37.ヴォルネルとの再会と、ダブランカとの出会い
いくつかストックが出来たので、早めに投稿しておきます。
異世界で目を覚ますと、イグニオ爺さんに一時的に心停止してもらうことで転移させてもらった、メイケン家の客室の寝台に横たわっていた。
部屋の中には人間のメイドさんが一人待機してくれてて、私が目覚めたのに気が付くと、手にしていたベルを鳴らしてから声をかけてきた。
「ご気分はいかがでしょうか、ユリ・コグレ様」
「良くも悪くもなくって感じかな。ここでイグニオ爺さんに処置されてから何日眠ったままでした?」
「七日ほどです」
前回元の世界に戻ってからこちらに来るまで一日も経っていなかった筈が、相変わらず時間経過はランダムに釣り合っていないようだった。
「・・・イグニオ爺さんやメイケン家の皆さんはどちらに?」
「間の大陸の西岸に、帝国からの軍勢が上陸したという情報が入って、ほとんどの方々は出立されていきました。
領都ガゼリアに残られているのは、領主長子のラシェル様と長女のニウエル様。クェイナ様の使者扱いのザイル様。その他オーガーやゴブリン、オークの皆様は、人の兵士達と共に大陸西岸へと向かわれました」
「まだ戦闘には入っていない?」
「そのような知らせはまだ届いていないようです」
身支度をどうぞと促されて、洗面着替えその他を手伝ってもらって食堂に案内されると、ラシェルさんとニウエルさんが向かいあって優雅にお茶を楽しんでいる席の脇で、落ち着かない様子のザイルがかしこまって座っていた。
「お戻りになられてうれしいです」
ラシェルさんも、そしてニウエルさんもほっと安堵した表情を浮かべた。
「このまま戦いが始まって終わったらどうしようかと思ってたわ」
「ニウエルさんは、前回みたく私がいなくても突っ込んでいくかと思っていたけれど」
「いつアンデッドの皇帝がやってくるかわからないんだし、皇帝の軍隊だって迂回してる部隊がいるかも知れないじゃない」
「そうれはそうですね。ザイル、クェイナ達の動きは知らされてる?」
「オーガーの大長とかと一緒に、この領都と西岸の中間位置くらいに留まってるらしいよ」
だいたいの位置関係や状況はつかめたけれど、もう一人、居場所をつかんでおかないといけない相手がいた。
「それじゃ、聖女様は?」
「聖騎士様と少数の供回りを連れて、ユリが目覚めるまでしばらく外出すると、たしかユリが眠りに落ちた翌日には領都から出て行かれたよ」
それじゃ、放っておいても戻ってくるかなと思いつつ、食卓の上に並べられた朝食を手早く体内へと取り込んでいった。
ニウエルさんとラシェルさんは、たぶん何度も相談しあっていたのであろう質問をその間に投げかけてきた。
「あの、ユリ様。聖女様とは、どのようなご関係なのでしょう?」
「・・・・」
咀嚼中なのでちょっと待ってとジェスチャーで示して時間を稼ぎながら考えた。ほんと、なんて説明したらいいかわからない。特に全てを説明できない相手に対しては無理だとあきらめた。
「詳しくは教えられないんだけど、そうだね。宿命の相手とか、そんな感じの存在です」
ラシェルさんもニウエルさんも意外そうな表情を浮かべて尋ねてきた。
「意外ですね。てっきり、あなたはあのクェイナというゴブリンハーフの女帝に一途だと思っていたのですが」
「誰も割り込めないほど純粋にね」
「ええ、まぁ、私もそのつもりだったんだけど。ある意味、とても厄介な相手なんです」
「厄介払いも出来ない?」
「はい。そんな感じです」
「あなたがもし望むなら、彼女を遠ざけることに協力してもいいけど?」
ニウエルさんの提案に、私は首を左右に振った。
「彼女がただの人であるようには、あなたも感じていない筈。余計な手出しをされても、私にもたぶん庇えませんよ」
ラシェルさんはまた紅茶のカップを口元に運んでから、尋ねてきた。
