42 - その弾丸では死ねない
人はこういう場合、投げやりに笑ってしまうものなのかもしれない。
私の婚約者は、ちらりとはじめましての少女に視線を送る。
隣国からの留学生だという彼女は、一般的にはかわいい、と言われる少女ではあった。
彼女より綺麗な人も、かわいい人もたくさんいる。
なのに、彼は、「私の」婚約者は彼女に視線が固定されたまま動けなくなっていた。
それはまさに、恋に落ちた瞬間。
第三者からしてみればおもしろおかしく、お茶の時の話題にうってつけの何かだろう。
だが、当事者にしてみれば笑い事じゃない。
何もかも呑み込んで、そっと彼の左腕に振れる。
ぴくり、と反応し彼はぎこちない動きでこちらに顔を向ける。
何の感情も映さない目の色と、それでもなんとか笑顔を形作ろうとする表層。
誰にも気が付かれない、けれども長年婚約者をやっていた自分にだけはわかるよそ行きの笑顔。
それを向けられて、やはりさきほどのあれは私の勘違いではなかったのだと自覚する。
彼女は、あちこちに挨拶をして回り、それをちらりちらりと彼の視線が追いかける。
隣にいる私への返事はなおざりで、心ここにあらず、を体現している。
「あの」
もちろん返事はない。
会話をするためのきっかけの言葉すら気が付いてもらえない。
「婚約解消、しましょうか」
半分冗談で半分本気の言葉がつらっと飛び出てしまう。
けれども彼はそれにも半分頷いたような挙動をしめすだけ。
ためいきをこらえ、半歩彼の隣から離れる。
それを気にすることなく、彼はいつのまにか無遠慮に彼女を見つめている。
そのころには、私は彼からすっかりと離れ、出口へと向かっていた。
いつのまに帰った私に気が付いたのは随分たった後、だったらしい。
次の日には見舞いのような形で彼が屋敷へと訪れた。
不機嫌を隠そうともせず、それでも放置していたという自覚だけはあるのか複雑な顔をしている。
「まあ、お気になさらず」
私は曖昧に微笑む。
理由も言わず、理由も聞かれず。
あの程度でこの関係が解消されるわけはない。ということは二人とも理解している。
彼が望んだわけでもない、私が望んだわけでもない。
この婚約はそういった手合いのものだ。
十分にわかっている。
それでも、私はあんな瞬間を目にしたくはなかったし、彼はそれを悟られてはいけなかったと思う。
彼の気に入りの茶に口をつけ、ため息をこぼす。
それを非難されたととられたのか、彼は少しだけ眉根を寄せる。
だけど、声には出さない。
あんな流れ弾のような出来事で解消されることなど、許されないのだから。
「今度、帽子を選びにいくのに付き合ってくださる?」
「……わかった」
それだけで、私たちの間のわだかまりは終わる。
少しだけ苦い、お茶の味だけを残して。




