39.ダブランカからの情報展開(聖女マーレについてなど)
ダブランカは、聖女の身の上について、淡々と語ってくれた。周知の事実と言ってくれてはいたけど、隣の大陸の出来事をまとめて整理しておくことは簡単ではなかったはずだ。
およそ十七年前にマーレは平民の娘として生まれた。その時、空に向かって光の柱が立ったという伝承もあるらしい。信徒達による箔付けだろうとダブランカは言ったけど、起こっててもおかしくないなと考えた私の表情からまた何か評価を改めたかも知れない。
言葉を話し始めるのが非常に早く、三歳になる頃には大人並に話せたらしい。それも前世の記憶というか女神の記憶を共有されていたとするなら、何の不思議も無かったけど、特に口に出すことはしなかった。
聖女として認知され始めたのも同じ頃で、最初の奇跡の相手は病弱だった母親が倒れた時に癒し、健康体に戻したことで始まった。
母親も最初は半信半疑で何が起こったのか理解していなかったが、マーレをかわいがっていた近所の女の子が馬車にひかれて大怪我を負い、家族も当人も含めて誰もがあきらめていた時にマーレが彼女の怪我を完治したことで、マーレが特別な存在であると確信した。
そして人の口に戸は立てられぬという感じで噂は広まっていき、マーレの母親が仕切る形で、マーレを聖女という御輿に担いだ女神エリュタリアを信望する教団は発足した。
聖女というイメージを崩さず、しかもまだ幼児である娘に配慮する為にも、マーレの母親エレガルは貧民からは安価な、そして富裕層や貴族からは高価なお布施を徴収し、重度の癒しが必要な場合は一日当たりの人数を一人まで、全体でも十人までと厳しく制限した。
母親を除けば最初にマーレに助けられた女の子は勝手にマーレの護衛役として名乗り出て、マーレから聖騎士を任じられた。当時十歳ほどの女の子に何が出来るかと大人達はあなどったが、人さらいの類なら数人がかりでも余裕で退けるほどにミケラは強かったし、マーレの信頼に応える度にさらに強くなっていった。
マーレを取り上げられることを何よりも恐れていた母親のエレガルは、マーレが癒した富裕層や貴族達も味方につけてマーレと教団を守ろうとしたが、マーレの噂が国王にまで届いたことで転機を迎えた。
ノルングスト王国は長い治世を敷いた老王が数年前に病に倒れ、中年に達していたその息子が代理で治世を任されていたが、マーレに父王の癒しを依頼してきた。
だが、当時五歳になっていたマーレは断ったらしい。
「女神が定められた寿命を私が覆す訳にはまいりません」と。
思いつくままの報償を約束するなど下手に出ていた王の息子もだんだんと態度を硬化させ、脅迫じみた命令を下してくるようになった。
そしてマーレの父親に娘をさらい兵士達に差し出すようにと陰謀を巡らすに及んで、マーレと教団の者達は国外へと脱出した。
どの国に逃げても結局はそこの最高権力からは逃れられないと考えたエレガルの意見で、帝国と王国と共和国の三勢力の緩衝地帯へと移り住み、そこで女神エリュタリアと聖女を奉じた国を建国しようとした。
帝国も、共和国も、聖女達を配下に取り込もうと動いた。三勢力の衝突に疲れ果てていた人々は、続々と教団の元に馳せ参じて、教団の勢力は急拡大した。
マーレが生まれ育った王国の治世を任されていた王子は、母親や周囲の者に幼子がたぶらかされ誘拐されたという名目で兵を立て、強攻策でマーレを奪取しようと攻めてきた。
帝国も共和国も、聖女と教団へ恩を売る為に援軍を送ったが、兵力も装備も練度も何もかも王国兵より遙かに劣る筈の教団の兵は、聖女の祝福を受けて王国による侵攻を独力で跳ね返してしまった。
しかも重傷者までなら聖女が次々と癒してしまった為、女神の力は疑うべくもないとますます周辺諸国から人々が教団勢力下へと流れ込み、帝国も共和国もこれ以上情勢を看過することは出来なくなった。
エレガルは聖女の母、聖母という教団の実質的なトップを担い、父は宰相という国の舵取りを担おうとした。ほとんど教育を受けていない平民としてはだいぶ頑張っていたらしいが、海千山千の大商人や貴族達に食い込まれ、そこには三勢力からの諜報や混乱工作を任じられていた者達が多数混じっていたらしく、教導国エリュタリアは発足してから三年も保たずに帝国と王国と共和国から攻め込まれて消滅した。
ただ、聖女の処遇についてはどこも自分のところに引き込みたがった為にそこからまた大戦が始まろうとしたのを、マーレが何らかの奇跡を起こして、マーレと教団の者を魔の大陸へ追放するという形で決着させたらしい。具体的に何があったのか誰も語ろうとしないので、女神の力を背景にした強制がかけられたと推測されてるそうだ。
