27.会談の続きと、弱体化の確認と
仕切り直しの会談の場を、メイケン本拠の邸宅にするという話も出たけれど、オーガーの特に大長が扉を通れないだろうというのと、捕らえているママシュ配下の近衛兵達が暴れたりした時に大長は近くにいた方が良いだろうという判断で、先ほどと同じ場所にいくつか床几を増やし、その脇にティーテーブルみたいな小さな机を置いてお茶とお菓子が振る舞われた。
オーガーには冗談みたいに小さな器だったけど、カップを壊さないように気をつけながらお茶をかぱっと飲み干す姿は、何か可愛かった。
そんな、一息入れる間が挟まれてから、コの字形の最後に一辺の中心にファララさん、両脇にマリネさん、アラランさんが着席した。
使者さんは、私が確保しておこうかとも思ったけど、ストラピアさんとガンツさんの背後に置かれてオーガー兄妹の付き添いを受けて震えていたので、会談の邪魔にはならない模様。
誰が会談の火蓋を切るかで暗黙のまま視線だけで譲り合いや促しあいなどが飛び交ってから、ファララさんが私とクェイナを見つめてから立ち上がり、アストランザさんとザンネール閣下に問いかけた。
「正気か?」
「その言葉、そのまま返すぞ」
閣下の言葉を、アストランザさんは否定しなかった。長男さん、陰薄いというか苦労してそう。
「おおかた、このままでは詰むと読んで、人の大陸を制したかに見える帝国に援助を求めたのだろう?」
「そちらの言いたい事はわかるさ。軒を貸して母屋を取られるような真似をした私達を快く思ってはいないのだろう?だがな、このままでは母屋はメイケンの派閥の手に落ちていた。ならば、等しい序列に押し込まれる方がまだ耐えやすいだろう」
「オーク・オーバーロードとその軍勢。ぬしらの方に最初から向かっておれば、助けは間に合わず踏みつぶされたであろうに」
「いままでさんざ殺し合ってきた仲だ。綺麗事で手を組むには血を流しすぎた」
「レイガンは、クェイナ殿のユリエールを通じてだが、同じ講和の枠組みの中に入ったぞ?」
「ふん、そんなものいつまでも続くものか。魔大陸からの侵攻の対処に目処さえつけば、遠からず消えて無くなるだろうよ」
アストランザさんとサヴィエタさんの言葉の応酬に、クェイナはそっと言葉を差し挟んだ。
「例えメイケン家のプスルム派閥が講和の枠組みを抜けたとしても私達は留まり、そして当然、その中にいる味方が、外部の誰かから攻撃を受けるような事になれば、出来る限りの助力をする所存です」
これはアストランザさんにも少し意外だったようで、問いかけた。
「人の間の勢力争いに、クェイナ殿配下は介入されるという事か?」
「人の間の勢力争いであるかも知れませんが、我々は、我々の同胞や共存できる方々の為に戦うだけです。今のまま行けば、人の大陸の帝国の軍勢も、それよりは早くやってくるかも知れない魔の大陸のアンデッド皇帝の軍勢も、我らを等しく蹂躙する対象としか見ないでしょう。サヴィエタ殿」
「なんでしょうか、クェイナ殿?」
「我らは人の帝国の軍勢から真っ先に標的にされるでしょう。しかしそれよりも早く、アンデッドの軍勢がやってきてあなたとその派閥の所領が危機に陥った場合、あなた方を助けようとする勢力は皆無ではないのですか?」
「やってくるのもつぶされるのも順序が異なるかも知れないではないか。そうなれば」
「ええ、私達は孤立し、挟撃されるやも知れません。けれど私達は、どちらの敵に対しても、味方を見捨てて裏切るような事はしないでしょう。私達にその選択肢は無いからです」
いったん場が鎮まったので、私も発言してみた。
「私が、やらかした張本人て事になるんだろうけど、後悔も反省もしてないよ。どっちからどんな順番でどんな敵が現れるにしても、クェイナも私も、味方であろうとしてくれる誰かを裏切る事はしないし、出来る限り助けようとする。
それにね。私が元々いたっていうか、今後も行き戻りするんだろうけど、生まれて育った元の世界に魔物なんていなかったけど、人間は人間とずっと戦ってたよ。んでどっかの誰かが言った言葉だけど、平和は戦争と戦争の合間でしか無いとしても、戦争をしてるよりは比較にならないほどマシだってさ」
「それは真実だろうさ」
ガンツさんがつぶやきで同意してくれた。
「そうですね。小競り合いや行き違いや争いそのものが無くなる訳ではなくとも、全体として互いを滅ぼそうと殺し合いを続けるよりは、共存の為の道を模索する方が実益にもかなっているはずです。内輪もめをしていれば、間違いなく、敵を利するだけでしょうから」
