第3章・第4話 背負うものは3つずつ、残った者には5つ
学校への戻りには陸路を伝って市川から汽車に乗ったから、民子さんの家近くを通る。けれど足が進まず、どうしても寄っていくことが出来なかった。
また僕が顔を見せれば民子さんが困るだろうとも思って、大人しく駅へと向かってしまう。
僕は汽車の窓から流れ行く市川を眺めた。
思えば人の暮らしは変わるもの。一年前なら民子さんが来なければ、僕は日曜日の度に市川の家に行ったのである。
僕が民子さんの家を訪ねても、他の人を呼ぶことはない。
いつでも「お祖母さん、民さんは」と切り出すものだから、「そら『民さんは』が来た」といわれる位であった。
或る時僕が門を潜ると、民子さんは庭で菊の花を摘んで居た。
僕は民子さんの手を取って、背戸へと引っ張っていく。
「民子さん、ちょっと御出で」
「なあに政夫さん? ご挨拶もなしに」
「いいからいいから」
僕は梯子の上を持って、民子さんに下を持たせる。
そして柿の木へと掛けた梯子を民子さんに抑えさせ、僕が登って柿を6つ許り採った。
「ほれ、民子さん半分あげる」
「そんな、一つで沢山よ」
民子さんは僕に気を遣って、2つを返してきた。
僕は民子さんに柿を食べて貰いたかったのに、これじゃあ僕が食い意地を張って民子さんを手伝わせたように見える。
なんだか居た堪れなくなったので、僕は柿を5つ持って裏から抜けて帰ってしまった。
さすがにこの時は民子さんのいる戸村の家でも、皆が僕を悪く言ったそうだけれど、民子さんだけは唯にこにこ笑って居て、決して僕の悪口を言わなかったそうだ。
それ位に隔てのない間柄だったのに恋心を覚えてからは、市川の町を通るのですら恥ずかしくなったのである。
この年のお盆休みには家に帰らなかった。
暮れにも帰るまいと思ったけれど、年の瀬位顔を見せてくれと母から手紙が来たので、帰らない訳にはいかない。
そこで渋々大晦日の夜帰ってきたのだ。
といってもお増は今年限りで奉公から下って、見合いをするとの話。
いよいよ話相手もないから、また元日一日だけぶらぶらして、二日の朝に家を出ようとしていた。
ところがその時珍しく、家の出口まで母が見送りに来てくれたのだ。
とはいえ僕の心は風の吹かない草原、素っ気なく挨拶をする。
「それじゃあ、行ってきます」
「お前にも言うて置くが、民子は嫁に行ったよ」
母は僕にそう告げた。まるで木の葉が落ちるようにあっさりと……。
去年の霜月、やはり市川の家で、大変裕福な家だそうだ。
となると、僕も何か口を開かないといけないのだが……。
「はアそうですか。それでは」
口を衝いて出たのは、そんな乾いた言葉だった。
そして僕は家を出る。
出し抜けに言われたから、何でもないように答えのか。歩きながら考えてもみたが、何かが胸に湧き上がってくることもなかった。今同じことを同じように言われても、僕は同じ言葉を返すだろう。
難しい話など捏ね繰り回さず、民子さんは何があっても民子さんだと、僕はそう信じている。
嫁に行こうがどうしようが、それは大岩に座っているのように小動もせず、また毛先程の危うさもない。
そんな心持であるから、民子は嫁に行ったと聞いても、僕は少しも驚かなかった。
しかし人のいない学校に戻った頃から、今までに無いものを見るようになった。
それは野菊が萎れ、張りも無ければ艶もなく、ただ枯れるのを待っているように思われてならないというもの。眼を瞑ればそんな画ばかり浮かんでくるのである。
そういう訣であるから、今度はなるたけ人を避けて、矢切で過ごした日々ばかり思い起こした。
茄子畑で見た横顔、棉畑で握った手の柔らかさ、十三日の晩の淋しい風や、矢切の渡しで別れた時の事やを、繰り返し繰り返し考えては、萎れた花に水を遣る。
それさえ考えていれば、いつでも気分がよくなる。勿論悲しい心持になるけれど、涙を流せば気分がよくなるのだ。
物思いに耽けていると、勉学が疎かになりそうなものだが、却って学課の成績もよくなっていった。
よくわからないけども、心は健やかさを取り戻しつつある。
避けていた人の輪にも入るようになっていたある日、それは前触れもなくやってきた。




