第2章・第1話 欠けていく月
空気が凍える朝だ。
旧暦の九月十三日、今夜が豆の月だという日の朝、露霜が降りたと思う程冷たい。
その代わりに空はきらきらしている。
15日がこの村の祭で明日は宵祭という訳故、野の仕事も今日限りでけりをつけるべく、家中手分けをして野へ出ることになった。
兄夫婦、お増と男一人は、秋の初めに実る中稲を刈って終わねばならぬ。そこで民子さんは僕を手伝いとして、山畑の棉を採ってくることになった。
これはもとより母の指図で、誰も口を挟めない。
「マアあの2人を山の畑へ遣るッて、親というものよッぽどお目出たいものだ」
底意地の悪いお増と意地曲りの兄嫁は、口を揃えてそう云ったに違いない。
僕等2人は心の底では嬉しいに違いないけれど、人に顔をじろじろ見られる様な気がして大いにきまりが悪い。進んで行きたがる様な素振りは出来ない。
僕は朝飯のぎりぎりまで書室に籠った。民子も何か愚図々々して支度もせぬ様子。もう嬉しがってと云われるのが口惜しいのである。
そんな二人を見兼ねた母は、起きて来て僕らに声をかける、
「政夫も支度しろ。民やもさっさと支度して早く行け。二人で行けば一日で済む楽な仕事だけれど、道が遠いのだから、早く行かないと帰りが夜になる。なるたけ日の暮れない内に帰ってくる様によ」
渋々といった形を装って、僕は着替え始めた。
ズボン下に足袋裸足、頭には麦藁帽という出で立ち。
ズボンを履いていると、民子さんが読書室に入ってきた。
「政夫さん政夫さん、こんなの恥ずかしいわ!」
民子さんは母に手指を佩いて、股引きも佩いて行けと言われたそうだ。
けれど股引きが年増に見えて嫌がったのだ。
「股引き佩かないでもよい様にお母さんにそう云っておくれよ」
「民子さんが云えばいいでしょう」
僕はベルトを締めながらそう言うと、でもでもだってと民子さんは僕から離れない。
やいのやいのと押し問答をしている内に、聞きつけた母がやってきてからから笑った。
「民やは町場者だから、股引きは嫌いかい。お前の柔らかい手足が、茨や薄で傷をつけるが可哀相だから、そう言ったんだが、嫌だと言うならお前の好きにするがよいさ」
それで民子さんは、例の襷に前掛姿で麻裏草履という支度。
2人ともそれぞれ一斗笊を一つずつを持ち、僕が別に棒の両端に籠を一つずつ提げた天秤を肩に掛けてして出掛ける。
民子さんが独楽をひっくり返したような菅笠を被って出ると、母が笑いを隠し切れずに呼びかける。
「民や、お前が菅笠を被って歩くと、ちょうど木の子が歩くようで見っともない。編笠がよかろう。新しいのが一つあった筈だ」
稲刈組は出てしまって別に笑う者もなかったけれど、民子さんは慌てて菅笠を脱いで、顔を赤くしたらしかった。
今度は編笠を被らずに手に持って、それじゃお母さん行って参りますと挨拶して家を出た。
僕は先に出ていたが、民子さんを待たずに速足で村を通り抜けた。
村の者等もかれこれいうと聞いてるので、二人で足並み揃えて歩くのが恥かしかったからだ。
村外れの坂の降口の大きな銀杏の樹の根で、民子さんの来るのを待った。
ここから見下ろすと少しの田圃がある。黄色く色づいた晩稲に露をおんで、シットリと打ち伏している光景は、気のせいか殊に清々しく、胸のすくような眺めであった。
民子はいつの間にか来ていて、昨日の雨で落ちた銀杏の葉を拾っている。
「民さん、もう来たかい。この天気のよいことです、本当に心持のよい朝だねイ」
「本当に天気がよくて嬉しいわ。このまア銀杏の葉の綺麗なこと。さア出掛けましょう」
民子さんの嫋やかな手で持ってると、銀杏の葉も輝いて見える。2人は坂を降りてようやく窮屈な場所から広場へ出た気になった。今日は大急ぎで棉を片付け、さんざん面白いことをして遊ぼうなどと相談しながら歩く。
道の真ん中は乾いているが、両側の田についている所は、露にしとしとに濡れて、種々様々の草が花を広げている。花弁が葉のような田五加木は末枯れて、白と薄紫の小さな花をつける水蕎麦蓼などは一番多く繁っている。
黄色い花をつけた都草は手を振るように揺れていた。