クェイナも賛同してくれたけど、サヴィエタさんは異議を唱えた。
「ファララ家が主導するメプネン派閥は、魔物達の国ユリエールとなれ合うつもりは無い。帝国の軍勢が来れば、挟撃してこれを滅ぼすだろう」
「威勢がいいな。この場でお前が殺されれば、メプネンは実質的に滅亡確定だろうに」
「それは・・」
サヴィエタさんがザンネール閣下に言い返そうとするより先に、アラランさんが肯定した。
「はい、その通りです。帝国の使者が一緒なら手出しされる筈が無いって気を大きくしちゃったのが間違いですね」
「なぜ止めなかった?」
「止めたのに止まらなかったんですよ。せめて、表向きは賛同しておいて、裏でだけ帝国に協力すると確約しておけば、アンデッドの軍勢が先にやってきた時にも助けてもらえたものを」
「その方がよほど現実的だったろうに。もっとも、使者殿がそんな腹芸を許してくれればという条件はついたであろうが」
アストランザさんの言葉に、口を塞がれたままの使者さんは激しくうなずいていた。
「現実問題として、それぞれから、どの程度の軍が送られてくるんだ?全部、それ次第じゃないのか?」
とはガンツさんの素朴な質問。
「帝国からは最低でも一万」
「一万か。それなら」
という誰かのつぶやきをサヴィエタさんは遮った。
「人の大陸の激戦を制し、間の大陸の足がかりを築きに来るのだ。なまなかな精鋭ではないだろう」
「帝国には十傑と呼ばれる最精鋭の個人がいるようですよ。その中から、2ー3人くらいは派遣されてくるでしょうね」
軍師のアラランさんが補足。
「それは、どの程度強い存在なのだ?」
「通常のオーガーであれば瞬殺。そうですね。大長と呼ばれてる方なら何とか食らいつけるかも知れませんが、オーガーよりもさらに上のジャイアントでもそれぞれが余裕で倒すくらいと言われています。こちらの大陸で言うなら、五星のイグニオ翁と比肩するような者が複数含まれている集団と捉えて下さい」
「強敵だな」
「初回の攻勢をしのげば、援軍も送られてくるだろうし」
「それは、まず間違いなく。とはいえ、王国や共和国も滅んだ訳ではありませんので、限度はあるでしょうけれども」
ふむ、とそれぞれが考え込んでいる間に、ママシュからそれなりに情報を聴取したクェイナが、もう一方の脅威について語った。
「オーク・オーバーロードのママシュによると、アンデッドの皇帝その人が単体で渡ってくるだけでも、万の大軍と等しいそうです。相手が死ぬば死ぬほどに配下のアンデッドを増やせますし、防御不可能な死の呪いを受けてしまえば強者でも即死。心強い味方があっという間に強敵に早変わりしていくのですから」
「数で囲うのも、少数精鋭で当たるのも、どちらでも相手を利するかも知れぬと」
「厄介ですな」
「帝国の軍がやってくるのは確かでしょう。しかしアンデッドの皇帝の方は不確かなのではないですか?」
そんなサヴィエタさんの問いかけに、クェイナは顔を左右に振って答えた。
「ママシュの留守を預かっていた者達と連絡が取れなくなったそうです。考えられるのは、全滅したか、拠点を失ったか放棄してこちらへの渡航に乗り出したか」
「そいつらがやってくるとして航海にはどれくらいの時間がかかるんだ?」
「風向きなど次第ですが、早くて二、三週間だそうです」
「人の大陸の方は、おおよそ一ヶ月くらいかかると言われてるな。使者がすでに何らかの手段で経緯を伝えたか、音信不通に陥ってしばらく経てば、やはり動き出すだろう」
「となると、やはりママシュの残りの手勢と、アンデッドの皇帝とやらがやってくる方が早そうだな」
お偉い人達の話はまだ続きそうだったので、私は、やはり暇そうにしていたイグニオさんに声をかけて会議を抜け出した。
クェイナには、ちょっと気になる事があってと言い訳をして。彼女は仕方ないですね、と退出を許してもらった。正直助かった。はっきり確かめるまでは伝えたくもなかったから。
私とイグニオ爺さんが出て行こうとするのを見て、ガンツさんもついてきてくれた。なんだかお目付け役として。
「いいのか?お主はレイガンの代表としているようなものじゃろ?」
「俺に何の権限も無い。通信用の魔道具で状況は伝えてあるし、どの道、後はもう誰がどんな順番で来るかだけだろう?」
「それは確かにのう。それで、ユリは何を確かめたいのじゃ?」
「ん、ちょっとまだ、ここでは言いたくない」
二人はそれ以上は追求せずに、私が気の向くままについてきてくれた。領都の近くの森に入っていき、人目につかない開けた場所を見つけると、私は二人に言った。