「彼女は、その、何を目的としているのでしょう?普通の男女であれば結ばれ子を成し、いずれ老いて朽ち果てていくのでしょうけど、あなたも彼女も、そんな理からは外れていそうですから」
「彼女の目的は、私と一生を添い遂げること。たぶん、それだけは間違い無さそうですけど、それ以上はわかりません」
私自身、こちらにずっと居続けるのかどうかすら、全くわからないのだ。
いずれそうなるといいなと漫然と漠然と願っていたけれど、それは私という存在と巡り会えた聖女様も同じかどうかというとわからなかった。
たぶんそうじゃないかとも思えたけど、この世界に来る間際のユウちゃんの様子は明らかに前回までと違っていたし、もし聖女マーレとつながっているのなら、彼女も何らかの影響を受けていてもおかしくはない。けれど、彼女がどう変わっているのか、私にはわからなかった。
いろいろ他のことも考えてみてから、私はニウエルさん達に尋ねてみた。
「まだ、戦いは始まってないって理解であってますか?」
「その筈よ。ママシュとその部下を中心にした兵力が、間の大陸西岸に上陸した帝国兵約一万と相対してる筈だけど、まだ戦端が開かれたという報告は受け取ってないわ」
「だとすると、私が最初にやらないといけないのは、聖女様探し、かな」
クェイナにも会いたかったけれど、聖女マーレを放置しておいて心安らかな気持ちで会えるわけも無かったし、ユウちゃんの態度の変化の影響がどう出ているのかも確かめておきたかった。
「でも、聖女様がどこにいるのか、どこに向かっているのか、あなたは知らないじゃないの?どう探すつもりなの?」
「う、実は何も具体的には考えてなかったけど、運命の相手なら、適当に探してもそう苦労せずに見つけられるかなー、と」
「セピアスなら、何か知ってるかもしれませんよ。クェイナ様も、聖女様のことは重要視してましたし」
「ありがと、ザイル」
私は宝珠を握り込んで、セピアスに心話で話しかけてみた。
「セピアス、聖女様が今どこにいるか知らない?」
「ジブンハ、メイケンノ ミヤコフキンノケイカイヲマカサレテルカラ、シラナイ。クェイナサマカラ、セイジョノゴエイマカサレタ ゴブリン・キングノ アラシュサマナラシッテイルハズ。シバシ、マテ」
そして数分待つと、セピアスから返事があった。
「アラシュサマカラ ヘンジアッタ。セイジョトセイキシタチ、ハザマノタイリクノ ナントウノカイガンノホウヘムカイ、ソコデイチバンオオキナ ニンゲンタチノマチニ タイザイシテイルラシイ」
私はラシェルさん達に尋ねた。
「間の大陸の南東の方で一番大きな街ってなんて名前ですか?」
「パームフ。確か、王国の分裂後の混乱に巻き込まれることを忌避した貴族に率いられた人々が築いた領土だった筈です」
「間の大陸の南方の山岳地帯には、鳥人の種族も散在してて、彼らとも交流があると聞いたことがあるわ」
「鳥人?」
「獣人は想像がつくでしょう?あれが鳥の場合よ」
「ハーピーみたいな感じ?」
「いろんな種族がいるから楽しみにしておけば?それで、どうしようかしらね。アンデッドの皇帝が魔の大陸からこちらへ直行した場合の最短距離にある街に向かったのだとすると、私もあなたについていった方が良さそうだけど」
「だがニウエル。そなたがここからいなくなると、一気に守りが薄くなるぞ」
「ちなみにアンデッドに魔法は効くんですか?」
「効かないわけじゃなくて、普通に倒せるアンデッドも多いんだけど、聖女の浄化魔法を受けて消滅してもまた復活してくるらしいから、良くてもその場しのぎでしょうね」
「じゃあ、ニウエルさんはここでお留守番お願いします。帝国軍が全体でどれくらい来てるかもわからないし、ここが落とされるとクェイナ達含めて挟み撃ちにされてしまうもの」
「本音を言えばついて行きたいのだけどね」
「私一人の方が身軽に動けるし。それに、アンデッドの皇帝相手に誰かを庇いながら戦えるかとか、わからないから」