「魔の大陸に移ってからについては、ろくな情報が無い。むしろお前の方が詳しそうだけどな」
「うーん、まぁ、だいたいの流れだけは聞いてるよ。でも、参考になったよ、ありがと」
「それで、どうする?帝国の内情についての話を先にするか、後にするか?」
「後払いで良いなら、そっちのが嬉しいかな」
「身内扱いってことで特例だ。普通ならこんな大盤振る舞いしないんだからな」
「ありがと、助かるよ」
ふん、と鼻を鳴らしたけど、少し照れたように目をそらしたダブランカは、再びあのオブジェを首もとから取り出して握り込んで、私にも同じようにするよう言った。
「こうして面と向かってたり近くにいれば、口を開かず誰にも聞かれずに話をできる。その間魔力を流し込み続ける必要はあるが、それだけの価値はある」
「それだけ、帝国に関する情報の機密性が高いってことね」
「お前、平民だろ?何でそんな難しい言葉知ってるんだ?」
「さあね。私の出自に絡む話だから、後で気が向いたら話してあげるよ」
「わかった。ガーランド帝国は、人の大陸での最大勢力だ。王国と共和国が力を合わせても適わないくらい、国力でも兵力でも抜きんでている」
「そんなに強いなら、どうしてとっとと人の大陸を制覇しないの?間の大陸に万単位の兵を送るなんておかしくない?」
「普通に考えたらそうだろ。つまり、普通には考えつかない理由があると見るべきだ。だからこそ、一笑に付されるような噂話に真実味が出てくる」
「例の、価値が高いって言ってた情報だね」
「ああ。そもそもの出来事を時系列でまとめると、帝国が遠征軍を準備し始めたのは、オーク・オーバーロードが間の大陸にやってきてからだ」
「間の大陸を助けようとして、とかじゃないよね」
「まさかな。間の大陸が制圧されてしまう前に手を打とうとしたってのが名目上の理由になっているが、お前がオーク・オーバーロードのママシュを倒した後になって、遠征軍を出発させた」
「魔の大陸からの居残り組が合流してきたから?」
「それも名目上の理由にはされてる。お前も誰かの口から聞かされただろう?」
ママシュの軍勢との勝利の宴で無礼な口をきいてしめてやった奴がそういえば帝国の使者とか言ってたなと思い出した。
「あいつはもうどうでも良いよ。それで、名目上じゃない理由ってのは?」
「帝国のオージマー皇帝は、百人を越える美姫達を集めた後宮の主だが、子供が、いないらしい」
「正妃との間にも?」
「皇妃との間に、一人だけ息子が出来てる。後宮にもそれらしい子供が複数出来てるという話が無いわけじゃないが、その親族を側近に取り立てるとかって慣例が動いてないらしい。もちろん、あからさまにはわからないようにはなってるらしいが」
「でも、一人だけでもいるなら、それで最悪用は足りるんじゃないの?」
ダブランカは、声が聞こえてない筈の私の背後にいるヴォルネルに一瞬視線を送って、私とダブランカの間の声の漏れない会話の内容が聞き取られてないことの確認を取ってから、念話にしても抑えた小声で伝えてきた。
「だから、それが、皇帝本人の子供じゃないって噂がある」
「根拠は?」
「皇帝の腹心というか懐刀というべき十傑の筆頭、皇帝の乳兄弟の兄であり、幼なじみであり、最も皇帝に信頼され、帝国最強の男とも言われるネラがな、皇妃と接触したのではないかと噂されている」
「噂じゃないの?それに、皇帝にそれだけ近しい誰かなら、当然、皇妃にだって接触する機会は普通にあるんじゃないの?」
「そういう意味でも好都合だったんだろうな。皇帝にしても絶対の信頼を置いてる相手だ。女でも子をなせない者がいるように、男でもいたりする。政争を勝ち上がる為に、オージマー皇帝には親類が少ない。かといって後宮を通じても積極的に増やしていないし、せっかく生まれた子供達を冷遇はしていないが、どれも特別扱いはしていないらしい。ただ一人、皇妃との間に生まれた子供を除いて」
「でも、それは普通のことじゃないの?」
「皇妃に長年仕えていた側仕えが数人、皇妃の妊娠から出産時期にかけて暇を出され、故郷に戻された後やその途中で病死したり盗賊に襲われて殺されたりしていてもか?」
「そんな、でも、そしたら」
「言ったろう。噂だが、価値は高いと」
「そしたら、ママシュを狙ったのは」
「誰とでも子供をなせるって異能を狙ってたんだろうな。お前に潰されたらしいが、あきらめてないってことは、ママシュか、もしくはお前の恋人らしいクェイナが狙われているんだろう」
どうしてクェイナが、と言い掛けて、私とクェイナが何をしたのかっていうか、クェイナなら何を出来るかを思い出して、背筋がひやりとした。
反射的に席を立った私を、ダブランカは手を上げて制止して、席に戻るよう促した。
「あちらは任せても大丈夫だと判断したからこちらに来たんだろう?」
