98 アヴァロン王国 王都
ミストリア王国が二度にわたる侵攻に失敗したという報は、瞬く間にアヴァロン王国中へ広がった。
最初の五万。
続く二十万。
合わせて二十五万もの兵が武器、防具、馬具を失い、食料だけを持たされて帰国した。
その話は吟遊詩人たちによって大陸中へ伝えられ、ミストリア王国は笑い者となっていた。
王都でも人々は歓声を上げる。
「やったぞ!」
「これでミストリアも終わりだ!」
「もう攻めて来られない!」
酒場では乾杯が繰り返され、市場でも商人たちが笑顔を見せる。
王宮でも祝賀ムードに包まれていた。
王は満足そうに頷いた。
「敵国は大きく弱体化した。」
「これで我が国もしばらくは安泰であろう。」
重臣たちも次々と賛同する。
「見事な勝利です。」
「国境は安全になりました。」
「これ以上の成果はありますまい。」
その時だった。
宰相が静かに一歩前へ出た。
「陛下。」
「お喜びのところ恐縮ですが、ご報告がございます。」
王は笑顔のまま頷いた。
「申してみよ。」
宰相は数冊の帳簿を広げた。
「王都の人口調査が終了いたしました。」
「……結果は。」
部屋の空気が変わった。
「王都人口、およそ七割減少。」
その一言で、広間は静まり返った。
「何……?」
王は聞き返した。
「七割だと?」
「はい。」
宰相は淡々と続ける。
「職人の多くが五村へ移住しております。」
「鍛冶師。」
「大工。」
「石工。」
「織工。」
「革細工職人。」
「陶工。」
「優秀な者ほど移住しております。」
貴族の一人が声を荒げた。
「なぜだ!」
宰相は即座に答えた。
「仕事があるからです。」
「働けば正当に報われます。」
「生活も安定しております。」
「教育も受けられます。」
「家族も養えます。」
誰も反論できなかった。
宰相はさらに資料をめくる。
「商人も五村へ移住しております。」
「物流網が整備され、取引量が急増しております。」
「治安も良く、荷を失う危険が少ないためです。」
王は眉をひそめた。
「商人まで……。」
「はい。」
「利益が出る場所へ移るのは自然な流れです。」
さらに次の資料。
「農民も移住しております。」
「土地が与えられ、農具が支給され、水路も整備されています。」
「農業指導も受けられるため、収穫量は年々増加しております。」
農業大臣が青ざめる。
「農地が空く……。」
「はい。」
「耕す者が減っております。」
宰相は言葉を続けた。
「それだけではありません。」
最後の帳簿を開いた。
「王宮勤務の料理人。」
「侍女。」
「文官。」
「兵士。」
「近衛兵。」
「警備兵。」
「多くが退職しております。」
王は椅子から立ち上がった。
「王宮まで!」
「待遇の良い五村へ転職しております。」
広間がざわめく。
「そんな馬鹿な……。」
「兵まで辞めるというのか。」
「文官まで。」
宰相は静かに頷いた。
「給与は五村の方が高く。」
「休暇もあり。」
「食事も十分に支給され。」
「家族も住居を与えられます。」
「教育制度も整っております。」
「子供にも学ぶ機会があります。」
重臣たちは言葉を失った。
王は苦しそうに呟く。
「敵国は弱った。」
「それなのに……。」
宰相は真っ直ぐ王を見た。
「我が国も弱体化しております。」
その言葉は重かった。
「武器は回収しました。」
「馬も回収しました。」
「しかし、それらは王国の利益にはなっておりません。」
「武器は五村へ渡りました。」
「鉄はインゴットへ精製されました。」
「農具。」
「水車。」
「紡績機。」
「橋。」
「建材。」
「未来の鉄道。」
「生活を豊かにする資材へ変わっております。」
誰も口を開かなかった。
宰相は窓の外を見る。
王都の大通り。
かつて人で埋め尽くされていた通りは、人影もまばらだった。
閉まった店。
売り札の貼られた家。
煙の上がらない工房。
静かな市場。
「陛下。」
「戦争には勝ちました。」
「しかし、人材を失えば国家は衰退します。」
王は静かに拳を握る。
「……止められなかったのか。」
「力で止めれば、さらに人は逃げます。」
「人は鎖では縛れません。」
「より良い暮らしを求めて動くものです。」
王は長く息を吐いた。
王都に残る者は日に日に減っていく。
一方で五村には、新たな住民が毎日のように集まっていた。
鍛冶師が工房を建てる。
大工が家を建てる。
商人が店を開く。
農民が畑を耕す。
教師が子供へ文字を教える。
治癒師が病人を癒やす。
人が人を呼び、新しい仕事が生まれ、さらに人が集まる。
豊かな土地は、さらに豊かになっていく。
王都では空き家が増え。
五村では新しい家が建ち続ける。
その差は、年を追うごとに広がっていった。
誰も命令していない。
誰も強制していない。
人々は、自ら未来を選んだのである。
そして、その未来は王都ではなく、五村にあった。
**環境が人を育てる。**