「わかったわ。今回は後ろに留まります」
「その代わりと言ってはなんですが、ユリ殿。イグニオ翁から伝言を預かっています。もし前線に出て合流するのではなく、南など別の方へ向かうことになった場合は、王都に立ち寄り、彼の弟子と合流して、さらにその先へと向かってほしいと」
「イグニオ爺さんの弟子ってことは、やっぱりとても強い方なんですか?」
「弱くはないでしょうが、どちらかと言えば北風兵団の裏方を任されている、土のダブランカという方です。王都の傭兵や裏稼業にも顔が広い情報通で、イグニオ翁のお孫さんです」
「えーと、王都が途中に立ち寄れるくらいの距離にあるなら構いませんけど、そのダブランカさんて人とはどうやって落ち合えばいいのです?」
「王都南の水門の付近に北風兵団の事務所が構えられてます。その道の人には広く知られているので、まず迷われる心配は無いかと」
「ありがとうございます、ラシェルさん。じゃあ、さっそく向かおうかな」
残念な弟さんとは比べものにならないくらい、ラシェルさんは控えめで誠実な方だった。もちろん見栄えも悪くない。けれど三男と違って浮ついた雰囲気は皆無で、きっと苦労されてきたのだろうなと思えた。
「それから、これを。イグニオ翁からあなたに手渡すよう預かっていました」
それは平ためにつぶした球状の、真ん中に填められた宝石を中心に魔法陣が描かれている手のひらサイズのオブジェクトだった。
「イグニオ翁がその弟子達に配っている魔道具のようです。なんでも、その中心の石に魔力を通すと、互いのおおよそ位置や方角がわかるようです」
「正式に弟子になった覚えは無いんだけど、今はありがたく使わせてもらっておきます」
「気をつけてね、ユリ。あなたが無事で戻らないと大変なことになる人たちが何人もいるんだから」
「わかってる。用事が済んだらなるたけ早く戻ってくるから」
糧食とか着替えが詰められた背嚢や、お金がたくさん詰められた小袋とか、旅の支度はすでに整えてもらっていたので、すぐに領都の南門から出発した。
門から領都が見えないくらいに南に進んだ最初の分岐路で、予期していなかった誰かに久しぶりに出会った。
「ユリ・コグレ!お前、俺たちを手下にしたの忘れてただろう?!」
盗賊団の頭だったヴォルネルとその手下たちが揃っていた。
「うん。完璧に忘れてたよ」
「セピアスの旦那に言われて近くに滞留してたんだよ。お前さんの手足になってやれって言われてる」
「そう言われてもねぇ。一人の方が身軽に動けるだろうし」
「これからどこへ向かうつもりなんだ?」
「間の大陸の南東にあるパームフって街。途中で王都にも寄るけどね」
「だったら連れてけ。ここらの常識を知らないお前さんの為に何か役立てる場面もあるだろうからよ」
うーん、と迷ったが、その迷っている時間がもったいなくもあったし、それに、何だか、ヴォルネルの顔に見覚えがあるような気がしてきた。
「どうした、そんなに俺のこと見つめて?もしかしてやっと」
「違う違う。今私が探そうとしてる相手が、人の大陸から魔の大陸に追放されて、この間の大陸へやってきた聖女様だってのはセピアスから聞いてる?」
「ああ。だが、それがどう関係するんだ?」
確かに、この世界に転移し始めた序盤の頃に、こんな印象を受けた覚えは無かった。あの頃との一番の違いというと・・・・・、記憶だった。
その中でヴォルネルという名前の盗賊と関わりになったことは無かったけれど、確か七回目の時、私に何くれとなくいろいろ世話を焼いてくれた街の兵士さんがいた。私についてきたがっていたけど、世話をしないといけない家族がいて、強さも人並みでしかなかった彼は荒事向きではなかった。
そんな彼は別れ際に言ってたと思う。
