36.母との考察と、ユウちゃんの・・・
「なんか、ひさしぶりだね、ママ」
すでに待ち合わせ場所に来ていた母の対面の席に座って声をかけられて初めて、自分の待ち合わせ相手(私)だと気付いたらしい。いや、声をかけられてさえ半信半疑という感じだった。
「ユリ、なの?」
「そうだよ」
母親から改めて確認を求められるくらい私の容貌は変わっているのだ。少しだけフードを外して顔を見せてから、すぐにフードは被りなおした。
適当な注文をして夕食がテーブルの上に出揃ってから話し始めた。
賑やかなシーズンなので、互いにのみ届く声の大きさで、何があったのかをおおまかに伝えた。ついさっきの出来事は除いて。
ゴンド君と話した内容も伝えたけど、やっぱり、ユウちゃんの名前は出せなかった。話の流れの前後から伝わってはしまうにせよ。
互いにコーヒーカップを傾けて、コクリコクリと喉を小さく鳴らしあってから、おもむろに母は言った。
「99回生まれ変わっても、なんて言われてもね」
「自分でも信じられないくらいだよ」
「でも、あなたは見たんでしょう?」
「まぁ、ね・・・」
「心を揺さぶられたんじゃないの、相当?」
私はうなずいた。
「それでも、クェイナさんを振り切れないのよね?」
「振り切れないっていうか、決めきれないっていうか」
「今まではどうだったの?一度相手をそれと認識できたら、後は一直線だったんじゃないの?」
「ラストスパートに入ってた残り数回の時は、かなり深く関わってる人や、自分なんかに真剣に愛情を求めてくれてた人たちがいる方が多かった。でも、そうだね。巡り会えたと確信できた後は、基本的に迷ってなかったと思う」
「基本的にっていうのは?」
「敵同士だったり相手にお相手がいたり、相手に自分がそうだって告白できるまでにも紆余曲折があったりもしたから」
「今回のクェイナさんみたいなパターンは初めて?」
自分は記憶を辿ってみて、うなずいた。
「つまり、今まではどれだけ求愛されてもあなたは拒んできたのね」
「そうなるね」
「浮気というか、他の誰かを求めたり、その人と結ばれてしまったりとかも無かったのよね?」
「うん」
「そうなると、権藤君が言ってた事が気になるわね・・・」
母はしばし顎に手をかけてうつむいて考え込んでから尋ねてきた。
「ユリ。あなた、その99回の間の自分の外見って覚えてる?」
「全部じゃないけど、だいたいは」
「外見はずっと一緒だったの?変わっていったの?」
「うーん。最初は今みたいな感じだったと思う。どんどん逞しくなっていって、最終的には、今の、ママに生んでもらって、この世界でいせか・・転移なんてし始めるまでのになった感じ」
母はまたじっと考えて、言うべきかどうか迷うような間を取って、いったん瞼を閉じて開き、私を正面から見つめて言った。
「詳しくはどんな仕組みになっているのか、私には想像つかない。けれど、ね。前に会った時はまだ私の娘だって思えるくらいの面影が残ってたけど、今は・・・」
ゴメンね。と小さくつぶやいてくれたけど、私はかぶりをふって答えた。
「変わりすぎたもの。声だって完全に別人だし。仕方ないよ」
「それでね。だんたんとたくましくなっていって、元は今みたいな感じだったのなら、その、99回生まれ変わり始める前は、やっぱり今みたいな感じだったんじゃないかと思うの」
「・・・そう、なるよね」
そりゃあそうか、と思えた。転生の度にたくましくなっていったのは、ゴンド君というか転生ラノベ的に言えば、前回分のステータスを持ち越してスタート地点からのパワーアップの累積ですごいことになってたとかっていう扱いなんだろうかとか想像できたし。
「だから、これも想像なんだけれど、あなたが思い出せない最初の時って、もしかしたら立場が違っていたんじゃないかと思うの」
「どうしてそう思うの?相手は、女神様なのに」
「女神様と出会うなんて、物語とかでも無ければあり得ないことでしょう?だから、もしその女神様に都合が良い過去なら、当然、あなたがそんなとんでもない告白に至った経緯はしっかりと記憶に残されてた筈じゃない?その方がずっと説得力は増すと思うもの」
そうか。見せて問題無い内容だったら見せてた筈なのに、見せなかったのはそれなりの理由があったと考えられる。
「女神様にとって都合が良い過去が付け加えて見せられなかったのも気になるわね」
「神様なら、それくらいは出来そうだもんね」
「見せられなかったけど、見せることは能力的には出来たけれど誰かか何かからの制約を受けてたとか」