「私はたぶん弱くなってる。そんでたぶん、これからもっと弱くなっていくと思う。だから、その程度を確かめておきたいんだ」
「オーク・オーバーロードを一人で倒したのにか?」
「あれは、私の元いた世界の知識とか科学の産物とかがうまくはまってくれただけだよ。それで相手を無力化できただけ。ガチで戦って倒したわけじゃない」
「異世界人か。そちらの話も興味深いが、それは後回しじゃのう。してどうやって確かめるのじゃ?」
「ガンツさん、身体強化のスキルを教えて頂いた時の私の踏み込みを見てましたよね?」
「ああ。その時のと比較してみればいいのか?」
「お願いします」
私は、当時の感覚をなるべく再現するよう、じっくり強化するというよりは、試しにやってみたら出来たという感じで全身を強化して、ふっと踏み込んでみた。
前回は二十メートルは先の訓練場の壁をぶちぬいて止まったので、だいたいそれくらいの距離にある木を目印に踏み込んだものの、その二、三メートル手前で体は止まった。
「うーん、若干落ちたかどうかくらいじゃないのか?それなら日々の体調とかで左右されるくらいの誤差のようにも思えるが」
「自分でも掴みかねてるんですが、一、二割くらいは落ちてると思うんですよね」
「ふむ、それならユリよ。わしを吹き飛ばしたあの技を打ち込んでみい。空中でぐるぐる回す部分は無しでな」
「だいじょうぶなんですか?」
「来るとわかって準備も出来るなら、どうとでもなるわい。ほれ、あの時と同じ全力で来てみい」
イグニオさんは私の目の前に立ち、全身を強化、特にその腹部をがちがちに固めた。
「じゃ、遠慮なく」
私も両腕に気を溜め、少なくともあの時と同じくらいには全身全霊でイグニオさんに打ち込んだ。あの恥ずかしい技名は口にせずに。
ドンッ、と鈍い音が森の中に響き、体をくの字に折り曲げ、地面に足をめり込ませながら十メートル以上は後退させられたイグニオさんはお腹をさすりながらぼやいた。
「痛っつつ。老人はもっといたわれ、ユリよ」
「お前が全力で来いっつったんだろうが」
「それはそれとしてじゃ。確かに二割ほど落ちてるかも知れんの。何があった?」
ガンツさんの突っ込みは受け流したイグニオさんの問いかけに、私は答えられる部分は答える事にした。相談したのはこちらだったしね。
「ふむ、つまり、行き戻りしてるうちに、強さの基となるあちらの体が女らしくなって弱体化しとるとな」
「そして行き戻りが自分の意志だけで行えないなら、確かに深刻な問題だ。ゴブリンの女帝は、今やオークやオーガーをもその枠組みの中に組み込んだが、人間に対しては、やはりユリの存在が強い」
「そうじゃな。ユリが弱体化すればオーガーどもも不穏な動きをするやも知れぬし、それがなくとも帝国やアンデッドの軍勢相手の戦いは厳しさを増すじゃろう」
「あと2、3週間で何度行き来が発生してどれだけ弱くなってしまうかわからない。もしかして自然に発生しなくても、最低でも一度は戻ってまた帰ってこないといけないと思ってる」
「さらなる弱体化の危険を踏まえてもか?」
「アンデッドってさ、普通の攻撃が通じないのがお約束なんだよね。ぼこぼこにしても普通に起きあがってきたり、そもそも霊体とかだと攻撃が当たらなかったり、気の攻撃も生命力として捉えられてるならドレインされて相手のエサにしかならないかも知れない」
「そしてユリをアンデッドの皇帝にやられ配下に取られるような事になれば、ゴブリンの女帝の体制は崩壊するじゃろうな」
「私も、それが一番怖い。だから一度戻ってでも、何か対抗策を探して、また帰ってきたい」
「あちらからこちらへは、確実に戻って来れるのか?」
「ある。ちょっと怖いんだけどね。それもイグニオさんにお願いしたい事でもあったんだけど」
「弟子の頼みじゃ。言ってみい」
二人には他言無用と約束してもらってから、今回私がどうやってこちらに戻ってきたかを話した。
「なるほどの。心の臓を止めれば生きてはいられない。半死の状態に留める事で行き来を可能に出来れば、確かに都合は良いの」
「出来る?」
「殺してしまわぬよう、魔物や動物などで練習しておくわい。わしと弟子達も、今のままではアンデッドの軍勢相手では苦戦しそうだしの」
「そうだね。お土産で、手助けになりそうな何かを持ち帰ってみるよ」
その後は、魔大陸を縦断した事もあるというイグニオさんがアンデッドと戦った時の苦労話を聞いていると、ゴブリンのポツドが私達を呼びに来たので会談の場へと戻った。
ポイントやブクマは励みになりますので、よろしくお願いしま~す!