「うう、そうだけどさ。帝国最強の男に狙われてるとか、やばそうじゃないか」
「やばいかやばくないかで言えばやばいだろうが、それを考えたとしても、お前はマーレとの間の話を優先させたんじゃなかったのか?」
「そうだけども・・・」
「それに、何かあったとしても身柄を拘束されて連れ帰られるくらいだ。殺されることは無い」
「どうしてそう言い切れるの?」
「オージマー皇帝は、相手のスキルや異能を奪える異能を持っていると噂されている。だが、裏の事情通達には事実として伝わっている」
「それじゃ余計に、連れ去られる訳にいかないよ!」
「落ち着け。クェイナ自身も弱かないし、側にはあのオーガーの大長も控えてるんだろ?なら、そうそう力押しに敗れることも無い筈だろ」
「そうかも知れなくても、心配なものは心配だよ」
「アンデッドの皇帝がやってきて、好き勝手に暴れ始めたらもう手がつけられなくなるかも知れないだろ。
マーレとお前との間にどんな因縁があるのか知らんが、俺からお前に開示出来る情報は全て開示した。だからお前も、出来るだけ開示しろ。・・・そうすれば、お前を可能な限り助けられもするからな」
最後の一言は小声で、さらにその後に誰かの名前を付け加えられたような気もするけど、それははっきりとは伝わってこなかった。
私は気を取り直して、まずはイグニオ爺さん達にも語ったことから伝えてみた。
こことは違う異世界から転移してきたこと。ランダムで行き来していて、時間の流れに統一性が無いこと。行き来する度に元の世界の体が変容していて、こちらの世界の体ともども弱体化していること。
ここまで話しても、驚いてはいても不審がるような表情は浮かべなかったので、女神が絡む転生を繰り返していることも話してみた。
「さすがに、信じられないよね?」
そう問いかけてみたら、
「お前はそれが事実だから話してくれたのだろう?それなのに疑ってどうする?」
言外にお前はバカかと言われたような気がして、むくれていると、ダブランカはこほんと咳払いしてから続けた。
「それにな、似たような話を聞いたようなことが、無いでもないんだ」
「嘘。いつどこで誰から?」
「俺がお前に嘘をついて何の得がある?その意味も無い。いつ、というのを時間単位で伝えるのは無理があるな。どこで、というのは、ここではないどこか、お前風に言うなら異世界ということになるのかな。誰、というなら、たぶんお前だったのだろう。名前も風貌もまるで今とは違っているが、俺はお前から似たような話を聞いたのだろう。コリエラ。それがその時のお前の名前だった筈だ」
何となく、心当たりがあるような気もして、尋ねてみた。
「その時のあなたの名前は?」
「クロウツ・ジャエル。とある領地の若い主で、いろいろ思い上がっていた私の窮地を救ってくれたのがお前で、情報の重要さとかもお前から教わったような気がする。恩人のお前に私は求婚したが、お前は運命の相手がいるとかで、断られた。その相手を探す旅を続けるというお前に私はついていけなかった。それを許されなかった。その後、私は貴族として責務を全うする一生を送り命を終えたが、もしお前が言ってたような生まれ変わる機会があり、お前とまた出会えることがあれば、お前を助け、共に旅に出れる者になりたいと願ったことを、お前のさっきの話を聞いていて、はっきりと思い出した」
私も記憶の中を模索してみて、確か三十三回目くらいの途中でそんな相手と出会っていたような思い出を見つけた。外見は当時のとお互いに違ったけど、目の辺りの雰囲気とかは、何となくだけど似てるような気がした。
「お前も、心当たりがあるのだな?」
「何せ回数が多いからね。登場人物もめちゃくちゃ多いのよ。それでも、覚えてるみたいだよ。ま、ここで呼ぶならダブランカでいいだろ」
「俺はそれで構わない。だが、今回はお前についていっても構わないか?」
私はちょっとだけ悩んでから応えた。
「あのさ、私の後ろに立ってるヴォルネルも実はそんな感じの縁があったみたいで、だから二人きりにはあまりなりたくなかったんだよね。そういう意味でも、ついてきてもらえると助かるかな」
ふ、と少しだけ寂しそうにダブランカは笑ってから、うなずいてくれた。
夜もだいぶ遅くなったので、出発は明日の朝早くにした。移動しながらまた続きなどを話し合うことにして、それぞれ別の個室に案内される時に、ヴォルネルにも伝えておいた。
「あのさ、ヴォルネル。ダブランカも、そうだったみたい。あんたとは違う回の時に出会ったみたいだけど」
二人は少し険のあるまなざしをかわしたけど、私が目の前にいるせいか、その場では特に騒動も起こさずに別れ、それぞれ案内された部屋で夜を過ごし、翌朝を迎えた。