「これが最後の、あなたの献身に報いる為のご褒美回だったのならなおさら、邪魔が入るような展開は避けられた筈よ。それに記憶だって最初から持たせてたら、クェイナさんに心が揺らぐことだって無かったんじゃないの?」
「そうだったかも知れない、としか言えないけど、でも・・・」
私はふとこれまでの99回の転生を思い返してみて、大変なことに気付いてしまった。
「どうしたの、ユリ?」
「・・・99回のは、全部、転生だったみたい」
「どういうこと?」
「全部、その世界で生まれ育ったってこと」
「今回みたいに、こういった現代日本に生まれて、全く違う世界に突然放り込まれるなんてことは無かったのね?」
「うん」
母も私も、しばし黙り込んで考えた。
考えながら、ぼつぼつと言葉を交わして、さらに考えていく。
「生まれ変わった時は、前の世界のことは覚えてなかったの?」
「そうだね。ステータスは引き継がれたって言っても、赤ちゃんの時から最強って訳じゃなくて、素質とか素養みたいな感じのが積み重なっていってたみたい」
「じゃあ、全部の世界で、親も当然違っていたのよね」
「そうだね。外見とか雰囲気は、なぜだかだいたい似てたみたいだけど」
「私があなたの親になったのも初めて?」
「たぶん、としか言えないけど。99回なんて転生し始める前の記憶次第だね」
ふむ、と母はまた少し考え、コーヒーを一口二口とすすってから、疑問を口にした。
「ユリの一番古い記憶は、女神様に自分らしき誰かが告白してる場面なのよね?」
「うん」
「この世界って、会おうとして女神様に会えたりしないよね?」
「物語とかの中ならともかく、あんなとち狂った誓いを立てられるってことは、それなりに接触とかあった筈だよね。ラノベの転生とか転移ものでも、この世界からってのが大半を占めるしね」
頼まなくてもそこら辺の講義をしてくれるゴンド君の説明だとそうだった筈。著者の関係で、なぜか出発元がほぼ全員日本で対象が日本人に限定されたりするお約束とかね。
「99回って中途半端な回数も気にかかってたんだけど、最初の転生で出会って惚れ込んだのがその女神様だったんじゃないのかしら?」
「可能性はあるね。でも、だとしたら、その転生する前が最初の生だったのかも、ね」
そう言った途端、頭がずきりと痛み、胸にも何か突き刺さるような痛みを感じて少し呻いた。
心配した母が身を乗り出して手を伸ばす。
「どうしたの、ユリ?」
「何か、思い出しちゃいけないことに引っかかったていうか、手をかけられたのかも」
私に思い出させないようにしている。
あの女神はユウちゃんにそっくりだった。
そして、99回転生してもなんて告白するに至った由縁は、たぶん、その前から生じてた筈だ。
そんなことを考えていたら、どんどんと頭痛と胸の痛みが激しさを増してきて、頭がふらついてきた。
「いったん家に帰りましょう」
ユウちゃんに待ちかまえられてたらという不安はあったけれど、一人で対峙するより、母が一緒に居てくれた方が心強いし、いつまでも家に帰らない訳にもいかなかった。
母に支えられて家に着くと、ドアの前にユウちゃんが佇んでいた。
母が私を庇うようにその前に立ちはだかってくれたけど、ユウちゃんの視線は、私にぴたりと合わされたままそらされなかった。
最後に顔を会わせた数回の意地悪な表情は欠片も無くて、瞳を潤ませて震える指を差し延ばし、唇は何か大切なことを語りかけようと言葉を形作ったけれど、なぜかその声は私に届かなかった。
私も驚いていたけれど、母も同じだった。
ユウちゃんは母を避けるようにふらふらと私の側に近づいてきて、聞こえることの無い言葉を唇で紡ぎながら伸ばした指は、私に触れる寸前で、びくっと何かに怯えるように引き戻され、泣きそうな顔をしたユウちゃんはそのまま自分の家へ駆け戻ってしまった。
「いったい、何がどうなって?」
呆然としていると、自宅の扉の向こうへとユウちゃんが姿を消してから母は言った。
「高齢者介護で、まともに話せなくなった相手に読唇術めいたことをすることもあるけど、母音はたぶん、オ、エ、エ、ア、アかな」
「それじゃさっぱりわからないよ」
「最後の一音は、マだったかもね」
母が扉の鍵を開けてる間、私はふと思った。
だったら、オネエサマ、なのかな、と。
その瞬間に、それまで耐えていた頭痛と胸の痛みが振り切れて、私は意識を失ってその場に崩れ落ちた。
そしてあちら側の世界で意識を戻す前に、ユウちゃんにとてもとても良く似た誰かが、「お姉様!」と絶望したような悲痛な叫び声を上げるのを聞いた。ような気がした。
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