった。

 そうして準備を全て整えると、処刑を命じた。教導国に入り込み、私の両親を死に追い込んだ者達を、当人が最も望まない残酷な形で処刑した。死を望んでも与えなかった者も当然いた。両手足と目耳鼻と声を奪われた者もいれば、オーク達に生きたまま切り刻まれ食われた者も、ママシュに犯し殺させた者も、そのまま母胎として生かし出産の苦痛で殺した者もいた。

 もちろん、私の命で動くオークに反抗しようとした教団の者も同様に粛清した。私が与えた加護を勘違いして私を始末しようとしたオークにもそれなりの結末を与えた。全身がいきなり小さな蟻の大群と化して共食いを始め、最期の一匹を踏みつぶして終わらせたとか、いろいろだ。

 三勢力からの付き添いにはしっかりと自分達の手先の最期を見届けさせ、二度と介入しないよう警告を与えてから帰途に着かせた。途中で遭難したりしないようこっそりと加護は与えたけど、最後まで余計な真似を画策した連中は、その上役に報告する時に素敵な最期を遂げてもらった。そうでないと警告にならないからね。

 その後、介入は途絶えた。帝国からの偵察は時折送り込まれてきてたけど、何も手出しはしてこなかったし女神様も放っておきなさいと言うので放置した。

 ママシュはオーク・ロードからオーバーロードとなり、魔の大陸でも一角ひとかどの勢力の主となった。

 私が十六の時、間の大陸のオーク・ロードから救援を求められたと相談してきたママシュには、応じるよう伝えた。それが女神様の御意志だったから。

 この頃から、私は夢を通じて、女神様が仰られていた私の運命の人がどんな人なのか、どれだけ困難な試練を乗り越えて愛を貫いてきた者なのか、伝えられた。

 正直、美しくはない相手だとは思った。けれどそれは愛を貫き女神から与えられた課題を果たし続けた後に得た姿なのであれば、愛すべき存在だとは受け止められた。


 ただ、数日前から、女神様の御声が聞こえなくなった。こちらからの声が届いているのかどうかも定かではなくなった。生まれて意識を得てから、初めての出来事だった。

 女神様の存在が感じられなくなった訳ではないし、聖女としての力も失ってはいなかった。ただ、女神様が何かに当惑したような、とてつもない喜びと悲しみに同時に浸っているような、そんな混乱は伝わってきていたので、私は不安になっていた。


 こちらに向かってきているダンダニルに対しては対処出来る自信があった。ただ、目覚めてからこちらに向かってくるかも知れないユリに会うのは、怖いというのは違うけれど、何となく心細かった。


「大丈夫ですか?」

 物思いに沈んでいた私を心配してミケラが瞳をのぞき込んできた。私はうなずけず、首を横に振ろうとして、何とか思いとどまろうとしたけど、少しだけ間に合わず、ミケラの表情をさらに曇らせてしまった。

 さてどうしたものかと海を見やると、何だかいつもよりも水平線が高い位置にあるように見えた。

「ミケラ、あれ、何だと思う?」

「・・・もしかしたら、津波と呼ばれる現象かも知れません」

「ダンダニルのせいかもね。ミケラ、ヴィルフィリート様への合図を。可能な限り領民を遠くに散らすよう」

 ミケラが腰に下げていた筒状の魔道具を空に向けて魔力を込めると、赤い光が三度空中で弾けた。

「いつも考え無しに向かってくるから苦労もせずに捕らえたり閉じこめたり消滅させたりしてきてたけど、元々は大魔道士だとか言ってたわね」

「見渡す限りの水平線が盛り上がっています。女神様の御力で何とか出来そうですか?」

「お伺いは立ててみましょう。もし御答えが頂けなくても、パームフの街とその周辺くらいは何とか」


 私は瞳を閉じ、女神エリュタリア様へ祈りを捧げ、状況を伝え、御力を借りれないか伺いを立てたが、御答えは頂けなかった。

 私が瞳を開き首を左右に振ると、ミケラは迷わずに私を抱き抱え、走り出しながら言った。

「祝福をお与え下さい」

 私が祝福を与えると、ミケラはよりしっかりと私を抱き支えながら、足下が砂浜だろうとどんどん加速して、数十分かけて歩き離れた距離を数分で駆け戻った。


 ミケラから下ろしてもらった時には、津波はまだまだ遠くに見えたけれども先ほどよりはより近くより大きく見えた。

 私はその場にひざまずき、女神様へ呼びかけ続けた。

 ミケラは祈りに邪魔が入らないよう背後で警戒してくれていた。

「海が、退いていく」

 そんなミケラの言葉にかすかな焦りを感じ、私の抱える不安も増してしまった。

 この場に、彼女(ユリ)がいれば、少しは心強かったりするのだろうか。

 そんなことを心の片隅で考えながら、私は女神様に祈り続けた。



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