「もしまた出会えるような縁に恵まれるのであれば、何を捨て置いてもあなたに同行できるような境遇にあり、あなたを少しでも助けられる剛の者でありたいです。あなたが何を求めているのかは知りませんが、あなたがいつかその求めている何かを得られるようこの世界の片端からお祈りしております」
「ファルステッド・・・」
「うん、誰だそいつ?何だか聞き覚えがあるような無いような気もするが」
思わず口に出してしまったが、ヴォルネルに心当たりが無いならそれ以上語るべきことは無かった。
「なんでもないよ。ほら、最速で行って最速で戻ってこないといけないから、ついてこれない奴は置いてくからね!」
ヴォルネルはまだ自分の記憶を手繰っていたようだったけど気持ちを切り替えて手下達に言った。
「脱落した奴はセピアスの旦那と連絡が取れる隠れ家に戻り、特に北岸方面の警戒に協力しろ」
へい、とか、合点でさあ!みたいな応えがいくつも続いてから、私はかつての全速力よりはだいぶ遅い速度で走った。それでもたぶん元の世界のマラソン選手の二倍くらいは早かったかも知れなかったけど、ヴォルネルは身体強化のスキルを使ってでもついてきた。
長時間ずっと続けるのはかなりきついらしく、ヴォルネルが遅れ始めたら休憩を挟みつつ、馬車でも二日はかかるらしい道程を、何とかその日中に走破した。
閉門ぎりぎりの時間に王都の外壁の門の内側へと滑り込ませてもらった。
ヴォルネルはその場に倒れて一歩も動けないくらいに疲労困憊していたので、
「私は先にイグニオ爺さんの弟子って人に会ってくるから、ここで休んでたら?後で迎えに来るから」
「しば・・らく、息だけ、整え、させて・・くれ」
ヴォルネルは革の水袋から水を喉に流し込むと、口元をぬぐいながらつぶやいた。
今度は、置いていかれない、と。
言ってしまってから、自分がどうしてそんな言葉を発したのかわけがわからず、何か知ってそうな私をじっと見つめてきたが、私は聞こえなかったふりをした。
「ほら、息が整ったのなら、行くよ。あまり遅い時間になると会えないかも知れないし」
「いや、いいじゃねぇか。あの北風兵団の内情を取り仕切ってるやつに無防備に会いに行くっての、普通、無ぇぞ?しっかり周囲に聞き込みしたりしてから」
「普通はそうかも知れなくても、今はとにかく時間が無いの。あのイグニオ爺さんのお孫さんだもの、大丈夫だよ」
「あのなぁ、凄腕の傭兵で、暗殺者でもあるんだぞ?大丈夫だって根拠には」
「大丈夫だって。怖いなら置いてくよ」
「わーった、わーった。ついてくよ」
ヴォルネルが立ち上がって、私が歩きだそうとした時だった。
私の目前、というより、体と体が触れるような至近距離に誰かが立っていた。
「こんばんは、初めまして」
かすかな殺気を感じて、私は思い切り飛び退いた。背後にいたヴォルネルは下がり際に肩を掴んで後ろへと引き倒した。
「誰?」
灰色のフード付きローブをまとった誰かはフードを跳ね上げながら言った。
「爺さんがとんでもなく買ってる相手だからどの程度かと思ったけど、あんな間合いに入られるなんてまだまだだな。何かに気を取られてたようだが、声かけてなかったら回避は間に合ってなかったぞ」
「そいつはどうも。あんたが土のダブランカでいいのかい?」
「ああ、そうだよ、コグレ・ユリ。北風兵団はお前を歓迎しよう。ああ、そこのけちな盗賊はお前の従者ってことでいいのか?」
イグニオ爺さんの面影は確かにあったし、瞳は爺さんと同じ紫色をしていた。
「だいたいそんな感じでいいよ」
「じゃあ、早速移動するぞ。時間が惜しい」
ダブランカはフードを再び下ろして踵を返し歩き始めた。私は倒れてるヴォルネルに手を差し出したが、一人で立てると手を払われたので、ダブランカの隣へと急いだ。移動途中でも情報交換は出来るのだからと。
そのせいか、離れ際にヴォルネルがぼそっとつぶやいた言葉の内容は聞き取れなかった。
2020/1/18 セピアスが完全に人間ぽく話してたのを修正




